第六章 謀略
めげない翠蘭
ところが、皇帝がその場から居なくなった後こそ、真のドラマが待ち受けていたのだ。
そのクリームを買ってご満悦の女官たちを見て、大店の娘が私も欲しいと言ってきたのだ。
翠蘭は、大店の娘と話して少なくとも千個の販売は見込めるとその場で概算すると、西乃国からの輸入品なので入荷にも時間がかかるし、数にも限りがあると残念そうに伝えた。
すると人間心理とは怖いもので、無いと言われると余計欲しくなるのだ。
なんと、女官たちの販売価格の倍で買うと大店の娘が言ってきたではないか。
それなので、翠蘭は「他の人には内緒にしていてくださいね。特別にお嬢様だけに1個お分けするのですから。とにかくお肌がぴちぴちになってびっくりしますよ。」と言って大店の娘に最後の1個を売ると、買えなかった女官たちを皇宮内に誘導した。
翠蘭は、「みなさん並んでくださったのに、今日の販売数量が上限に達してしまい申し訳ありませんでした。また入荷したら本日と同じ要領で販売しますが、本日並んでくださった方には、購入できなかったお詫びとして一緒に使うともっとお肌ぴちぴちになる御塩を特別にプレゼントします。これからそのプレゼント券をお渡ししますので、当日お持ちくださいね。この券と引き換えになりますから。」というと、翠蘭という文字の透かしが入った懐紙を配った。
翠蘭は東尋御所に帰ると、今回は劉煌宛に長い時間をかけて手紙を書いた。
親愛なる劉煌殿
東之国では橘が色づいてまいりました。西乃国ではどのような様子でございましょう?
私が帰国してしまって、劉煌殿のお仕事が増え、体調を崩されていらっしゃらないか気が気ではありません。どうかご無理なされませぬよう、御身ご自愛くださいませね。
毎日劉煌殿からのお手紙を拝読する時が、私の一番の喜びの時であり、このようなご配慮を下さる劉煌殿に感謝の言葉もございません。本当にありがとうございます。
劉煌殿、東之国の皇宮はちっとも面白くありません。
楽しみにしていた食事も、あなたと一緒に食べた食事に比べたら、全然味を感じられません。ただ生きるために食べています。あれだけ好きだった経易坊(東之国皇宮医院)も、西乃国のインターン達の熱のこもった真剣な眼差しを見た後では、全く色褪せて見え魅力がありません。
劉煌殿、私がバタバタと帰国することになってお話しできませんでしたが、西乃国の医療施設はどのような運びでございましょうか。私が西乃国に戻ったら、できればあの医療施設で京安の人達の診察を続けたいと存じます。朱明さんに言われたこともありますが、それだけではなく、私の希望として京安の人達の町医者も続けたいのです。
なぜなら、劉煌殿、あなたの大事な子供である国民は、私の大事な子供でもあるからです。劉煌殿どうかこの件、前向きに考えてくださいましね。
劉煌殿、私が帰国して一番先に言われたことは何だと思われますか?
私の肌が綺麗なんですって。
あなたの作られた美容クリームのおかげですわ。
それなので、急ぎ美容クリームを何度か送っていただいた訳ですの。
あの箱の金貨は、あの美容クリーム百個の売上です。お
1人様1個限定での販売でしたが、皆さん、また欲しいと仰るのよ。
とうとうその評判は皇宮の門を通り越して、今、街中で大変なことになっているのですよ。それなので、しばらく毎日100個美容クリームをお送りくださいませ。ところで、劉煌殿、父の3周祭にはご出席いただけますよね。クリームの売上金なのですが、あなたが仰られるように、この使者に持って行かせるのは確かに危険なので、こちらにいらしていただいた際にお渡ししたいと存じます。
劉煌殿、翠蘭はあなたにお会いしとうございます。
毎日毎日西乃国に戻れる日を、あなたと一緒に居られる日を心待ちにしております。
貴方の簫翠蘭より
~
ようやく簫翠蘭から返事らしい返事を貰った劉煌は、微笑みながら何度も読み返した後、今迄翠蘭から送られてきた走り書きのような一行のメモ
『美容クリームとりあえず百個送付されたし。』
『後日箱を送るからこの鍵で開けて』
『売上金 九十九両/個×百個。当方金額確認済。貴殿も確認されたし。』
『追加発注百個、至急送付希望。』
『承知致しました。売上金は、直接手渡しします。』
『追加の追加発注百個、お願いします。』
のこれらの紙きれと一緒に、この手紙を大切に箱に入れてしまった。
西乃国では美容施設のプレミアム楼が早くも軌道に乗ったようで、小高蓮が呼び出されることはほとんどなく、順調に毎日大盛況・高売上が続いている。来月には、ラグジュアリー楼とゴージャス楼も次々にオープン予定で、プレミアム楼での評判から、かなりの高額設定にも関わらず、オープン前で既に半年先まで予約いっぱいという状況で嬉しい悲鳴を上げていた。元々美容施設は、旧後宮の使用人たちと建物のリユースが目的だったのに、今ではサービス担当者の不足から、従業員の追加募集を行うまでに膨れ上がり、西乃国の国民の雇用問題改善と女性の社会進出に大きく貢献するという、想定外の嬉しいおまけまでついてしまった。
また医療施設の方も、靈密院の医師が交替で外来を担当することで開業すると、途端にいつも待ち時間3時間は当たり前なほど混雑を極めた。ただ、張麗に比べると靈密院の医師でさえも見劣りしてしまうため、美容施設ほどの絶大なる国民人気はないものの、町の開業医より、ずっとよい診療が受けられることで、医療施設も大成功の滑り出しだった。
それになんと言っても劉煌がこれで良かったと思えたのは、国の財政のことだけでなく、あの目の上のたん瘤であった開業医達のお尻に火が付いたことだった。国立の医療施設に目に見えて患者を取られてしまったことで、今迄安泰だった開業医たちの業が傾きをみせると、俄然開業医たちは継続研修に真面目に取り組むどころか、司法解剖も積極的にやるようになったのだ。これで劉煌の夢であった医療大国に一歩近づいた。
また、一時期中ノ国の成多照挙の私欲によって、中ノ国の首都:京陵が政情不安となり、京陵に若い女性が居なくなったことから頓挫していた美容クリームの中ノ国への輸出も、3か国間の平和不可侵条約締結と、照挙の国民への謝罪で、段々と首都に若い女性が戻ってくると、それに比例して発注量が増え、現在では24時間体制でクリームを製造しても間に合わないという嬉しい悲鳴状態になっていた。
それ故、西乃国の財政トラブルは、まだ山の調査で良い報告はないものの、劉煌が皇帝の座についてわずか半年で回避されたのだった。
~
東之国では、ようやく女官たちに美容クリームがいきわたったが、都の町娘達分には全然足りなかった。あれほど『他の人には内緒にしておいてくださいね』と言ったのに、大店の娘が皆に言いふらしたのである。
翠蘭は心理学も学んでいたので、勿論そう言えば必ず彼女は言いふらすと思っていた故、それは想定内ではあったが、そんなに瞬く間に都中の乙女達に話が行くとは思わず、噂の速度は完全に想定外であった。
それなので、毎日百個仕入れてもなしのつぶてで、乙女たちの間で熾烈なクリーム争奪が起き、乙女の懐を狙った阿漕な転売屋まで現れてしまった。そのためあらぬ噂が立ち、たかだか美容クリーム1個のために暴動も起きかねない状態になると、翠蘭は、何故か劉煌のことを思い出した。
”劉煌殿だったら、この状況をどうなさるだろう…”
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