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放課後バーガー  作者: あしゅ太郎


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4/4

3話 前哨

 文化祭までは、まだ少しある。


 そのはずなのに、凪先輩の中ではたぶんもう全然「まだ」じゃない。


 放課後、駅前のハンバーガー屋。


 窓際の奥の席に向かい合って座りながら、俺はそれをじわじわ実感していた。


「文化祭って、身内以外もいるだろ」


 凪先輩はネタ帳を開いたまま言う。


「だから、内輪ノリだけだと弱いんだよな。先生とか、あんまお笑い見ないやつにも分かる入りにしたい」

「へえ」

「最初の一分で空気つかみたいし、サクのツッコミも早めに見せたい。で、一回ちゃんと跳ねて、最後はもう一段上げる感じ」

「ちゃんと考えてるんすね」

「ちゃんとやるからな」


 その言い方がやけにまっすぐで、俺は一瞬だけ顔を上げた。


 でもちょうどその時、レジ横を通った店員の子が目に入って、意識がそっちへ流れた。


 同じくらいの年かなと思う。


 バイトの制服にポニーテールが似合っていて、笑ったらたぶんかわいい。


「サク、聞いてる?」


 顔を戻すと、凪先輩がネタ帳の向こうからこっちを見ていた。


「聞いてるっすよ」

「ほんとか?」

「文化祭は分かりやすい入りがいいって話でしょ」

「そこは合ってるけど、そのあとは?」

「……最初の一分?」

「いや、それさっき言ったやつ」


 図星だった。


 凪先輩はため息こそつかなかったけど、ページをめくる指が少しだけ雑になる。


「じゃあ、ドライブスルーのやつやるぞ」

「今?」

「今。俺が店員」

「また急っすね」


 凪先輩は咳払いをひとつして、急に営業スマイルみたいな顔を作った。


「いらっしゃいませ! こんにちは! マイクに向かってこんにちは!」


 勢いに押されて、俺は反射で口を開いた。


「こんにちは!……じゃなくて、ご注文をどうぞ、だろ!」


 言った瞬間、凪先輩がぱっと笑った。


 完全に狙っていた顔だった。


「今のいい」

「うわ、誘導された」

「ちゃんと引っかかってくれた」

「引っかけるなよ」

「でもノリツッコミになったじゃん」

「それはまあ、そうっすけど」


 凪先輩はすぐネタ帳へ何かを書き込む。


「この入り、やっぱ強いな。で、そのあと俺がねぎらい入れて」

「運転お疲れさまでした、でしたっけ」

「そう。そこからサクが」

「ねぎらいから入る店員いるか、ね」

「そうそう。で、その次に飲み物聞くくだりなんだけど」


 凪先輩が顔を上げる。


「安心感のあるものになさいますか、ってやつ、どう思う?」


 また、店員の子が近くを通る。


 ついそっちを見そうになって、でも見たらまずい気がして、慌てて視線を戻す。


 たぶん、その一瞬でばれた。


「……あのさ」


 凪先輩がポテトを一本つまむ。


「別に、ずっと全力出せとは言わないけど」

「はい」

「ネタやってる時くらい、こっち見てほしいんだよな」


 思ったより、真っすぐだった。


 冗談っぽく言うのかと思ったのに、そうじゃなかったから少し困る。


「見てますって」

「いや、見てない」

「……」

「サク、モテたいのは分かるよ」


 凪先輩は少し苦笑いみたいに言う。


「でも文化祭のネタ作ってる時に、あの店員かわいいからあとで声かけようかなって考えてるの、顔に出すぎ」

「出てました?」

「出てた」

「うわ」


 恥ずかしい。


 思わず顔をしかめると、凪先輩は小さく笑った。


 けど、その笑いもいつもみたいな軽さじゃない。


「俺、文化祭、ちゃんとウケたいんだよ」

「……はい」

「せっかく組んだし、サクと最初の舞台だし」


 その言い方はずるい。


 最初の舞台とか言われると、こっちだけ雑にしてるみたいになる。


「すみません」


 思わずそう言うと、凪先輩は少しだけ目を丸くした。


「いや、謝らせたいわけじゃなくて」

「でも、まあ」

「うん」

「……次、ちゃんとやります」

「じゃあ、また最初から」

「最初からかよ」


 もう一度やるのか。


 ついそう返したら、凪先輩がやっといつもの顔で笑った。


「ほら、そういうの」

「どれっすか」

「返し早いとこ」


 その日は結局、最後まで少しぎこちなかった。


 翌日、部室に着くと、まだ凪先輩は来ていなかった。


 引き戸を開けると、八坂先輩が床にしゃがみ込んで段ボールに何か貼っている。


 櫻葉先輩はその横でカッターを持ちながら、それを見ていた。


「あ、サク」


 八坂先輩が顔を上げる。


「早いじゃん」

「まあ」

「凪まだ来てないよ」

「見れば分かります」


 鞄を机の横に置く。部室の空気は相変わらず段ボールくさい。


「珍しいね」


 櫻葉先輩がこっちを見る。


「雪代が凪より先に来るの」

「たまたまっす」

「ふうん」


 その一言が妙に意味深に聞こえて、少し居心地が悪い。


 櫻葉先輩は、カッターの刃をしまいながら机にもたれた。


「昨日、ネタ合わせしてたんでしょ」

「まあ」

「どうだった」


 どう、って聞かれると困る。


「普通っす」

「普通じゃなさそうだけど」

「……そんな顔してます?」

「ちょっと」


 櫻葉先輩は、少しだけ視線を落として、それからこっちを見る。


「凪って、ネタになるとわりと本気だから」

「それはまあ、昨日ちょっと思いました」

「ちょっと、じゃなくて、たぶん思ってるよりずっと」


 櫻葉先輩は少しだけ間を置いて続けた。


「前に組んでた三年の先輩、いたでしょ」

「はい」

「別に仲悪くなったわけじゃないよ。受験あるし、しょうがなかった」

「うん」

「でも、最後のほうちょっとしんどそうだった」


 八坂先輩の手も、いつの間にか止まっていた。


 部室が少しだけ静かになる。


「凪はまだやりたかったし、先輩はもう勉強に切り替えてたから。熱量がずれてたんだよね」


 櫻葉先輩は淡々と続ける。


「だからまあ、相方とネタ作ってる時間そのものを、結構大事にしてると思う」


 昨日の凪先輩の顔が、そのまま浮かんだ。


 ネタやってる時くらい、こっち見てほしい。


 あれ、ただの不機嫌じゃなかったのか。


 俺は昨日、ただちょっと気が散っていただけのつもりだった。


 でも凪先輩にとっては、やっとできた相方との時間を、俺が片手間で流していたように見えても仕方なかった。


「……店員の子見てたのばれてたしな」


 ぼそっと言うと、櫻葉先輩が目を細めた。


「うわ、ほんとに何かあったんだ」

「いや、何かってほどじゃ」

「最低だな、サク!」


 八坂先輩が楽しそうに食いつく。


「凪とネタ作りながら、店員の子見てたの!?」

「声でかいっす」


 ちょっと恥ずかしくなって視線をそらした、その時だった。


 引き戸ががらっと開く。


「おはよー」


 凪先輩だった。


 いつも通りの声。いつも通りの眼鏡。


 でも、こっちはさっきの話を聞いたばかりだから、少しだけ見え方が違う。


「サク、早いじゃん」

「まあ」

「今日やる気ある?」

「あります」


 自分でも思ってたより即答だった。


 凪先輩が少しだけ目を丸くして、それから笑う。


「へえ」

「何すか」

「いや、ちゃんと返ってきたなと思って」

「昨日も返してたでしょ」

「昨日より前向き」


 そういうの、やっぱりすぐ気づくんだなと思う。


「じゃあ行くか。ハンバーガー屋」


 凪先輩は俺のほうを見る。


「サク、今日は逃げない?」

「逃げませんよ」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「じゃあ信じる」


 その言い方が、昨日より少し軽い。


 たぶん、それだけで十分だった。


 ハンバーガー屋は今日も混んでいた。


 昨日と同じ窓際の席に座ると、凪先輩はネタ帳を開く前にこっちを見た。


「サク」

「なんすか」

「今日はちゃんと集中してるじゃん」


 言われて、少しだけ気まずくなる。


 でも、凪先輩の顔が意地悪じゃなかったから、逃げずに返せた。


「昨日は、すみませんでした」

「お、珍しく素直」

「たまには」

「いいよ。今日はちゃんとやろ」


 その一言で、妙に肩の力が抜けた。


「じゃあ一回通すぞ」


 凪先輩が姿勢を正す。


 その顔を見て、俺も背筋を伸ばした。


「いらっしゃいませ! こんにちは! マイクに向かってこんにちは!」

「こんにちは!……じゃなくて、ご注文をどうぞ、だろ!」

「失礼しました。では改めまして、ようこそドライブスルーへ。ご注文の前に、運転お疲れさまでした」

「ねぎらいから入る店員いるか!」

「心のケアもサービスの一環です」

「いらねえんだよ! ここファストフードだろ!」


 そのまま何往復かしたところで、凪先輩が急に吹き出した。


「やっぱそこいいな」

「どこっすか」


「『いらねえんだよ』のとこ。ちょうどいい加減」


 凪先輩はネタ帳に何か書き込みながら顔を上げた。


 たぶん昨日よりちゃんと面白かった。


 少なくとも、凪先輩が楽しそうなのが分かるし、俺もそれにつられて集中している。


「サク」

「なんすか」

「彼女ができたら退部、って言ってたじゃん」

「はい」

「できるまで、ちゃんとやれよ」

「それ、期限付きのやる気みたいで嫌なんすけど」

「だって期間限定かもしれないし」

「自分で言ってへこまないでくださいよ」


 ほんとに少しだけしょんぼりした顔をするから、笑ってしまう。


 こういうとこ、ずるい。


 でも昨日みたいに、ちゃんと見ていれば分かる。


 この人はたぶん、思ってる以上に真面目で、雑に扱われるのが嫌なんだ。


「……まあ」


 俺はコーラを一口飲んでから言った。


「文化祭までは、ちゃんとやりますよ」


 凪先輩が止まる。


 目だけがこっちを見て、それから少しだけ口元が上がる。


「うん」

「何すか、その顔」

「いや。嬉しいなって思っただけ」


 それだけなのに、なんか急にむずがゆい。


 俺はごまかすようにポテトをつかんだ。


「じゃあ続きやるぞ」


 凪先輩が言う。


「そのままの勢いでいいから」

「どの勢いだよ」

「今の感じ」

「適当すぎるって」

「でも分かるだろ」

「いやわかんねえよ」


 そう返したら、凪先輩は嬉しそうに笑った。


 女子にモテたい気持ちがなくなったわけじゃない。


 相変わらずかわいい子は気になる。


 でも少なくとも今この時間だけは、そっちより凪先輩のネタ帳のほうを見ていた。


 店を出た時、五月の空はもうやわらかい紺色に変わっていた。


「文化祭、絶対ウケような」

「急に熱いな」

「急じゃない。ずっと熱い」

「それは知ってます」


 そう返すと、凪先輩は少しだけ笑った。


「じゃあよかった。サクにも、ちょっと伝わってるなら」


 その言葉に、すぐ返事はできなかった。  


 でも、黙ったままでも嫌じゃなかった。


 俺たちはそのまま駅まで並んで歩いた。  


 たいして長くない道なのに、昨日より少しだけ距離が近い気がした。

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