第六章 謀略
三部作中巻の「劉煌と不自由nah女神」の最終章です。
もしこの三部作の途中から読まれていらっしゃるなら、https://ncode.syosetu.com/n0834is/1 の序章と、https://ncode.syosetu.com/n0834is/66/ の第8章探索の龍の部分を読まれると本頁の理解の助けになります。
結納の日の早朝、前夜興奮してよく眠れなかった劉煌と翠蘭は、全く同じ時刻に御用邸の門前で鉢合わせになった。
劉煌は「おはよう」と言いながらすぐ翠蘭の右腕を自分の左腕に絡ませて門をくぐった。
「エスコートしたいところだけど、君の方がよく知っている所だから、さあ、海岸まで朕を連れて行って。」
劉煌がそう誘うと、翠蘭は劉煌の左腕に組んでいる自分の手に左手を乗せて、劉煌を軽く引っ張るようにして「こっちよ。」と言った。
翠蘭に言われるままに歩いて着いた海岸は、まだ真っ暗で、朝日が昇るのを見るため手提げ提灯を消すとあたりは一面黒黒黒の連続で何も見えなくなった。翠蘭の足取りは急におぼつかなくなったが、忍者の暗目付(夜目)の訓練をしてきた劉煌は、忍者モードになって、彼女を支えた。
「あそこに岩がある。岩にもたれて朝日が昇るのを待とう。」
劉煌が提案すると、「真っ暗なのに見えるの?」と翠蘭が驚いて聞いてきた。
「ああ、全部見える。忍者の修行には視力の修行もあるんだよ。いろいろな意味で目が利かないとダメだからね。」
そういいながら、半分翠蘭を抱えるような感じで劉煌はスタスタと岩の所までやってきた。
岩にもたれかかると翠蘭は劉煌の肩に頭を乗せて、
「劉煌殿、東之国もよろしくお願いします。」と呟いた。
突然のことに劉煌は困ったような顔をしたが、翠蘭は真っ暗なので彼の顔が見えないことに気づき、言葉で伝えることにした。
「どうしたの?突然。東之国は年は若いけど立派な皇帝がいるじゃない。西乃国が婚姻の特使をあんなに早く出せたのも、官職たちが東之国と是非とも婚姻関係を結びたいと思わせる皇帝だったからよ。」
思いもかけない劉煌の回答に、心底仰天した翠蘭は、その大きな目を丸くして、「え?」とだけ言うと絶句した。
劉煌は翠蘭の肩を抱くと「君には話していなかったけど、中ノ国で条約締結した際に、僕がこれで安心して君を東之国に帰国させられると伝えた時、成多照挙は、君が簫翠蘭だと気づいて暴れたんだ。そうしたら、すぐに東之国の皇帝が、中ノ国が条約を守らなければ中ノ国との国境に軍を配備するって言って成多照挙を黙らせたんだよ。」とサラッと言った。
あまりのことに驚きを隠せない翠蘭は、「麟麟が、、、そんなことを…」と言って、目を泳がせた。
劉煌は抱いた翠蘭の肩をポンポンと叩きながら「ああ、君を安全に帰国させたいと言ってね。彼は歴代皇帝が霞んで見えるほどの逸材だよ。何も心配いらないよ。」と言った。
それを聞いた簫翠蘭はふっと笑うと
「だからかしら。」と言った。
「何が?」
「東之国に帰っても、家に帰った感じがしなかったの。」
「そうか。」
二人はここで初めて黙った。
海の彼方の水平線には、まだ朝日は顔をだしていなかったが、あたりは薄っすらと黒い空と群青色の海に黄色のグラデーションが入り、少しずつ明るくなってきていた。
しばらくして、簫翠蘭は「違うわ。」とポツリと呟いた。
劉煌は翠蘭の方を振り向くと「何が?」と聞いた。
「私は家を間違えていた。私の家はあなただったのに、それに気づいていなかった。」
簫翠蘭がそう呟くと、劉煌は嬉しさのあまり感極まって、すぐに簫翠蘭をもっと自分の方に引き寄せると、熱い口づけをかわした。
劉煌は目をつむって口づけに酔っていたが、忍者の修行で、どんな時でもすっかり常に四方八方に触覚が伸びている彼は、すぐに異変に気づくと、翠蘭の腰を持って彼女を岩の影に隠れさせ、自らは岩の上に飛び乗ってから、剣で襲い掛かろうとしていた攻撃者の前に飛び降りた。
「成多照挙!気は確かか!」
劉煌がそう叫ぶと、成多照挙も負けじと叫ぶ。
「朕はいつでも正しい。お前こそが諸悪の根源なんだ!劉煌!お前さえいなければ世の中平和なんだ!」
そして彼は、丸腰の劉煌にまた長剣を振りかざした。
劉煌は、成多照挙を翠蘭が隠れている岩から遠い所へ誘導する戦法で、うまく長剣をよけていった。剣を避けながら劉煌は、彼の視界に入ってきたものに驚愕する。
なんと、上空で二柱の龍が戦っているのだ。
一柱は明らかに劉煌が覚醒させた西乃国の全身黄金に輝く龍。
そしてもう一柱は、どす黒く石炭のようにところどころが不気味に黒光りしている真っ黒な龍だった。
”ま、まさか、成多照挙も龍を覚醒させたのか!?”
剣をしっかりよけながら劉煌の脳裏には、父から代々直系の皇太子にだけ口伝されてきた神龍の逸話がはっきりと蘇っていた。
”そうにちがいない。東之国にいる中ノ国の龍を覚醒させたんだ!”
”ということは、西乃国の龍は中ノ国の龍を抑えるので手いっぱいってことだ。(龍を)当てにすることはできない、、、”
劉煌が照挙の刃を潜り抜けている時、翠蘭は翠蘭で援軍を呼びに御用邸に向かっていた。
翠蘭は、御用邸の側まで戻ると、声がひきち切れんばかりの大声で叫んだ。
「誰か!助けて!劉煌殿が成多照挙に襲われているの!早く海に!」
そして彼女はまた海岸に向かって走り出した。
その切羽詰まった皇女の悲鳴に近い叫びを聞いた諸々は、すぐに部屋を飛び出し、百蔵は、百蔵で誰にも気づかれないように、すぐに木を伝って海岸に向かった。
翠蘭が海岸に到着した時には、どのルートからやってきたのか、小春もそこにいて、成多照挙の脚にしがみついて「照挙!やめて!お願いだから、やめて!」と叫んでいた。
小春の付き添いで来ていた木練は、小春の元に行こうと足を動かしているものの、ある地点まで来ると、まるで見えない壁にぶつかっているかのように、ポーンと跳ね返され、ずっと「皇后陛下!お気をつけて!」と叫びながら、なんとか主人の所に行こうと同じ動作を繰り返していた。
また木の上にはお陸が居たが、見るからに何か忍法を使っているようだったが、お陸もまた目に見えないバリアに行く手を阻まれていた。
成多照挙は、気が狂ったように小春に向かって「うるさい!どけ!手を放せ!」と言って脚をばたつかせていたが、それでも離さない小春に何をとち狂ったのか、彼はこともあろうに刃を向けた。
それを目の当たりにした劉煌は、目を見張り「小春!危ない!」と叫ぶと、小春に飛び掛かるようにして小春を抱きかかえ、転がりながら成多照挙の刃から小春を救った。
砂に突き刺さった剣を引き抜くと、成多照挙はすぐに劉煌に向かってヤーという掛け声を上げながら突進した。身重の小春は劉煌の想定外の重さで、そんな彼女をかばいながら、地面は足場の悪い海水を吸った砂地であったこともあり、不覚にも地面に足を取られてしまった劉煌は、そこでバランスを崩してしまった。
”しまった。もはやこれまでか。”
と劉煌が思ったその瞬間、若い女の甲高い「ダメ~!!」という絶叫が木霊したかと思うと、劉煌の目の前に両腕を広げた長い髪の若い女性が跪いてきた。その瞬間、ブシャッという鈍い音が響き、劉煌が慌てて顔を上げると、その女性の前に、真っ赤な返り血を全身に浴びた成多照挙が立っていた。彼はすぐに剣から手を放し、両手で頭を抱えると「うわーーー!」と悲鳴を上げた。そして、それと同時に劉煌の前で両腕を広げた若い女性が、そのまま劉煌の方に後ろ向きにふわっと倒れてきた。劉煌は、その女性を抱き起こし、彼女の顔を見るや否や、今度は劉煌が彼女を抱きかかえながら半狂乱になった。
「蘭蘭!!蘭蘭!!!!!!!!」
劉煌は今まであげたことのないような金切り声で彼女の名を叫び続けた。
劉煌の、その心をえぐるような絶叫に、やはり木練と同じところで見えない壁に行く手を阻まれた援軍達が、事の次第を全て目撃しながら、茫然とそこに立ち尽くしていた。
劉煌の目の前に現れ、身を挺して彼を救った若い女性は、簫翠蘭だったのである。
簫翠蘭の胸には成多照挙の長い剣がグサッとつき刺さったままで、彼女の着ている白の着物は彼女の血で真っ赤に染まっていた。
劉煌は翠蘭を抱きしめながら自分の着物を裂いて胸の止血を試みたが、どくどくとあふれ出る血は全く治まる気配が無かった。
援軍達は、すぐに翠蘭の元に駆けつけようとしたが、見えない壁はまだそこにあるようで、相変らずその位置から一歩も前に進めなかった。
声は出せることに気づいた彼らは、口々に簫翠蘭の名前を叫んだ。
「れいちゃん!」と白凛が悲鳴をあげた。
「蘭姉ちゃん!」と東之国の皇帝が大呼した。
「蘭!」と張浩が叫喚した。
「翠蘭!」と簫翠陵が叫んだ。
「内親王殿下!」と李亮が絶叫した。
しかし、その声さえ、何かそこに音のバリヤでもあるかのように、音が自分たちに跳ね返ってくるだけで、翠蘭・劉煌・成多照挙・小春の4人には届いていないようだった。
既に虫の息の簫翠蘭は何を思ったのか、劉煌の制止を振り切って最後の力で自分の胸に刺さった剣を引き抜くと、その剣先を天に向けた。
すると突然上空が一面真っ黒な雲で覆われ、何閃もの稲妻が光り始めた。
その時、その場にいた簫翠蘭・劉煌・成多小春・成多照挙の4人の脳裏に、千年前の光景がまざまざと浮かび上がってきた。
千年前、劉煌は中ノ国皇帝、成多照挙は東之国皇帝、成多小春は男で、西乃国の皇帝だった。
事の始まりは、東之国皇帝が勝手に3つの国を自由に行き来する神獣たちを、この地の地下に閉じ込めようと企み、実際神獣を捕まえてしまったことだった。
西乃国皇帝は中ノ国皇帝に密書を送り、両皇帝が結束して、東之国皇帝に神獣の解放を迫ったが、東之国皇帝はしらを切りとおすどころか、両皇帝の暗殺まで企てようとした。
そのため3か国の戦争が始まったのだが、泥沼の様相になったところで女神が現れて、3か国の皇帝に争いをやめるように迫り、神獣を解放した。
そしてその時の女神こそ、簫翠蘭、その人だったのである。
完全にトランス状態になった簫翠蘭は、成多照挙に向かって「また同じ過ちを繰り返すのか?東之国の皇帝よ。」と告げると、千年前と同じように稲妻を落とそうとした。
その瞬間、簫翠蘭が何をしようとしているのかわかった劉煌は、懇願した。
「蘭蘭、やめてくれ。成多照挙を殺さないでくれ!小春が悲しむ。」
それを聞いた途端簫翠蘭は、トランスが切れ、手から剣を落としてそのまま倒れ込んだ。
劉煌は簫翠蘭が地面に倒れ込む前に抱きかかえた。
彼女は劉煌の腕の中で、とてもとても悲しそうな顔をして劉煌を見つめると、目から一筋の涙をこぼし、震える手を劉煌の胸に置いて
「私の家だと思っていたのに、その家には既に別の女性がずっと住んでいた。」
と言うや否や、腕は力尽き、その大きな瞳からは光が消え、息を引き取った。
すると、不思議なことに、暗雲は引き、稲妻はなりやみ、足止めになっていた木練と援軍たちが前に進めるようになった。木練は小春の元へ急行し、援軍の全員はすぐに簫翠蘭の名前を叫びながら彼女の元に走りだした。
しかし、彼らが簫翠蘭の元に着いた時には、彼女の亡骸をギューっと抱きしめて言葉にならない音を口からこぼしながら嗚咽している劉煌と、その前で血を浴びて真っ赤なまま茫然と立ち尽くす成多照挙と、その横で腰を抜かしている小春に、無常にも昇ってきた朝日が暖かくオレンジ色の光を照らしていたのだった。
命の巻 おしまい
最後までお読みくださりありがとうございました。
この3か月強、毎日20時に何人もの方がアクセスしてくださり、私と一緒に伴走してくださいましたこと、心よりお礼申し上げます。皆さまが毎日新エピソードを読んでくださったおかげで、なんとか第二部のゴールまで完走することができました。本当にありがとうございました。
しかし、主人公の相手役の死という、私が読者だったらなんともモヤモヤする最後でしたことお詫びします。3か月も読み続けてこれ?とがっかりされないよう、3部作最終の物語の明るい要素のスポイラーを、、、
①小春の子供が誕生します
②簫翠蘭でてきます(幽霊でも引用でもありません)
③劉煌には神の御加護がついています
これに懲りず引き続き今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




