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ネイティブ・ビヨンド

 

 

 

 

 

 胸の中央に出現したそれ。水晶の内側に植物のようなものが渦を巻くように押し込まれたような、そんな「種」。ビヨンドの狙撃は破壊した。

 

 結晶の粉砕とともに、冗談のように体を覆う装甲にひびが入るナックル・ギルティア。バイザー全体にひびがいきわたった瞬間、粉砕され、茫然としたような素顔がしたから現れる。と、そのまま膝から崩れ落ちるように倒れこんだ。

 

 美佳が叫び駆け出し、それに遅れて母親が向かう。

 

『――――、なるほど、意外と、くるね』

 

 一方のビヨンド、下した右腕を左手で抑えながらふらつき、しかしそれでもなお倒れない。左手に銃を持ち替えると、左肩のエンブレムを勢いよく外す。

 猛烈な光と、幾分かの風圧を伴い変身が解除されるビヨンド。

 

「え?」

 

 そこで、まどかは素直に驚いた。

 

「…………」

 

 ビヨンドの表情が、無表情だったからだ。

 普段浮かべている涼し気な微笑みもなく、ただただ、能面のように表情に色がない。そのままビヨンドは微動だにせず、視線を十川親子に向けたまま。

 

 娘が父親に縋りつき。母親はどういう表情を作ってよいかわからない様子で。

 

 そんな二人に向かって、父親は、きょとんとした表情で言った。

 

「あの……、どなたですか?」

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「美香ちゃんも、等しくみんな、幸せにはならなかったということだね。まぁ、『引き取ってもらえただけ』ましな解決といえなくもないんだろうけど」

「…………」

「何か不満かい?」

「…………不満っていうか疑問よ。っていうか、アレ、ひょっとしてスピリットの能力?」

 

 数日後。月城駅前から橋に向かって歩くビヨンドとまどか。表情は涼しげな笑みを浮かべている状態に戻っているビヨンドと、初日に彼と会った時のようなパーカー姿のまどかである。

 まどかの言葉に、ビヨンドはわずかに頭を傾げる。

 

「…………本来なら、ギルティアだろうがギルドライバーだろうが、種とか、エンブレムを破壊されたら、単なる廃人になるはずなのよ」

「ふむふむ」

「だけど、あのお父さん? 全然普通だったじゃない。記憶は少し、失ったけど」

「そりゃあそうだろうけどね」

 

 涼しげに微笑む彼は、やはり他人事のようで、それがまどかには無性に腹が立つ。

 顛末だけ述べるなら。十川家族は、ビヨンドが提示したような形で表面上は再構築された。ただ内実は大きく異なる。

 

『あの……、どなたですか? って、あれ、美緒さん?』

 

 母親の顔を見るなりそう語った父親に、膝をついて、彼女は号泣した。美緒、とは十川美香の母親の名前だった。事情をいまいち理解していなかった美香だが、しばらく話をするとだんだんと状況を理解していく。

 

「なんで、高校生くらいまで記憶が戻るだけで済んでるのよ」

「済んでないんじゃないかな? うん。それまでつちかってきた人生経験やらなにやらなにまで、全部消し飛んでるんだから」

「それでも、それで済んだってことが驚きよ。というか、信じられないというか……」

 

 意味記憶――知識などは無問題で成人後の状態まで残っているが。エピソード記憶――思い出などがすべて、高校生の頃までさかのぼっている。

 おまけに、高校時代のそれは、十川美緒と付き合い始めた直後というあたりまで記憶が消滅していた。

 

 娘の存在を受け入れられず。また父親もなく、母も施設という状況に卒倒した父親と。それに対して、朦朧としていたはずだった母親は、顔を引き締め、彼を抱き留めた。

 

「まぁ、丸くとはいえないかもしれないけど、とりあえずは悪くない形で収まったんじゃない? わざわざ『覚悟を決めて叫んだ』みたいだから、そっちはどうでもいいのよ。どうせ、ちゃんと、また家族になるんでしょうし、あの三人。ひょっとしたら四人になってるかもしれないけど」

「いや、よくないよマルメガネ。とくに君が人間を嗜好するならなおさらさ」

「…………いや、いいじゃない? あれで、とりあえず家族またまとまったんだから」

「そう簡単に割り切れないのが人間っていうものだよ。こればっかりは、ビヨンドもよくわからない領域の話だけどね。

 ただ少なくとも、記憶を失う前の父親たる彼は、いったいどこに、やりきれない感情をぶつければいいのか。たとえそれが半分だとしても」

「…………」

「まぁ、マルメガネの質問に答えておけば、スピリット・ビヨンドの能力であることに違いはないけどね」

「………………だから、わざわざビヨンドつける意味ってあるの?」

「アイデンティティ」

 

 涼しげに微笑みながら、彼はエンブレムを取り出し、目を細める。

 

「スピリット――――精神とか、精霊とか、そういう意味になるかな?

 これの能力は、『感情、意識を弾丸に転換する』っていうあたりだね」

「感情を、弾丸に?」

「うん。ソロゥ・ドローあたりは大して消費はしないけれど、問題はイレイズ・ドローだね。こう、二回ね、回したときのアレ。最後に撃った」

 

 右手と左手を構えて、軽くその時の動きを再現するビヨンド。

 

「あれはモロに『葛城葵の感情』を消費して、狙撃した相手の機能を『確実に葬り去る』。消費する感情にも寄るだろうけど、例外はないだろうね」

「いや、ちょっと、え?」

「だから逆説的に、感情とか人格を喰らって、あるいは起点として拡大するギルティアの機能そのものを破壊したってことだろう。食われた感情については取り返しはつかないけど、それ以外の部分については問題なかったと」

 

 つまりそれだけ、あのお父さんは自分の妻のことを愛していたってことだろうね、と。

 それを聞いた瞬間、まどかは言葉を続けられなかった。

 

 告白した彼女と、添い遂げる覚悟で娘を設けて――――あまつさえ自分の娘でなくとも、彼女たちに暴力を振るわないために距離を置いて。

 

 それを成しただけの精神性が、文字通り、ただただ自分の妻を愛していたというだけに端を発するならば。それは。

 

「……なんか、痛いわね」

「そんなに非常識かな?」

「いや、そっちの、痛車とかの方じゃなくって。

 こう、聞いててなんか、こう…………、なんだろう。おなかが、痛くなってくる感じがする」

 

 そっと自分の腹部をさするまどか。ビヨンドは目をさらに細めて、彼女の頭を、がしがしと、わしゃわしゃと、ちょっと乱暴になぜた。

 

「って、三つ編み崩れるわ! やめんかい!」

「はっはっは」

「棒読みのような笑いもやめんかい! っていうか何、慰めてるつもりなわけ!?」

「別にそういうわけじゃないよ。リハビリ(ヽヽヽヽ)みたいなものだね。葛城葵の」

「は?」

 

 意味がわからないという反応のまどかに、特に意味を分からせるつもりのないビヨンド。と、彼らが足を止める。橋を通り過ぎ、いくらかマンションの間を抜け、たどり着いた先は大型の病院。

 

 ――――月城中央病院――――

 

 つまりは過日、まどかかつてのパートナーだった、ハルカが入院している病院である。

 

「十川親子については、まぁビターだと思うよ? ベターであるわけはないし、どうしてもハッピーではないし、美香ちゃんはもうどうしようもないだろうね。母親に対しても怒りを向けようがないし、かといって父親も受け入れてもらえるような状態じゃない。まだしも、僕らの元を訪ねてくるならアフターフォローのしようもあるだろうけど。

 ……というわけで、僕はオヤッさんを紹介したわけで」

「…………」

「そして、君としては肝心のハルカちゃんとの対面となるわけだけど……、確か『途中でギルドライバーが変わる』っていうのは、システム的にやったことがなかったんだっけ」

「……ん。だから、データが、ない」

 

 おずおずとうなずきつつ、まどかはビヨンドの足の裏に隠れる。まるで彼を盾にするような体勢だ。

 怖いのかい? という彼に、別に、と首を振る。

 

「ただ……、その……、まぁ、どんな感じになってるかっていうのは、まぁ、その」

「怖いんだね」

「だ、か、ら!」

「うんうん。人間らしくていいと思うよ。この感じだと、君のところの長女がまったくイメージがつかないところだけどね」

 

 まぁマギちゃんも結局ああいう感じだったし、似たようなものかな? とかやはり涼しげな様子のビヨンド。いくよ、と背中を叩かれながら、まどかはビヨンドの後ろに連なって階段を上る。

 

「あ、いましたわ! 田辺、バット!」

「お嬢様、抑えてください……! っというか、なんでまた……?」

 

「?」

「なに、恨みでも買ったの?」

「いや、とくにはないはずだけどね」

 

 道中、ビヨンドに向けて謎の執念を燃やす女性の声が聞こえたり聞こえなかったりもしたが、それはさておき。 

 何やら手慣れた様子で病院の窓口でやりとりをするビヨンド。閉じている病室を特に気にせず、つかつかと前進する。

  

「まぁ、事情聴取とか、あの後にとられてたらこうしてお見舞いとかにもこれなかったろうし、その点は君の組織には感謝ってところかな? 感謝するいわれ自体はないんだけど」

「…………」

「どうやらそれどころじゃないみたいだね。ふむふむ……。」

 

 そして図らずも目的の病室を前に、まどかは足を止めて、ビヨンドの背中に隠れてしまった。

 

 小笠原ハルカ――――。プレートにはそう書かれている。

 エンブレムをもてあそびながら、ビヨンドは背後のまどかにわずかに振り返る。

 

「君が、前に出ないと」

「……いや、でも」

「正直、僕なんて本当に面識がないからね? いきなり僕が前に出ていくよりは、君が先行した方がいくらか状態がマイルドだと思うけれど」

「…………」

「まぁ、それが嫌だっていうなら、僕がいってもいいけどね。

 どうする?」

 

 ビヨンドは涼しげに微笑んだまま。まどかはしばらくそのまま、ビヨンドの背中で顔を下に向けている。

 やがて顔を上げ、意を決したように。

 

「前、いく」

「ん、なら頑張りな? うん」

 

 彼女の背中を叩いて、前に立たせるビヨンド。こころなし、その手が震えている。

 

 いったい、彼女とハルカという少女の間に何があったのかをビヨンドは知らない。あれほど自分の存在を嫌悪するまどかが、そんな彼女にとってそのハルカが、一番最初のギルドライバーが、どんな意味を持っているのかまでを彼は察する余地もない。

 

 だからこそ、扉を開けた彼女が。

 

「あの、失礼ですけど、誰です?」

 

 その、ハルカの言葉に足を止めてしまったとしても。

 

「……わたし、わからないの?」

「えっと、ごめんなさい、本気の本気でどなたです? あ、ひょっとして病室間違えてるとか、ありますか?」

 

 理由こそわからないまでも、ギルドライバーになってからの記憶を彼女が失っていることが、嫌というほどに伝わってしまったとしても。 

 相変わらず涼しげに微笑みながら、その両肩を抑え。

 

「おやおやさすがに覚えていないかな? あの事故のあったとき、僕らが君を助けたんですけどね」

 

 ええ、そうなんですか!? と驚いた声を出す彼女に、ビヨンドは適当にことのあらましを話す。当然、ギルティアやらギルドライバーやら、DxMについてはまったくふれず。

 

「救急車に乗せるところまではみていったんですけど、とくにウチの妹が、たいそう心配しててね、うん」

「あら、それは……。ごめんね? 心配かけて。あと、ありがとうね」

「………ッ!」

 

 まどかはベッドに乗り、ひしと、猛烈な勢いでまどかに抱きつく。

 

「あー、そんなに心配かけちゃった? ごめんね、よしよし」

 

 事情もよくわかっていないらしいハルカが、まどかの頭をなぜる。

 

 それに涼しげな笑みを浮かべたまま、ビヨンドは病室の戸を閉め、トレンチコートの胸ポケットを探る。少し目を見開いて、右手の先を見ても、そこには何もない。おおかたシガレットチョコでも探したのだろうが、見つけられなかったのだろう。

 

 

「……まぁ、わかったような決着しかつかないよね」

 

 

 仕方なしとばかりに両手を組み――――その涼しげな笑みを、ほんの一瞬だけ無表情に戻した。

 

 

 

 

 

 

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