思惑
聖奈は立ち上がり、再び男に向かう。
「諦めて潔く死んだ方がいいぜぇ?」
「アンタが本体なんだよね? アンタを倒せば分身の方も消えるの?」
「それはどうだろうな、オレが分身の方かもしれないぜ?」
「それはないでしょ。さっきアンタら二人を相手にしてる時、明らかにアンタの方が動きが良かった。分身が本体より強いなんてことはまずあり得ない。ならきっとアンタを倒せば分身も消えるはず!」
聖奈は男の懐まで潜り込もうと試みる。
「ハハ! さっきよりも動きが遅いぜ!」
聖奈の放たれる攻撃を男は軽く受け流していき、擁護で弾いたところに反撃の拳を腹部にねじ込みにいく。
「これで死んどけ!」
「擁護」
男の反撃を聖奈はさらに擁護で弾く。
「なにっ…てめえ!」
「これを待ってたよ、伝導!」
聖奈の伝導による膝蹴りが男の腹部に直撃する。
「グフォ…!」
それにより怯んだところを顎、蟀谷に続けて上段蹴りを入れ、男を蹴り飛ばす。
「二連式上段蹴り…、中々良い感じに決まったね…」
「ウ…クソォ…てめえ誘いやがったな…ゲホォゲホォ…!」
「私に良いのを入れたことで明らかにアンタは油断してた。そこを付かせてもらっただけだよ。油断大敵とは正にこのことだね」
聖奈の放った三つの蹴りは全て男の急所に当たり、先程までの劣勢状態は覆り、両者それぞれ深手を負った状態となった。
今のでかなり損傷は与えたはずだけど、私もあまり余力はない…。フナト達の方へも向かわなきゃ行けないとなると、天賦もまだほんの少しだけどあの技を一度使うくらいの余力はある。次の一撃で決める…!
「いつまでもアンタの相手をしている訳にはいかないんだよね、だから次の一撃で決めさせてもらう」
「上等じゃねえか…こっちこそ次で腹に穴を空けてやるよ!」
両者による最後の攻撃が今交わろうとする。
「……疾風!」
先に動いたのは男の方。疾風で距離を詰め、聖奈の顔面目掛けて拳を放つ。それを聖奈は流動を使い受け流す。
「本命はこっちだー!」
拳のほんの一瞬遅れて放たれていた足が聖奈の腹部目掛けて飛んでいく。しかし、聖奈はまたも流動で受け流し、その反動を使って男の上に飛ぶ。
「借りるね」
「てめえ…! なんのつもりだ…?」
上に飛んだ聖奈は、体を回転させて逆さまの状態になる。
「天賦 重力の主張」
「まだ天賦使えたのか…!」
「この瞬間のために取っておいたんだ。じゃあトドメだよ!」
「おい待て…!」
「荷重拳!」
聖奈の拳が男の頭部に直撃し、衝撃は頭から足先にまで伝わり、指先の骨にまでヒビが入った。
「グファ……」
衝撃によって男は血を吐き、地に横たわる。聖奈が微かな余力で放った荷重拳。拳に仮想の質量を加えてぶつける技。重力に従った方向で当てたことで質量×重力により、男にかかった衝撃荷重は何倍にも膨れ上がった。
「…しくじった…、この体はもうダメだな…」
「残念、これでフナトを殺す目的も果たせなくなったね」
これでフナト達の方へ向かった男の分身も消えるはず…。
「ハハハハ…! お前…、どうやら酷い勘違いをしているようだなぁ…」
「勘違い?」
「どうしてオレが戦闘不能になれば分身の方も消えると思ったんだあ? というか、なんで分身だと決めつけてるんだあ?」」
「……まさか!」
「ハハハハ…そうだ! 今お前が考えた通り、分身なんていねえのさ! 二人の俺は意識が繫がっているんだ。この体が死んでも、もう一人の俺が生きてる限り、俺が死ぬことは無いのさ。おっと、もう一人の俺の方があのガキを見つけたぜ? 残念だったなぁ、お前の愛しのガキはもう終わりだ」
グレイの天賦、自己像幻視は使用できるのが一日に一回きりという厳しい制限がある代わりに、出現させたもう一人の自身と意識が繫がっており、視界や思考全てを共有することが出来る。極めつけに、本体の方が死んだ時、本体はもう一人の方へと移り変わる。
グレイの話を聞いた聖奈はゆっくりとグレイの元へと近づき、グレイに向けて伝導を放つ。一発に収まらず、二発三発…と続けて…。
聖奈の手により、グレイの息の根が止まる。
「フナトの方へ向かわなきゃ…」
聖奈は動き出そうとした瞬間に力尽き、地面に倒れてしまう。
フナトを…助けなきゃ。また私のせいで…。
「早く……」
聖奈は何とか保っていた力を使い尽くし、その場で気絶してしまう。
とあるビルの屋上…。
聖奈と男の様子を見て笑う影が一つ…。