第13話「龍の頸の珠」(上)
奏の放った極大の砲撃によって
空を覆っていた曇天は消え、満月の輝く星空が見えた。
潮も引き、波も穏やかになっている。
だが、今の事態まで穏やかとはいかなかった。
ボロボロになりおぼつかない足取りで、杉木は龍宮殿いつみの元まで行く。
そして、彼女の容体を確認するため、手首を軽くつかんだ。
「体温が落ちてる…!?これは、結構まずいですね…!」
その言葉を聞いて、奏はハッとした顔になり光の砲台を消していつみの元へ駆け寄る。
彼女は、まるで死んだように気絶していた。
このままでいけば、確実に彼女は死んでしまうだろう。
「…俺が眠っている間に大変なことになってるな」
刀を収め、心配そうにいつみを囲む一行にくれはは近づいた。
近づいてきた、舞の姿をした白髪の少女を杉木は見上げながら言う。
「あなたがくれはさんですか。挨拶する間もなくいきなり質問ですみませんが、
舞さんとの記憶の共有はどれほどなされてますか?」
「んー…そうだな。
大体のことは共有しているが、基本的に俺が出ている間はこいつの意識は深く眠っているからな…。
」
でもよ。と言いながら、くれはは自分の頭を指さす。
「俺が認識したことは、大体はこいつは記憶していると思うぜ?」
それを聞くと、杉木はひとつ頷いた。
「わかりました。では、今の状況を説明します。
まず、この少女が龍宮殿いつみさん。彼女はこのまま放っておくと亡くなります」
「…見ていれば大体わかる。」
「えぇ。それで原因なのですが…かの龍の封印が解かれ、彼女の魂が欠損しているからです。
なので、今倒した龍の肉体を、1000年前のように彼女に喰わせ、欠けた魂を補ってもらいます。
そのために、あの龍の亡骸を、私が私の領域内で分解させます。
…なので、奏さん、くれはさん。」
「…俺らは、何をすればいい」
「はい、私は龍の身体を散らさせずにとどめるので精一杯です。
レネゲイドの力のコントロールをお願いします。」
「OK、任せろ。」
「わかった。」
くれはも奏も、大きくうなずいた。
そして、杉木はビディと裕子の方を見る。
「ビディ、君は私の領域外で周辺警戒。絶対に中に入ってはダメだよ?」
「わかってます。」
「…裕子さんは…」
いつものちび裕子よりもかなり小さくなった裕子は、腰に手を当てて杉木を見上げる。
「お察しの通り、レネゲイドコントロールできるだけの力はこの身体にはないわ。
今できるのはビディちゃんの目になるくらいね。」
そういって、裕子はビディの肩に乗せてもらった。
「…わかりました。ではみなさん、作戦に移ります!!」
杉木はそういうと、周囲に因子を張り巡らせて“領域”を展開する。
木々の若芽が石畳から生え、結果内の空気が柔らかく澄んでいく。
そして、崩れ落ちていく龍の亡骸のレネゲイドが分解されていく。
「これくらいなら……俺でもすぐできる。」
くれははそれに集中し、レネゲイドの「流れ」をいつみに向かうように作った。
いつみの身体の周りに、レネゲイドが集まっていく。
そして、龍の身体が分解されていく過程で、首から落ちた五色に輝く球が落ち、くれはの足元まで転がって行った。
その間、奏は横たわるいつみの「中」に入りこのことを伝えるため、彼女の手を取った。
「いつみちゃん…」
奏は目を閉じ、あの場所を思い出すようにして意識を集中させる。
ざぶん、と暗い海に飛び込んだような感覚。
そのまま重力に任せるままに、下へ下へと落ちていく。
意識が明確になったのを感じる頃、君は何度も来た夜の社についていた。
降り立つ奏の前には、白い着物に身を包んだいつみが待っていた。
「お兄さん…」
が、その表情はどこか固い。
「…いつみちゃん、今、外でみんな頑張ってる。」
「…わかってるよ。」
いつみは、辛そうに、悲しそうにそう言って目をそらす。
「君の力で、龍の身体を喰うんだ。そうすれば、君が助かる道が開ける。」
いつみは、そう必死に語り掛ける奏に、すごく言いにくそうに切り出す。
「……ごめんなさい。“できない”の。チカラが、足りないの!!」
「…えっ」
奏が驚愕の表情を浮かべる。
「ごめんなさい、お兄さん。私の魂の半分は、『龍の頸の珠』の中に残してしまっている。
今の状態のわたいっでは、まともにチカラを使うことが出来ない。」
奏は一瞬頭の中が真っ白になる。
だが、いつみは続けて、苦しげに笑った。
「……助けようとしてくれて、ありがとう。
でも、私はあきらめて表のいつみだけでも……─」
ふと、奏の意識は現実に戻される。
最早、彼女は「あの場」を長時間維持する余力すらないのだ。
「──っ!!」
奏の意識が戻り、焦りの表情を浮かべているのをくれはが察して声をかける
「…どうした、奏?」
「…くれはさん…力を、貸して。」
奏は、このままでは彼女の力が使えないことをくれはや、近くにいた杉木に端的に説明する。
「成る程…それは盲点でした。でも、出来ることは出来ます。
彼女と、玉の中にある二つの魂に潜り込んでリンクさせるんです。」
奏は、それを聞いて、わかりました。と頷いた。
「…悩んでる時間はない。やるぞ」
くれはは足元に転がっていた玉を手に取り、それに意識を集中させる。
そして、くれはの意識は玉の中へと潜り込んでいく。
奏も、杉木の因子の力による手助けを少し借りながら、もう一度いつみの意識の中に飛び込んだ。
…また、海に潜るかのように「3人」は落ちる感覚を覚えた。
くれは、そして舞、ふたりは目の前に同じ顔を見た。
ここは精神世界だから、舞とくれはが同時に存在する。
3人は顔を見合わせた後、舞とくれはは玉の方へ
奏は再びいつみの奥へ向かう。
奏が意識の中にたどり着くと、玉の中と違って、死が近づいているいつみの中は、先ほど見たいつみの姿が見当たらず、島もガラスが割れるかのように崩れ始めていた。
「いつみちゃん!?どこ!?」
いつみの姿は見当たらない。
少しだけ彼女を探した後、奏はもう一方にいるくれはと舞の方にいると信じて、
リンクを繋ぐためにレネゲイドを巡らせる
「…時間がない。いつみちゃん」
奏は、崩れゆく夜の島で祈った。
その祈りと共に、粒子の柱が天高く昇って行った。
その粒子は、中のいつみの魂を引き寄せるための、蜘蛛の糸。
繋ぐための、糸。
◆ ◆ ◆
…奏がつくのとほぼ同じタイミングで、舞とくれはは島に降り立った。
二人は、「この島」を見るのは初めてだった。
終わらない夜の島。そこに二人がつくと、白い肝に身を包んだいつみが目を丸くして君らを見ていた。
「あ…、貴女はもしかして、あの『紅れ葉』!?それに二人も…!?」
何も知らない舞は、隣にいるくれはに向けて疑問を投げかける。
「…くれは、知っているの?」
その舞の言葉を聞いて、更にいつみは目を丸くし頭にはてなを浮かべた。
彼女にとっては、「紅れ葉」に「紅れ葉を知ってるの?」と聞いたように聞こえたからだ。
そんな呑気なことを話している暇もなく、こちらの夜の島の空にも、ピシっと亀裂が入る。
「(…この姿じゃ面倒だな)」
すると、くれはの皮膚が変化していく。
やがてくれはは、白い髪に、紅い着物を羽織っているような姿へと変わった。
それを見たいつみは、驚き、戸惑う。
「あ…、貴女たちは、一体?」
いつみの問いに、二人は答える。
「…私は『隠者』」「俺は『戦人』…」
舞とくれはの声が、重なる。
「「二人で一人の存在。それだけ」」
そう語る二人に、いつみはぽかんとする。
「はーみっと…う゛ぁるきりー…」
そうして二人の顔を見比べるが、すぐにハッとした表情になる。
「そ、そんなことより、貴女たち、どうしてここへ!?
私の魂は、本来の力もなくこのまま崩れ落ちるわ!!」
そう戸惑ういつみに、舞は凛とした言葉をかける。
「…で、貴女はそのままでいいの?」
その言葉を、いつみは理解できなかった。
「何を言っているの?私にはそもそも選択肢はないわ。
私は役目を終えた。静かに終わりを待つだけよ?」
今の中のいつみもまた、魂が半分に割れている。
だから、“身体”のほうのいつみとの情報が、統制されていなかった。
「…残念ね、あの子はとても悲しむわ。」
「…あぁ、まどろっこしい。時間もない。さっさとやるぞ。『舞』」
二人が手をつなぎ、天高く繋いだその手を掲げる。
そこから、二人を中心にして粒子の柱が天高く昇っていく。
そして、柱が天まで伸びると、天が、島が、月が、
壊れかけていた島が一つになる。
リンクが繋がり、崩れかけていた二つの島が統合される。
そこは「いつみの身体の中にある」夜の島だった。
そして、奏、舞、くれは、いつみがこの場にそろった。
何が起こったかわからないいつみは、再び目を丸くする。
「あ、ああ…こんなことになっていたのね…!」
いつみは、つながった空を見上げてそう言葉を漏らす。
「よかった…」
奏が、そのいつみの姿を見て、ほっと微笑んだ。
それも束の間。
奏は突然、全身に衝撃を受ける感覚と共に現実に戻される。
「お、お兄さん!?」
島では、突然消えた奏にいつみが動揺するも、すぐに事態を飲み込んだ。
「……っ、お兄さんは、外に飛ばされただけだ。なら大丈夫なはず。
今は、みんながくれたこのチャンスを最大限に生かさなきゃ…!!」
いつみは、月の輝く空に向かって両手を上げる。
そして、目の前の二人に確認する。
「それで、いいんですよね?舞さん。…そして『紅れ葉』さん。」
二人は、いつみを見て頷く。
「…えぇ。」
「あとは、てめぇ次第だ。」
魂がひとつとなったいつみは、どこか懐かしむように2人を見る
「では、まいります!!『龍を喰らいて、あの子に未来を!!』」
いつみの身体に、力が渦巻いた。
◇ ◇ ◇
そのころ。
現実世界に弾かれた奏は、まるで何かに反発したように突き飛ばされ、しりもちをつく。
「い、一体何が…」
奏がその衝撃の原因を確認しようとすると、ある一つの感覚を感じる。
右手の、甲。あの石から感じられる、
ぞわぞわした違和感と籠ったような熱。
「い、石が…!?」
その時、現実世界で変化が起きた。
先ほどくれはが造ったレネゲイドの流れによって、
龍のレネゲイドがいつみに向かって一気に流れ込んでいく。
彼女の身体がその流れたレネゲイドを受け、淡く光ると、徐々に身体に熱が戻ってきていた。
「…いつみちゃん!」
この少女は、これでもう大丈夫だ。
やがて眼を醒まし、全ての呪縛から解放されるだろう。
だが、奏はまだあきらめてはいなかった。
彼が一番心から、救いたかったのは
もうひとりのいつみなのだから。