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死滅祭  作者: 雪人形
1/2

前編

 ある日魔物の国から、手紙が届いた。


 拾ったのは僕だけど、それは別に僕宛じゃなくて、正直がっかりした。でも中身は今もちゃんと覚えてる。




【こんど まおうさまが しをむかえます おいわいをするので にんげんさん ぜひ きてください】




 そこから始まるその不思議な文章は人間には理解出来なかった。魔物が人間宛に、人間の社会の一番簡単な文字で、子供にも分かりやすく書いたはずのその手紙は、でも人間の賢者でも理解出来なかった。

 その時人間にとって死は悲しむもので、故人を想う事はあっても、決してお祝いをするものでは無かったから。

 魔王とは、字のまま魔物の王というだけで、悪政を働いているというわけでもない。人間と魔物の仲も良好。なのに何故、死ぬのを喜ぶのか。それとも【おいわい】とは、お祭りの様なものではないのか。


 大人たちは頭を捻って考える。僕はなんだかおかしくなって笑ってしまった。そんなの。





「行ってみたら何なのか分かると思うのです。どうか、僕に行かせてくれませんか? 絶対に失礼の無いようにします」


「君は確か手紙を最初に見つけた少年か……。君は魔物の国がどう言うものかきちんと理解しているのかい?」


「はい、賢者様。人間の国より豊かな国土に住んでいて、人間より魔法も身体も強いのに優しい性格の住民ばかりで、良く美味しい麦をくれます」


「はは、なるほどね。お母さんから教えてもらったの?」


「はい!」


「じゃあ私からも知識を与えよう。勇者は知っているね?」


「はい。人間の中で最も強い人です」


「そう。そして、同じく魔力が強い者や剣術の優れた者が共に魔物の国に向かい、使者を務める。だが、その魔王に礼をすると言うたったそれだけの事をまだ人間は出来ていない」


「え?」


「広大な砂漠を歩き、深い谷を渡り、険しい雪山を越え、鬱蒼とした熱帯雨林を抜けて、ようやく魔物の国に着く。そこまで辿りつける者もごく僅か。そして、魔王に会っても…… いや、それはいい」



 途中で言葉を切るなんて珍しい。いつもはずっと目を見ながら難しい言葉で話し続けるのに。


 賢者様の住む屋敷には凄く沢山の本があって、国中から大人が本を読みにくる。そして大広間には椅子が並べてあって、そこで賢者と呼ばれるこのお爺さんが色んな事を教えてくれる。

 賢者とは皆の先生だ。国の王様とも仲が良い。

 だから、困った事があれば子供は大人に言って、大人は賢者様に言う。

 僕が拾った手紙もお母さんが賢者様の屋敷に届けて、そこから城に届けられた。

 国王に直接会えるのはそれこそ勇者にならないと無理だけど、賢者様になら時間が合えばいつだって、子供の僕だって会える。だから僕は直接お願いしに来たんだ。


「僕は、僕は魔物の国に行ってみたいんです……」


 僕にはそれしか言えない。国中の人どころか、お母さんさえ納得させる言葉なんて知らない。

 賢者様の所に行ってみろって言ってくれたのだってお父さんで、僕はズボンを掴みながら頭を下げるしか出来ない。

 想いをちゃんと伝えられないのって、凄くもどかしい。


「お願いします!」


「陛下と会談の予定もある事だし、調度良い。明日、また来なさい。君の持っている一番良い服で。……魔王様に失礼の無いように出来ると言ったのは君だからね?」


 顔を上げて見ると少し困った様な、でも凄く優しい笑顔だった。

 もしかして? もしかするのかな? 本当に?


「ありがとうございます!」


 自分でもびっくりするぐらいの大きな声が出た。息が出来てる気がしないのに胸が新しい空気でいっぱいになる。なんだか部屋の中もさっきより明るくなった気がする。

 嬉しい!

 僕は急いで家に帰ることにした。ああ、早くお母さんとお父さんに教えなきゃ!

 扉を開けて、出る前にもう一度にお礼を言った。


「明日は朝の支度を終えて準備が出来たら直ぐに来なさい」


「はい!」







 次の日。今僕は国王陛下の前にいる。

 昨日は帰ってから家の中が大騒ぎで、弟や妹を寝かしつけても眠れなかった。

 ちょうどお母さんも準備で忙しそうだったからずっとお手伝いをした。いつもお母さんがしてる家事を僕がして、お母さんはお父さんの一張羅を僕が着られるように直してくれた。

 お父さんは、この服はおじいちゃんのずっとおじいちゃんから受け継がれてきたんだよと教えてくれた。本当なら僕があと5年して成人になったらもらうはずの服だ。ご先祖様の誰だって10歳で着たことは無い。僕は誇らしく思った。



 僕は、行きの馬車で教えてもらった礼節を思い出しながら、膝をついて頭を垂れる。なるべく堂々と。格好といい、気分は騎士団長だ。


「顔を見せよ」


 威厳のある声が響く。

 まるで、声に重さがあるみたいだ。


「賢者よ、文は見た」


「魔法陣は6名までと。国王陛下が赴くならば人数が足りませぬ」


「ならば、名目は」


「手紙を貰った者」


 沈黙が流れる。

 え、言葉が凄く少ない気がするけど、大人ってこんな感じで会話するの? お母さんと隣の家のおばさんは余計な事までずーっと喋ってるのに!


 えっと、『手紙を貰った者』って僕の事だよね。

『6名まで』は手紙に書いてあった。『魔法陣』は、魔物が用意してくれた転移の陣で、人間の国から魔物の国に送ってくれる。でもそこに乗れるのが6人だけなんだろう。

 魔王からの招待だから国王が行くつもりだけど、護衛が5人じゃ少なすぎるから代わりに僕が行くのはどうかと、『ふみ』で聞いてくれたって事かな?

 それとも国王の代わりにと賢者様の名前が出てるのかな? そして『手紙を貰った者』という『名目』で、僕も連れてってくれるって事かな。

 あと誰が行くのかで迷っているなら、その一枠に僕も入れてあげて欲しいと頼んでくれたのかも知れない。


 誰もまだ動いていない。

 こんな短時間でオトナの会話を理解出来たなんて、僕もオトナになれたのかもな。


 国王が動いたと思ったら、大臣が隣に立って内緒話をきく。言葉が本当に少ない。それとも、人間の王族が特別なのかな。



「国王陛下のお言葉を伝える! 魔物の国の【おいわい】への参加者は『賢者』『大魔女』『司祭』『第四王子殿下』『騎士団長』そして『手紙を受け取った少年』とする。なお、これは決定ではなく7日後までは変更される事もある。【おいわい】のための転移は8日後である!」



 僕はまた叫びそうになるのをこらえて、お辞儀をした。

 決定ではないって事は、もしかしたら変更されるかも知れないって事だ。それまで失礼なことをしない様にしなければ。







 それから数日は大変だった。

 僕の家に沢山の人が来て、お祝いを言ったり嫌味を言ったり。中にはお金を沢山持ってきて参加資格を譲って欲しいという人もいた。見た事がないような大金だった。

 ある日なんかは、僕が歩いていると後ろから殴られて攫われそうになった。


 それから僕は賢者様のお屋敷で過ごしている。


 大魔女様や、司祭様ともお話しした。

 司祭様は優しいお婆さんだった。手を触れると暖かくて、とても幸せな気分になる。きっとこれが回復魔法だと思ったら、違うよと笑われてしまった。

 大魔女様はとても綺麗な女の人だった。色んな上位の魔法が使えるのだと言う。身体に沿った黒いドレスを着ていて、見てるとなんだか恥ずかしくなる。照れていたら、大魔女様に意地悪を言われた。賢者様にもからかわれた。司祭様は優しく笑ってる。恥ずかしい…。


 転移までは、お屋敷で過ごすというので一生懸命お世話をさせてもらった。大魔女様には会うたびにからかわれる。これは会うたびに顔が赤くなる僕が悪い。なんでだろう、全然馴れない。

 司祭様は沢山話しを聞いてくれるので、楽しくてついつい御用が無いかを聞きに行ってしまう。賢者様のお弟子様が呼びに来るまで司祭様の部屋にいるのが僕のお屋敷での過ごし方になった。


 お屋敷の本の片付け、ご飯の支度、薪割り、湯沸かし、掃除におやつの用意。そんなお手伝いをしながらお弟子様達に魔物の国の事を教えてもらった。

 魔物には沢山の種類がいる事が分かった。動物に似た魔物から、中には炎や影など身体が物ではない魔人もいるのだと言う。

 そして魔王様。なんと、国王様のように王子様が継ぐのではないそうだ。その時一番強い魔物が魔王になるらしい。でもやっぱり魔王一族が強いから、王子様が魔王になる。魔王様が力が衰えたなと思ったら交代していいらしい。魔物には、魔力が目で見えるので誰が一番なんてすぐわかるんだそうだ。



 そして、7日目の朝。一緒に行くという第四王子様が賢者様のお屋敷にやって来た。

 賢者様と大魔女様と司祭様と、一緒に並んで出迎える。

 王子様は背が高くて格好いい人だった。金髪で青い瞳が国王様と同じだ。確か16歳になられるとか。僕意外は大人だ。当たり前かも知れないけど。


 身体が宙に浮いて、背中に何かが叩きつけられた。

 違う。僕が壁に当たったんだ。お腹が痛い。背中も痛い。息が出来ない。音が聞こえない。



「なんだ。賢者が選んで国王が認めたから、なんか不思議な力でもあるかと思ったら。本当にただの餓鬼かよ」


「殿下!!」


 王子様の足が上がっているのが見えた。ああ、僕は、王子様に蹴られたのか。


 王子様の隣で大きなおじさんが怒鳴っている。騎士団長様だ。司祭様は足をもつれさせながら倒れこむ様に僕の所へきて、背中を撫でてくれた。暖かい手が熱く感じてすぐ痛みも無くなり、呼吸も楽になった。ああ、これが回復魔法。

 大魔女様はいつもの僕みたいに顔を赤くしていて、髪が静電気を帯びたみたいに少し浮いている。

 賢者様は凄く怖い顔をしていた。知ってる、無表情って言うんだ。大魔女様みたいに怒った顔じゃ無いのに凄く怖い。

 王子様はこの前嫌味を言ってきた大人と同じ顔で笑っている。 


 僕がやる事は一つだ。




「王子殿下、無礼な態度をとって申し訳ありませんでした。お許し下さい」


 痛みは無くなったけどまだ立てないので、床に転がったまま頭を下げた。お詫びなのに座った状態で頭を下げていいのか分からなかったけど、取り敢えず頭を床に着くくらい近づけた。


「はは! いいなそれ。芋虫みたいだ!」


「この度は共に出来る名誉嬉しく思います。私は魔物の国に滞在中の世話係です」


「いいだろう。立て」


 直ぐに立ち上がる。少しふらつくような気がしたけど、お腹に力を入れて姿勢を良くする。まだ痛い。


「手紙をたまたま最初に拾った如きで調子に乗るな。以後はない」


 僕は何も言わずに頭を下げた。不必要に声を出すのは不敬だと習ったから。


 序列で言うなら、賢者様と司祭様が国王様と同じくらい偉く、次に大魔女様、そして王子様と騎士団長様がくる。

 多くの人に知識を伝える役目をもつ賢者様や、剣闘会に出ている騎士団長様を除いて、本来なら王子様のお顔を見る事すら許されない。

 皆様がダイヤなんかの宝石なら、僕は道端の石…… いや、砂粒か塵でしかない。


 王子様の言うとおりだ。何を調子に乗ってたんだろう。


 王子様と騎士団長様が去った後、僕は司祭様と大魔女様と賢者様一人一人に頭を下げて退出した。

 顔は見れなかった。






 その日はいつも以上に働いたのが良かったのか、8日目の朝を迎えられた。

 やった! これで一先ずメンバーとして魔物の国に行ける! 良かった。本当に。


 【おいわい】のメンバーである6人が広場の中央に並ぶ。国王様に向って序列のとおり。僕は後の方で荷物と一緒に並んだ。

 この荷物は一応の祝の品と、食料やテントなどのちょっとした旅のセットだ。何しろ、どこに転移されるかなどは手紙に書かれていなかったから、会場から遠ければ歩いたりしなければならないし、人間は転移の魔法など、大魔女様と賢者様の力を合わせても無理なんだ。だから帰りは最悪歩きだ。最悪だ。


 国王様のお話が終わり、転移の魔法陣が発動するのを待ちながらこっそりと、懐を確かる。そこには僕が彫った木のレリーフ付きのペンダントがある。

 プレゼントは国が用意したものがある。でももし叶うなら、僕も渡したいと思ったんだ。




 そして。

 それは突然始まった。僅かな耳鳴りと、大地に描かれる魔法陣。空が暗くなったと間違う程の光を魔法陣が放った。


 眩しさから瞑っていた目を開けると、そこはとても広いお部屋だった。


 僕の隣にあった荷物はない。変わりにとても綺麗なソファーがあった。お城の王様が座るような立派な物だ。

 当然、僕はその場から直ぐに離れた。騎士団長様も驚くくらいの早さで。

 だって、それが玉座だと思ったから。


 でも、玉座ならなんでこんな端に? 

 周りを見ると同じ様に立派な、でも賢者様のお屋敷の玄関ホールで見るような家具が置かれていた。

 ここはどこなんだろう。お城の謁見の間じゃ無いのかな?

 そう思っていると、何処からか声が響いた。



「人間の皆さん。こんにちは」



 子供の、流暢に喋り出したくらいの小さい子の声。妹と同じくらいだろうか。声の子が、男の子か女の子かは分からないけれど。

 そんな、舌っ足らずな高い声が部屋全体から聞こえてくる。


「私は、現魔王。先代の【死滅祭】に良く来てくれた」


 声は魔王様の物だった。凄い! 魔物ならうちの妹と同じくらいでも王様になれるんだ!

 僕が感動していると、王子様が顔をしかめてあちこちを睨んでいる。騎士団長様もあからさまでは無いけど、油断なく周囲を伺っているようだった。


「本番は明日になる。それまで、どうか寛いでほしい。何かあれば用意させるので、遠慮なく言ってくれて構わない。私は明日までは皆さんの前に出ることは出来ない。もし私に質問でもあれば今聞こうと思う」


 伺う様に囁かれるけどどこから聞こえるんだろう。それにこちらの声が届くのかな?


「声は壁全体を振動させている、といえば分るだろうか?風魔法の応用だ。そちら側からの声はまた別で、空間魔法の応用になる。小さな声でも届くようにね」


 一瞬、心を読まれたのかと思って心臓が止まりそうなほど驚いたけど、違った。王子様が何か言いながら凄く狼狽えているから、多分小声で呟いたみたいだ。


「済まない、考え事をしていたら声に出てしまっていたようだ。改めて、お招き感謝する」


 王子様から自己紹介を始めて、順番に言っていく。どこを向いて良いか分らないからみんな最初に向いていた方に話している。ちゃんとそこに魔王様がいるみたいに。そして魔王様も一人一人に言葉をかけてくれる。

 さあ次は僕だ。よね? 王子様を少し見てみたら、睨まれた。


「えっと、僕は……」


「では、君が今回の勇者かな?」


 え?


 魔王様の弾んだ声が響いた。勇者? 僕が? 違う、僕はただの村人だ。ただ手紙を拾っただけだ。

 なのに。


「そうです」


 賢者様が少しの間を開けてそう返事をした。


「そうか! 我々城の者一同、勇者に会えるのを楽しみにしていたんだ。明日実際に会えると思うと本当に嬉しい」


 魔王様の声がさっきよりももっと明るくなっている。

 もしかして、魔王様は『勇者』に会いたかったの?


 そう思って大人たちを見ると、顔が青くなっていた。二日酔いのお父さんより真っ青だ。

 皆お互いを見るけど、声には出さない。なぜなら、さっきこの距離で聞こえなかった王子様の声が魔王様には聞こえていたから。どんな内緒話だって魔王様には聞かれてしまう。


「僕も。僕も魔王様に会えるのを楽しみにしていました! でも、今までと違って僕はここまでの距離を歩いていません。先代方と違い、えっと、ジャクハイ者ですが、宜しくお願いします!」


「確かに、君は今までと違って随分若いようだ。それでも勇者になれるとは、人間はより強くなっているんだろう。素晴らしい事だ」


「光栄です!」


「今は互いに声しか届かないのが本当に残念だ。明日……どうか宜しく頼む」


 頼む? 何をだろう。


「……心得ております。しっかりと務めさせていただきます」


 僕が答えられずにいると、賢者様が言ってくれた。


 なんとなく、微かにあった威圧感というか圧迫感のようなものが無くなって、少し息を吐いた。

 僕は、賢者様に頼まれた事って何かを聞こうと思ってそちらを向いたらまだ皆顔が真っ青のままだった。

 何か喋ろうとすると、賢者様に人差し指でとめられた。首を横に振っている。


 意を決したように、大魔女様が指をあげた。大魔女様の細い指の先から光の粒子が溢れて文字を描く。


(どうするの?)


 次は賢者様がそれを真似をして文字を書く。


(本当ならこの子は世話係として魔物に直接会わせるつもりは無かった。しかしこうなったら仕方ない。)


(この子を勇者にですか?)


 司祭様も文字を書いた。騎士団長様は魔法が使えないから会話に入れない。書くものがあれば良かったんだけど。


(! な る け ざ ふ)


 王子様、字が逆だ。笑っちゃいけないよね。賢者様たちが凄いだけだもん。

 僕も見よう見まねで人差し指を出す。光を思い浮かべて動かしていく。


(ぼくは)


 あれ? 書いた端から文字が消えていく。賢者様みたいに長い文書は書けないみたい。

 でも大人たちは皆驚いてる。


(ゆうしゃ)

(やりたい)


 書いた途端に王子様に服を掴まれた。

 なんとか声は出さずに済んだけど、首が絞まって苦しい。


 騎士団長様に助けてもらったけど、王子様は今にも殴りかかって来そうなくらい怒った顔をしている。

 賢者様も、皆が険しい顔をしていて、司祭様だけ凄く悲しそうな顔をしていた。


(魔物は〜)


 賢者様が文字を書き始め、大魔女様が慌てて止めた。


(こんな子供に言うつもり?)


(それしかない。魔王を裏切るような真似は出来ない。)


(裏切りなんてしてないわ!)


(勇者だと言ってしまった。嘘を付くわけには)


(そもそも!貴方が言わなければよかったのよ!嘘を付いたのは貴方でしょう!)


(魔王は期待していた。)


(そうね!でも、招待状には勇者が来いなんて書かれてなかった。素直に言えばよかっただけじゃない!)


「もうやめて!」


 喧嘩なんかしないで。お願いだから。

 衣擦れだけが聞こえていた空間で僕の声がやたらと大きく響いた。


「どうかされましたか?」


 直ぐに先程とは違う、女性の声がした。やっぱり聞かれてたんだ。


「なんでもありませんよ。どうもありがとう。 所で、今日はお泊りの様だけれど、どこで休めば良いのかしら?」


 司祭様が優しい声で言った。壁からの声は直ぐに答えた。


「この館に部屋を6つ用意してございます。どれも同じ作りになっておりますので、お好きな物をお選び下さい」


「用意していたこちらの荷物が無いようなのだが」


王子様が気になっていた事を聞いてくれた。


「……申し訳ありません。確認したところ、招待状による転移の陣の指定が6人の人間とその衣服だけだったようで、手に持っていた物以外はこちらに送られていないようです。着替えなども用意させていただいたので、失念しておりました。本当に申し訳ございません」


「いや、用意していただいたのならありがたい。ただ実は人間の国に死滅祭というものは無く、分らないのだが、我々は手ぶらで良いのだろうか」


「それはもちろんでございます。魔物の国に勇者様御一行がいらしていると言うだけで何物にも代えがたい宝なのですから」


 賢者様がフォローしていたけど、墓穴も同時に掘ってしまったみたいだ。大魔女様が賢者様を睨む。 僕は小さくガッツポーズをした。


(ぼく)(ゆうしゃ)(します)(がんばる)


 王子様が息を吐き出して、僕を見つめた。今までと違って怒っている感じじゃない。


「ありがとう。また何かあればよろしく頼む」

(俺と来い。ガキ。)


「はい。どんな小さな事でもお尋ねください」


 会話が終わって王子様に引っ張られながら部屋に向かう。早足で力の入った歩き方なのに、足音が全然しない。階段からは床が全部絨毯だった。どんだけやわらかいんだろう。触ってみたい。窓枠も綺麗な彫刻が施されている。なんだか空まで綺麗だ。


「おい。ちゃんと歩け」


「すみません」


 少し現実逃避が過ぎたみたいだ。おとなしく王子様に着いていく。

 用意されたと言う一つの部屋に入ると扉を閉め王子様が口を動かす。声は聞こえない。


「棚に一通り飲み物を入れてありますので、お好きな物をどうぞ。葡萄酒もございます」


「ありがとう。いただこう」

(ここも聞かれているようだ。)


 光文字に慣れたのか、王子様は話しながら僕に見やすい様に書いていく。僕はまだ長く書けないので黙って頷いた。

 王子様はため息をついた。


「何を飲みますか? 勇者様」

(俺にやらせるつもりか。世話係。)


「あ、すみません!」


(紅茶でいい。入れ方は分るだろうな。)


「はい」

(はい)


(言うなら書くなよ。)


(すまん)


蹴られた。






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