なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
追い出されたシゴデキ令嬢は、グチらずにはいられない。
わたくしが住んでいる田舎まで、友人がわざわざ訪ねて来ました。
彼女と会うのは2年ぶりです
彼女は伯爵家の御令嬢。わたくしは現在、子爵家の当主。
わたくしたち、そんなに仲がよいわけではありませんの。
彼女は、友人もいっぱいいる方ですもの。強いてわたくしとつきあわずともよいのですわ。
ただ、たまに、わたくしでなければ話せないことがある、そういう関係ですの。
しばらくお互いの近況など話しましたわ。
2年ぶりですもの。
彼女は南の侯爵様と離縁して、というかさせられて、今は、北の冷血と呼ばれていた侯爵様のところで顧問的な仕事をしているとか。
南の侯爵様は評判が悪くなり、北の侯爵様は評判がうなぎ上り、うまく乗り換えられたと言うべきですわね。
でも、わたくしのところに来るのですもの。何かあるのですわね。
ようやく友人が本題に入った気配です。
「わたしね、別に領民たちが苦しめばいいとか思ったわけじゃないの」
「別にそこまで貴方が底意地が悪いとは思っていませんわ」
「旦那様がね。わたしに全部任せていた旦那様がね、ちょっと困ればいいと……」
「ちょっと?」
「……」
「ちょっとじゃないですわよね?」
友人は黙り込み。
少し恥ずかしそうに。
「……いっぱい困ればいいと思ったの」
「まぁ、仕方ないですわね。3年も夜ほっておかれて、お飾りにされていたら」
2年前の時は、まさにその話でしたわ。
あの頃、彼女は古き歴史のある南の侯爵家に嫁ぎ、1年ほっておかれて、それでいて立派な侯爵夫人を演じていらした。家政から領地の内政、社交まで万事を差配していらした。
うまくいっているようにふるまっていらした。
だから、わたくしの所に来たのでしたわね。
他の方には話せないことを、こぼすために。
「……だから、どうしてこうなったの、とか思ってないの」
「そういう台詞は、思っている人間の台詞ですわ」
友人は、ちょっとだけ恨めし気にわたしを見て、
「貴女……寄り添わないわね」
「寄り添うような友人でしたら、貴方には、いくらでもいらっしゃるでしょう」
「……いつも貴女には、いらいらさせられるわ」
わたくしたちは、そういう友人ですの。
数年に一度しか会わない類の。
彼女は他の友人には話せないことを、なぜかわたくしには話すんですの。
わたくしも他の人にしゃべりませんのよ。
「で、どうして半年経っても、あの家が破滅してないかってことですわね」
「そうよ」
「貴方のことですもの。なぜか、わかっていらっしゃるのでしょう?」
友人は、苦虫を噛み潰したような顔をして。
わたくしが準備した紅茶を口に含んで。
ため息とともに言いましたわ。
「……向こうの方が上手だったのよ」
「なるほど。あの公爵令嬢。単なるふしだらな女ではなかったと?」
「ちがうわ。アレは泥棒猫だったわ。社交術は素晴らしかったし、元旦那を手なずけるのも上手だった。でも浪費家で自堕落でどうしようもなかった」
「アレですか。貴方から元旦那さまを奪った泥棒猫。ではありますが、あれでも公爵令嬢ですわよ」
「あんなのアレで十分よ」
おやおや、ずいぶんとイヤな相手でしたのね。
「では、なぜそんな方が奥方になったのに、うまく運んだんですの?」
「アレの実家の公爵家から、有能な家臣が大量に入って来て、たちまち全てを掌握されたのよ。わたしが残した引き継ぎ書も有効活用されたわ!」
「あらあら」
「わたしがひとりでこなしていたことを、あそこは優秀な官僚を10人送り込んで、うまくひきついだ」
「まあまあ」
「あの公爵家は、元旦那とちがって、わたしの仕事をそれだけ高く評価していたということ! わたしが育てた果実をそのまま引き継いだ。いい手際だわ!」
わたしは、紅茶に口をつけつつ、友人から与えられた情報を整理して、
「なるほど。貴方の元旦那様が貴方を追い出す以前から、引継ぎの準備もしていたんですのね」
「そうよ! 三日徹夜して、完璧な引き継ぎ書なんて作るのじゃなかった!」
「それは……ご苦労様でしたわね」
「誰も読まないと思ったのに……」
「ですが、まぁ考えようによっては、よかったんじゃないですの? 領民は困らず、取引相手たちも困らず、奉公人達も困らなかったんですもの」
友人は、飲み込めるけど飲み込みたくないものを吞むような顔で。
「う、まぁ……そうね」
「引継ぎ書類を作った甲斐があった、ということですわ」
「そうよ! しかも! あの引き継ぎ書を、東の公爵野ろ――公爵様は大変褒めていたんだって! もし北の侯爵様のお声がかりが遅かったら、わたしを招請するつもりだったそうよ」
「ええ、あの方、あちこちで吹聴してますものね。こんな田舎に引っ込んでいるわたくしの耳にも入ってくるくらい」
「だからわたしの元旦那は、社交界で、マヌケの烙印を押されて、家の中でも完全なお飾り。アレの実家の東の公爵家は、ふたりの間に子供が出来たら、アレを引退させるつもりなんでしょ!」
「病死させるかもしれませんわね……」
「今から考えれば、アレだって東の公爵の駒で、元旦那の家を乗っ取るために送り込んだってことじゃない!」
「歴史書によれば、今ある公爵家は皆、そういう手段で大きくなって来たらしいですわ」
「歴史じゃなくて、わたしの身に起きたことなの!」
確かに。ですけど。
「元旦那の家がそうなったら、哀しいんですの?」
「え、いや、別に……」
「ざまぁみろと思いますの?」
「それも……なんか、わたしが考えたのと違う展開だったってだけで……そこまで思えないわ」
「なら、どうでもいいということですわね?」
「……そう、なのでしょうね」
「貴方にだって不幸ってわけではありませんものね、お仕事の話が来てるんですもの。しかも、貴方の有能さをよくわかっていらっしゃる北の侯爵様から」
「……ええ、いい話よ。彼は……誠実だし、わたしをちゃんと評価してくれる」
「よかったですわね」
「……この前、プロポーズもされたわ」
「おめでとうございます」
「あ、ありがとう……で、でも……なんか、その引っかかって……別に彼が嫌とか、そういうんじゃないのだけど」
「過去など忘れて前へ進めばいいのではないかしら?」
「……わかってるわ。でも。なんていえばいいのか……」
わたくしは、しばらく彼女の顔を見ておりました。
ああ、これは今の気持ちを表す言葉が、彼女にはないのだなと。わかりましたわ。
「今、貴方が抱えている心持ち。そういうのを庶民ならなんと言うかご存じかしら?」
「……もったいぶらないで教えて頂戴よ」
「モヤモヤするって言うんですのよ」
「……」
「なんとなく納得できなくて、不満というほどでもないけど、不満な時、そう言いますのよ」
友人は口の中で、ちいさく呟いた。
「モヤモヤする……」
「そうですわ。どうです? ぴったりだと思いません?」
友人は、モヤモヤ、モヤモヤする、モヤモヤ……と何回か口の中でぶつぶつ唱えて、
「……ああ、なんとなく納得」
彼女は、結局、少しだけすっきりした顔をして帰っていきました。
ですが、彼女は気づいてませんけど、わたくしだってモヤモヤしてますのよ。
だって、彼女はいつも、わたくしに話したいことだけ話すんですもの。
たまには、わたくしの話も聞けばよろしいのに……。
といっても、田舎暮らしで先々代から引き継いだ蔵書を読んでいるだけのわたくしは、話すことなんてないのですけどね。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
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別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




