第六章 謀略
李亮&白凛結婚式part2
結局劉煌は、白凛の母にもメイクをはじめてしまったので、仕方なく白凛が白学を呼びに行くと、大変身した娘を見て今度は白学が腰を抜かしてしまった。
白凛の母も娘同様、初めからメイクをやり直したが、ポイントメイクは娘ほど気合をいれてやらなかったものの、白凛の母は、ことのほか仕上がりに満足して「美容施設でまた小高御典医長閣下のゴッドハンドメイクを受けたいっ!」と何度もせびったが、劉煌から「あいにく、私は表に出ていないのよ。トータルビューティーセラピストは私がOKを出した人達だけなので、彼女たちも同じ位上手にできるはずよ。」と、けんもほろろに断られた。
そんなやり取りを戻って見ていた白凛は、何気なく自分の母の顔を見て、その少なくとも10歳は実年齢より若く見える仕上がりにギョッとしながら、「小高御典医長、すいません。今度は父が腰抜かしちゃって歩けない。」とボソっと言うと、劉煌は慌てて今度は白学の所へ飛んでいき、90Kgはあろうかと思われる巨体の白学をひょいと持ち上げると、整骨技で身体を整えて歩けるようにした。
劉煌は袖で汗をぬぐうと、「ふーこれでなんとか御式はできるかしら。」と呟いていると、まるでそれを見ていたかのように、梁途が扉越しから、「お凛ちゃん、時間だぞ。」と言った。
白凛は、劉煌に深々とお辞儀をすると、白学にむかって「お父様、私を連れて行ってください。」と言った。
白凛母が白凛にベールを被せると、白学はうっすらと涙を浮かべながら、「うむ」と言ってから、白凛の手を取り、何回も白凛の手をもう一方の自分の手でポンポンと叩きながら、彼女を李亮の待つ式場へ連れて行った。
白凛と白学の後を、神妙な顔をした白凛母が続いて歩いていく後ろ姿を見送りながら、劉煌に向かって梁途が感嘆した。
「お凛ちゃん別人だな。」
劉煌は「元の素材がいいから、少しのことで思いっきり光るのよ。お凛ちゃんをたとえるならダイヤモンドよ。」と説明すると、梁途がボソッと言った。
「亮兄は、初めて逢った時からお凛ちゃんが好きだったんだよ。」
「えっ?だってお凛ちゃんのこと、金魚のフンって言っていなかった?」と劉煌が驚いて言うと、梁途がすかさず答えた。
「そう言いながら、ものすごくかっこつけてたもん。お凛ちゃんの前だといつもかっこつけてた。」
「そうか。」
「うん、太子はお凛ちゃんに逢う前の亮兄を知らないから。」
「なるほど。でも孔羽もずっと気づいていなかったぞ。」
「だって孔羽の頭の中は食べ物しかないから。」
「うーむ。凄く説得力のある説明だ。」
「だろう?」
二人のそんな会話に、たまたま厠に行って戻ってきていた孔羽が彼らの後ろから、「ね、今僕のことなんか言っていなかった?」と言って、二人の間に入って二人の両肩に手を掛けた。
「今日の料理は孔羽が手配したから、質も量も十二分にあるはずって話さ。」と劉煌が機転を利かして答えると、三人で肩を組んで歩きながら孔羽は「そうだよ。肉料理なんか丸焼きだけでも羊、猪と鳥を用意しているだろ、魚だって中ノ国からわざわざ縁起の良い桂魚を取り寄せて蒸し焼きにしてもらっているんだ。西乃国の海で取れる帆立や海老も出すから楽しみにしていて。」と言ったので、劉煌は青ざめて「馬蹄糕は忘れていないか?」と聞くと、「大丈夫、花嫁の席に山盛で置くてはずになっている。」と孔羽は笑った。
野郎3人組は、式場の一番後ろに立って、五剣士隊のメンバー2人の結婚式を見守った。
「年の順番で亮兄が一番先だとは思っていたけど、一番年下のお凛ちゃんが奥様になるなんてなぁ。」と孔羽が感慨深げに言うと、「うん、次は僕だな。」と劉煌が言ったので、梁途は思いっきり嫌そうな顔したが、すぐに神妙な顔になると、二人の結婚式を見ながら「俺たち、そんな年頃になったんだなぁ。」とポツリと言った。
劉煌は孔羽に「そういえば、結婚話はどうなったんだ?」と聞くと、「こう人を見る目を鍛えさせられ続けてきたら、なかなか結婚したいと思える人がいない。見合いをすればするほど逆効果だ。」とため息交じりに彼は答えた。
「今日がいい機会なんじゃないか、いいか、孔羽、今日だけは食べてばっかりいるんじゃないぞ。年頃の女の子がいたら、すぐ隣の席に移動だ。梁途もだ。」
めげずに劉煌はそう言うと、結婚式ではなく、会場を見渡し始め「後ろからだと年齢ははっきりしないけど、少なくとも若そうな女の子が5人はいる。」と小声で二人に教えた。
すると梁途は思いっきり白い目で劉煌を見て「全く張麗さんは、こんな奴のどこがいいんだろうかな。」と愚痴った。それに孔羽が「そうか?僕が女だったとしても梁途より太子を選ぶだろう。」と言ったので、頭にきた梁途が「何を!コイツ!何でだよ!」と言って孔羽を叩こうとすると、「しっ!ちょっと、御式の最中にやめなさい!いい年した大人が子供みたいに。」と前に居た年配のご婦人に窘められてしまった。
三人はしゅんとなると、はじめて結婚式に集中した。
儀式が終了し、新郎が新婦のベールをとり、新郎新婦がそのまま後ろを振り向いて、参列者の方に向かって立つと、白凛のあまりの美しさに参列者からどよめきが起こった。
男の参列者は一様にして、こんな美女が西乃国に居たのかと噂しだし、みんなが李亮を羨ましがった。
未婚の女性の参列者は、優良夫獲得サバイバルゲームの強力なライバルが一人減ったことに、胸をなでおろし、既婚女性は、白凛の肌の美しさについて噂をはじめ、白凛の母の肌も見ると、「遺伝だわ。」と言って諦めた。
披露宴が始まり、各々席につくと、李亮が気をきかせたらしく、孔羽と梁途の円卓には若い女の子ばかり6人が座っていた。それを見た劉煌は孔羽と梁途の耳元で「これは席を移動しなくていいじゃない。二人ともチャンスをものにするのよ。」とガッツポーズをすると、「じゃあ」と言って、二人をそこに置いてサッサといなくなった。
劉煌は会場を練り歩きながら、他のテーブルより1人少ない7人の円卓を見つけると、「典医長の小高です。」と言ってお辞儀して無理やりその輪の中に入るやいなや、すぐにご婦人たち相手に「今日の新婦のメイクのできはいかがです?新婦も新婦の母も私がメイクしたんですよ。新しい国の美容施設に行けば、皆さんあんな仕上がりになります。」とまくしたてたので、作戦通りご婦人たちの興味を完全にひきつけた彼は、その席から排除されることなく、難なく食事にありつけた。
披露宴会場の高砂は、招待客の円卓より1段高いところにあったことから、会場全体を見渡した白凛は、隣の李亮を肘でつつくと、「ね、なんか太子兄ちゃんの所に中年のおば様方が、集まっていない?困っているかもしれないから見てきてよ。」と李亮に言った。李亮は白凛に食べさせるため海老の殻を剝いていたが、手拭いで手を拭くと、「わかった。お凛ちゃんは、これを食べていなさい。」と言って剥いた海老を白凛のご飯の上にのせた。白凛はお茶碗を持ち上げると、海老を一口食べてからご飯を食べた。そしてお茶碗をテーブルの上に戻すと、今度は自分が立ち上がって、ミイラ取りがミイラになっているような李亮のところに移動し始めた。
途中、何気なく鶴のテーブルの横を通ると、女の子5人に囲まれた梁途がご満悦そうに話をしており、白凛はそれを横目で見て、ふんと鼻で笑った。そのテーブルには孔羽もいたのだが、相変らず孔羽は食べ物に夢中でずっと食べ続けていた。これも白凛は成長の無い奴と首を横に振りながら目指すところへと急いだ。
ところが、この時、白凛はある重大なことに気づいていなかった。
食べ続けている孔羽は、実はただ食べていただけではなく、隣の女の子と話しながら食べ続けていたのだった。
孔羽は食べる速度も向きも変えずに、「ええ?何でお料理してはいけないって言われるの?」と聞くと、隣の女の子も孔羽の方を振り向きもせず、やはり肉を頬張りながら「うちの家の決まり事だからよ。私がしていいと言われているのは刺繍、お琴、お花と絵。でも好きだから内緒でお外でお料理しているの。」
「それって、料理屋で働いているってこと?」
「そういうこと。」
「へえー、どこ?」
「内緒。それよりどこのお店のお料理がお好き?」
「なんで?」
「研究したいから。」
「そうか。それなら武安亭に行くといいよ。」
「...なんで、、、そこで、食べたことあるの?」
「毎週水曜日に行っているよ。」
「......なんで、、、水曜日なの?」
「水曜のランチは滅茶苦茶美味しいんだ。」
「他の日は?」
「行ったことあるけどさほど美味しくない。たぶん水曜の昼だけ違う料理人なんだと思う。だって全然違うもん。」
「・・・・・・」
「水曜の昼の料理人は凄く繊細なんだ。キュウリ一つの切り方でも全然違う。肉の火の通し方もいつも完璧だ。火を入れすぎず、入れなさすぎず。とても美味しいからいつも本日のオススメ定食以外に花巻も頼むんだ。花巻に定食料理のソースをしみこませて食べるの。君もやってみるといいよ。すごくうまいから。」
「そう。ところで、今日の料理は2か所から取り寄せたの?」
「そうだよ。よくわかったね。」
「メインはオーソードックスな料理。たぶん年配の方を配慮して、この味付けは養老飯館じゃないかしら。」
「そうだよ。よくわかったね。」
「でも、もう1か所がどこかわからない。一見ものすごく斬新だけど、味のバランスが絶妙よ。こんなお料理ができるお店があったなんて。」
「これは周さんの店だよ。」
「初めて知ったわ。是非行ってみたい。」
「じゃあ、今度一緒に行こう。わかりにくい店だから一人じゃ無理だ。」
「ありがとう。それなら今度の水曜の早いお夕飯ということでどうかしら?」
「いいよ。どこに迎えに行ったらいい?」
「武安亭の水曜ランチ食べた後お店に残っていて。そこに行くわ。」
「OK.でも僕は大丈夫だけど、君はランチ食べた後もう一軒食べに行けるの?」
「私は武安亭でランチしないから。」
「そうか。残念だな。武安亭の水曜日のランチは本当に絶品なんだよ。研究してるんだったら、絶対味見するべきと思うけどな。」
「そうね。」
孔羽が全く謀ることなく、且つ自覚なく、羅華という白凛の母方の従妹とデートの約束を取り付けていた時、李亮と白凛は、劉煌が得意の話術で、ちゃっかりおば様方の財布の紐を緩ませて美容施設への勧誘をしている現場を目撃していた。
白凛は花嫁衣裳を着ていることをすっかり忘れて、いつもの通り休めの姿勢で腕組みをして首を左に傾けると、「太子兄ちゃんってこんな人になるとは、出会ったときは想像できなかったわ。」とぼやくと、李亮も白凛の肩を抱きながら「全くだ。あんな堅物がな。」と相槌を打った。
皇帝がわざわざ結婚式に駆けつけてくれたことに感激していた白凛も「なんだかんだ、ここに来た目的って、私たちの結婚を祝うっていうよりも、営業のためのような気がしてきたわ。」と目を座らせて言うと「まあまあ。そんな固い事言うなよ。あいつは本当に苦労してきたからさ。何しろあいつと再会した時、あいつは女のふりして芸妓やってたんだから。」と李亮がうっかり劉煌の黒歴史を白凛にばらしてしまった。
白凛は劉煌のアイメイクで必要以上に大きく見える目をさらに大きく見開いて「何それ?!」と聞くと、「やつ、忍者していただろう?」と李亮が言った瞬間に、「それで芸妓役もやってたってわけ?」と白凛が劉煌を見ながら顔を曇らせて言い、李亮は「ああ。」と悲し気に答えた。
白凛は改めて9歳だった皇太子の劉煌が、全てを失って、一人生き延びてきたことを思い起こした。
”想像を絶するわ”
曇りきった白凛の顔を見た李亮は、抱いていた白凛の肩をギューっと握り「でも、今日は俺たちの佳き日だ。奴に主役を取られてたまるか!」と言うと、突然その場で白凛の頬を彼の大きな掌で包み込むと、白凛に熱烈なキスをした。
すると、会場内はキャーという悲鳴と拍手が起こり、全員の視線が李亮と白凛に集まった。
李亮はしたり顔で「皆さま、本日は私どもの為にお集まりいただきありがとうございました。家内と私はこれにして失礼いたしますが、どうぞ皆さまはごゆっくりお寛ぎください。」と挨拶すると、突然グッと屈んで白凛を横抱きにした。
思いがけない李亮の大胆な行動に、白凛は恥ずかしさのあまり両手で顔を隠したが、李亮はそんなことはお構いなしに彼女を抱いたまま、どよめく会場内を颯爽と練り歩いてから奥へと消えていった。
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