第五章 真成
劉煌は簫翠蘭の行方を捜している彼女の師匠:張浩を見つけ出した。
愛しているがゆえに、翠蘭を張浩に会わせる決心をした劉煌の心は、乱れまくり、、、
翌朝、翠蘭が劉煌の待つ海辺の御用邸門前に到着すると、仮面をつけた劉煌が出迎えた。
彼は微笑んでいる彼女にあいさつもせず「ちょっと歩こう。」とだけ言うと、すぐにスタスタと浜の方へ歩き出した。
翠蘭は肩をすくめて白凛の方を見たが、白凛は横に首を振ったので、翠蘭は先に歩き出した劉煌に追いつくべく走って彼についていった。
劉煌の横に追いつくと、翠蘭は3年ぶりに見た海に興奮さめやらず「朝なのに、背中にお日様を浴びて海を見るのは初めてだわ。」と嬉しそうにはずみながら語った。
劉煌が翠蘭の方を振り向くと、彼女は海を見ていて、その鼻は海の匂いを嗅いでいるのがわかった。
劉煌は歩みを止めたが、翠蘭はそれに気づいていないのか、そのまま前に進んで海辺ギリギリの所まで来ると、押し寄せる波が来るたびにキャーと言って砂浜を駆け上がっていた。
それを何回か繰り返すと、ようやく劉煌が側にいないことに気づいたのか、翠蘭は手を上げながら劉煌の方に戻ってくると、「西乃国の海も同じね。」と言って無邪気に笑った。
劉煌は翠蘭の手を取ると、何も言わずに彼女を一緒に砂浜に座らせた。
久しぶりの海にすっかり興奮していた翠蘭は、ここに至ってようやく劉煌がいつもの調子でないことに気づくと、「劉煌殿、どうなさったの?」と心配そうに聞いた。
仮面の下で劉煌は悲痛な面持ちで翠蘭の頬を手で包むと、「蘭蘭、張浩が来てくれたよ。」と感情を押し殺した声で静かに言った。
全く予想だにしていないことを耳にした翠蘭はえっという口をしたまま、声も出さずにその場で固まってしまった。
茫然としたままの翠蘭を劉煌は優しく抱きしめて彼女の耳元でこう囁いた。
「朕の使者によると、張浩はこの1年、君の行方を追って、君のことを方々探し回っていたらしい。」
翠蘭はそれを聞いてもただ茫然としていて、うんともすんとも言わず、ただ劉煌に抱きしめられていた。劉煌は自分の感情とは裏腹に翠蘭から身体を離すと、彼女の両肩を手で包んで、本当に優しい声で諭すように聞いた。
「朕の言ったことわかった?」
するとようやく翠蘭は我に帰り、仮面の中の劉煌の目をジッと見つめた。
劉煌の目は真っ赤で、仮面の下の表情は翠蘭の肉眼では見ることはできなかったが、彼女の心の目は、彼が苦渋の表情であることを見抜いていた。
その時翠蘭は何故かふと、先日朱明を訪ねた帰りに川の土手で二人で話したことを思い出した。
すると、翠蘭は突然片手をゆっくりと伸ばして仮面の上から劉煌の頬を手で包むと、劉煌の目をしっかりと見て、優しく微笑みながら「望むわ。」と囁いた。
これを劉煌は、簫翠蘭が張浩に会いたいと言っているのだろうと思い、観念して「うん、わかった。じゃあ、行こうか。」と言って立ち上がろうとしたが、翠蘭はそれに抵抗して立ち上がろうとしないどころか、ムキになって言った。
「いいえ、わかっていないわ!」
彼女はもう片方の手も伸ばし、両方の手で彼の頬を包んだ。
そして、彼女は彼の目を真直ぐ見ながら、「この前私に聞いてくれたでしょう?もし私が望むのならって。」と囁いた。
そこでようやく劉煌は、簫翠蘭が彼のプロポーズに返事をしてくれていることに気づくと、劉煌は彼女の目を見ながら上ずった声で「本当に?」と恐る恐る彼女に聞いた。
翠蘭は嬉し恥ずかしな声で「ええ。」と小さく答えると、そのまま手をスライドさせ、劉煌の首に巻きつけて彼に抱きついた。
劉煌も彼女を抱き返すと、翠蘭の耳元で「ありがとう」と何度も囁いた。
二人はしばらく抱き合ったままでいたが、劉煌が徐々に身体を放していくと、「じゃあ、張浩の所に行こうか。」と言って、翠蘭を抱き起こした。
~
西乃国の海の側の御用邸内の邸宅は、防風林としても働く松林の中に隠れるように建っていた。
劉煌は簫翠蘭の手を取って、彼女を邸宅内に導くと「彼はこの突き当りの部屋にいるから。」と言って彼女の手を放そうとした。
劉煌が翠蘭だけを張浩に会わせようとしていることに気づいた彼女はにっこりと笑って「劉煌殿も一緒に来て下さい。」と、驚いている劉煌の手を握りしめてそのまま廊下を歩いていった。
翠蘭が「失礼します。」と言って襖を開けると、そこには以前とは違い、髪は全て白くなり、瘦せこけ、1回り小さくなった張浩が座っていた。
翠蘭は狼狽して、劉煌の手を放すと、張浩の元に駆け寄って跪きながら「父様、お身体の具合でも悪いのですか。」と聞いた。
張浩は張浩で、彼が探し続けてきた本物の『蘭』に出会えたことで、胸がいっぱいになり、声も出せずにいると、その様子を見た劉煌は、翠蘭に向かって、「先生にお茶を入れてきておあげなさい。」と言って襖を開けた。
翠蘭は心配そうに張浩の前で立ち上がると劉煌の方を振り返り「劉煌殿、では父様を診ていてくださいますか?」と聞くと、劉煌が大きく頷くのを確認してから部屋の外に出た。するとすぐに見たことのない女性が、「こちらが水屋です。」と翠蘭を案内しはじめた。
劉煌は、張浩の前に来ると、「張先生、足を楽にして、大きく息をなさい。」と言いながら、張浩を抱き起こすと、脚を投げ出させ、足の内側にある照海のツボを押した。張浩が更に驚愕した面持ちで劉煌を見つめていると、劉煌は今度は彼の脈を取り始めた。段々と落ち着いてきた張浩は、ようやく口を開いた。
「いったいあなたは何者なのか?」
劉煌はそれには答えず脈診を続けていたが、張浩はあきらめなかった。
「あなたの脈の取り方はそんじょそこらにいる医師のレベルではない。他の者にはその違いがわからないかもしれないが、私にはわかる。さっき、蘭はあなたを劉煌殿と呼んでいた。。。西乃国の新しい皇帝の名前と同じだが、皇帝ならこんなことはできないだろう。あなたはいったい何者なのか?」
劉煌は張浩の脈を取り終わり、彼の腕をゆっくりと彼の身体の横に戻すと、それには答えず質問で返した。
「こんなことができる皇女だっているのに、何故皇帝ができないと決めつけるのか?」
その劉煌の言葉に恐れ入った張浩は座りなおして劉煌にひれ伏し、「失礼の数々をお許しください。」と言っていると、翠蘭が部屋に戻り、張浩の前に湯飲みの乗ったお盆を置いた。
張浩は簫翠蘭にもひれ伏して「ありがとうございます。」と言うと、何も聞くことなく、正しい順番で白湯からお茶を飲んで行った。そして茶を飲み終わった彼はハーと大きなため息をつくと、
「今度こそ誤解のないように、長くなりますが初めからお話しさせて頂きたい。」
と言ってから、劉煌と簫翠蘭に向かって床に頭がこすりつかんばかりに深く深く頭を下げた。
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