小細工しか出来ないもので
とある路地にて……。
「おいおい…、なんでお前がこっちに来てんだよ…」
「ククク…なぜだと思う?」
聖奈がグレイを倒した時と同時刻。フナトと藤沢は付近にいた人を丁度避難し終えた頃。フナト達の前にはグレイが立っていた。
「これはかなりマズイね…」
「おい聖奈はどうしたんだ!」
「あー、あの女を頼りにしてんなら当て外れだ。もうここには来れねえぜ」
「どういうことだ…?」
「ったく、察しの悪い奴だなー」
「双君、受け入れたくないけど…、恐らく一条さんはこの男に負けたんだ」
「は…?」
聖奈が負けた…? 倒されたってことなのか…。オレ達を逃がすために聖奈は一人でコイツの相手をすることを選んだ。オレも聖奈なら大丈夫だと思って任せたんだ。でも結果は最悪になってしまった…。
「次はお前だぜぇ? ああ、ついでにお前もちゃんと殺してやるよ」
「……聖奈が…」
「双君、落ち着いて。まだ一条さんが負けて殺されたと決まったわけじゃない。この男が嘘を付いている可能性だってある。だから今はこの状況を打破する方法を考えることだけに集中しよう」
「藤沢……、ああ…そうだな…、悪かった!」
動揺していたオレは藤沢の言葉で正気を取り戻す。
「おっけい、じゃあどうしようか…」
「藤沢、今のオレたちがコイツと戦って勝てると思うか…?」
「……正直無理だね…」
「ああ…オレも全く同意見だ」
はっきり言って、この男とオレたちは差があり過ぎる…。正面から挑めば瞬殺されるのが落ち、かと言って何か小細工をしたとして、差が埋められるような強さじゃない…。だったら取るべき選択肢は…!
「…耐えるぞ…藤沢」
「え…?」
「もう助けは呼んである。だから…助けが来るまでの時間は倒すことは捨てて生き残ることに全振りする!」
この状況になった時点で、オレの中にはこの行動を取ることを決めていた。というか、これしか無い…。オレはこんなところで死ねないんだ…、決意を固め、母さんと推に送り出してもらって家を出てきた。それで『はいもう死にました』じゃ会わせる顔がない…!
「うん…いいね、その意見賛成だ。でも、その助けが来るまでの時間をどう凌ぐかが問題だね…」
「ああその通りだ。あくまでも目安だが、オレたちが二人で凌がなければならねえ時間は約10分…」
「10分…、かなりキツイね…。でも、やるしかない…!」
「ああやるしかねえ…」
オレが連絡したのは二人。牧さんと…、そして聖奈。頼むから生きててくれよ…。
「どうだ、作戦会議は終わったか?」
「わざわざ待ってくれてありがとな。お陰でお前がボロボロになって倒れている将来が想像できた」
「ハハハッ、達者な口だなぁ。じゃあちゃんと楽しませろよ!」
男が地を勢いよく蹴り、オレと藤沢に向かって突っ込んでくる。
「今だ!」
オレの合図で藤沢とオレはお互いに反対側にある路地裏に入る。
「チッ、二手に分かれてオレをかく乱させる狙いかぁ? まあいい、順番に一人ずつ殺ってやるよ。まずは…、こっちだなぁ」
そう言い、グレイは路地裏に入る。
「天賦 万里の眼」
自身の天賦により、藤沢は自身を中心に半径五十メートルの範囲を死角無しに全てを見ることができる。
「…こっちに来たよ」
「おい、オレを殺したいんじゃないのか…? いや…、二人とも殺すつもりなら藤沢を先に殺る思考になるのは当たり前か」
「仕方がない、僕と双君の役割を入れ替えて作戦を実行しよう!」
「ああ了解!」
オレは素早く作戦に取り掛かる。
「近くに居るんだろぉ? 速く出てこいよ」
グレイの声が響くがオレ、藤沢共に呼びかけには応じない。
「…………今だ…!」
藤沢の合図で、オレは曲がり角からグレイの前に姿を現す。
「やっと出てきたかと思ったらお前のほぅ…」
グレイの言葉など聞かず、オレは両手に持っていた瓶をグレイに向かって投げつける。しかし当たるはずもなく、簡単に避けられてしまう。
「ハハ! そんなもん当たるかよ!」
そのままオレに向かって一気に距離を詰めてくる。
よし来た…!
「魚が釣れたぜ」
再びオレは瓶を投げる。しかし、今回はグレイに向かってではなく、オレの目の前の空間、グレイが通るであろう空間に向けてそっと…。
「意味ねえよそんなもん!」
グレイは拳で目の前の瓶を破壊する。それにより、瓶の中に入っていた酒がグレイにかかる。
「クッ……酒か…? 小細工ばっかしてんじゃねえよ!」
グレイの拳がオレ目掛けて飛んでくる。
「小細工しか出来ないもんで!」
オレは持っていたガスバーナー二個を一気に噴射し、出た火はグレイにかかっていた酒に引火してグレイは火だるまになる。
「焼き魚にしてやるよ!」
「ウォ…! てめえ!!」
火だるまにも拘わらず、オレに向かってこようとする。
「コイツ…!」
「伝導!」
グレイの拳がオレに届く一歩手前で、グレイの後ろから来た藤沢の攻撃により、グレイの体制は崩れ、放たれていた拳はオレの左頬をかすめていく。
「双君行くよ!」
「く…ああ!」
藤沢と共にオレは、一度グレイから距離を取る。
「おい待てやクソガキ共!」
「どうなってるんだあの男は!」
自分が火だるまになっていることなど構いもせず、オレと藤沢目掛けて一直線に来る。
「やばい…!」
その時、グレイに付いていた火が、傍にあったガス管に引火して大爆発を起こす。
「おい! まじゕ……ぁあわ!!」
爆発による凄まじい風によって、オレと藤沢は飛ばされてしまう。
「……ハアハア…、双君生きてるかい…?」
「…ああ…、何とかな…。死ぬかと思った…」
「いや本当にね…」
爆発により、周囲の建物が一部崩れたが、周囲の建物は鉄筋コンクリート造で出来ているもので、倒壊は小規模になったが、それでも瓦礫の山が出来ていた。
「アイツ死んだのか…?」
「分からない…、でもただでは済んでないはずだよ。あの爆発のほとんど中心にいたんだから」
「そう…だな。なんか小細工が大細工になったな…」
「ハハハ…確かにね…」