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05 幸せレイン

僕の通っている学校は私立高校でもないのに校舎がかなり広い。新館、旧館、体育館、部室棟の四つでできているのだが、それらがすべて十階建てだ。

それにもかかわらず、エレベーターが一つもないというのが問題だ。

上下の移動は各館の中央にある螺旋階段のみ。これは地獄に近い。夏なんか移動教室のたびに汗が噴き出てくる。

まったくお金があるのかないのかわからない。

まあ、そのおかげで、一つの部活動につき一部屋、部室を与えられているので文句は言えないのだが、やっぱりエレベーターぐらいつけてほしいものだ。

幸い、陸上部の部室は三階にあるので、さほど困らない。

「今日は部活はないですよ」

部室に入ると、部長の神宮寺零じんぐうじれいがいた。ミステリアスな雰囲気をまとい、色白でハーフのような顔(実際のところはどうか知らない)、金色のロングヘアーで縦ロールというこの時代に珍しい髪は清らかで美しく、まるでどこぞのお嬢様のようだ。

実際は、見た目とは違い、どこかの神社の生まれで、巫女をしているらしい。体は細く、触ると壊れてしまいそうに可憐だが、なかなかグラマーだ。

この人が陸上部の部長といわれても、絶対に嘘だといいたくなるような容姿だ。

性格もおしとやかで、家柄のせいか可憐な動きで上品な立ち振る舞いをするのだが、ふわふわしていてどこか危なっかしいところも魅力だ。

このため、先輩に告白した人はたくさんいる。

中にはイケメンもいたのだが、誰一人としていい返事をもらった人はいないらしい。玉砕だ。

この先輩のおかげで、陸上部の部室はとてもきれいになっている。高そうな食器やら機械やらが並んでいるのだが、これらはすべて先輩の私物だ。休憩時間になると、ケーキとお茶を入れてくれる。

まあ、これが僕がこの部に入った理由の一つでもある。

「あ、そうなんですか」

「残念ね。それとも、うれしいのかしら?」

「あはは、どちらかといえば嬉しいですね」

日月たちもり君はもっと真剣に部活しなきゃ!真面目にやればすごいんだから」

奏は僕を励ますようにそういった。

(今度から真面目に練習しようかな?)

「そうですね。日月君、私より速いものね」

褒めているつもりなのだろうが、僕はいまだに神宮寺先輩より足の遅い人は見たことがない。

熱心に練習しているし、いい人だからそんなことは口が裂けても言えないのだけれども。

「先輩はずっとここにいるんですか?」

「ええ、そのつもりですよ。ここだと、家と違ってゆったりとできるから」

ゆったりとしていない先輩なんて全く想像ができない。何かの冗談だろうか?

こっちもボケた方がいいのかな。

「そうなんですか~。家だと、親から巫女になるための修行とかさせられてるんじゃないですか??」

「そうなのよ。生霊いきりょう死霊しりょうを呪文で招き寄せようとしているのだけれども、難しいのよ」

「へぇ~~……。そ、そうなんですか~」

「ええ、そうなの」

…………

そうだった。この人は天然なのだ。これも冗談ではなく本気で言っているのだろう。

隣にいる奏に助けを求めるようにちらっと見ると、にこにこしながら目で何かを訴えかけている。

(早く帰りたいのかな?)

「えっと……それじゃあ、僕たち帰りますんで」

「そうなの?気をつけて帰りなさいね」

「はぁ~い。ありがとうございます」



僕と奏は、部室から出て家に帰ろうとしていた。さっきよりも雨が強くなっている。

「私……傘持って来てなかった……」

奏が困ったように言う。

「!!」

(ここはチャンスだ!!ありがとう、妹よ!!帰ったら思いっきり抱きしめてあげるからな!!)

「ぼ、僕、傘持ってきてるから、貸すよ」

(言えた~~!!やったぞ僕!!初めてちゃんとかっこよく決めれたぜぃ。)

震えた声で言ったが、多分伝わったのだろう。奏はびっくりしたような顔をこちらに向けている。

「二つ持ってるの??」

「えっと……。一つしかないんだけどね」

なぜ僕は二つ持っていなかったんだと、嘆いてはいられなかった。自分より奏を優先する。

「え、それなのに、いいの??」

うれしそうだった。そう。この笑顔を見るためにこんなことを言ったのだ。

「全然いいよ。こんな冬に雨にぬれて、奏ちゃんが熱を出して、学校休むの嫌だし」

少し恥ずかしいことを言ってしまった。奏を見ると、頬が少し赤く染まっているような気がした。

「ありがとう。……でも、日月たちもり君もぬれたら困るし。」

(心配してくれているのか!?なんという優しさ!!まるで女神の様だ!!)

こんな時は誰でも心配するのだろうが、このときはまるで周りが見えていなかった。

ただ、奏に心配されているということがうれしかった。

「僕は大丈夫だよ」

「そんなことないよ。寒いのに……私のせいで風邪をひいちゃったら……」

「でも……」

二人の間に沈黙が訪れる。聞こえるのはザアザアと降る雨の音だけ。

(どう説得すればいいんだ?)

いろいろ考えたが、いい案が浮かばなかった。静かな時間。気まずい。

そして、俯いたままの奏が沈黙を破った。

「……じゃあ、二人で入って帰ろ」

少し照れたように笑いながら、僕にとんでもない提案をしてきた。

「うん。……って、え??」

(あれ、今なんていった??二人で入って??一つの傘に?それって、相合い傘ってやつか~~!?そんなものがこの世界に実在するというのか!?)

僕には、奏が本気でそんなことを言っているのかを確かめる方法はなかった。

というよりも、これが夢かどうかもわからない状態で、ポカンと口をあけ、多分、間抜けな顔をしていたと思う。

「嫌じゃなければ……だけど」

くるりと僕に背を向け、小さく言った。

(何だこのかわいい生物は!?ほんとに人間なのか!?この可愛さは人間レベルじゃね~~。)

「ダメ……かな?」

そしてもう一度僕の方を振り返り、少し恥ずかしそうにして僕を見るその目に、僕はくらくらしてしまった。

「いやいやいや、そんな……」

「嫌なの?」

「あっ、嫌じゃないよ。うん。したい。今すぐ傘をさしたいです」

「うふふ。へんなの」

「そうです。僕はへんです」

(こんないい事があるわけがない。そうだ、騙されないぞ。ここから何かが起きるんだ。絶対そうだ。)

「どうしたの、そんなきょろきょろ周りを見て。あっ、やっぱり、私と相合い傘してるとこなんて、誰にも見られたくないよね」

「ち、違うよ。これはそういうのじゃなくて……じゃあ、帰ろ~~」

「え、あ、うん!!」

(こ、これは、いけるパターンなのか?そうなのか。よろこんでいいんだよな?もうなにもないよな?)

高まる感情を抑えながら、僕は傘を開いた。奏が近づいて傘の中に入った。

奏の体がすぐ隣にあった。肩が触れる。奏の整った髪が、僕の首筋に……

(やばい。なんかドキドキしてきた。)

「それじゃあ、行こっか」

奏は満面の笑みでそういった。

「うん!!」

誰でも女の子と二人で帰りたいという夢を持ったことがあるだろう。僕も妹としか二人で帰ったことがない。

それがこんなに突然、相合傘だなんて……しかも、今一番気になってる女の子と。

うれしくてうれしくてたまらない。そんな天にも昇るような気持ちだった。

(で、でも、これも、僕が雨にぬれることを心配しての事だよな。別に、僕に気があるわけじゃないんだよな。奏はやさしいからなぁ)

少し残念に思いながら、ゆっくりと歩く。

「うふふふ」

奏が隣でにこにこと笑っている。その顔にドキッとしてしまった。

(気があるとか、今はどうでもいいか。……ずっとこのままだったらいいのになぁ)

幸せな時間。雨が降っていて、周りは暗くて不気味なはずなのに、いつもよりきれいに見えた。

恋をすると周りが見えなくなるというが、これもその一つなのだろうか。

二人っきりでいるわけなので、何か会話を振らなければ沈黙が生まれてしまう。

(何を話そう。いままで二人で話すこともあまりなかったから、どうすればいいかわからない)

二人とも黙ったまま、ゆっくり歩いて行く。肩が触れ合う。それだけで、僕はドキドキして幸せだった。

(奏はどう思っているのかな??)

そんなことを思いながら、横を見る。

きれいな顔が少し赤い。しかし、楽しそうに見えた。と、僕の視線にきずいたのか、ふと顔を上げる。

…………

お互いの目が合う。顔と顔の距離が30㎝あるかどうかの距離。すごく緊張する。顔から火が出そうだ。

「っ!!」

おもわず目をそらしてしまう、へたれな自分を嘆く。

「うふふふ」

奏が笑っている。奏は平気なのだろうか。ドキドキしているのも、僕だけなのかもしれない。

そんな幸せな空間が広がっている中、少し先に黒くて小さい何かが見えた。

「あ、あれ、なんだろう?」

「う~ん……暗くてよく見えない……」

あれは……ネコ??でも、雨の中で道路にいるなんて珍しいな。

「黒いネコじゃないのか??」

「え、全然見えないよ~」

僕たちは、ゆっくりとソレに近づいていった。

(このネコ、どこかで見たことがあるような……)

「あーーっ!!ホントだ。黒いネコちゃんだ~~。日月君、よく見えたね」

ネコの事も考えていたが、今は自分が普通に話せていることに驚いていた。

「あはは、昔から暗い中でよく見えるんだよね。……、首輪がついてるってことは飼いネコか??」

だんだんネコに近づいていく。ネコは雨の中、道の真ん中で寝ているようだった。様子がおかしい。

「……って、赤い!!背中から血が出てる!!」

「うわぁぁ~~、ひどい傷!!どうしよ~~日月くん~~」

「ごめん、傘持って帰って。僕、このネコを病院に連れて行くから!!」

僕は傘を奏に渡してネコを優しく持ち上げる。長い間雨に打たれていたようで、体が氷のように冷たい。

「日月君……」

「大丈夫。心配しないで。じゃあ!!」

ネコを抱きしめ、冷たい雨の中へと飛び出していった。

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