自宅警備員と死神さん@
自宅警備員とは何か? そこに意味を求める奴はまだまだ初心者だ。今すぐマニュアル読んで出直してこい。
だが敢えて一言で表すなら、外敵から身を守る孤高な職業と呼べるだろう。
俺みたいなエリートにもなると、新聞勧誘にきた奴を普通に追い出すだけでは飽きたらず、如何に新聞が世間に不必要なのか、腐った国家事情が子供の夢を枯渇させてしまうのか、徹底的に説き伏せないと気がすまなくなる。
まさに鉄壁の守り。そう、俺は神。我が部屋の守護神である!
「さっきから何ぶつぶつ言ってるんですか圭介さん?」
おっとここにいたよ。神の守りをすり抜けてしまう、おっぱいの神が。今日も揺れてます。ありがとうございます。
しかし我が目の前に立つおっぱいの化身は死神なんですよね。
「な、何で私を見て溜め息吐くんですか!」
漆黒の長髪、同色の大きな瞳、雪のように白い肌。死神とは思えない可愛らしい容姿を持つ彼女の名前は――アヤメと言う。
……ん? ところで俺は誰かって?
ふふふ。俺こそは自宅警備員エリート! これまでに我が命を散らそうとしてきた死神を二人も葬った最強の戦士、もしくは天才。
そんな俺の名前は栗林圭介。以後宜しく。
「ひーまーだーなー」
俺は気だるさを隠さずリビングの床に転がりながら愚痴を呟いた。
「ひーまーでーすーねー」
アヤメさんも便乗してごろ寝している。ジリジリと俺に近付いて来てるのは気のせいだろうか。
まぁとにかく暇だ。やることがない。やる気もない。でも退屈で死にそう。
結局アヤメさんとごろ寝トークを続けるしかないのか。
「そういえばあのヒンヌー死神はどうしてるんだろうなぁ」
「マリー先輩の事ですか? 今ごろ誰かの魂を狩り取ってるんじゃないですかね?」
「うわ、そんな話聞きたくなかった……」
彼女達死神は寿命が訪れた生き物の命を狩るという役目を持っている。アヤメの先輩にあたるマリーはその命狩りのエースなのだそうだ。
アヤメさんだって少し前までは命狩りをしていたらしい。今はとある理由で俺の監視役(自称)をやっているけれど。
「…………」
「…………」
暇だなー。
話題もそろそろ尽きてきてアヤメさんとの会話が続かなくなりましたよ。もう寝ちゃおうかなー。
そう考えながら俺が大きく欠伸をしていると、外から玄関に取り付けてあるチャイムが鳴った。
「しめた! 俺が日々溜め込んでいた鬱憤を晴らすチャンスだぜ!」
新聞勧誘か? 怪しい宗教を布教しに来たおばちゃんか? 誰が来たにしろ、自宅警備員は外部の人間に対して容赦せんのですよ。
俺は嬉々としてドアノブを回し薄い玄関扉を開けた。
「悪い子はお前かぁあああああああああああああああああああああ! ……あああ?」
「は~い! しぶとく生き延びているみたいだね、圭介君」
「……あ……き……?」
俺が盛大な威嚇をもって出迎えてしまったのは新聞勧誘でも布教ババアでもなかった。
「久しぶり! ずっと大学に来ないんだもん。すでにくたばってるかと思ったよ?」
「俺をそこら辺の奴と一緒にすんな。俺は自宅警備員のエリート様だぜ?」
俺の目の前に立っていたのは白のワンピが似合っている女性、それも俺の幼馴染みだった。
名前は三森秋。ガキの頃は泣き虫のちんちくりんだったクセに、今では学内で有名な美人優等生だ。おまけに俺というエリートとも知り合いで実に恵まれている女である。
「で、秋は何しに来たんだ? 暇なのか? 友達いないのか?」
「ひっどーい! 圭介君がちゃんと生きてるかどうか見に来てあげたのに!」
秋はリスのように頬を膨らませてそっぽを向いた。しかも腕を組んでいる。組んだ腕に熟れた果実様が乗っている。
ここにもおっぱい神がいたのか!
俺の視線はすでに秋(の体の一部)にロックオンしていた。だから後ろからゆったり近づく乳神……死神の存在に気付くのが遅れてしまった。
「鼻の下を伸ばして、どこを見ているんですか……圭介さん?」
「……背中がチクリとするんですけどもしかして鎌とか出してないですよね?」
俺は大人しく両手を挙げて降伏のポーズをとる。
そんな俺の行動に怪訝そうな眼差しを送る秋がアヤメの存在に気付いた。
「あなた……誰?」
「ええと、私は第二十八式死神のアヤメと言います。それであなたは?」
「死神? ……ねえ、圭介君この子もしかして――」
秋は茶色いボブ型の髪を揺らしながら俺の耳元に囁きかけてきた。彼女の息が適度に耳に触れてこそばゆいが俺は鋼の意思によって何食わぬ顔を貫いてみせる。
「――電波を受信してる人なの? 黒いローブなんか着てるし」
「ばっかお前アレのどこにアンテナがあるんだ。アホ毛とか無いだろ? ああいう人はお花畑さんって言うんだよ!」
「二人で何やら失礼な事考えてませんか!?」
「とりあえず部屋上がっていけよ」
「うん。そうするー!」
「無視ですか!? ちょっと! 私は無視なんですか!」
後ろでギャーギャー騒ぐアヤメさんは置いて、俺は秋をリビングのソファに座らせた。それなのにこの女は座るよりごろ寝が良いとかほざいて床に寝転がった。
そういや秋は昔から寝るのが好きだったよな。一緒に寝てると俺の腹を枕にしてたんだっけ。
トボトボと肩を下げながら歩いてくるアヤメさんをソファに座らせて俺はコーヒーを淹れる準備をしに台所に向かった。
「ねえ、アヤメさん……でしたよね? 私の名前は秋って言うんですけど一つ聞いてもいいですか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「私の圭介君とはどういう関係なの?」
「!?」
「この部屋、女の匂いが充満してる。あなた、この部屋に住んでるでしょ?」
「それは……はい。私は圭介さんと同居しています」
「何で?」
「それは……その……禁則事項です」
「圭介君のこと好きなの?」
「ふえええええあああ!? べ、べべべべ別に好きとかそんなんじゃないですよ! 一緒にいるのはただの監視役っていうか、仕方なくっていうか、ななな何でもないんです!」
「そっか。好きじゃないんだ…………ふあぁ良かったぁ!」
「む……どういう意味ですか?」
「ううん、こっちの話!」
俺は人数分のコーヒーを用意してリビングに戻ってみたら、二人が何やら話し込んでいた。
あれか、男には理解できない領域、ガールズトークでもやっていたのだろうか?
「コーヒー持って来たぞ。飲みたいなら飲んでくれ。嫌なら飲むな」
「勿論いただくよ。圭介君の淹れたコーヒー美味しいもんね!」
「わ、私もいただきます」
二人とも美味しそうに俺のコーヒーを飲んでいる。
だが、何か二人が張り合ってるように見えるのは俺の気のせいか?
ともかく俺は話を切り出した。だってコーヒー飲んだ後はやる事ないし退屈なんだもん。
「何かおもしろいことない?」
俺の質問に秋は人差し指を顎に触れて可愛らしく小首を傾げた。でも俺は知っている。あの感じは何も考えていないか、最初から答えを用意しているかのどっちかだ。
秋の答えは後者のほうだった。
「実はおもしろい映画があるんだけどこれから一緒に行かない?」
秋は胸の谷間に手を突っ込んで二枚のチケットを取り出した。俺は『うおお!』と叫びかけたけど、アヤメさんがすっごいにこやかな笑みを浮かべて俺の脛を抓ってきたので何とか我慢できた。……めちゃくちゃ痛かったぜ。
「あれ、でもこれチケット二枚しかないじゃん」
アヤメさんお留守番になっちゃうよ?
「だって圭介君の部屋に同居人がいるなんて知らなかったもん。しかもこんな可愛い女の子! 意味分かんない!」
「何で俺怒られるの!?」
「だって、年頃の童貞に美人が一緒に暮らすとか……不潔じゃん!」
「んだこらぁ! 誰が童貞だ!? その通りですけど文句あんのか! このビッチが!」
「はぁああ!? 誰がビッチよ! 私はまだしょ………………このド変態!」
「誰が変態だ! せめてオオカミさんと呼べ!」
「少しは否定しなさいよぉおおおおおおおお!」
俺と秋が己の矜持を保つための口論を展開していると、アヤメさんが羨ましそうに俺達を見ている事に気が付いた。さらに言えば少し悔しそうに上目遣いで俺を睨んでいる。何だ。俺何かしたか。今日は何もしてない筈だが。
ああ。そうか。やっぱりお留守番が嫌なのか。……俺も嫌なんだけど、仕方ないよな。
俺はチケットを一枚秋から奪って、アヤメさんに渡した。
「「え?」」
何故か二人から疑問系のお返事が。何だよ。せっかく俺が貧乏くじを引いてやるっていうのに。戦争でもするか?
「二人で見に行って来いって言ってんだよ」
「あの、圭介君? 私は君と……」
「私は別にお留守番が嫌なわけじゃ……」
ったく。アヤメさんは妙なところで意地を張るからな。こういう時は後押しが必要だとこれまでの経験から学んでいる。俺は少々追い出すように秋とアヤメさんを外に放り出した。
「それじゃ楽しんでこいよ」
あ、いけね。お土産頼むの忘れた。
「圭介君って本当に鈍感なんだから!」
「分かりますその気持ち」
「昔っから勝手に間違った解釈するんだよね」
「ああ、それも分かります。それで周りの人も巻き込んじゃうんですよね」
「そうそう! 圭介君の奇行に一体何度迷惑を被ったか……」
「私もそうなんですよ。自転車を追いかけさせられた時は死ぬかと思いました」
「……はははははは!」
「……ふふふふふふ!」
「映画、見に行こうか」
「はい、行きましょう!」
時計の音が聞こえる。んんん? あれ、もうこんな時間か。あれから三時間も寝てたらしいな。
「ただいまです圭介さん!」
「……おお。おかえり」
タイミング良いな。今帰ったのか。
アヤメさんは少し重そうに荷物を抱えていた。行く時に荷物なんて持ってったっけと思いながらも俺は代わりに持ってやる。
「おお? これ、駅前のとこで売ってるバケツプリンじゃん」
「秋さんと一緒に食べてきたんです。圭介さんへのお土産に二人でそれ買ってきたんですよ。秋さんとはその後に別れまして」
「へええ。あいつ凄かったろ?」
「はい。バケツプリンを三つも平らげちゃってまだ物足りなさそうにしていましたよ! 私でも二杯で限界だったのに」
「アヤメさんも大概だと思うよ」
アヤメさんはこの後、映画の内容が恋愛モノだったとか、秋とガールズトークを楽しんだとか色々と話てくれた。その度に二人が羨ましくなった。べ、別に俺も行きたかったとかそんなんじゃないんだからね!
「同盟も結べましたし秋さんと知り合えて良かったです」
「同盟? まあ、良かったんなら……良かったんじゃないか?」
「ふふふ。相変わらずテキトーですね。圭介さんは」
「ふふん。惚れたか?」
「んにゃ!? そそそそんなわけないじゃないですか! 私はもっとデリカシーのある人が好みですから!」
「ふーん。人の命をいきなり狩ろうとする人がデリカシーとか気にするんだぁ」
俺はひとしきりアヤメさんとあれこれ言い合って思った。
これからもこうして楽しく生きていければいいなぁって。
こうして今日も無事平穏に過ぎていく。自宅警備、今日も完璧な仕事でありました。
――だからこの時点で俺はあまり深く考えていなかったんだ。……死神の命を共有しているという現状の危うさを。
これから先に起こる、死神達と繰り広げられる一騒動を。