第14話「龍の頸の珠」(下)
……一方、再び夜の島。
「……ふぅ」
表いつみの命を定着させた裏のいつみは、安堵したような表情を浮かべる。
「ありがとうございます。舞さん、『紅れ葉』さん」
いつみは、二人に向かって深々とお辞儀をした。
「…はい。」
「…」
そして、顔を上げたいつみは、安らかな表情で空を仰いだ。
「私にできることは、全て終わりました。
お兄さんに最後に挨拶できなかったのは残念だけれど、私はそろそろ行こうかと思います。」
“裏”のいつみはもとから自分が生き残る想定などそもそもしていなかった。
だから、皆の人力の目的は、ここまでだと勝手に思い込んでいるようだ。
彼女は、その先があることをまだ知らない。
「…これで、終わりだと思っているのか?」
「………え?」
くれはがそういうと、いつみは豆鉄砲でも喰らったかのような表情になる。
それに、舞が付け加える。
「…あの子は、君も救うつもりですよ」
その言葉を聞いて、いつみは一瞬虚を突かれたような顔をするが、すぐに険しい顔になる。
「……いいえ。私はこれ以上、『龍宮殿いつみ』の中で永らえるつもりはないわ。
すべての因縁は終わったの。これ以上彼女を巻き込むわけにはいかない!」
いつみは断固としてそういうが、くれははけろっとした顔で言う。
「じゃあ、アイツの中で生きなければいいじゃねぇか。」
「!?」
いつみには、完全に理解のできない話だった。
このまま、この「いつみの意識の中の夜の島」で果てるのかと思っていた。
だけど、彼らは、自分も救おうとしていることに、
そして、それが出来る方法があることに、いつみは混乱を隠せない。
「…説明は、面倒だから省くけど。」
「分離した今、お前の魂は別のモノに定着できる…。」
「そ、そんなことが…」
完全に想定外の出来事に、いつみの頭は半フリーズ状態だった。
「…頭が固すぎるのも、困りものね。」
「時間がねぇ、さっさとやるぞ。」
混乱するいつみをよそに、二人は“もう一人”の救出作業に入った。
二人は、いつみの腕を握り、そのままの状態で意識を現実に引き戻した。
◇ ◇ ◇
現実に戻ると、意識はくれはが手にしていた。
そして、くれはの手には、輝く光の塊を持っていた。
「…戻ったか」
奏はすぐにくれはに駆け寄ると、くれはは黙って光の塊を奏に手渡す。
「……必ず、助けるからね。」
あとは、この塊を、いつみの隣にある賢者の石“龍の頸の玉”に移すだけ……
その時、くれはは直感的に気づいた。
それは、“膨大な遺産の知識を持つ”くれはだからこそ、わかったことだった。
奏の右手の甲に光る石……“カンマシェイプ・クリスタル”は、他の賢者の石と反発する、と。
「待て!!奏!!!石が“反発”する!!」
「!!」
その声に咄嗟に反応した奏の手首を、くれははすかさず捕まえた。
今は確かに時間がない。
だが、舞とは違うその鋭い眼光が、何か奏を止めさせなければいけない理由があるのが、
まだ短いながらも、コンビとして、そしてチームとして活動してきた奏にはわかった。
「くれはさん…どういうこと…?このままじゃ、いつみちゃんが…!」
「今俺がどっちかなんて些細な問題だ、お前の石とこれは反発しあってしまう。」
それを聞いて、奏はハッと気づいた。
いつみの身体の中の魂と、龍の頸の珠の魂をリンクした時の衝撃。
石から感じる違和感と、熱。
それは、自分の石が賢者の石である龍の頸の珠と接触したから起こった現象だった。
「……俺に任せろ。」
くれはは、不安そうな顔をする奏から塊をもう一度手に取り、
転がっていた龍の頸の珠を拾い上げた。
そして、二つを両手に乗せ、両手をくっつけて、意識を集中させる。
魂を、この石に定着させるために。
そして、意識は再び暗い海へと落ちていく。
ふと気づけば。
くれはは、舞は、暗い水面の上に立っている感覚を感じていた。
目の前には同じ顔
目の前には同じ顔
彼女は、くれは
彼女は、舞
よく知ってる、もう一人の自分
よく知らない、もう一人の己
「不思議な縁ね」
横から、いつみの声が聞こえた。
この暗い水面の上に、彼女も立っている。
舞とくれははともに振り向いた。
「まさか、あの名高い『紅れ葉』と初めて会うのが、この時代になるだなんて」
いつみの言葉に、舞は黙り、くれはは軽く返した。
「…そんなに俺は大層なもんじゃねぇよ。今はこいつの同居人だ。」
そう言いながら、くれはは舞を指さす。
「…そうね。とは言っても、私もあんまり詳しくはないのだけど。
でも、この変な縁は…もうしばらく続きそうね?」
おどけるように、少女の姿をした彼女は言う。
「俺らとしては、そんな縁は続いてほしくはないんだが」
「あら、嫌われちゃった?」
くれはは、くすくすと笑う彼女に少しいじられた時の子供のようなばつの悪そうな顔をする。
「…こいつが面倒事を嫌っているだけだ。」
「でも、その割には私を助けてくれたのね?
自分で言うのもなんだけど、生きようともしてなかった人間を、意地でも生かそうなんて言うのは、舞さんの柄じゃなさそうと思ったから」
「あいつ自身も、最初はそう思ってたみたいだぜ?
…だけどな」
そこで、今まで黙っていた舞が、口を開いた。
「…私は人のために馬鹿になれる人、嫌いじゃないのよ」
舞は相変わらず、不愛想な顔で、答える。
「それに、あの子は放っておくと暴走しそうだからね、私たちが守ってあげないと」
その言葉を聞いて、いつみは思わず吹き出す。
「ふっ…w。それは、わかる気がするw。
お兄さんは、見た目以上に抜けてるからね…w」
口元に手を当て、笑いをこらえながら彼女はそういった。
「でもだからこそ、彼がかっこいいと私は思ったよ。
まっすぐに一途に何かを願えるのは、強さだとおもう。」
そういういつみに、舞は小さくうなずいた。
「確かにそう思うわ…」
「舞さんは、見た目は『紅れ葉』さんとは似てるけど、中身は全然違うのね」
そういうと、ふたりは顔を見合わせながら、まぁ、そうね。と首をかしげた。
「ふふ。この先私がどうなっていくのかはまだわからないけれど…
舞さんたちがくれた新しい道を、私なりに歩んで行きたいと思う。」
舞は、そういういつみに対して、軽く微笑んだ。
「…それが、いいわね。応援するわ」
「うん。この先ももしもご縁があったら、その時はよろしくね?」
そう言っていつみは舞、そしてくれはの手をそれぞれ取り、自分の掌の上に乗せた。
「…お前も、気張って行けよ。」
「頑張ってね。」
いつみは二人の顔を最後に一度見比べた。
そして、一言
「助けてくれて、ありがとう」
いつみが淡く二人に笑顔を向けると、気が付けば舞の意識は現実に引き戻されていた。
舞の後ろでは、奏が心配そうに様子をうかがっている。
「秋家さん、大丈夫?」
「…問題ないわ。」
そんな舞の手の中には、新しい「在り方」を手に入れビー玉ほどまで小さくなった、五色に輝く美しい宝玉が握られていた。
その石は、触れるとしっかりとした温かさを感じる。
「…それ…」
奏が問うと、舞はその石を見ながら答える。
「新しい、生き方を選んだいつみよ…」
「…成功、したんだね」
舞が頷くと、奏は肩の力が抜けたように脱力して、安堵のため息を漏らした。
「よかった…」
そして、奏のその両腕の中には、すべての呪縛から解放された、「ただの女の子」が静かに寝息を立てていた。
「…ええ。これで二人とも、生き続けていられるわ。」
「よかった…よかったよ、本当に…」
そんな中、めきめきと音を立て、君たちの隣に生えていた低木が割れる。
その割れ目から出てきた少年は、ふらふらとしたままどさりと砂浜に落ちた。
それと同時に展開された領域がすーっと消えていく
奏はそれを見て、いつみを静かにそこに寝かせて駆け寄る。
「杉木さん!!」
「支部長!!」
事態の解決を悟ったビディもみんなの元へ駆けつける。
「あばばばば…。今回私ちょーがんばりました…」
息を切らしながら杉木はその場に大の字に寝転がる。
そんな杉木を見て、舞はしゃがんでねぎらいの言葉をかける
「…お疲れ様。」
「杉木さん…ありがとうございました。」
奏もお礼を言うと、杉木は目の前の二人を見上げて問う。
「二人とも、救えましたか?」
「…はい。二人とも、ちゃんと生きています。」
それを聞いて、ビディもよかった…と安堵した。
「ふふふ。大変よろしい。」
そして、倒れたまま杉木は大きく一度息を吸って、
「では!これにて一見落ちゃ「ちょぉっと待ったーーーーーっっっ!!!!!」
そう声を張り上げたのは、ビディの肩に乗ったままのちび裕子だった。
「わっ、ゆ、裕子さん!?」
その声に、奏とビディと杉木はびっくりして裕子を見る。
舞は相変わらずの無表情で皆と同じく裕子を見た。
「ふっふっふ。龍さんのヤロウがやらかしてくれた嵐による町の被害、この『嵐島』上空で起きた異常気象と戦闘音、そしてなにより、奏くんの腕の中でスヤァしてる『何も知らない』いつみちゃん……」
腕を組みながら、ちび裕子は引きつり笑う。
「|本体(裕子)から伝令っす。町がパニクる前にはやくなんとかしなさいって☆」
それを聞いて、みんなは一度固まった。
そして、舞がいつもの大きなため息を一つ。
「…はぁ、面倒だわ。」
「…まだ、帰れそうにないね…」
杉木はぼろぼろになって大の字に寝転がったまま、魂が抜けそうな顔をした。
「ただでは終わりませんねぇ…」
「あっはっはー…。……最後に、もうひと踏ん張り、しますかぁ。」
裕子も、ビディの肩で疲れ切った様子で失笑する。
そして、奏は眠るいつみを抱きかかえて立ち上がった。
「…そうだね。もうちょっと頑張ろうか。」
「…だから、私は面倒事が嫌いなのよ」
舞も、玉を持ったまま渋々立ち上がる。
月明かりの空の下、彼らは最後の仕事に手を付けるために、小島を後にした。