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「もし」シリーズ

婚約者の条件

作者: 笛伊豆

婚約者が社会人の場合、約束をすっぽかされるのはよくある話で。

 ミラルダが学園裏庭のガゼボで本を読んでいるとお仕着せを着た給仕が近づいて来て手紙を差し出してきた。

 礼を言って受け取る。

 ミラルダの婚約者からのメッセージで、所用が出来たので今日のお茶会には行けないと書いてあった。


「またすっぽかされたの?」

 肩越しに覗き込んで言うのはオットー・ハイゼルベルク。

 ミラルダの幼なじみで隣のハイゼルベルク伯爵家の三男だ。

 ちなみにミラルダはアントワース子爵家の長女である。

 このトレンタ王国では女性でも爵位を継げるため、将来はミラルダが婿を取って女子爵となる予定だ。


「すっぽかしではありません。予定は未定でした」

「それでもメッセージひとつで本人は来ないんでしょ。婚約者との定期的な顔合わせなのに冷たくない?」

 オットーは断りもしないでミラルダの対面に座り込むと手を広げた。

「婿入りする立場でずうずうしいというか、ちょっとつけあがってるよね」

 ミラルダは無言で手紙を丁寧に畳むと懐に仕舞った。

 それから読書に戻る。


「ちょっと。無視しないでよ」

「この本を読んでしまいたいので」

「幼なじみより本が大事なわけ?」


 そこまで言われたら仕方がない。

 ミラルダは読んでいた所にしおりを挟んで本を閉じた。

 本なら自分の部屋でも読める。

 農地灌漑の指南書だから出来るだけ早く読みたいのだが。

 いまひとつ収穫がぱっとしない農地の生産性を上げるヒントがあるかもしれない。


「そういえば何て名前だったっけ(ミラルダ)の婚約者」

「ホランド様です」

「そうそうホランド卿だ。確か文官なんだっけ?」

「宰相府の事務官です」


 ミラルダの婚約者は現在24歳。

 ミラルダより7つ上だ。

 学園を卒業して王政府の文官試験に合格し、宰相府に採用されて事務官として勤めている。

 地方の男爵家の子息だったが嫡男ではないために自活の道を選んだと言っていた。

 優秀ということでミラルダのアントワース子爵家の寄親であるムタ侯爵家からの紹介で婿入りが決まった。

 ミラルダの学園卒業を待って婚姻を結ぶ予定だ。


「そのホランド氏だけど、先日僕の友人が王立劇場で見かけたってさ」

「はあ」

「ドレス姿の女性をエスコートしていたそうだよ」


 ミラルダの視線が動いた。


「その方のことなら聞いています。通商条約の締結のためにご訪問されているパシテア王国の特命大使閣下のご令嬢で」

「うん。お父上がお仕事中にそのご令嬢の無聊を慰めているんだよね、ホランド卿は」


 何を言いたいんだろう。

 つい坐った目で睨みつけてしまう。


 そんなミラルダの表情を誤解したのか、オットーは寛いだ様子で椅子の背もたれに身体を預けた。

 黄金を煮詰めたような金髪がキラキラ光って眩しい。

 額に垂れた前髪をふさあっと掻き上げる様子は学園のプリンスに相応しい、かもしれない。

 本人の身分は王子様(プリンス)じゃなくて伯爵子息なのだが。


 しばらく沈黙が続いた。

 オットーが何も話さないのでミラルダも言う事がない。

 仕方が無いのでじっとオットーの顔を見つめる。

 相変わらず綺麗な顔だ。

 それは認める。


 しばらくしてオットーが立ち上がった。

 なぜか満足げだった。

「それじゃ。近いうちにアントワース家に行くから」

「そうですか」

「着飾って待っていてね」


 去って行くオットーを見送りながら考える。

 なぜミラルダが着飾らなければならないのか。

 そんなお金があったら新しい水車を設置したいのに。

 まあいいや。

 ミラルダは読書に戻った。


 その夜、晩餐の後でミラルダは父親に呼ばれた。

 執務室に行くとソファーに座らされる。

 アントワース子爵があっさり言った。


「ハイゼルベルク伯爵家から釣書が届いた。オットー君の婿入りの打診だ」

 紅茶を飲みかけだったのでむせるところだった。


「何の冗談です?」

「先方は本気らしいぞ」

「私の婿はもう決まっているはずですが」

「オットー君は自信満々だそうだ。お前の今の婚約は破談になると」


 それであんな話をしてきたのか。

 でも何で?


「なぜ突然今頃?」

「オットー君も来年卒業だろう。伯爵家ではオットー君が自信満々なので自由にさせていたらしいが、どうやら今頃になって行き場所がないことに気がついたようだ」

「それでアントワース(うち)に婿入りしようと?」


 馬鹿じゃないのか。

 ていうか自信満々って?

 学園の王子様(プリンス)だから?

 地味な私ならすぐに墜ちるだろうと?


「どうする?」

 アントワース子爵(父親)はニヤニヤ笑っていた。

 からかわれているな。


「考えるまでもないです。

 オットー様は何の訓練も受けていないし子爵家で何をするつもりなのか」

「学園での成績は優秀ということだが」


 ミランダははしたなくも鼻を鳴らした。


「そんなものは何の意味もありません。そもそもアントワース子爵領は私が継ぎます。何の技能も無い婿に来て頂いてもやって貰う仕事がない」

「先方の言い分だと宰相府の事務官など役に立たないだろうと」

「本気で言っているんでしょうか。地方領にとって国の動向を先んじて知ることがどれだけの価値を持つか。妻が領地を守り夫が外で働く。理想的な縁組みですよ」


 ちょっと剥きになってしまった。

 アントワース子爵(父親)はあいかわらずニヤニヤ笑っていた。

 人が悪い。


「……ま、そういうことだな。先方には断りを入れておく」

「お願いします。後、オットー様には婚約を解消する気など無いのでと念を押しておいてください。どうもあの人、自信過剰で押しかけてきそうですから」

「判った。行ってよし」


 礼をとって引き上げる。

 ドアを閉めるまで我慢していたが人の目がないところまできてほっと息を吐いた。

 顔が紅くないだろうか。

 まあ、バレバレだろうが。

 宰相府の事務官じゃなくてホランド様が良いに決まっているでしょう!

都合良く出てくるヒロインの幼なじみのスパダリってよく考えたらおかしいよね。

そんな優良物件が今までフリーだったとかあり得ないでしょう。

何か欠陥があるはずだと考えたらこうなりました。

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― 新着の感想 ―
オットーにスパダリは感じませんでしたねー。 初手から「気色悪いなコイツ」でした。 私でもお断りですね、こんな男。 折角なら、自意識過剰男が凹まされるところも見たかったなー、と。
>何か欠陥があるはずだ お目が高い、その通りですのよ。
学園のプリンスがすり寄って来るのは、おそらく何かしらの理由で本命が上手く行かなかったので、いつでも落とせると思っていた幼馴染に切り替えたってことでしょうね。 お前何言ってるの。今さら割り込めるとでも…
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