目覚めない者…?
「……お兄ちゃん起きて! お兄ちゃん! ああもう! 早く起きろー!」
「うぅ…、推か? 今日は早かったんだな。部活はなかったのか?」
「何言ってんの? 部活もしてきたよ! もう七時だよ。夜ご飯の時間だよ!」
時計を見ると、推の言う通り時計の針は七時五分を指していた。大体十二時頃に寝た記憶がある。つまり七時間ぶっ通しで寝ていたことになる。少し時間をもったいなく使ってしまった気もするが、おかげさまで寝不足だった体もかなり回復したように感じる。ソファから起き上がり、ダイニングテーブルを見るとご飯が用意されているのを確認する。
「制服のまま寝てるなんて、さてはお兄ちゃんまたゲームで夜更かししたんでしょ?」
「そうだけど?」
「お兄ちゃんはほんっと学習しないねぇ~」
推から呆れた言葉がかけられる。
「ほら二人とも! せっかくフナトの卒業祝いにご馳走作ったんだから、冷めない内に食べるわよ!」
「はーい!」
元気に返事をし、颯爽とダイニングテーブルに向かっていく推。それに続き、オレもテーブルへと向かう。母さんの言うようにテーブルにはご馳走が並べられている。メインは豚カツのようだ。
「今日は卒業祝いに豚カツよー!」
「うわー美味しそうだね!」
「豚カツって試合とか受験とかの前日に必勝祈願で食べるものじゃないの?明日は卒業式だよ?」
「いいのよ細かいことは!豚カツは美味しいんだからお祝いにピッタシじゃない!」
母さんは昔からこういうとこは適当な節がある。まあ、豚カツはオレも好きだし、細かいことは気にする必要は確かにないな。推はもう食べ始めてるし、オレも頂くとするか。
「いただきまーす」
メインディッシュの豚カツを口に運ぶとサクッと音を立て、口の中には肉汁が溢れる。やっぱり母さんの作るご飯は格別に旨い。
「フナト、今日の学校はどうだった?これで明日に卒業するだけになったけど」
「別にいつも通りだったよ。明日の予行練習をしただゖ…」
ここで、藤沢の件を思い出す。
「何かあったの?」
「いや、特になにもないよ」
「あら~、そう?」
「ククククッ…!お母さん、このお兄ちゃんの反応は絶対何かあった反応だよ。ホント分かりやすすぎー」
「お前の察しが良すぎるだよ…」
「それはどうも~」
これでも嘘をつくのは得意なほうなんだが…、もう推の前では嘘をつける自信がない…。
「あらー、やっぱりそうなの? フナト何かあったの?」
「うん、あったよ。同じクラスの藤沢ってやつがウェイカーになったって知らされた。その件の関係で藤沢は明日の卒業式には出られないらしい」
「藤沢って前に生徒会にも入ってたあの藤沢さん?」
「ああそうだ。推もよくご存じのあの藤沢だ」
「こんな身近な人からウェイカーになる人が現れるなんてお母さんビックリだわ」
「確かにビックリだけど、でも藤沢さんはなるべくしてなったって感じだよねー」
オレと同じ感想を抱く推。それくらい藤沢海という生徒は誰が見ても優秀に見えたのだ。
「まあそれだけだ。あとは特に何も無かった一日だったよ」
「まあそれだけって、お兄ちゃんにとってはかなり刺激的な一日だったんじゃない? だってお兄ちゃんはウェイカーになりたがってたじゃん。自分じゃなくて、同じクラスメイトの子がウェイカーになって嫉妬してるんじゃないの~」
「…そんなこと言った記憶はないな。ご馳走様。母さん、ご飯美味しかったよ。じゃあ今日はもう寝るわ」
「あら…まだたくさんあるけど…美味しかったならよかったわ! おやすみ!」
「あ……ちょっとお兄ちゃん!やっぱりちょっと気にしてるのかな…?」
「フナトなら大丈夫よ。きっと明日には元通りになってるわよ」
推は少しからかい過ぎたかもと反省することになった。
夜ご飯を食べ終わったオレは、階段を上がって二階にある自分の部屋に入る。椅子に座ったオレは、大きく深呼吸をする。そしてオレがウェイカーになりたいと思うようになったきっかけを思い出す。
12年前に二つ目の衛星「ジェネシス」が現れ、それに続いて「ウェイカー」と呼ばれる未知な力に目覚める者も現れた。それに伴い、科学者だった父さんはジェネシスやウェイカーについて調べるために家を出て、研究に没頭していたという。父さんが家を出てから約一年がたったある日の夜だ。知らない大人たちが家を訪れ、玄関で母さんと話していた。大人たちが帰り、玄関が閉まった後、母さんは膝から崩れ落ちて泣いているのを見て、当時三歳で幼いながらも父さんが死んだことを悟った。その後に母さんに聞いても何も教えてくれなかった。というより母さんも、父さんの死の詳しい真相は知らないのだろう。推は父さんが死んだことは知らず、この世界のどこかで生きていると思っている。しかし、もう父さんはこの世にはいないのだ。今でもたまに母さんが悲しい目をしているのを見る。だからこそ、オレはウェイカーになり、ジェネシスやウェイカーの未知の力とは何なのか、そして父さんの死についても知りたいのだ。
明日にはオレは十五歳になる。未知な力に目覚めてウェイカーになれるのは十五歳になる日の前日まで。つまり、時計の針が十二時を指した時点でオレのウェイカーへの夢は終わる。今の時刻は夜の七時半を過ぎた当たり。十二時まで残り四時間半を切った。おそらく、いや…、ほぼ確実にオレは力が目覚めてウェイカーになることはない。でも、残りの僅かな可能性を信じたいと思ってしまう! 信じれば叶う! きっと信じれば…!
「うぅ………」
明るい光に反応して目が覚める。カーテンを開けっぱなしにして寝たため、朝日によって目が覚めて起きてしまったのか。
「は!時間は!」
急いで時計を見る。朝の六時十三分、日は三月十八日。
「…終わったな。ハハㇵ…」
窓から見える空を見ると、そこには二つ目の衛星のジェネシスが薄っすら見える。オレのウェイカーへの夢は終わった。これでウェイカーについても、ジェネシスについても、そして父の死の真相についても知ることは永遠に不可能になった。
「切り替えて行くしかないな…」
いつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。なぜって、今日は卒業式なんだ。良い気分で卒業したいじゃないか。
着替えを終え、朝ご飯を食べにリビングへ降りる。
「フナとおはよう! 今日は早いわね!」
「うんまあね。早く目が覚めたんだ」
「あらそうなのね~! じゃあ朝ご飯用意するわね! パンでいいかしら?」
「うん、ありがとう母さん」
母さんはウェイカーのことには触れてこない。これも母さんの優しさなのだろう。
パンが焼けるのを待つ間に椅子に座り、今朝の新聞を読むことにする。新聞にはウェイカーに関する情報などはほとんど載っていない。それくらい機密事項ってことなのだろうか。
そうしている内にパンも焼きあがり、母さんからパンを受け取る。皿にはパンの上に焼いたベーコンと目玉焼きが乗っている。実に朝ご飯っていう感じのご飯だな。でもこういうシンプルなのが一番旨いのだ。
朝ご飯を食べながら朝の報道番組を見ている内に推が起きてくる。
「おっはよー! そしてお兄ちゃん! 誕生日アンド中学卒業おめでとーう!」
そう言い、推はパチパチと手を叩く。
「おう、ありがとな。それにしてもまったく、よく朝からそんなハイテンションになれるよな」
「フッフッフッ。まあーね。お兄ちゃんも昨日はちゃんと寝たんだね~、顔色がよろしゅうございますよ」
急に関西弁を喋る推。だが、このことには触れない。なぜならいつものことだからだ。
「昨日はちゃんと寝たからな。そしてオレがウェイカーになる夢も潰えた」
オレは自分でこの件に触れることにした。今後、推にも母さんにも気を使ってもらいたくないためだ。
「……そっかー! まぁまたお兄ちゃんにも別の夢が見つかるさ! ということで…、お母さんご飯食べたーい」
「はいはい。推のももう焼きあがるわよ!」
「やったー!」
推も今回はからかってこない。気を遣ってくれたのだろう。オレもこれで完全に切り替えていけそうだ。
朝ご飯を食べ終えたオレは少し早めに家を出ることにする。せっかくなので中学最後の通学を堪能しようと思ったためだ。
「じゃあオレ先に学校に行くよー」
「分かったわ! 母さんも後から行くからね!」
「お兄ちゃんいってらっしゃーい、って後でも会うけどね」
「まあな。じゃあお先―」
そう言い、オレは家を出る。
晴天の空の下をオレは歩いていく。心地よいくらいの風が吹いている。卒業式に相応しい日になったと感じさせる最高の天気だ。心なしか足取りも軽いように感じる。そのため、いつもより5分ほど早く学校に到着する。いつも通り教室に入り、自分の席に座る。いつもよりも早い時間のため、まだ教室にいる生徒はオレも含めて五人しかいない。友達同士で談笑する者、本を読む者など最後の朝の時間も普段と然程変わりない。オレもいつも通りにボーっと外を見ながら過ごすことにする。こういうなんでもないような日常の時間が何気に好きなのだ。
ボーっと外を見ている内に登校してくる生徒も増えていき、時刻は8時30分とホームルームの時間となる。つまりあの熱血教師が来る時間だ。
毎度恒例の勢いよくドアを開けて、担任の山本先生が登場する。この光景を見るのも今日で最後と考えると少し寂しいな。
「みんなおはよう!! 今日も元気に登校しているな!」
今日の山本先生は卒業式のため、いつものタンクトップではなくスーツを着ている。筋肉がかなりついているため、スーツがパツパツだ。
「ついに卒業式の日が来た。今日でみんなともお別れか…! オレは…オレは! うわーーー!!」
急に叫んで泣き始める山本先生。まったくこの人は…。
「オレはみんなと過ごした日々が最高に楽しかった!!この日々は絶対に忘れはしない!」
卒業式になってもやはり熱い。暑苦しい。でも、何だかんだ良い先生だったな。
「先生!! オレも先生やみんなのことは絶対に忘れないぜ~!」
山本先生に呼応するように泣き始める真島。やはりこの二人は似たもの同士だな。将来、真島は山本先生みたいな教師になりそうだ。
「よし! じゃあみんな、今日は最高の卒業式にするぞ!」
そんな山本先生の言葉でホームルームは終わり、オレたち三年生は卒業式の会場である体育館に向かう準備をする。すでに一、二年生や他の先生、保護者は体育館に入っており、三年生を迎える準備が整っている。
廊下に整列したオレたちは体育館へ向かい歩き出し、体育館の前まで着く。そして入場の合図を待つ。入学式でも経験したが、この瞬間はなぜかドキドキする。
「卒業生 入場」
合図と共に大勢からの拍手と吹奏楽部の演奏に迎えられ、入場する。それぞれの座席に座り、卒業式が始まる。
開式の挨拶、国家斉唱と続き、卒業証書授与の時間になる。出席番号順で順番に卒業証書をもらっていき、ついにオレの番を迎える。練習通りに礼や手の動き、体の機敏な切り返しをする。始まる前は上手くできるか心配していたが、動作は完璧だ。後は自席に戻るだけだ。
ステージから降りるために階段に足を掛けようとしたその時、頭に今までも感じたこともないような強烈な痛みを感じる。咄嗟の出来事に体は体制を崩し、オレは階段から転がり落ちる。体育館中に鈍い音が響きわたり、その後に悲鳴やどよめきの声が体育館全体に広がる。
「うあああああ……!」
ステージから転がり落ちたオレは、その時にぶつけた衝撃よりも、どんどん強くなる頭痛につい叫んでしまう。頭が割れてしまうのではと感じさせる痛さだ…!オレの周りに人が駆け寄ってきているのが薄っすら見える。何か言っているのか?声がまったく聞こえない。ヤバい、意識が飛びそうだ。もしかして死ぬのか?オレの人生はここで終わるのか…。
「父さ…ん」