目覚めし者,2
翌朝オレは起床時間よりも早めに目が覚める。時刻は朝の六時過ぎ、日が昇り始めているのを確認する。
体には特に異常は感じられないな。寝たきりでなまっている体を起こすために少し歩いてくるとするか。
病室を出たオレは病院の中を歩いて回ってみる。オレが入院しているこの病院は、この市内では最も大きい病院のため、かなりの広さがある。病室を出たときは病院を一周してやる気で出てきたが、歩き出して早々にこの病院の広さに心が折れそうになる。歩き始めて数分、やはり三週間も寝たままだった影響が体に出ている。
「体が重いな」
その後もしばらく歩き、中庭があることに気づいたオレは、そこで休憩することにする。まだ四月、さらに早朝ということも相まって風は冷たいが、かなり歩いた後なこともあって今のオレには気持ちの良い風だ。オレはその場にあった椅子に座り、目を閉じる。太陽の光、少々冷たい風など、目を閉じていても感じられる自然に心地よさを感じずにはいられない。
その後も休憩をしていると、扉が開いて誰かが中庭に来たことに気づく。こんな朝からオレ以外にも中庭に来る人がいるんだな。
そんなことを考えながらも自然を堪能していると、さっきまで感じていていた光が急に無くなる。目を開けると、目の前にはオレと同い年くらいの白く長い髪の女の子が立っていた。その子はオレのことをじっと見つめて視線を逸らさない。患者衣を着ていないことから、ここに入院している子ではないようだが、一体何のようだ?痺れを切らしたオレは恐る恐る話しかけることにする。
「あの…、何か御用ですか?」
話しかけるも返事は返ってこず、ずっとオレを見つめている。この状況を打破する方法が思いつかず困り果てていると、ついに目の前の女の子は口を開く。
「キミ、いつから?」
何のことだ?中庭に何時からいたかってことか?それともいつから入院しているかという質問だろうか。オレは前者だと判断し、質問に答える。
「この中庭には十五分前くらいに来たよ」
これで満足だろ。早くオレの前から退けてくれ。
「キミは何を言っているの? 私の質問に早く答えて」
なぜか機嫌が悪くなる。質問には答えたじゃないか。やはり質問の意味は後者だったのか?
「あーいつから入院しているのかって質問だった?それなら…」
「違う。とぼけてるの? それとも本当にバカで私の質問の意味を理解してないの?」
「あのな! さっきからお前は何なんだよ! お前が何を聞きたいのか、オレにはサッパリ分からねえよ。オレはな、ずっと気を失ってて昨日にやっと目覚めたばかりなんだよ!」
さすがにオレも腹が立ち、つい声を荒げてしまう。
「昨日目覚めた? じゃあまだ何も聞いてないの?」
「一体何のことだよ…」
嚙み合わない会話にいい加減嫌気が指してくる。
「なるほど…じゃあ私の言うことを理解出来ないのも無理はないね」
いや、仮に何か聞いていたとしてもコイツの言葉には主語が無さすぎて理解できる気がしない。
「じゃあ今日はこれで失礼するね。また会いましょ」
急にさっきまでの不機嫌が直り、背を向けて去っていく。あんな勝手なやつと誰がまた会いたいと思うのだろうか。二度とアイツとは会いたくはないな。
朝の運動を終え、病室に戻ってきたオレは温かいココアを飲みながら一息つくことにする。朝から変な奴に絡まれて疲れたな。あの中庭は気に入っていたのに、アイツのせいでオレの中での中庭へのイメージが最悪になってしまった。あそこにはしばらく行かないようにしよう。中庭に行くと何となくまたアイツに会ってしまう気がする。
その後は昨日に母さんが持ってきてくれたゲームや本で時間を潰し、時刻は問診をする予定の午前十時となった。
病室に看護師がやってくる。
「双さん、問診の時間になりましたので、診察室に行きましょうか」
「分かりました」
看護師の方と共に診察室に向かって歩き始める。朝よりも体が軽く感じる。この調子でリハビリを続ければ数日の内に問題なく歩けるようになりそうだ。
診察室の前へと辿り着いたオレは、ドアをノックして診察室の中へ入る。
「おはようございます双さん。今日は問診よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
先生と軽く挨拶を交わし、問診が始まる。
「では早速ですが、双さんが倒れて気を失った日のことを覚えている範囲でよいので教えて頂けますか」
「はい、その日は卒業式の日でした。僕は卒業証書を貰うためにステージへと上がっていました。卒業証書を貰い、ステージから降りるために階段に足を掛けようとした瞬間に僕の頭に衝撃が走りました。その影響で体制を崩し、そのままステージから落ちてしまったのですが、まだその時点では意識はありました。ただ、頭に今までには感じたことのないような痛みを感じていました」
「それはステージから落ちた際に頭を強く打ち付けたからでしょうか」
「僕も初めはそう考えました。でも、それなら頭だけでなく他の箇所も痛く感じると思うんです。でも僕が痛みを感じたのは頭だけでした。いや、正確には痛みがあったのかもしれないですが、他の箇所の痛みを感じないくらいに頭への痛みはとてつもないものでした。そして、いつの間にか意識を失い、昨日に目覚めたって感じです」
「なるほど、頭への痛みはステージから落ちた際に頭を打ったことによる痛みではないと…それも他の箇所の痛みを感じない程に」
「僕の覚えていることはそんな感じですね」
「分かりました。色々な可能性が考えられますが、その頭痛が原因の可能性を筆頭に検査して行きましょう。今日はこれで大丈夫なので、自室で休んでてください」
「あ、はい…」
ずいぶんあっさりとしているな。もっと色々聞かれると思っていたが…、問診とはこんなものなのだろうか。疑問を感じつつも診察室を後にして病室へと戻る。
病室に戻ってきたオレは、特にやることもなくボーっとして時間を過ごす。空には薄っすらとジェネシスが見える。あそこには何があるのだろうと、こうして何度考えたことか。こうしていると中学時代の朝の時間を思い出す。場所が変わってもやることは変わらない。やはりオレはこの時間が好きなのだろう。
時刻は十二時過ぎ。そろそろ昼食の時間だろうか。病院での初めての昼食だ。今朝は部屋に朝食を持ってきてくれたため、恐らく昼もその形だ。朝食はパンだったが、昼は何が出てくるのだろう。
部屋のドアがノックされる。待ちに待った昼食の時間だ。失礼しますと声がかかってドアが開く。そこには看護師と待ちに待った昼食……ではなく、スーツ姿の男が立っていた。
「双さんの部屋はこちらです。では私は失礼します」
そう言い、看護師の人は病室を出ていく。このスーツの男は一体誰だ?大柄で目つきの鋭いこの男、見るからに医者ではない。
「初めまして、私は西岡初。ウェイカー管理局の者だ。双フナト君だね?」
ウェイカー管理局…? 初めて聞くところだ。しかもウェイカーだと? この人は一体何者だろうか。
「はい…そうですが、僕に何か御用でしょうか」
「単刀直入に言おう。キミは先日、ウェイカーになった。今後は今までの生活からは離れてもらうことになる」
今なんていった? オレがウェイカーになっただと? 予想外の言葉を聞き、頭が混乱する。
「オレがウェイカーって…、一体何の冗談ですか」
オレにはまったく身に覚えがない。ウェイカーになったと感じるような出来事なんて無かった。
「キミが倒れて気を失う直前に頭痛がしただろう?その時からキミはウェイカーになったんだ」
「いや待ってください! 確かにあの時に感じた頭の痛みは今までに感じたことの無いような強烈な痛みでした。でも、僕はその時にはもう十五歳です。力が発現してウェイカーになることが出来るのは十三歳から十五歳になる前日までの間ですよね? だったら関係はないじゃないですか」
「確かにその通りだ。一般人が持っている知識ではそういう結論に至るだろうね」
どういうことだ? 俺たち一般人には知らないことをこの人は知っているというのだろうか。
「君が言ったように基本的には十五歳になった時点でウェイカーになることは無くなる。だが、稀に十五歳以上の人間でも力が発現してウェイカーになることがある。つまり君はそれってことだ」
初耳だ。十五歳以上でもウェイカーになることがあるのか…。
「仮にそうだとして! なぜ僕がウェイカーになったって分かるんですか? 第一、僕自身が何も自覚していません」
「ウェイカーになる前には決まった症状が出る。それは頭痛だ」
頭痛だと? そんなの日常にありふれた症状だろ。誰だって感じたことがあるものだ。あの日のは確かに特別だったが…。
「君は今、頭痛なんてありふれたことだろうと思っただろう。確かにそれだけではウェイカーになったとは言えない。ウェイカーからは特有のオーラが出ている。それはウェイカーにしか感じることが出来ず、君はあの時の出来事の直後からウェイカーから出るオーラが出始めた。最も、君の場合はかなり微弱なため、ウェイカーだと分かるまでにかなり時間がかかってしまったが」
オレの知らない情報がこの人からはどんどん出てくる。そしてなぜかこの人の言葉を全て本当のことだと受け取ってしまう。
「僕がウェイカーになったのなら、僕自身も他のウェイカーのオーラを感じれるはずです。今の話からして、あなたもウェイカーなんですよね?でもあなたからは何も感じません」
「その通り、私もウェイカーだ。だが、君のその質問には今は答えないことにしよう」
「なぜですか! 教えてくださいよ!」
「そう焦るな。いずれ分かることだ。では今後の流れを説明させてもらう。初めにも言ったが君には今までの生活とは距離を置いてもらうことになる。家族や友人とも会えなくなるし、入学予定だった高校には行かせることは出来ない」
「高校を行けずに家族や友人とも会えないって…、オレに何をさせる気ですか」
「君も知っていると思うが、ジェネシスの民と戦えるのはウェイカーだけだ。君には今後、ウェイカーとして奴らと戦ってもらう」
とんでもない方向に話が進んでいっている。三週間の眠りから目を覚ましてから二日目でこれかよ。神様はオレをいじめたいのだろうか。
「ウェイカーになった者はチームに所属してもらうことになる。君には一つのチームからオファーが届いているから、必然的にこのチームに所属してもらうことになる。
そう言って、西岡さんは一つの封筒を手渡してくる。
「これはそのチームからだ。明後日にはここを退院してチームに合流してもらうことになる。準備しておくように」
「明後日って、そんな急すぎますよ! 第一オレはまだ承諾してないです!」
「これは決定事項だ。君の意思は関係ない。ご家族には私から説明しておくから、その点は心配しなくても大丈夫だ」
そんなの勝手すぎるだろ…。オレの意思なんてどうでもいいってことかよ。
「では私はこれで失礼する」
病室から出ていく西岡という男を漠然と見つめる。ドアが閉まり、部屋には静寂が訪れる。オレは西岡さんから受け取った封筒から紙を取り出す。
『チームへの合流を心待ちにしております XXXチーム』
「オレがウェイカーか…」
やはり思考がまだ現実に追いつかない。明後日にはチームとやらに合流してジェネシスの民と戦っていかなければならない。ずっとウェイカーになりたいとは思っていたが、いざ本当になると未知への探求心よりも怖さの方が勝ってしまっている。
体が震えて止まらない。まったくオレは…、一度は諦めた夢が今思わぬ形からもう一度動き出そうとしているんだ。震えてる場合じゃない、立ち向かえ。この状況にワクワクしろ。夢は叶えたいと願う意思がある者にしか叶えられないんだ。ジェネシス、ウェイカー、父さんが研究していたことを知りたい。そして父さんの死についても!
「まずは体を元通りにすることからだな」
決意を固めたオレはもう一度リハビリを始めた。