第六章 謀略
五霊についた一行。
劉煌と簫翠蘭の結納が明日に迫り、、、
結局中ノ国に強引に押し切られるような形で一行は五霊へと向かった。
五霊の御用邸は、西乃国の海の御用邸とは異なり、林の中央にあるのではなく、東と西だけが林になっている全室オーシャンフロントの海に面した本館と神楽殿、そこから1Kmほど離れた南にある林の中にぽつんとある離れと、本館と離れの間に使用人宿舎と幽閉施設等の建物と広大な自然を生かした庭園からなっており、皇女が一生暮らすに相応しい小さな皇宮と言っても過言ではない造りになっていた。
五霊に入り、まず離れに泊まる中ノ国一行と別れる際、翠蘭は、翌朝は海岸に行って朝日が海から昇るのを見られるといいと小春に伝えた。小春も海は生まれて初めて見る上に、「海から日が昇るのが見れるなんてとっても楽しみ」とワクワクして答えたが、成多照挙からも劉煌からも「早朝に起きるのは無理だろう。」と同時に言われてしまった。
図星なことをつつかれた小春はムッとしたが、何故かその横で翠蘭もムッとしていた。
劉煌は何故翠蘭までムッとしているのかわからなかったが、翠蘭は翠蘭で、劉煌が小春のそんなプライベートなことまでわかっていることが許せなかった。頭では劉煌が小春と一緒に育ってきたので、それをわかっていて当たり前だと理解できても、翠蘭の心ではどうしてもそれを受け入れることはできず、自分の心の葛藤に翠蘭は苛立ちを覚えていた。それでも劉煌が本館に到着した際、「明日の早朝二人で朝日が昇るのを海岸で見よう」と誘ってくれると、翠蘭は嬉しそうに「うん」と返事をした。
翠蘭が荷物をほどき、明日の結納の衣装を衣桁に掛けていたところ、部屋をノックする音が聞こえた。
衣桁の下で衣装の裾を伸ばしていたお陸と目が合うと、翠蘭は頷いたので、お陸が扉の所に行って確認すると、そこには東之国の皇帝が立っていた。お陸はすぐに跪くと、皇帝はお陸に「下がっていてくれぬか?」と優しく言った。お陸はすぐに部屋の外に出ると扉をしっかりと閉めた。
翠蘭は何事かと皇帝を上座に迎え入れると、皇帝は「蘭姉ちゃん、灯籠流しをしないか?」と囁き、畳んでいた灯籠を袂から1つ出して渡した。
これもまた東之国独特の伝統文化で、死者の魂の供養のため灯籠を海に流すという習慣があり、中ノ国、西乃国には全く見られない習慣だった。翠蘭はこの年若い皇帝の配慮に驚きながらも、微笑んで大きく頷くと立ち上がって手提げ提灯に火を灯した。
二人は提灯の火を頼りに御用邸を出てまっすぐ海岸に出ると、1か所だけある長い桟橋の先まで行って、あたりを見まわしてから、お互いに袂から灯籠を出して無言で組み立てた。そして灯籠に火を灯すと、お互いに灯籠を海に浮かべた。
流れていく灯籠を二人は手を合わせて見送ると、桟橋から戻って砂浜に座り込んだ。
長く流れた沈黙を翠蘭が破ると「袁袁は喜んでいると思うわ。」とポツリと言った。
麒麟はその言葉に酷く驚いて「何を?」と聞いた。
「従兄にこんなにして貰えて。姉は灯籠流しなどすっかり忘れていたのに。」と苦笑いをした。
麒麟は翠蘭の”自供”に全く反応することなく、淡々と聞いた。
「ねえ、蘭姉ちゃん。人って死んだらどこに行くんだと思う?」
翠蘭は誰もこの答えを知らないことから、「さあ、東之国国教の教えだと黄泉の国だけど。。。」と答えると、二人ともまたただ黙って海をみつめた。
灯籠はいつの間にかだいぶ遠い沖合まで流れていて、大海原に浮かぶ小さな小さな灯になっていた。
今回沈黙を破ったのは麒麟の方だった。
「蘭姉ちゃん、今後もし僕がおかしなことをしたり、言ったりしていたら、絶対おかしいって教えてほしいんだ。」
翠蘭はあまりに想定外の話にギョッとして思わず「突然どうしたの?」と彼に聞いた。
「ずっと皇宮内にいると、何が常識なのか、何が正義なのか、わからなくなることがあるんだ。身近にあるものほどわかりにくい。今迄は、袁袁だったらどうする?って心の中で聞いてきた。でも心の中の袁袁はいつも微笑んでいるだけで何も教えてくれないんだ。だから蘭姉ちゃんの客観的な目で見て教えてほしいんだ。」
翠蘭は麒麟の方を振り向くとニッコリ笑って「それも劉煌殿に聞くといいわ。」と言った。
この回答に麒麟は飛び上がって「国の政治的なことを他国の皇帝に相談なんてできないよ。」と反論すると、翠蘭は「だったら私にもできないじゃない?他国の皇后になるんだから。」と答えた。
「蘭姉ちゃんは違うよ。身内だもん。それに、、、」
「劉煌殿はご存知よ。」
「えっ?」
「3か国の祭典の時、袁袁じゃないって気づいて、私はもう東之国には帰れないと思ったの。本当に絶望したわ。劉煌殿は私の素性を知らなかった時からとても良くしてくださったし、何よりも国を追われて暮らした大変な想いをされて生きてきた経験がおありの方だから、そのことを思い切って打ち明けたのよ。そうしたら張先生を探し出してきてくださって、3か国で平和条約を結んでくださって、私を安全に東之国に帰れるようにしてくださった。」
麒麟は真っ青になると「じゃあ、劉煌殿は僕が替え玉だって知っているんだね。」と言ってうろたえた。そして「僕はすぐ退位した方がいいな。こんなこと知られていたら。」と青ざめた。
翠蘭はやれやれという顔をして、「知られていたらどうなの?」
「蘭姉ちゃん、何を言っているの?知られていたら何を脅されるかわからないじゃない。」
「何か脅されたの?」
「それはないけど、、、」
「劉煌殿はそんな人じゃないわ。それに私が悲しむようなことは絶対しないから大丈夫。」
麒麟は、平和条約締結の時のことを思い出した。
”劉煌殿は、僕が簫翠袁ではないと知っていたのに、ずっと僕を翠袁殿と呼んでいたのか。”
”それに無条件で皇女を帰国させることに全く裏は無かった。終始理由は、”蘭姉ちゃんが望んでいる”からだって言っていた。”
麒麟はそれでも疑念が晴れず、頭を横に振りながら、「劉煌殿は何でこの茶番を見て見ぬふりをしてくれるんだろう。」と真剣な顔をして呟いた。
それに翠蘭が茶目っ気たっぷりに「うーん、きっと私のことをとっても愛しているからだわ。」と言うと、麒麟はいつもとは違いそれに全く乗らず口元に手をやると「ただカッコイイだけじゃない、本当に得体の知れない人だな。」と遠い目をして呟いた。
「私が凛姉ちゃんって呼んでいる女将軍は、劉煌殿の幼馴染なのよ。だから私に教えてくれたの。彼は小さい頃から真直ぐな、器の大きな人で、世界でたった一人の彼女の理解者だったって。彼が国を取り戻してからも、、、」翠蘭はここまで言うと、まだ劉煌が身分を隠して街中でトークショーをやっていた時のことを思い出し、ふっと笑いながら「彼の国の建て直しのやり方を見ていると、ふふ、とてもいわゆる皇帝とは思えないわ。民衆の気持ちもよくわかっているし、地にしっかり根ざしている。それに今日久しぶりに会ったらなんて言ったと思う?」と聞いてきた。
麒麟はそれでも劉煌への警戒感いっぱいに「さあ?」と上の空で答えると、翠蘭はとてもとても嬉しそうな顔をして、
「東之国の調味料を買って、私に料理を作ってくれるって。」と、麒麟が全く予想だにしないことを言った。
麒麟は、これには相当たまげてしまって「ええ?皇帝が料理を作るの?」と素っ頓狂な声を出して目を丸くした。
翠蘭は別に不思議でも何でもないという顔をして、少し鼻を上げ「そうよ。一度私が調子が悪いって言ったら、わざわざ生姜を利かせたお粥にスープ、そして私の大好きな白菜の煮物まで作ってくれたわ。とっても美味しかったわよ。劉煌殿はおよそできないことは無いのよ。医師としての腕も超一流だし。あの美容クリームも劉煌殿のオリジナルよ。」と誇らしげに語った。
「・・・・・・」 ”全くつかみどころのない人だ。”
麒麟はそう思うと、翠蘭の方を見て「蘭姉ちゃんが西乃国と縁を繋いでくれたことに本当に感謝するよ。劉煌殿といい関係になっていろいろなことを教わりたいと思う。絶対劉煌殿と喧嘩しないでね。」と大真面目な顔をして言った。
「大丈夫よ。東之国に害が起こるようなことは私が絶対させないわ。」
嬉しそうに翠蘭はそういうと、麒麟に向かってウインクした。
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