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第五章 真成

劉煌がシナリオを書いた簫翠蘭帰国大作戦とは

 それから1週間たった。


 中ノ国の大理殿では、3か国の皇帝と東之国の摂政の4人が条約の締結に向けて最後の協議を行っていた。


 3か国の実務者協議で合意できていた条約は、劉煌的には、全て彼の希望が通ったものであったので、その日彼は、西乃国は条約発効と同時に中ノ国との国境に駐留させている軍を撤退させると明言した。


 これは中ノ国の皇帝:成多照挙が最も望んでいたことであり、そうなれば自分の失態の尻ぬぐいができ、国民へ顔向けできることから、彼としてはとにかく条約を一刻も早く締結させようと躍起になった。


 東之国にとってもデメリットはない条約内容だったので、若き皇帝と彼をサポートする摂政も締結に前向きであったことから、言い出しっぺである中ノ国皇帝は、本日中に条約を締結し、即日発効を提案した。そして、その場で3か国の皇帝が異議を唱えることなく条約に署名捺印した。


 ここに3か国の平和不可侵条約が成立し、有史以前から遡る3か国の緊張関係が、正式に文書を持って解消されたのである。


 劉煌は、とにかく簫翠蘭を安全に帰国させたいことから、締結後すぐに照挙に向かって「さすがは中ノ国の成多照挙陛下。歴史に名を残しましたな。私のような野蛮人には国家間の平和不可侵条約など考えも及びませんでした。それを思いつき、他国の皇帝を納得させ、締結させるなど、貴殿は歴史を変えた男の中の男です。」としれッと心にもないことを言って持ち上げた。

 そして、すぐに李亮を呼び出すと、「平和不可侵条約が締結し即日発効となったので、直ちに国境の軍を撤退させろ。」と、わざと照挙の目の前で言った。そうとは思いもよらない照挙は目を細めてご満悦そうに微笑み、久しぶりに扇子を広げて腹の前でバサバサと仰いだ。


 軍への指示のため出ていた李亮が部屋に戻ってしばらくすると、今度は小朝が部屋に入ってきて、照挙に報告した。


 「陛下、西乃国の軍隊が撤退をはじめました。」


 それを聞いて益々気を良くした照挙は、「それでは祝宴をはじめよう。」と言い、その声に東之国の皇帝はホッとしたような顔をして摂政である簫翠陵を見ると、簫翠陵も大きく頷いた。それを見た劉煌は、身体の向きを成多照挙から東之国の皇帝と摂政の方に変えて姿勢を正すと、


「東之国簫翠葦陛下、簫翠陵殿下、この条約が締結し本日発効されましたので、西乃国で大切にお預かりしていた貴国の宝を、これで安心して帰国させられます。」


と言って深々と頭を下げた。


 これには、東之国の皇帝と摂政の簫翠陵も、中ノ国の皇帝:照挙も何がなんだかわからず、狐につままれたような顔をしてキョトンとしていたが、劉煌はお構いなしに続けた。


「実は東之国の皇宮の3年前の火事で亡くなったのは、皇女の恰好をしていた女官で、皇女は先帝の命を受けていた張浩が逃がし、その後皇女は西乃国で身分を隠して暮らしていたのです。現在、皇女は、彼女の行方を探していた張浩と共に安全な場所に待機しております。」


 それでようやく事態をつかめた簫翠陵が、劉煌に文字通り膝を詰め寄って聞いてきた。


「西乃国劉煌陛下、貴殿は簫翠蘭が生きているとおっしゃられるのか?」

「その通りです。」

 なんのちゅうちょもなく劉煌がそう即答すると、今迄ご機嫌だった照挙が、途端に顔色を変え、扇子をバサッと落とすと「なに?翠蘭が生きていると?」と言って身体を震わしながら目を見開いた。


 劉煌はそんな照挙を無視して


「簫翠葦陛下、簫翠陵殿下、翠蘭殿は御父上の三周祭に参列されたいのだ。朕に免じてそれを許してやって貰えないだろうか。そして、その三周祭が終わり、もし翠蘭殿が望んでくださるのであれば、朕は、翠蘭殿を西乃国皇后としてお迎えしたいと思っている。この通りだ。」


と言ってまた深々と頭を下げた。


 「翠蘭は朕のものだ!くそー!おのれ劉煌め!お前、謀りやがったな!」

 これに照挙が烈火の如く怒り、剣掛けに置いてあった剣を即座に掴むと、素早く鞘を取り、劉煌に向かって剣を振りかざした。


 劉煌はそんな照挙に全く怯むことなく、「成多照挙陛下、何を仰るのですか?最初に条約を結びたいと打診されたのは貴殿ではありませんか。朕が言いだしたのではありません。まさか、平和不可侵条約締結発効当日に自ら破棄するおつもりではないですよね。」と言いながら、成多照挙が下ろしてきた剣を一目も見ることなくひょいと難なくよけた。


 そんな状態でも劉煌は淡々と続ける。

「成多照挙陛下、剣を収めなされ。もし今すぐ剣を収めないのであれば、条約は無効ということで、朕は軍を直ちに国境に再配備させる。また、東之国には大変申し訳ないが、皇女も安全が望めないので帰国させられない。」


 これに東之国の皇帝が素早く反応した。

「成多照挙陛下、西乃国の劉煌陛下の仰る通りだ。ら、、、姉を安全に帰国させたい。条約を守っていただけないか。」


 彼は背の高さも年齢も照挙よりずっと低いのに、物おじせずそう伝えると、一呼吸開けて、声を一オクターブ下げ、照挙を鋭いまなざしで見上げながら力強く宣言した。


「もし、成多照挙陛下が条約を無視し、妙なことをされるようなら、東之国としても中ノ国との国境に軍を配備せざるを得ない。」


 これには成多照挙と劉煌も驚いたが、東之国の摂政である簫翠陵が一番度肝を抜かれていた。


 平和不可侵条約の締結から一転、西と東の両国から挟み撃ちの危機に陥った中ノ国の皇帝:成多照挙は、断腸の想いで剣を元に戻すと、手に血の気が全くなくなるほど強く拳を握りしめ、口を真一文字に閉じ、歯を食いしばってそこに立ち尽くすしかなかった。


 簫翠陵は、劉煌の方を向いて聞いた。

「西乃国劉煌陛下、それで翠蘭は今どこに。翠蘭を一緒に連れて帰りたい。」

 劉煌はそれには答えず、照挙の方を向いて、まるで何事もなかったかのようにサラッと聞いた。

「成多照挙陛下はいかがかな。条約をお守りいただけるのか?」


 いつもクールな成多照挙もこの時ばかりはその美しい顔を鬼の形相にして感情を顕わにしながら、劉煌を睨みつけると「条約は締結したのだ!」と叫ぶやいないや、扉を蹴飛ばして部屋から出ていった。


 照挙の姿が消えるとすぐに劉煌は後に控えていた李亮に、「連れてきてくれ。」とだけ言った。そして簫翠陵の方を向き、「翠蘭殿には西乃国の女官を同行させます。この女官は女官と言っても凄腕のボディーガードだ。必ずや翠蘭殿を死守いたします。」と事務的に伝えた。


 簫翠陵は、混乱していた。


「西乃国劉煌皇帝陛下、あなたはその仮面の下でいったいどのような表情をして、何を考えていなさるのだろうか。なぜ翠蘭を私どもに無条件で帰して下さるのですか?失礼ながら東之国の皇女とわかっていれば、、、」

 ”人質にとることもできるのに。”


 彼が何を言わんとしているかわかった劉煌は、周囲を見まわし、この部屋に東之国の皇帝と簫翠陵しかいないことを確認すると、やおら仮面を取り、自分の素顔を彼らに見せ、真摯に答えた。


「先ほど申した通り、翠蘭殿が望んでくださるなら、翠蘭殿を西乃国皇后としてお迎えしたいからです。」


 すると東之国の皇帝は困惑気に劉煌に尋ねた。

「それならば何も一度国に帰すことなく、ずっとお手元に残すこともできたでしょう。それの方がずっと簡単だ。それなのに何故劉煌陛下はご自身が大変な思いをされてまで、ら、、、姉を帰してくれるのでしょうか?」


 劉煌は、年は若いが言葉の端々に利発さが滲み出る東之国の皇帝の方を向いてニッコリ笑うと、「翠蘭殿がそれをお望みだからです。」と答えた。そして、続けて「私はあいにく東之国には行ったことが無く、東之国の料理を知りませんで、彼女に故郷の味を味合わせてあげられませんでした。帰られたら翠蘭殿に美味しい東之国の料理をたっぷりと食べさせてあげてください。」と言うと、劉煌はまた仮面をつけた。


 ~


 その頃中ノ国伏見村の亀福寺では、張浩と簫翠蘭が備前清聴の入れたお茶を飲みながら、劉煌からの使者を待っていた。


 亀福寺の門前で白凛が、剣を2本両脇に差して睨みをきかせていると、何故か西乃国の海の御用邸にいた女官が大きな風呂敷を手に持ちやってきて、白凛の前に出て深々と頭を下げた。


「劉煌皇帝陛下の命を受けた女官のお陸と申します。陛下の命で翠蘭殿のお着物をお持ちしました。また今後は翠蘭殿の専属女官として一緒に東之国に参ります。」


 それを聞いた白凛はお陸の姿を上から下まで一通り見てから「陛下から女官をつけるとは聞いていたけど、、、失礼だけど、あなた一人で彼女を守れるとは到底思えないわ。」とぶっきらぼうに言った。

 するとお陸はニッコリ笑って「見た目は関係ないんだよ。お嬢ちゃん。」と言ったと同時に白凛の目の前から消えていた。驚いた白凛はあたりを見渡したが、本堂の扉が開くギーっという音がしたので、慌てて振り返ると、なんと既にお陸は本堂の扉の前に立っていた。お陸はその扉の前で白凛に敬礼し、その手をサッと斜め上に伸ばすとそのまま本堂に入っていった。


 白凛はそこでようやくこのお陸と名乗る女官が、中ノ国の皇帝楼にいた劉煌のくノ一時代の師匠であることに気づくと、”太子兄ちゃん、さすがだわ。ご自分の師匠も配下にしていたなんて。”と感心した瞬間、ハッとして本堂の屋根を見上げた。

 するとサーっと人影が消えていったので、白凛が身構えていると、本堂の中から「味方だから大丈夫よ。」と言うお陸の声が響いてきた。

 白凛は、”噂には聞いていたけど、忍者って千里眼まで持っているのかしら。”と心の中で思うと、本堂から「そうよ。読心術もね。」とこれまたお陸が言ってきたので、”これは私がついていくより、遥かにたよりになるわ。”と思った瞬間、「わかればいいのよ。」と本堂からお陸の勝ち誇った声が返ってきた。


 本堂ではお陸が持ってきた風呂敷包みを開けた翠蘭が、複雑な顔をしてその中身を見ていた。それは、東之国の皇女の正装一式で、翠蘭は風呂敷から目線を外すことなく、お陸に「どうしてこれを…」と聞くと、お陸は別にどーってことないという面持ちで「西乃国の皇帝の命を受けて、東之国の元尚服の針子に作らせました。もっとも冠は皇宮に忍び込んで盗むわけにもいかないからレプリカだけど。」と答えた。


すると翠蘭は、今度はお陸をしっかり見て、「あなたは先日、海の御用邸で水屋を案内してくれた方ですね。そしてその後東之国にも行かれたというのですか?到底普通の人のできる技ではありません。もしかして劉煌殿の御師匠さまですか?」と聞いた。


 お陸はニヤリと笑うと、「さすがあの子が惚れるだけのことはあるね。その通りだよ。そして今からはあなたの専属の女官だ。西乃国に戻ってくるまで、あなたを守るよう言われているから、安心おし。さあ、着替えなさい。もうすぐショータイムだよ。」と言った。翠蘭はお陸に一礼してから、いつもとは全く違って黙りこんでいる清聴に、「清聴さん、申し訳ありませんが、はさみはありますか?」と聞いた。


 清聴はあっと言ってから、自分の部屋に行くと、すぐにはさみを持って本堂に戻ってきた。翠蘭は丁寧に礼を言ってから、風呂敷を包み直し、風呂敷とはさみを持って、本堂から出ていった。


 本堂に残った張浩は、その横に座りながらぶしつけなほど自分の顔をジーッと見ているお陸をとうとう無視できなくなり、「お陸さんとやら、私の顔に何かついているのでしょうか?」と聞いた。


「いやー、先生、本当に男前だねぇ。ね、モテるでしょ。」


 突然見ず知らずの女にガン見された上に、挨拶も無くこんな失礼なことを言われた張浩は、生真面目な性格が災いしてお陸の意図が汲み取れず、露骨に嫌な顔をして「そんなことはありません!」と言ってそっぽを向いた。


「それは女の方が見る目ないんだよ。ね、清聴さん、あんたどうだい?もういい年なんだから一人身貫ぬくのはやめて身を固めたら。この張先生なんかどう?素敵じゃないか。」


 お陸がそう清聴に無茶ぶりをすると、お陸の意図がわかった彼女は、「そうね、ホント、ハンサム。ね、張先生、私なんてどうかしら、それとも彼女がいるの?」と、彼に向かって単刀直入に聞いた。

 頭髪だけでなく眉毛も無い尼に言い寄られた張浩は、真っ赤になって反論した。

「彼女なんかいるわけないし、だいたいあなたは尼僧でしょう?そんな俗世間にまみれていていいんですか!?」

「だって今時おかしいでしょ?男の僧侶は妻帯していいのに、女の僧侶はダメなんてありえない。」

「しかし、、、」

「しかしもへったくれもない!」


 そうやって、張浩がくノ一師弟に遊ばれていた時、翠蘭は元の小高蓮の部屋に入り、鏡を取り出し、まずはさみで前髪を短く切った。そしてお陸が持参してくれた絹の襦袢を掴むと、愛おしそうに撫でてから着付けていった。襦袢をしっかりきちんと着て、次に純白の着物を着ると、腰の位置で純白の帯を締めた。その上に赤地に金刺繍の入った打掛を羽織りさらに黒地に金刺繍の入った打掛を重ね着する東之国の皇女の正装に着替えると、髪を垂髪にして、背中でゆるく元結し、頭に金の小さな冠を付けた。そして、顔にはおしろいをはたき、眉毛を整えて描くと、目張りを黒で上瞼にだけ入れ、目尻に朱をぼかした。さらに頬にも唇にも朱を入れ、完全に東之国の皇女の身なりとなった簫翠蘭は、最後に小さな扇子を横にして胸の前で右手で持ち、それに左手を添えると、その形のままで、部屋中を愛おしそうに、そして名残惜しそうに眺めてから、今度はしずしずと本堂に戻っていった。


 本堂に戻った簫翠蘭を見て、張浩はさんざん目の前の二人にいじられていたことをすっかり忘れ、感激のあまりむせび泣いた。そしてお陸はというと、張浩のことはすっかり無視して顔色一つ変えず、翠蘭に向かって「簫翠蘭内親王殿下、さあ参りましょう。」と、翠蘭の為に本堂の扉を開けた。


 簫翠蘭が本堂から出ると、彼女は手に持っていた扇子を帯にはさんだ。それを見たお陸は、すぐに彼女の右側に着き、俯きながら左手を差し出すと、彼女はお陸の左手の上に右手を乗せ、打掛の裾を引きずらないよう左手で打掛を掴んで胸の位置まで持ち上げ、本堂前の外階段をお陸と共にゆっくりと降りた。


 本堂の扉が開いてから、その一部始終を見ていた白凛は泣くまいと思っていたのに、翠蘭の正装を見て泣いてしまった。


 ”もう私の妹分のれいちゃんではないのだ”


 そう思うと、涙がどうしても止まらなくなってしまった。白凛はポロポロ目から落ちる涙を拭こうともせず、簫翠蘭に向かって丁寧にお辞儀をすると、簫翠蘭はお陸から手を放して白凛の腕を取った。そして、「凛姉ちゃんどうして泣いているの。凛姉ちゃんに泣かれたら、私どうしていいかわからないじゃない。」と言いながら翠蘭は白凛を抱きしめた。白凛は、「れ、、、な、内親王殿下。」となんとかそう言うと、翠蘭は「私は今迄もそしてこれからも凛姉ちゃんの妹のれいちゃんだと思っているのに、凛姉ちゃんは私が妹じゃ嫌なの?」と聞いた。今度は白凛が翠蘭を抱きしめると、「いつでもどこでも私の大事なれいちゃんだよ。」と言ってから、翠蘭から離れて彼女を馬車へとエスコートした。馬車の前に来た時、翠蘭は後ろを振り返り、本堂の前に立って見送っている清聴にお辞儀をし「清聴さん、お世話になりました。」と言って馬車に乗り込んだ。


 馬車には、張浩とお陸も乗り込み、白凛は馬に乗って馬車の護衛につくと、馬車は一路中ノ国の首都:京陵にある中ノ国の皇宮を目指して走り出した。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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