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神代闘師ギルドライバー  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
第4話 此ノ道ハ何処ヘヤ
15/22

アイデンティファイド・ビヨンド

第5話 1/3

 

今回はちょっぴりファンタジー風味

 

 

 

 

 

 葛城まどかは憤慨していた。

 眼鏡を調整し、なれない手つきでパソコンをタイピングする。座席はお客様用のところで、黒い、1900年代後半では当たり前くらいの重量のPCを見つめる。探偵の仕事を手伝っているわけではなく、ネットサーフィンをしている。検索ワードに「身長」「伸ばす」とか入っているのが彼女の事情をかんがみれば涙を誘うが、たいして検索数はヒットしていない。それはさておき。

 

 がちゃり、と入口が開かれると、いつものごとくトレンチコートが舞う。ただいま、と、威風堂々。そして普段通り涼やかの微笑みを浮かべる男は、手元の紙資料を見つつ、自分のデスク、つまり窓際の席についた。

 

「マルメガネ。パソコン使うから十分くらい貸してくれないかな?」

「……」

「マルメガネ?」

「――――うがあああああああああああっ!」

 

 微笑みながら頭を傾げるビヨンドに、まどかは何故か絶叫しつつ詰め寄った。まあ詰め寄ったところで七歳程度の身長なので察してあまりある視線の高低差があるわけだが、ほほえましそうな見た目に反して彼女の憤慨というか、いらいらは最高潮に達していた。

 

「なんで! 浮気調査! ばっかりなのよ!」

 

 原因はこれである。ばん、ばん、とビヨンドの机をたたくまどか。が、ビヨンドは涼しい顔をして「そんなものだよ」と微笑むばかり。

 

「前に言ったじゃないか。失せものさがし、素行調査が主な僕らの職の収入源だって」

「それにしたって限度があるわ! かれこれ二週間ずっと浮気調査じゃない! っていうか二週間のうちに五件もさばいてるあんたがなんなのって話だわ!」

「まぁ、傾向がつかめてるタイプもなくはないからね。どこら辺がねらい目かってところに絞ればいけるところもある。まぁ依頼的には今日の分でいったん途切れたと思うし、むしろペットさがしの依頼が久々に長く来てないってだけなんだよね。うん」

 

 涼しげに微笑みながら席を立ち、ネットワークケーブルを外してPCを机に運ぶビヨンド。電源、ACをつなぎ「太郎ショートカット」のアイコンをクリック。画面に文書ソフトが立ち上がると、慣れた手つきでマウスを操作していた。

 

「で、浮気調査の何がいけないんだい?」

「地味! もっとこう、探偵って旅行したりして殺人事件解決したりするものじゃないの!? そこのところどうなのよ!」

「だから、探偵は基本的に民事関係の職なんだって」

 

 そんなにぱーすかぱーすか、比較的簡単にとれる資格の相手に権力与えるのもまずいでしょ? と。やはり涼しげに微笑むビヨンドに、まどかはうぇええ、と脱力した。

 四月からチャンネルこそ異なるものも、探偵を題材にした新しい学園アニメーションがはじまり、週二回は探偵アニメが公開している昨今。彼女の中の探偵のイメージもだいぶそのテの形に凝り固まっているらしい。もっとも、現実はそれに追従していないのでビヨンドの言動の方が実際のところに即してはいるのだが。

 

「それに、浮気調査もなかなか馬鹿にできないものだよ? 例の、十川ちゃん一家の話じゃないけれど、トリガー一つで簡単に家庭を崩壊させうる火種なんだから、そこのところをあまり考えないで動いている相手が多いのが問題点かな? うん。後味が悪くなる話も、すっぱりする話も、どっちもあるからね」

 

 なお案件によっては刺激も、精神的疲労も大きいということから、お留守番を強制的にさせられているまどかである。

 

「昔は姦通罪なんていうのもあったらしいけど、まぁあっちは女性限定だし、どっちもどっちではあるか。正規の手続きを一応踏もうっていう意思とか、努力とかがないのがまぁ、婦警的にはダメだろうね。うん。

 別に、女性の社会進出に不満があるというわけでもないけれど、制度的になれないことを始める以上は、それなりにリスクを考えるべきでもあると思うんだよ。制度的な開放も必要ではあるだろうけどね」

「その話、ヒイロさんにしたらしばかれるんじゃないかしら……」

「それでも移民を受け入れまくるよりは治安悪化にはつながらないので、なんともいえないところだよね。

 この場合の治安の悪化っていうのも、いろいろ系統がわかれるところでね。民族的風習の違いとか、文化の違いによる軋轢、中にははじめから高跳び考えてやってきてるのもいないわけでもないし、スパイ系もなかなか馬鹿にはできない。その点、まだまだ国というより国民の認識は甘いだろうから、これからちょっとずつ改善なり挑戦と失敗に基づいて変革されていくのだろうけど。

 経済活動においても、資本主義って構造自体は性善説なり神の見えざる手なりを前提に考えられてはいるような部分はあるから、だから国家間のパワーバランスとかも考えないでいろいろやらせてるところはあるからね、なんともいえないところだ」

「……何、アンタって『右寄り』なの?」

「むしろ『左』のつもりだよ。ほら、僕、確固とした方法にはとらわれていないだろ? いろいろおかしいから」

 

 あっそう、とまどかは興味ないように頭を振った。

 意外と学があるっぽいのね、とか謎の感想が脳裏をよぎる。そういえば一応新聞とかは読んでいたかこの男。なんとなくその仕草も様になっていることに、微妙に腹が立つ。自分はこんな怒りん坊だったっけと頭を悩ませるが、どうでもいいやと責任をビヨンドになすりつけることにした。

 

 そしてそうこう話しながら、なんだかんだであっという間に報告書をまとめ終わったらしい。CD書き込みを終えると、すぐさまプリントアウト。

 

「言い方は悪いけど、大掛かりな事件がないっていうのは平和でいいねってことだね。うん。

 マルメガネからすると、思うところはなくもないだろうけどね」

「…………」

「そういえばだけど、ハルカちゃん、そろそろ退院だってね。今度会いに行こうか」

「…………ん」

 

 しぶしぶ、という風に首肯して、彼女は客用のソファに座って背を預けた。

 

 小笠原ハルカ。ビヨンドこと葛城葵以前に、まどかと契約していたギルドライバー。スタンネットとの戦闘に敗北し昏倒、そのまま契約をビヨンドが引き継ぐ形でギルドライバーとなったせいか、彼女の記憶は、ギルドライバー関係の分だけごっそり抜け落ちていた。

 それ以来、微妙に落ち込み気味だったまどかであるが、気を遣ってくれる婦警に「大丈夫です」と言いつつも、やはり表情はすぐれない。いろいろと思うところもあったのだろうし、吐き出せない孤独や不安もあるのだろう。

 

 …………が、そんなこと平然と無視して、ほぼ二週間ずっとお留守番を強要されたのなら、こうも憤慨はするだろう。慰める、とか、そういう言葉とはあまり縁のなさそうな男であった。

 

 そうれ故かはともかく、ビヨンドは涼しげにまどかの言葉を受け続けている。ひらりと交わしはせず、一応は正面から応対はしているようだが、はっきりいってこれでは単に性格の悪い男のそれでしかない。いまいちど、アレはクズだという婦警の言葉に共感を覚えるまどかであった。

 

「どうしたんだい?」

「……別に。まぁ、ヒイロさんが言うほどではないんだろうけど」

「だから、どうしたんだい?」

「なんでもないの。なんでもないったらなんでもないの」

「じゃあ、昼食にしようか。ちょうど婦警、今日は珍しく僕の分もお弁当、準備してくれたみたいだし――――」

 

 ビヨンドがPCの電源を落として席を立つと、ちょうどそのとき、入口の戸が叩かれる。

 

「…………」

「どうやらお預けみたいだね。一時間以内で手身近に聞こうか」

 

 やはり何がどうあっても、ビヨンドの微笑みは崩れることはなかった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 がちゃり、と開かれた扉に、まどかははっきりいって目を疑った。

 

「――――――失礼する。こちらに、葛城葵氏がご在宅か」

 

 現れ出たのは、どう見ても時代錯誤な大和撫子である。髪型はぱっつんとしていて、服装は着物。ただ足元はブーツ姿というのが妙に大正感を覚えさせる。ただ容姿は当然のように綺麗だったりして、「ああなんでこんなところばっかりコイツはフィクションみたいな感じなのよ」と軽く頭痛を覚えたまどかである。

 

 そんな女性に、やはりビヨンドは表情一つ変えず普段通りの応対であった。

 

「葵は、僕です? いえ、正確にはビヨンドを名乗っているのですが」

「……? 冗談はやめていただきたい。葛城葵、なのだろう?」

「ええ。ですから、葛城葵」

「?」

 

 不可思議そうに表情を曇らせる女性と、一切態度が変わらないビヨンド。あ、これどんどん事態が混迷していく前兆だわ、とまどかは割って入ることにした。

 

「えっと、こっちが葛城葵であってます。私、親戚の、妹分のまどか。

 戸籍謄本までは見せるのもアレだと思いますけど」

「免許書、見せましょうか? 大型車のしかありませんが」

 

 なんでそんなの持ってるのよ、とこれまた頭が痛くなるまどか。さっとコートから名刺とともに免許証を取り出す彼のそれらを受け取り、見分し、やがて女性はぐらり、と倒れ掛かった。

 

「……馬鹿な……っ、葵といえば、葵の上などどう考えても男性につける名前ではあるまいに……ッ」

「源氏物語ですかね。んー、葛城葵的には懐かしいのかな? うん。

 だいたい六、七年ぶりだろうから」

「大変だったろうに、その名前…………」

 

 その視線に、わずかながらに同情が乗っているよな気がしないでもない。名前で苦労してきたんですね、みたいな、そんな感じのものだ。まぁ確かに葵といわれて男性を思い浮かべる人間は少ないだろうが、少なくとも眼前のコレは葛城葵というよりビヨンドとして認識しているので、すでにその違和感とはオサラバしているまどかである。当然ビヨンドとて気にしてる様子もなく、普段通り「ま、ビヨンドとおよびくださいな」と平然としたものだった。

 

 彼女に席をすすめると、一緒に懐からシガレットチョコを取り出すビヨンド。不思議そうに、おっかなびっくりそれを手に取る依頼人の女性に、彼はやはり余裕をもって微笑んでいた。

 

「………………山田、花子、ということにしておいてもらえると助かる」

「はぁ。……んー、事情をうかがっても?」

 

 ビヨンドの言葉に、彼女はこめかみをつつきながら、不可解そうにつづけた。

 

「それが、こう、わからないのだ」

「わからない、とは」

「言葉の通り。自分に関する情報や、記憶がないのだ。いうなれば、過去の思い出とかが存在しない。

 だから私が誰なのかを調べてもらえないかと思って訪ねてきた」

 

 ずいぶん特徴的なのに記憶喪失なのね、と、他人事のように感想を抱くまどか。実際問題、これだけ目立つ人物だったらすぐさま特定できそうなものだが。というかそれ以前に。

 

「えっと、花子さん? 警察とかにはいかなかったんですか?」

「行ったには行ったが、まじめにとりあってくれなかったというか……。実際、この有様では受け入れてはもらえないだろうとは、私も思いはした」

 

 でしょうね、というまどかと反対に、ビヨンドはトレンチコートの内ポケットから取り出したメモに何やら文章を記載していく。

 

「思い出以外の情報とかはあるんですよね。たとえば……って、あれ、もしかして男性とか苦手だったりします?」

「っ、ん、まぁ、確かに得意というわけではないな……」

「何かCDでもかけましょうか? 気分転換にでも」

 

 唐突すぎるでしょ! というまどかの突っ込みをひらりとかわし、やはり涼しげなビヨンド。

 

「では……、えっと、タビビトノウタで」

「たびびと……? んー、ちょっとわからないです。海援隊とかはあるんですが」

「あ、じゃあ、それでも構わない。嫌いではない」

 

 さっと、慣れた手つきでPCにスピーカージャックを差し込み、そしてCDを入れるビヨンド。どうでもいいがPCを含め、どこに設置されているかわからない高音質なスピーカー含め、どう考えても高い。高いに決まっていることがわかるが、しかしてやはり、コイツ金持ってるのかしら、とまどかは訝しげにビヨンドのことを見ていた。そもそも探偵という職業自体そこまで儲かるイメージのない彼女であるし、実際、そこまで彼が儲けているわけでもなさそうに見えなくもないのだが……。

 

 やがてかかりだす某有名学園ドラマの主題歌に、いくらか依頼人の緊張がほぐれたようである。わずかにメロディに合わせ、肩が左右に揺れている。かわいらしい仕草だが、同時に「なんかおばあちゃん臭いゆったりさね」とも、失礼なことをまどかは考えた。

 

「じゃあ、いろいろと聞いていきたいと思いますが――――」

「ちょっとまって、音楽かけながら話すすめるの!?」

「そりゃ、依頼人には多少でも快適であってほしいからね。うん。

 別に音楽かけながら仕事をしちゃいけないという法律はないと思うけれど」

「いや、そうだけど、そうじゃなくって……」

 

 まどかの脳裏によぎるのは、自分たち姉妹を調整していた研究員たちの姿。白衣姿に、偉そうな学者はともかくとして下っ端とおぼしき青年たちは、右往左往忙しそうにしていたのを覚えている。まかり間違ってもこの男のように、余裕ぶっこいて音楽なんぞ聞いている余裕はなかったりしたわけだ。職種も何もかも違うし当たり前といえば当たり前なのだが、なんだか釈然としないというか、しっくりこない。

 

「何か、手掛かりになるようなものってありますかね。一つでもいいので、それがあるととっかかりになりうるのですが」

「…………それだったら」

 

 さ、と彼女は服の袖から写真を一枚。白黒、色がぼけているわけではないだろうその写真に写る、塀と、一件の古民家。塀の奥には古民家がさらに並び、遠くにはちょちんと門が見える。

 

「これだけだ。私が持ち得ていたものは」

 

 さしものビヨンドも、これには「どうしたものか」と、微笑みを崩さないまでも弱音らしきものを吐いた。

 

 

 

 

 

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