プロローグ:腐水の人魚
あたくしはまだ生きている。
気味が悪いと言われ続けて育ってきた。
父上も母上も公務が忙しいと言い訳してあたくしの世話をすべて乳母達にやらせた。
あたくしが特殊能力者だったから。
生まれてすぐに『異端:モデル《腐水》』だと認定されたから。
あたくしの能力のことは肉親や身近な側近達しか知らず、能力の城内の者たちはあたくしに近づくのを嫌がった。
《腐水》―体表面から発散される体液はすべて溶解液になってしまう能力。
誰もあたくしに触れることは出来なかった。
あたくしはまだ生きている。
母上に居なくなれと言われたのに。父上に死んでくれといわれたのに。兄上に消えてくれと言われたのに。
性懲りもなくあたくしは生きている。
両親は実の娘であるあたくしの死を望んで戦火に追いやった。もしも死んだとしても、不幸な戦死と出来るように、あくまで自分たちが殺したのではないということを国民にアピールするために、皇女のあたくしを下級騎士として入隊させた。兄上は次期皇帝として軍の総司令なった。
―あたくしは死んでくれと言われた。
―兄上は生きて帰ってこいと言われた。
あたくしがいくら手柄を上げても、昇級しても、父上はよくやったと言ってはくれなかった。母上もお疲れ様とは言ってくれなかった。
兄上がかすり傷を負えば父上は大丈夫かと心配した。母上は御身に傷がつくと慌てふためいた。
あたくしが家に帰ればまだ死んでいなかったのかと、両親は本気で落胆した。
兄上は早く死んでしまえと、何なら私が殺してやると、顔を遭わせるたびに言ってきた。
そういわれて育つうち、思うようになった。
―あたくしは生きていてはいけなかったんだ。父上も母上も兄上も誰も彼も皆、あたくしの死を望んでいる。
でも……彼らが言ってくれた。
―あなたがいなくちゃ困るのよ。
―どうしてお前が死んでやる必要だあるんだ?
そうだ、あたくしは生きていてもいいんだ。
彼らのおかげで気がついた。だから、第一部隊の皆には感謝している。
結局、父上も兄上も戦場で死んだ。母上は発狂したのか、山にこもって出てこなくなった。
帝国陸軍第一部隊隊員《腐水の人魚》
それがあたくし。
あたくしは深世。姓はない。
今となってはこの帝国の皇帝として退屈な日々を送っておる。
あのころが懐かしゅうてかなわぬ。
長々しいプロローグですがあと一人なので付き合ってください。