「デブチ」
ある情景。
…そして曲。
記憶が蘇る。
普段は思い出す事なんか
皆無なのに。
「友達に戻りたい…。
もう疲れたの。
待つのはもう、、、
懲り懲りなの、
私、お見合いしたんだよ。
結婚前提にお付き合い
しようと思うの。
パパもママも、もう若くないし、
安心させたいの。
相手は同業者だし、次男だし。
お婿さんに来てもらって
パパの跡を継いでもらうの。」
テーブルの上に
合鍵を置きながら
まるで独り言の様に
早口に話す女は、
明らかに他人行儀で、、
一度も、、、
こちらを見なかった。
奴が玄関を出て行く気配を
扉が閉まる音が消す。
CDはラフマニノフの
ピアノ協奏曲第2番、
第1楽章を奏でていた。
「……ふん。」
リモコンで音量を最大に、
悲劇のヒーロー、
みたいな気分で、
ごろんとソファーに寝転んだ。
…いつの間にか
眠ってしまっていたようだ
こんな大音量の中、
我ながらよく寝たものだ。
…真っ暗な部屋、、、
フルボリュームで、
流れていた曲が止まる。
ランダム設定、
旧式のCDチェエンジャーが
カチャカチャと、
そして
始まったのは、ラヴェルの
「逝ける王女の為のパバーヌ」
暗い中、CDの
ボリューム表示だけが増減する。
…感傷的な曲だ。
タバコをくわえて、
聴いていたら、
孤独感が俺を包みこんだ。
「……………。」
…猛烈に
単車で走りたくなった。
メットを片手に外へ出る。
玄関前に無造作に停めた、
単車のシートの上に、猫。
「…どけやデブチ。」
メインキーをオンして
エンジンに火を点す。
いつもは近所に遠慮して
空吹かしなんかはしないんだが。
薄っぺらい月がバカにした様に
俺を見てやがる。
、デブチと目が合った。
ふてぶてしい野良猫だ。
白黒斑、
野良の癖にブクブク太りやがって。
隣の家のブロック塀の
上から俺を見下げてる。
(あんたが俺に餌をよこすからだろ?
俺が太った原因は
あんたのせいでも有るんだぜ?)
…癪に障る野郎だ。
俺がどんだけアクセル吹かして
脅かしても、
小石を拾って
投げる振りをしても、
俺を見たまま動かない。
でも、いつでも逃げれるぜ、
そんな体勢を保ちながら。
「ちっ!ばーか!!デブ猫っ!」
もう2〜3回吹かしてから
わざとらしく前タイヤを
ポンと上げて走り出した。
…旧国から環状線へ、、、、
バイパスへ行こう。
青信号が続いて気持ちいい
余計な事は考えない、
考えれない。
赤信号で繋がった
車の脇をすり抜けて、、、
先頭に出たら、
そこはバイパスの入り口。
合流車線を
2速、3速と引っ張る。
うるさいマフラーの
悲鳴が雄叫びが心地よい。
150キロ辺りでフロントタイヤが
スゲーぶれる、
ステアリングダンパーを
付けなきゃな。
ひとしきり走ってから
海岸沿いの道の駅に入る。
自販機のコーヒーは
130円もしやがった。
…何が友達だ。
俺にとって、女ってのは
自分の女か赤の他人。
異性の友人????
…意味が解らんわ。
もう二度と会わねーのに
友達も糞もねぇもんだ。
海鳴りを聞きながら
ふと空を見上げると、
さっきの月は
…もういなかった。
…帰ろ。
つまらなく
そして平凡な日常の為に、
明日も又、働かなくちゃ。
帰ったらデブチに謝ろう。
月の満ち欠け、
野良猫の瞳。
…おビールちゃんは、、、3本目。
あれから
何年経ったのだろう。
因みに
デブチはまだ生きている。