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「えーっと……この作者が読者に伝えたかったメッセージを読み取るためにはここの文章を……」
おじちゃん先生が淡々と話す中、黒雪はつまらなそうに窓の外を眺める。
今は国語の授業。物語を読解し、作者の思いを読み取ろう。という活動らしいのだが……。
体育以外の教科が苦手な黒雪には苦痛でしかない。
ペン回しをしながら、前の席の方を眺める。
凛とアリーナ席に座るのは、二重人格を持った「湊」
はたから見たら普通に爽やかイケメン王子だが……あの中身を見てしまったら、とてもじゃないがそんなふうには見れない。
周りは彼の美貌に見とれ、授業どころではないようだが……
「ばかばかしい」
そう黒雪は小さい声で呟き、外を見つめ直した。
――今日の放課後は……普通に勉強しますかね。それとも、散歩でもしますか。今日は天気がいいですからね。よしっそうしましょう。
そんな愉快な想像をし、ペン回しの速度を上げ始めたのだが、突然何かよくないことを思い出したかのように動きを止め、ペンを落とした。
この世の終わりのような顔を浮かべ(多分浮かべてるだろう)呆然とする。
――そうだ、忘れてた。
昨日、約束したんでした。放課後またあそこに……。
――昨日
「それでだな……俺は明日、この壁の中にはいる」
湊は平然と淡々とした口調でそういう。
「えっ、だ、だいじょうぶなんですか?中がどうなってるのか分かんないんですよ。死ぬかもしれないんですし……」
「分かんねえから行くんだろ。
まぁとりあえず、一人じゃ心配だから、お前も来い」
湊は白い指を黒雪に向け指さした。彼女はため息をつき
「なんで僕も……」
といいかけたが、湊が言葉で反論する。
「だってお前、俺に協力してくれんだろ?握手したじゃんか。
ってことで、明日の放課後、ここに来いよな。
あと……なんでもいいからロープ持ってこい」
協力すると言ってしまったことに罪悪感を覚えながらも黒雪は頷いた。
「絶対ロープ忘れんじゃねぇぞ。じゃねぇと俺とお前で手ぇ繋ぐことになんだかんな」
それを聞いて鳥肌が立つのを感じだ黒雪は、絶対にロープを持っていこうと決めたのだった。
それに、彼は上位だ。親しげな会話を交わしているが、実際命令されたらなんでもしなくてはいけない。
下位の者たちはそう生まれた時から命じられているのだ。
そんな事を思い浮かべ、一日が終わる。
黒雪は体育倉庫に忍び込み、使えそうな物を探す。
キラキラとホコリが舞う体育倉庫の中で彼女は咳き込む。重そうなものを軽々と持ち上げ、ロープを探した。
「全く……ロープくらい自分で持ってくればいいじゃないですか」
愚痴をこぼしながら、変な鉄の棒を爪でチョンと叩き、小さな音を鳴らす。
「きっとこんなホコリっぽいところに来たくなかったから僕に押しつけたんですよ!
何とも皮肉な……。いくら下のランクだからって……。でも、まだ優しい方ですね。いやっ、あの人は十分優しいですよ。僕と友達なんかに……」
声のトーンを低くし、黒雪は大縄跳びのひもをつかんだ。ロープが無い代わりにこの縄跳び縄を使うのだろう……。しかし
「結構、カラフルですね……」
そのひもはとてもカラフルで長く見つめていると目がおかしくなりそうなほど眩しい色だった。
これを湊が持っているところを想像した黒雪は、意地悪なゲスい笑みを浮かべた。
整った顔つき、明らかにイケメンなのに、顔がとてもだるそうで……しかも変なカラフルなひもを無造作に持つ。
確かに笑いがこみ上げてきそうだ……。
そんな黒雪ちゃんは、昨日入った学校の庭へと向かった。もちろん、縄跳び縄を持ってね。
驚くほどまでに整備された草木。カラフルに咲き誇る花々を興味深く見つめた。
しかし……その奥には
「げっ……」
ベンチでいちゃいちゃするラブラブなリア充が居た。黒雪はすごく苦い顔をし、仮面を押さえた。
特に、彼女の方はとても美人で……綺麗な長い茶髪をなびかせていた。さらにその顔はとてもニコニコしていてすごく幸せそうだ。
そんな彼女の頬に彼氏が手を当てる。二人は見つめ合い照れくさそうに笑った。
そんな二人、いやっ、彼女の方を黒雪は見つめる。そして、ゆっくりと自分の手を仮面の方へと持っていき、優しくそれを撫でた。
しかしその後すぐ、唇を強く噛みしめ、カラフルな紐を力強く握りしめる。
――どうしてこんなにも、胸が締め付けられるのだろう……。何がそんなに悔しいんだよ。
昔の事を気にしてるとか……ダサすぎる。
黒雪は、頭を掻きむしりながら早歩きで庭を歩く。下を向きながら、そして何かに苛立っているかのように……一歩一歩が力強く、乱暴だった。
――愛?恋?誰かに愛される?
僕は、されたことある?温かい手で抱きしめられて、頭を撫でてくれて、褒めてくれる。そんな愛の詰まった事を……。
「どすっ…!」
前を見ていなかった黒雪は誰かとぶつかった。