エンカウンター・ビヨンド
どう改稿しても神様を本話で出すまでいけなかったので、次か次の次あたりに持ち越します;
「……? 葵氏、これからどこに向かおうとしている?」
「んー、占い師?」
「占い……」
「あ、そんなにいぶかし気な目を向けるのは止めてくれません? うん。僕の方も色々とお手上げで、何かのヒントになればと思ってのことなのですよ。占いっていうのは、まあ大半がペテンの類ではありますが、その種類によっては相手を鋭い洞察力で見抜き、その抱えている問題を話術で引き出し、時に心理学的なアプローチからその心理を探る技法ともいえます。まあ、僕はその手のものに全く適合性がないので、外部の力を借りるという訳ですね」
人の心がわからない(意訳)というコメントを残したビヨンドらしいといえばらしい発想だろうか。だからっていってこんな薄汚れたところに依頼人連れてくるんじゃないわよ、とまどかは内心でやはり頭を抱えた。
ビヨンドが地図片手に歩いている先は、月城市と隣にある笈河市の間にある河、その手前の高架下である。自転車が大量に止められている最中、その一角にいわゆるホームレスのコミュニティが存在している。菓子折り片手に、ビヨンドはその中、肌が妙に黒い中年男性に声をかけた。
「やあ、どうも。ここにホームレスの神様がいると聞いたんですけど」
「まずホームレスの神様って何よ!」まどか渾身の突っ込みである。
「神様どこにいるかわかります? あ、これお土産の缶ビールです。よかったら皆さんで……」
どうも菓子折りに見えたのは外観だけらしい。袋を開け箱を展開する中年男性たち。中のそれを見て一気に色めき立つ彼らに、依頼人たる山田花子(仮)は半眼である。呆れが入っているのか、そもそもホームレスという集団の事情に理解がないのか。少なくともその挙動、挙措は現代人のそれとうより、大正とか昭和とかの頃の振る舞いをしている。テレビドラマで見た情報からまどかはそんなものだろうと判断しているのだが、まあとはいえドラマの映像からの知識だ、そこまで過信してるわけでもない。ただこの、人間のゴミでも見るような目は、どうにもそういった彼女の考えを肯定しているような振る舞いでもあり、不可思議でもあった。
ビヨンドに最初に声をかけられた男性は、白髪交じりの頭をかきながら、野太い声で謝った。
「悪いな兄ちゃん。神様、今ちょっと出かけてるんだ」
「出かけてる?」
「今日の食事の買い出し、神様なんだ」
意味の分からない、という表情の花子(仮)とまどか。対照的に、やはり涼し気な様子のままビヨンドは続ける。
「つまり、ここのメンバーでそういった雑務のローテーションを組んでいると。ローテーションを組めるくらいだからおそらく、普段はほとんどお仕事とかがない状態なんですかね。で、そこから察するになんで神様なんて呼ばれているかと考えれば、おおむねその彼? が何か稼ぐ手段を持っていて、その稼いだお金で皆さん命をつないでいるからと」
「すげーな兄ちゃん」「そうだ、だから神様だ」「あいついなかったら全員冬とかのたれ死んでたしよ」
ホームレスの神様とか言い始めた時点で新手の新興宗教かと疑ってかかったまどかだったが、なるほど彼らの境遇を想えば確かに神様扱いしても不思議ではない。彼らが通年この付近で暮らしているのだとすれば、冬は文字通り凍死する世界の話だろう。手段まではわからないが、そんな彼らの最低限の生命を保証しているのだ、あがめたくなるのもわからないでもない。
「僕はビヨンドと言います。その、神様のことは、以前ここでお世話になっていた小松さんから聞きました」
「初めて聞く名前ね」
「あれ、言ってなかったっけマルメガネ。ネコ探しのときに協力してくれる人だよ」
「あー、えっと、口ぶりからしてペットショップの店員とかじゃなかったってのはわかったわ」
そのうち会うだろうから詳細は省略するけど、とビヨンドは涼し気に流す。
「その小松さんが再就職と再婚に成功したのが、なんでもその、神様に占ってもらったから、だったとか。なのでまあ、お話を伺って参考にできればと思ってます」
「あー、小松の奴が何かしたのか?」
「いえいえ完全に別件です。占いの依頼人だって思ってもらえるとわかりやすいかなと」
「なるほど。まあ大歓迎だ」
気前よく笑うホームレスのおっさんたち。一様、その手には缶ビールが握られているのが画として中々に、社会活動に喧嘩を売っている光景である。昼間から酒盛りというだけでもだが、ホームレスで、なおかつ普段ほぼ仕事がないカツカツ状態でこの有様。まどかは知りたくもなかった人間社会のダーティーな一面、その一端に触れてしまった。なお花子(仮)に至ってはもはや完全にその視線は虫けらでも見るような目である。
と、ふとビヨンドが振り返って「彼らも事情があるかもしれませんから」と小声で諭した。
「(と、とはいえな。昼間からこう働かず、こうダラダラと酒盛りをしているというのは……)」
「(んー……。まあ、冷蔵庫とかもありませんし。多少なりとも好感度は上がってくれたかと期待しますが。例の神様相手に僕らを好意的に紹介してもらえれば御の字ということで)」
酒こそ組みかわさなかったが、ビヨンドたちは近くの日陰で待たせてもらうことにした。
「まあ昼間といっても、既に四時回ってますし」
「陽彩さんのお昼食べ逃した……」
心底落ち込んだ声を上げるまどかに、花子(仮)は困惑している。まどかが何に対して落ち込んでいるかを把握できないことと、それでも小さな女の子にこんな顔をさせることに対して罪悪感があるのだろうか。
「あー、その、私は邪魔だったのだろうか。何やらその、時期が悪かったような気がしてくるのだが……」
「まあ結局、あのままお昼も流すことになってしまいましたからね。というわけで、コンビニのおにぎりですが二人ともどうぞ」
涼し気な表情のまま、菓子折りとは別なビニールに入っているそれを取り出すビヨンド。小さいお茶が三つと、おにぎりが七個。数を計算した瞬間、まどかはためらうことなく三つ手に取り、猛烈な勢いで袋を剥がしてかじりついた。唖然として見守る花子(仮)と、特に気にする様子もないビヨンド。シーチキンの具材を音もなく租借して飲み込み「やっぱり味がね……」と、涼し気な顔で味覚がないことを主張していた。
「あーその……、なんだ? その、妹殿は飢えていらっしゃるのか?」
「!」
「そういう訳じゃないけど、まあ、食道楽らしいですよ? これでも。なので食事に対する執着はなみなみならないとみて良いでしょう。なおかつ、本日お昼に用意されていたそれは、この食道楽のマルメガネをして『家庭料理として星三つ』と超絶高評価な婦警の料理でしたからね。一般的には、残念無念というところではないでそうか」
「婦警……? どちらにしても楽しみを奪ってしまった形だったか。その、すまない」
「べ、別にそんなにわたし、食い意地はってないわよ! あとそうは言ってもお仕事優先ですから気にしないでください!」
慌てた釈明と弁明が飛び交う中、やはりビヨンドは我関せずといった様子でお茶を一口。
基本的に状況に関して我関せずというか、本人がしゃしゃり出てくる必要を感じないときはおとなしいものである。もっとも涼し気に微笑みながら様子を観察されるのに一定のいら立ちさえ覚えなければの話だが。
「で、結局その神様っていうのは何なのよっ」
「さっき軽く説明した覚えがあるけれど? うん」
「うん、じゃないわよっ。結局ロクな解説なんてないじゃない」
まどかの指摘に対してやはり涼し気なままのビヨンドだが、特に屁理屈を捏ねることなく回答した。
「まあ、僕もつい最近まで都市伝説とかホラー、ゴシップの類としか思ってなかったんだけどね。どうにもとある一定期間、ホームレスが多発する地域では、そのホームレスの増減をコントロールする神様のような存在がいると。時にそれは指導者だったり、あるいは賢者のようなものだったり」
「コントロールすることに何の意味があるのかしら、それ……」
「まあ、自然の摂理とかその類で発生するのではと思うよ。言い方は悪いけれど、集団が生き残るためには何らかの方法をもってして、自分たちを安定させる作用がそこに存在する必要があると。その観点から言えば、この月城に居るとされる神様は、噂によるとすごく若いらしい」
「若い?」
「下手すると僕より年下の可能性もあるとか」
それは、ともすれば二十代前後ということだろうか。その年代でホームレスとなると、苦学生とかの延長上とかもっと前からホームレスだったりしたのか、色々連想するところもなくはない。余談だが、実家がなくなってホームレスとなった中学生に関するどこぞの芸能人の自筆が出るには、あと数年の時間を要する年代である。
「何件か前の事件だったかな。それで、どっかの浮気調査だったか失せもの探しだったか、その時に依頼人がね、どうもここの神様とやらの占いと言うか、助言というかを聞いて僕のところにやってきたと。詳しくは覚えてないけど、わざわざウチを名指しで勧めてくれたらしいし、とするなら、どういう相手か一度みてみるのも一興かなと。どういう手練手管とか、手法をもってしてやってるのかというのにも興味があるし、僕らの案件にも関わりうるかなと」
「なんていうか、よくわからないけど腹立つ理由がわかったわ。アンタ、無意味に上から目線なのよ何事においても」
基本、第三者的な立ち位置を崩さないスタンスを言動ともに表しているビヨンドであるが、まどかの視点からはどうしてもそう見えるようである。そこには少なからず無意味に妹扱いされているというフラストレーションのようなものもあるだろうが、まともな大人ならそれは口にせず、軽く応じる程度だろう。
「とはいえど、マルメガネ相手だと見下ろさざるを得ないしね。物理的にも」
もっとも何が問題だったのか、今回ビヨンドはスルーせず応答したのだが。即座に怒り心頭、元気に絶叫するまどか。外から見る分にはほほえましい限りだが、彼女の内心は神様モドキとしてのプライドと、反抗期の子供らしい心理とが火をメラメラさせていた。
「ちょっと! 何度も言ってるけど私、ちゃんとティーンなんだからね! じゅう! ろく! さいっ!」
「お、おお……?」
「ほら、山田花子(仮)氏もこうして困惑していらっしゃるじゃないか、うん。そういう事情がややこしい話はもっとプライベートなタイミングにするべきだと、お兄ちゃんは思う」
「っ! っていうか山田(仮)さん、そんな可哀そうなものを見る目で私のこと見ないで! 事実! これでも事実!」
「いや……、そうだな。人間、誰しも将来性というものはある」
「あーっ! 話を頭から最後まで全く理解されてないことがありありと理解できて頭パンクしそう……!」
そうこうしてる間に、夕方を知らせる鐘がなる。手をつなぎ皆帰ろうというメロディが流れるもまだ時期的に日は暮れていない。ただ、高架下の向こうを流れる川、その明るい場所ではしゃいでいた子供たちが自転車に乗り、帰宅の準備を始めていた。
と、その中で転んだ子供が一人。足をとられて動きが鈍る。そんな彼に石を投げ、数人の男の子たちは自転車で走り出した――――。
「っ! ちょっとアンタたち――――っ!」
まどかが絶叫を上げたタイミングで、ビヨンドは動き出していた。トレンチコートを脱ぎ「水面を走り抜け」る。その途中、袖の反対側をおぼれ始めた少年の腕に引っかけ、そのまま大回転。釣りでもするように面白いように少年をばしゃりと引き上げ、お姫様抱っこし、何事もなかったかのように反対側の岸にたどり着いた。例によって例のごとく物理法則に喧嘩売ってるビヨンドである。
唖然としてそれを見ている、おそらく少年をいじめていただろう子供たち数人。彼らめがけて、まどかと山田花子(仮)が走った。もはやまどかに関してはビヨンドに慣れが出始めており、そして山田花子(仮)においては、明らかに殺しにかかるレベルのいじめの現場めいたそれに、義憤にかられたのだろう。
「あっちはあっちで対応してくれるだろうし、さて。通報するべきか、どうしたものか……、大丈夫?」
「ぅ……、ぅあ……、あ……」
「呼吸は大丈夫そうだね。水も飲んでなさそうだし。痛いところある? って……」
ビヨンドが視線を下ろせば、一見してそこに傷跡はない。だが彼の手が回ってる背中などに対して妙な身動ぎの仕方をしていたり、あと襟首のあたりにびっちり血の跡がついていた。失礼、と一声かけて服を少しだけめくれば、そこにはハサミやペンなどでつけられただろう傷が無数。期間の経ったものから、真新しいもの、あるいは化膿しているものまで複数存在した。
「あー、これは病院に持っていかないといけないかな、うん。良い医者を紹介してあげよ――――」
ビヨンドが少年に、相変わらず涼しく笑いかけた瞬間。視界の端で、機械人形めいた巨大な球体が山田花子(仮)の頭上に出現したのが見えた。それが形成される最中、何かアクションするよりも先にビヨンドは手のひら大のエンブレムを取り出し、顔の高さくらいに放り投げ。
「ギルドライブ―――――って、いや、さすがに展開が早すぎて僕も追いつけないよ」
珍しく真顔で、彼はその状況を見ていた。