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それだけ。

 ただ、好きな人には死んで欲しくないだけ。

 自分を好きになってもらうのは、その次。

 同じ時を繰り返せるのなら救いたい。

 ただ、生きていてほしいから。

 四月十六日。

 横転したトラックが、体を押し潰し、磨り潰し、命は消えた。


 灯白月々火、女性、十六歳、興ヶ高校二年生、同級生、クラスメイト、彼女の席は僕から右に三と前に二行った所、そして僕の好きな人。

 そんな彼女が由越交差点で死んだ。

 それを知ったのは事故のあった四月十六日、日曜日の十二時頃。

 救う余地もない即死だったらしい。

 そして今は火曜日の十八日。

 僕は珍しく二日間も学校に行かずに今、由越交差点に居る。

 歩道橋の上で手すりに腰を掛け、学校に行かない不良の振りをしている。

 彼女が死んだ事故現場は青いシートで囲まれていて中は覗けない、覗きたくもない。

 昨日も日がな一日、こうしていた。

 新学期早々休む僕と、死んだ彼女。

 とても学校に行こうとは思えなかった。

 平日に制服も着ずここに立っている僕は、他の人からどう見られているのだろうか。そんな思ってもないことを考えながら嫌気の差す現実逃避を自動で行う。

「おい、不良学生。新学期早々何をやっているんだ」

 不意に声がかかった。鼕華雨露とうかあまつゆの問いに、彼女を一目も見ずに答える。

「こっちが聞きたいよ、不良優等生。」

 そう言うと彼女も手すりに腰を掛け、腕を組んだ。

「お友達が傷ついているというのにほっておくと思うかい?」

 ほっておけよ、そう言うが完全に無視される。

「そもそも、君は何に悲しんでいるんだい? 君は彼女と付き合っていたわけでもなく、ただ好きだというだけなのに」

 意地悪そうに顔を覗いてくる。彼女なりの励まし方だ。

「人が死んだから泣く、というのは違うだろ。君も私も、恐らくほとんどの人が他人の死に無関心だ。人が死ぬ事自体は悲しい事ではない。それを悲しいと思わせているのは人間であって、その思考を持つものが居なくなれば、この世界で死を涙する事は無くなる」

 そういい終わると彼女はしばらく黙った。

「で、つまり?」

 そう問うと彼女は言葉を溜めていたかのように言葉を発した。

「せっかく同じクラスなのだから、ここで悲しんでいないで早く学校に来い、ということだね」

  そこで言い終わったかと思ったら「ここで、本題に入る」と続かせた。

「一つ聞くよ。君は今、彼女を救うためなら私がどんな突飛な方法を言っても信じるかい?」

 突飛な方法。例を考えてみても特に思いつくこともない。あったならもうとっくにやっているだろう。

「それがどんな方法にかもよる」

「面白く無いくらい普通な答えだね。まぁ、君ならそんなものか」

 そう言うと彼女は手すりから背を離し、フードの付いたグレーのジャージから、黄金色の鎖と蓋の付いた懐中時計を取り出した。

 どうにも彼女が持つには似合わない。

「君にこれをあげるよ。私にはもう必要の無いものだしね。今日はこれを渡すために来たんだ」

 渡す。そう言いながらも彼女はまだ、渡すつもりは無いらしい。

「それが何の役に立つんだ」

 そう問うと彼女は小さく笑った。

「これはね、時間を戻せるんだ。使用者の記憶は保持してね」

 へぇ、と。そんなつまらないことを聞きながら口から漏れる。

「君が使わないことには証明できない代物だよ。だから一回は使ってみて欲しい。」

 今までこういう類の冗談は言わないような奴だったが、さすがに信じられない。

 そのまま黙っていると、彼女は勝手に使い方を説明してくる。

「時を戻るには、蓋を閉めたまま中の針を巻き戻すといいよ。ちなみに調節螺子の一周が一時間くらいだから。そして針をセットしたら上にあるボタンで蓋をあける。すると次の瞬間には巻き戻した針の分、時間が戻るはずだよ。どうかな、信じるかい?」

 そういって、懐中時計を差し出してくる。

 当然、この説明を聞いただけで信じられる奴は少ないだろう。それでも、藁にも縋る思いで受け取った。

「本当だったら感謝するよ」

「本当だから今、感謝して欲しいね」

 そう言うと彼女は微笑んだ。

「早めに欲しいなら言ってね。多分、渡すと思うから。じゃ、帰るわ」

 そう言って彼女はあっさり歩道橋を降りていった。

 一人になった横断歩道にちょうどいい昼の風が吹く。

 それにしてもこの懐中時計。彼女がもって居るのを何度か見たことがあるが、その時は誰にも渡さないとばかりに大切そうに持っていたのに。もし本当に時間を巻き戻せるのなら、自分もあんな風に大切に持っておくだろう。しかし、彼女みたいに誰かに渡したりせずに。

 戻るならいつがいいだろうか。一旦一四日、つまり百回くらい、調節螺子を回してみる。正直これで戻れなかったらキレそうなくらい面倒くさい。

 ひたすら無心に回し続けて百回。彼女の話では、後蓋をあけるボタンを押すだけで戻れるらしい。

 一回、深呼吸をしてボタンを押した。

夜空 朱那巡{よぞら かなめ}

灯白 月々火{とうはく つつか}

鼕華 雨露{とうか あまつゆ}

由越交差点{ゆうえつ}

興ヶ高校{こうきょう}

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