第六章 謀略
劉煌と翠蘭の遠距離恋愛開始が始まった。
お互いこの恋愛を成就させるため画策するが、翠蘭のそれはかなり型破りで、、、
東之国の馬車の出発時間になっても、何故か劉煌は馬車の前に現れなかった。
白凛は、簫翠蘭の肩を抱くとすまなそうに話しかけた。
「たぶん太子兄ちゃん、辛すぎて来れないんだと思う。」
「・・・・・・私も来ていただくより、いらっしゃらない方がいいです。取り乱してしまいそうだから。」
翠蘭はそう呟くと、ポロっと涙をこぼした。
やれやれと思ったお陸がため息を付きながら「それでは内親王殿下参りましょう。」と翠蘭に声を掛けると、翠蘭は俯いて頷き、白凛に別れを告げ馬車の階段を登っていった。続いて張浩、お陸の順に馬車に乗ると、前の東之国の皇帝が乗る馬車に続いて馬車は動き出した。
そのまま馬車は進み、中ノ国の皇宮の翠蘭を乗せた馬車が皇宮の東大門を出た時、翠蘭は、妙に気になって後ろの窓のカーテンの隙間から外を見た。そしてふと視線を上に上げると、東大門の天辺に黒いマントを翻した人が座っているのが見えた。
翠蘭はふっと微笑むと、カーテンの隙間から手を出した。それに呼応するように門の上の人も前の方に腕を伸ばした。翠蘭はたまらなくなって、カーテンから顔を出すと、門の上の人は立ち上がって手を振った。翠蘭も腕を思いっきり伸ばして手を振り続けたが、段々と門の上の人は小さく小さくなっていった。そして門自体も見えなくなった時、翠蘭は馬車の中で膝から落ちて泣き崩れた。
そんな翠蘭の姿を見た張浩はいたたまれなくなって、前に座っているお陸を見たが、お陸は翠蘭をやれやれという顔で見ているだけで、彼女を起こして座席に座らせようとはしていなかった。息が詰まった張浩は、翠蘭を抱き起こそうとしたが、それをお陸が手で制した。
「好きに泣かせてあげなされ。宮に帰ればそうもいかないのだから。」
~
「やっぱり、上に居たんだね。」
劉煌は誰にも見つからないだろうと思っていたのに、東大門から降りた所には小春が壁にもたれかかりながら立っていた。
「小春には悪い事できないな。全部お見通しだから。」
ボソッと呟くと、劉煌はその場からすぐ離れようとした。
「えっ」と言いながら小春は劉煌の腕を取ると、珍しく真剣な表情で劉煌を見つめた。
「蓮、あんた張麗さんのこと本気なんだね。」
劉煌はソッポを向いて、それに答えずにいると、小春は小さい声で話し始めた。
「成多照挙に気をつけな。蓮は頭いいかもしれないけれど、照挙も馬鹿じゃない。それどころか悪知恵は凄く働く。なぜか知らないけど、張麗さんには酷く執着しているみたいだから、あんたに気づかれないようにいろいろ画策するかもしれない。婚約かなんかしらないけど、しているからって安心していたら足元すくわれるかもしれないよ。」
それを聞いた劉煌は始めて小春に顔を向けると顔をしかめて、彼女に聞いた。
「小春、照挙がそういう奴だとわかっていて、どうしてずっと一緒にいるの?」
小春は笑いながら「だって照挙が好きだから。」と答えた。
劉煌は訳がわからなくなって「でも小春は僕のことだって好きだって言ったよね。」と聞くと、小春は大真面目な顔をして説明した。
「前にも言ったけど、照挙への好きと蓮を好きなのとは全然違う。そうね、蓮には全然ときめかないもん。」
劉煌は小春の方に完全に向くと、両手を腰に乗せて顔を傾けると「何で朕にはときめかないのよ?」と口を尖らせながら聞いた。
小春は考え込んだが結局「ときめかないものはときめかない。理由なんかないよ。」とあっけらかんとして言った。さらに、「ま、せいぜい彼女をさらわれないように。」と付け加えると、小春は劉煌の肩をポンと叩いて立ち去ろうとした。
すると今度は劉煌が、大真面目な顔をして彼の前を通り過ぎようとした小春の腕を取ると「小春こそ照挙をしっかり捕まえておきなさいよ。」とくぎを刺した。しかし、小春は今まで見たことも無いほど悲しそうな顔をしてポツリ呟いた。
「それはできないよ。」
「なんでよ!」
劉煌が強くそう聞くと、小春は、「じゃあ、何?照挙の首に縄でも着けておけって言うの?」と聞いてきた。
「そうすれば小春は悲しまずに済むじゃないよ。」
「それなら蓮こそなんで彼女を国に帰したのさ、繋ぎとめておけばいいのに。」
「・・・・・・」
「たとえ、身体を繋ぎとめておけたとしたって、人の心は誰にも繋ぎ留められないんだよ。」
そう言うと小春は劉煌の腕を振りほどいて、後宮の方に向かってのっしのし歩いて行った。
”どうして小春は照挙のことをそんなに愛しているんだろう。自分が不幸になるってわかっているのに。”
その後ろ姿を見ながら劉煌はそう思うと、本当に切なくなって、彼女の姿が見えなくなるまでその場所で一人たたずみ、彼女を見送った。
~
簫翠蘭は3年ぶりに東之国の皇宮の土を踏んだ。
かつて自分が住んでいた天寓御所は焼失してしまったので、空いている東尋御所に住むことになった簫翠蘭は、どこを見ても全く家に帰った気がしないことに困惑していた。
自分でもさぞかしノスタルジックな気持ちでいっぱいになるだろうと思っていたのにである。
翠蘭は自分の気持ちにかなり混乱して、たぶんそう感じるのは、かつての自室そのものではないからかもとも思い、以前毎日のように行っていた叔父の御所にも行ってみたが、懐かしい感じの一つもなく、大好きだった経易坊(東之国皇宮内医院)でさえ、何故か自分の居場所ではないとすぐに思ってしまった。
すると西乃国のインターン達とのディスカッションや白凛との笑い溢れる共同生活、そして劉煌の顔ばかりが思い出され、翠蘭は激しく動揺していた。
なんとか気を取り直した翠蘭は、3年ぶりに故郷の料理を皇帝と叔父と共にいただいたが、楽しみにしていた国の料理は美味しいとは思ったものの、一口食べて頭に浮かんだことは〇4で、懐かしいはずの祖国の味を口にしながらも、劉煌と一緒に行った食事処の思い出ばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。
食後、複雑な思いで東尋御所に戻った翠蘭は、部屋のテーブルの上に、見たことのないラベンダー色の封書と同じ色の布包みが置かれていることに気づいた。
彼女は何気なくその封書を手に取ると、その表書きの字が劉煌のものであるとわかるや彼女は顔をパッと輝かせ、すぐに手紙を出してそれを食い入るように読んだ。そして読み進めるうちに包みを掴むと、そのまま経易坊に向かい、そこで包みの中身を土瓶に入れて煎じ始めた。そして手紙を読み終わると、愛おしそうにその手紙を撫でて折りたたみ、自分の懐の中に入れて、着物の上からそこをポンポンと叩いた。薬を煎じ終わると、翠蘭はいそいそとその土瓶を東尋御所に持って帰り、その土瓶の中身を湯飲み茶わんに半分ほど入れてからそれを飲み始めた。それを飲み終わるころには旅の疲れもあって、眠気が翠蘭を襲い、彼女は欠伸をして大きく伸びをすると、着替えて洗顔してから床に入るや否やスヤスヤと眠りについた。
~
翌朝翠蘭が皇宮内を散歩していると、女官たちが彼女を見てはひそひそと話していることに気づいた。
気のせいかもしれないと思っていたが、それが一日中続くので、翠蘭は思い切って昔から知っていて今は女官長になっているお久にそのことについて聞いてみると、『内親王殿下のお肌があまりに綺麗と、女官中の噂になっている』と言われた。
それを知った翠蘭は、あることをパッと閃くと、「お久、ありがとう!」と言ってニッコリと笑ってから、東尋御所に急ぎ足で帰っていった。
鼻歌交じりに東尋御所の手前まで来ると、御所の前に知らない男が腰を低くしながらお陸と話しているのが見え、翠蘭は思わず、「どなた?」と声を掛けた。
すると、お陸は、何とも表現しがたい呆れた顔をして「毎日便りを届けるように陛下が雇った人みたいだよ。」とボソッと言った。
それを聞いた翠蘭はまた艶やかな笑顔で全身から光を放射させると、その男に向かって「本当に?」と聞いた。
男は、「私はただ関所で中ノ国の人から預かった物を毎日ここに届けるように言われているだけだ。」と困惑気に言って、お陸が持っている手紙を指さした。
すると、翠蘭は「では明日も関所に行って、預かってくるの?」とその男に聞くと、「勿論です。」と答えたので、「では、ちょっと待っていて。すぐ返事を書くから、それを関所で明日中ノ国の人に渡して下さらない?そして中ノ国の人に西乃国の人に渡すよう伝えてくださいな。」と言うと、御所に飛び込み瞬く間に手紙を書いてその男に渡した。
その手紙を書くあまりの速さに、お陸も顔をしかめたが、後日翠蘭からの返事と言われてワクワクして封筒を開けた劉煌も、それを読んで首を傾げた。
その日の晩、西乃国の天乃宮では皇帝による五剣士隊の緊急招集があった。
何を隠そう、その緊急招集の議題は、簫翠蘭からの手紙の解読だった。
そして、その手紙には一行、
美容クリーム、とりあえず百個送付されたし。
とだけ書いてあった。
~
そしてその翌日、劉煌は、昨晩のミーティング結果から、とりあえずこの文章を文字通り解釈して、百個の美容クリームを詰めた箱を使者に渡そうとすると、使者は簫翠蘭からの預かり物と言って封筒を劉煌に渡した。
劉煌がその封筒を開けると、鍵が1個入っており、添えられた手紙には、『後日箱を送るからこの鍵で開けて』とだけ書いてあった。
益々狐につままれた気持ちの劉煌は、自分の熱烈なラヴレターを彼女はどう思っているのか、段々と不安になってきた。
簫翠蘭は馬鹿ではない。
下手をすると、東之国からこのまま出られない彼女は、自分が劉煌と正々堂々と結婚するためには、このまま泣いていても始まらないことをよく知っていた。
先帝の3周祭の準備も進めながら、簫翠蘭は賭けに出たのである、、、それとは、
『東之国の皇女が、東之国皇宮内の女官達に、東之国皇宮内で美容クリームを売る』
という前代未聞の皇室スキャンダルをやってのけたのである。
しかも、小高蓮が西乃国でイベントをして売っていた時の10倍以上の値段をつけて。
簫翠蘭は、美容クリームが届くとすぐに皇宮の大庭園でお店を広げ、
「皆さ~ん、私のお肌のようになりたかったら、私の使っているこのクリームをお分けするわ。これは西乃国でしか手に入らない高級な美容成分配合のクリームなので、西乃国にツテのある私しかこの国では入手できないのよ。今あるのはたった100個。早い者勝ちよ。西乃国からの高級輸入品なのに、お値段は1個たったの九十九両よぉ~。」
と言うと、瞬く間に100個のクリームが完売した。
翠蘭は、売上を箱の中に入れると、そそくさと東尋御所に戻り、サラサラと手紙を書き、それをその箱の中に入れて鍵を閉め、やってきた使者にチップをつけて渡した。
その後、西乃国では、到着した箱を何の気なしに鍵で開けた劉煌が、箱の中にぎっしり詰まった金貨を見て仰天し、東之国では緊急皇族会議が開かれた。
皇族会議と言っても、東之国の皇族は、皇帝と摂政:簫翠陵と簫翠蘭しかいないので、いつものメンバーなのだが、案の定翠陵が着けている仮面が壊れそうな勢いで怒った。
「皇女が女官に物を売りつけるとは何たる破廉恥!」
「あら、叔父上、宮中規則に皇女が女官に物を販売してはならないって無かったと思うけど。」
翠蘭は眉をしかめて口を尖らせ、全く悪びれずにそう言った。
翠陵は怒りが頂点に達し「そんな当たり前なことは、規則に書いたりしないのだ。常識だ常識!」と叫んだ。
それに全く屈せず翠蘭は続けた。
「でも叔父上、女官たちはとっても喜んだのよ。100個しかなかったから買えなかった女官たちもいて、その子たちが欲しい、欲しいと言うから追加発注したんだけど。」
翠陵はテーブルをバンと叩いて、「ダメなものはダメだ。追加発注かなんかしらんが、それは自分で後始末なさい!とにかく、皇宮内で物を売ってはいけない!」と叫んだ。
翠蘭は口を尖らせたまま「はぁ~い。」と不貞腐れて言うと、今度は目を大きくし首を横に傾けて皇帝に向かって「会議は終わりかしら?」と聞いた。
美容クリームの追加発注分が届くと、翠蘭はまたもや皇宮の大庭園に出で立ち、集まった女官たちに、ニッコリ笑うと、
「摂政から皇宮内での販売を禁じられたので、門の外で販売します。どうぞこちらへ。」
と言って、皇宮のすぐ裏手の玄武門まで女官たちをぞろぞろ引きつれて歩き、玄武門から1歩出たところで、女官たちに美容クリームを販売した。
それをたまたま皇宮の大庭園を歩いていた皇帝が目にしたものだから、彼は自分の用をそっちのけで女官たちの後ろについて一緒に玄武門まで行き、そこで翠蘭が何をしているのかの一部始終を目撃すると、その場で頭を横に振りながらクククと笑い、大庭園まで戻った時には笑いをこらえることができず大笑いしながら自分の用向きの場所へと急いだ。
お読みいただきありがとうございました!
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