12 始まりサバイバル
突然現れた男のコートの中からはたくさんのナイフが、ほとんど見えなくなった夕日に照らされて光っている。
「あ、アイツはこの前の!!」
前に会ったときは真っ暗だったのでこれが初めてちゃんと姿を見たことになる。
不気味だ。
顔が見えないほど深くフードをかぶっている。あれで前が見えるのだろうか……。
「厄介な奴が現れたなぁ~」
「なあ!!どうするんだよ。魔法で何かできないのか??」
そうだ、さっきの爆発するやつをやってくれれば。
「だから、魔力ほとんど使っちゃった言うたやろ。それに、こいつは物理的な攻撃しかしてこえへんから、ウチの知識も役に立たんし……一番の問題は、こいつは操られてるだけって事や。下手に攻撃できへん。とりあえず、ナイフが無くなるまで避けて!!」
「それって、何もできないってことか??なんだよそれ!!」
「大丈夫や。人を操るのって難しいから、ナイフの命中率も悪いはずや」
僕たちに打つ手はなかった。
男はナイフを投げ続け、僕たちはそれをひたすら避けた。数分たったが、まだ一度も当っていない。
太陽が完全に隠れて、暗くなってくる。鈍い青色の空の中、雲だけがまだ赤色をしていてすごく不気味だ。
だんだん闇が迫ってくる中、僕たちは必死によける。
暗くなってきたせいでナイフが見えにくくなってくる。地面に散らばったナイフも、僕たちを行く手を阻む。
「くそっ、全然見えへんようになってきた。そろそろ刺さるかもな~」
笑いごとのように佳奈が言った。
今日は悪いことに新月で、月の光が全くない。もうすぐ太陽の光もなくなり、真っ暗の闇が広がるだろう。
「佳奈は隠れてろ!!」
「あぁ?何かっこつけてんねん。かっこつけて死んでも全然うれしないで」
「これだけ暗くなったらお前ナイフ見えねえだろ!!早く隠れろ」
「暗くて見えへんのはあんたも一緒やろ」
「僕は昔から目がよくて、暗闇でも見えるんだ」
光のない真っ暗な中でも多少は見える。僕の目はそれほど良かった。
確かに普通では信じられないかもしれない。目がいいというだけでは説明がつかないだろう。でもそうなのだ。
「目がいいって、それ……」
「いいから隠れてろよ。今の間に休んで魔力を回復させておけ!!」
「……、わかった。怪我せんときや」
「おう!」
ナイフを投げてくる相手と戦って怪我しないわけがないが、大きくうなずいた。
かっこいいことを言ってみたものの、勝てる気はしない。いくらナイフが見えたって、そろそろ体力的にも精神的にもつらくなってくる。
とりあえず、佳奈の魔力が回復するか、男のナイフが無くなるかするまで逃げようと思った。
右から、左からと、たくさんのナイフが飛んでくる。
だが、まだよけられる。それより、まだ何かいるような気が…………。
あたりは真っ暗になっていた。ぼんやりと見える地面に突き刺さったナイフはざっと数えても百本以上はある。
(どれだけもってんだよ!!って、さっきより、奴の動きが速くなってきた気がする……これって、ナイフが残り少ないってことか??でも、これ以上速くなられたら、さすがによけきれねえ。どうすれば奴に攻撃できるんだ……)
その後もナイフを何とかかわし、逃げ回る。さすがに疲れてきた。だが、男は息一つ上げてない。
この男には疲れるというものがないのだろう。長期戦になるとこちらが不利だ。何とか早いうちに倒さないと。
突然、男の動きが急に変わった。近づいてきて、ナイフを振り回し始めたのだ。
「ナイフが無くなったのか??」
男は機械的にナイフを振り回した。その動きはぎこちなく、接近戦はあまり得意じゃないようだった。
僕はあることに気付いた。
(そうか!!コイツを操っている奴は机に向かってばっかりだったはず……これならいける!!)
僕は逃げるのをやめ、男に向かって走り出した。
「だぁぁぁぁ~~~~!!!!」
男はナイフを振り下ろした。が、何とかそれを横にかわした。
ドン!!!
僕はそのままの勢いで男に体当たりをした。男は吹っ飛び、倒れた。
そこに、本気の踵落としを腹にくらわせた。
「ぐはぁっ」
男は倒れたままで、動かなかった。
そう、家の中で勉強だけをしてきたような人間が、喧嘩になれているはずがない。
ましてや、ナイフを使った戦い方を知っているわけがないんだ。
それに気づいてしまえばこっちのもんだ。
これでも僕はトモと毎日のように戦っていたんだ。(もっとも、トモにはそのつもりはないんだろうが)
こんな軟弱な奴に負けるわけがない。
「……よしっ!!やった。やったよ佳奈!!」
僕が喜んでいるのもつかの間、
「火水!!前見ろ!!」
「はっ!?」
目の前には……男がたっていた。
(やばい!!油断した。とりあえず逃げねえと!!)
男を見たまま足に力を入れて、後ろに跳ぼうとする。足に何かあたる。
(なっ、ナイフ!?)
ナイフを踏んでしまい、力が入らず、後ろに派手に倒れてしまった。
「火水!!」
佳奈の叫び声が聞こえる。男は倒れた僕の首をつかみあげ、宙に浮かせた。
「う、うあっっっ!!!」
息ができない。男は手に力を入れ、僕の喉がきつく締まる。
(苦しい、痛い、くそっ、力が強い、逃げられない!!)
男は地面に刺さったナイフを抜き取り、僕に向けた。
怖い、怖い、怖い。
全身に力が入らない。逃げることは不可能だ。死を覚悟した。
「火水!!逃げろ~~~~~~!!」
(ごめん、佳奈……もう、無理だ……)
怖い、怖い、怖い!!
怖さのあまり、目を瞑ってしまった。
――――――――――――――ドサッ!!
「……!?げほっ、げほ」
男の手が喉から離れ急に空気が肺の中へと入って来た。男は吹っ飛び、仰向けに倒れていた。
「俺の恋人に手を出すんじゃねえよ!!」
隣に現れた人がそう叫んだ。背が高くがっちりとした身体、短い髪、汗のにおいがする。
(俺の恋人??俺?あ、お、お前)
「大丈夫か~、たちもりく~ん?」
「トモ!!お前、何でこんなとこに!?」
目の前に現れたのは上下ジャージといった服装の幼馴染のトモだった。
「ん?君が困ったときにはいつでも俺は現れるよ(キリッ)」
突っ込む気にならなかったわけじゃない。いつもなら気持ち悪いと思ったが、今日はかっこよかった。
「……」
「何黙ってんだよ。ランニングだよランニング。夜に走ってたら、女の人の声で『火水!!』って聞こえたから、これは日月がピンチなんじゃねえかって思ってな。」
「トモ……」
どんなことを言ったとしても、こいつは俺の事を考えてくれる親友なんだと実感した。
「チャンスだ!!ここでかっこいいところを見せたら、日月も俺にメロメロになるんじゃないかって思って、ピンチになるまで様子を窺ってたんだ」
「……お前、やっぱり最低だ」
さっきまでかっこいいと思っていたが、最後の言葉でかっこよさのかけらもなくなった。
こんなやつ親友じゃない、知人だ。
「後で、あの女との関係について話してもらうからな」
トモは後ろを指差し、すごく心配そうな顔で僕を見た。
後ろで佳奈がクスクスと笑っている。
「う、うぐぐぐ」
トモが突き飛ばした男が再び起き上がった。そして、すぐに僕たちに飛び掛かってくる。その手にはナイフが握られていた。
「日月、後ろにさがれ。後は俺が何とかするから……え!」
トモがかっこよく決めて後ろを見ると、もうすでに後ろには誰もいない。
「もうさがってるから、ささっと倒しちゃって」
「早!!隠れるの早!!おかしいだろ!!もうちょっと心配してくれよ……。まあ、それだけ俺の力が認められてるってことにしとくぜ」
トモが男の方を見た。男がナイフを振り回しながらトモに突撃してきている。
よく考えると、光がほとんどないこんな暗闇で、トモは奴が見えているのか??
そんなことを心配しているのもつかの間、心配していたことは現実となる。
男のナイフが、トモの腹に刺さる。
「トモ!!」
僕は叫んだ。そして駈け出そうとした瞬間、
「来るな!!」
そうトモに言われた。
血が出ていない??よく見ると、ナイフも少ししか刺さっていない。
いくら体を鍛えているからと言ってそんなことがあり得るのか!?
次の瞬間には男の手にはナイフがなかった。ナイフは、トモが持っていた。
「どらぁぁぁぁ!!!!!!」
トモが何かをしたのはわかるが、速すぎて何も見えなかった。わかることは男が倒れているという結果だけだった。
トモがニヤッと笑う。
「兄ちゃん、アカン!!そいつは操られてるだけやから、そいつの意識が飛んだってゾンビのように何回でも起き上がってくるで!!」
「それも、見てたよ!!」
そう言ったと同時にトモは男に抱きついた。
「トモ!!こんな時にお前、何やってんだ」
「ん?焼いてるのか??」
トモの手が男の体に絡みつく。
ここまでのホモだったとは思っていなかった。正直、引くぞ!!
「違うよ!!そんなことしてる場合じゃないだろっていてるんだよ!!」
「勘違いするなよ。今からやろうとしてるのは簡単に言えば締め技だ」
「締め技??」
「ああ。プロレスとかで使われる技だ。っといっても、俺が使うのはそんな甘っちょろいものじゃないけどな」
さっきまで暴れていた男が全く動かなくなった。というより、動けなくなった。
(こいつ、本当に強い)
いつも僕には本当に手加減しているんだなと思った。
そして、トモに少し恐怖を感じた。
「トモ、こんな技、何で使えるんだ?」
「ふっふっふ。それは秘密だ。ついでに、格闘技の中で禁止されている技ならすべて極めているぜ」
どこで習ったんだよ、それ!!
「……。とりあえず、お礼を言っておくよ、ありがとう」
「何言ってんだよ。俺ら、愛し合った仲だろ。お礼なんていいよ。それより、感謝のキスを……」
「やるか!!」
トモは男に締め技を使いながらも、余裕を見せていた。そういえば、トモはさっき刺されたはず。
「トモ、お腹は大丈夫なのか??」
「ああ、それなら心配ない。今身体につけている重りに刺さっただけだから」
よく見ると、体中に重りがつけてある。いったい何キロの重りをつけているのだろうか。
ここで、隠れていた佳奈が様子を見つつ出てきた。
「誰かわからんけど、兄ちゃんホンマ感謝やで。ありがとう」
佳奈が素直にお礼を言う。珍しいこともあるもんだ。
「いや、それより、君と日月とはどんな関係なんだ??夜中に歩いていて偶然会ってしまった友達か??それとも、久しぶりに遊びに来たいとこか??」
トモの顔つきが変わった。戦っていた時よりも真剣な顔をしている。
(コイツ変態だ~~。そんなことどうだっていいだろ)
佳奈はちらっとこっちを向いて右手でVサインをした。その表情は、これ以上ないというくらいゆるんでいて、ニヤニヤとしていた。これはまずい。
佳奈、変なこと言うなよ、頼むから!!
「ウチと火水の関係やって~、そんなに聞きたいか??」
(やめろ、佳奈!!変なことを言うな!!トモのやつが何してくるかわかったもんじゃない)
「お前……日月の事を下の名前で呼び捨てに……俺の愛人になれなれしくしないでくれ」
いや、僕はトモの愛人じゃないよ!!
「へ~愛人!?寝言は寝ていい!!気持ち悪い男やなぁ。それに残念やなあ~。火水にはウチがおるから、もしホンマやったら、あんたは遊ばれてるだけなんとちゃうか~??」
(遊んでないし!!何勝手にわけわかんないこといってんの!?)
「ふ、ふん。ばかばかしい。そんなわけがないだろ。俺たちは幼稚園のころから一緒で、永遠の愛を誓い合った仲なんだからな!!だからお前は、日月とどんな関係なんだ!?」
(いつ誓ったよ、永遠の愛をいつ誓ったよ!!幼稚園の頃から気持ち悪かったよ、お前)
トモのようすがおかしい。明らかに動揺してイライラしている。そのせいで腕に力が入り、締められている男は泡を吹いている。
「そんなイライラせんと~。ウチらの関係??そうやなあ~強いて言うなら~。一夜をともにした関係かなぁ。ウチの裸も見られてるし」
「な、なんだと……一夜をともにした……しかも、裸も見た、だと!?ホントか!?たつぃもるぃぃぃ~~~!!!!!」
舌が回っていない。はあはあと息が荒いのも少し気になる。答え方次第では僕の命が危ぶまれる。
「えっ!?一夜をともにしたっていうのは……まあ、一緒にいたってだけで。」
「妹から隠れるために火水の布団の中に入っててん。つ、ま、り~同じ布団で寝たってことや」
「お前、人が寝てる間にそんなこと!!で、でも、裸は見てないよ!!」
その時、突然佳奈がおでこを付けてきた。それを見たトモは顔を真っ赤にして怒っている。
『ネコの時の、ウチの裸を見たやろ』
「確かに見たけど……それは!!……」
「日月!!見たのか、裸を!!この女の言ってることが本当だというのか??」
トモの顔が明らかに青ざめて動揺を隠せないようだった。
「嘘ではない……けど、それは……」
「ううぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
トモは闇に向かって吼えた。全身に力が入っていて、締め付けられている男の体がありえない形に曲がっている。
(もうやめてくれ~~~!!)
「おもろいけど、これ以上いじるとそこの男が死んでまうわ~。ホンマに、いじり甲斐のある男やで。……嘘や嘘。さっきまでのは全部嘘!!」
トモの動きがピタと止まり、佳奈のほうを見た。
「う、嘘?」
「そうや、ウチは兄ちゃんと火水の仲を壊すようなことするはずないやん」
いや、それはしてくれて結構なんだけど。
「だ、だよな~~。俺も最初からそうだと思ってたんだ。日月が、浮気するわけないんだよ」
(浮気って、いつから俺はお前と付き合ってたんだよ!!)
「そうやそうや。っと、やばい。こんなことしてる間にメッチャ時間たってもうた!!ガイには今のことも知られてるやろうなぁ。まあええか。アンタ、ウチらが戻るまでそいつ放したらあかんで~」
そういうなり佳奈は家に入っていった。慌てて僕も追いかける。
「ありがとう。トモ!!」
「おうっ」
トモを暗闇に残して、僕は佳奈の後を追った。