序章
序章:ある世界の男の話
男は苦しむ人々を救いたいと願っていた。
男は日本の生まれであった。
自分の生まれた国がどれ程恵まれているかを知らずにいた。そして、どこの国もみな同じように幸せで平和なのだと思っていた。
しかし、男は成長するにつれて、現実を知っていく。
世界はどこも日本のように平和ばかりではなかったのだ。世界を見渡せば内戦や紛争があり、その過程で多くの難民が生まれているのを男は知った。
平気で自国の国民に銃を向ける国もあれば、宗教を理由にテロを起こす集団もいた。
この現実を知っていくにつれ、男は恥ずかしくなっていった。
「自分達は平和を謳歌しているのに世界には苦しんでいる人々がいる。なぜ、助け合おうとしない?なぜ人々の命より、自らの利益を優先する?」
男は決心した。誰も助けないのなら、せめて自分が助けよう。
全てを救うことはできないかもしれない。けれどそれは助けいにいかない理由にはなり得なかった。
まだ、顔も知らない誰かを救うため男はありとあらゆる努力をした。体を鍛え、学校の勉強は常に一番を取り続けた。
特に英語は力を入れた。言葉を喋れなければ、救えるものも救えないと思ったからだ。
毎日家に来る、新聞を読み、ニュースを見て、世界情勢に対しての知識をひたすら溜め込んだ。
学校ではその手の知識のあるクラスメイトや教師とひたすら自らの考えを論じあった。
全うな高校生ではなかったかもしれない。本来なら友人を作り、アルバイトをしたり、遊びにいくのが普通だ。
しかし、男はそのようなことをせず、ただひたすらに体を鍛え、勉強をし続けた。
そして、男は20歳の時に中東のシリアに渡った。
なぜ、シリアなのか?
日本人カメラマンがテロリストに捕まり、殺されたのが切っ掛けだったからだ。
そこは人の作る地獄だった。毎日のように爆弾が降ってくるのだ。
ついさっきまで子供のいた場所が爆発し、赤い肉片や体の一部が散乱しているのを目の当たりにした。
毎日、救いたいと願っていた人々が死んでいく。
自らの無力さに絶望する日々。
「あんなに努力したのに人一人助けられないのかよ!」
ある時、仲間が男の腕の中で亡くなった。シリアに来て以来、大変世話になった人物だった。
手取り足取り、右も左も解らない自分に多くのことを教えてくれた。
最後にその仲間は言った。
「お前はもうよくやった。自分の国に帰れ、そこでどうか幸せになってくれ。」
その仲間は男を庇い致命傷を受けた。
なんと言う皮肉だろう。助けたいと願っていた人に命を助けられるとは。そして、自分が原因で仲間が死ぬのは。
男は仲間の亡骸に涙を流しながら誓った。
「すまない、それはできない。俺は先に逝った人々の為にも命尽きる限り、救い続ける。皆の救いが俺の幸せに繋がるのだから。」
男はその誓いを胸に武器を手に取り、敵を殺戮し続けた。
そして、最後の難民達を逃がすために男は数名の仲間たちと共に、戦い続けた。
大軍を相手に多くの難民達を逃がすことができたのだ。上々だろう。
少数の仲間も皆やられてしまった。
男も腹部に銃弾を幾つか受けていた。
目の前を政府軍が通っていく。
しかし、男はこのまま無為に死んでいくことなど出来なかった。
男の誓いがそれをさせなかったっと言った方がいいだろうか。
男は手榴弾のピンを抜き、それを政府軍の兵隊の足元に転がした。
距離にして1メートルあるか、といった距離だ。
男は腹部に銃弾を受けているので、逃げることは叶わない。
手榴弾が爆発する。
男には手榴弾の爆発がやけに遅く見えた。時折、戦場で銃弾が見えるときもあったがその時も同じだった。
男は最後になって、ある願いが胸の内に宿っているのに気がついた。
そして、それを最後に胸の内で願った。
「もし、叶うのならば、次があるのならば俺は今度こそ多くの苦しむ人々を救いたい。」
その願いと共に手榴弾が爆発し、その爆音と共に男もこの世を去った。
その男の人生は25年で幕を閉じた。