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第五章 真成

中ノ国の皇帝が原因の混乱は、西乃国をも巻き込んで両国間の緊張関係を増長してゆく。

劉煌はどうやってこの危機を乗り越えるのか。

 中ノ国では、西乃国への対応と国内の情勢不安について朝廷内で意見がまとまらないでいた。


 朝政には今日も小春も出席していたが、相変らず古い考えに固執している官職達に呆れ果てていた。

 あまりの不毛な議論に小春はとうとう耐えきれなくなり、突然立ち上がると、

「あなたたち、子供がいる人は手を上げて?」と言った。


 官職達は突然の珍問に驚いて、顔を見合わせたが、しばらくしてほとんど全員が手をあげた。


 小春は、「うん、ありがとう。」というと、続けて、「じゃあ、こどもに物を盗んではいけないと教えている人、手を上げて。」と聞くと、官職達は苦笑しながら、「当たり前じゃないですか」と言って、やはり全員手を上げた。


 小春は「うんうん。」と言いながら、「じゃあ、今度はこどもが悪い事をしたら子供を怒る人はどれくらいいるのかしら。」と聞くと、「そんなの当たり前ですよ。」と言って全員が手を上げた。

「それでは、こどもが悪いことをしたらこどもが謝らなけばならないと躾けている人はいるのかしら。」と小春が聞くと、これまた全員がシラーっとしながら「当然」と言って手をあげた。


 小春は「じゃあ聞く、ここのこどもを大人に言い換えたらどうなる。」と聞くと、「大人だって同じですよ。というか、大人が模範を示さないと。」と、そんな当たり前な話聞くな感満載の返事が返ってきた。


 小春はへ?という顔をしながら、「そこまでわかってるのに、なんで今回の対応は後手後手なのよ!西乃国への対応と国内の情勢不安への対応は別々のことじゃないんだよ。同じことなの。この問題を自分の身に置き換えてごらん。それが謝り方として適切なのか。」と言うと、官職たちは一気にトーンダウンして黙りこんでしまった。


 すると、それまで黙っていた照挙が、「朕は西乃国への謝罪として、皇女を贈るのではなく向こうが指定してきた珍獣を贈ると共に、西乃国との平和不可侵条約を提案しようと思う。不可侵とは何も軍事行動だけではない。今回のように、人を…連れ去ったりとか、お互い禁じようという内容だ。そして、国内は、朕が京陵の街中に行って演説する。」と言うと、今度は小春の方を向いてはっきり「謝罪の演説をする。国民を不安に陥れてしまったお詫びの演説を。」と宣言した。


 それを聞いた小春は、あのプライドの高い照挙が、国民に謝罪することを自ら口にしたことで、彼が本気で良い皇帝になろうとしていることがわかり、感動のあまり人目をはばからず、照挙に飛びついた。


 そして、官職達はその皇帝の発言に息を飲み、その場はまるで水を張ったようにシーンとなった。


 すると、突然、その静寂を小春の「あっ」と言う叫び声が壊したかと思うと、小春は照挙から離れて自分の腹を見つめた。そして、照挙に、「照挙、照挙。手を貸して。」と言うと、彼の手を取り、自分の腹の上に彼の掌を押し付けた。怪訝そうな顔をして照挙は、「小春、何やっ…」と言いかけたまま絶句し、小春の腹を見た後、今度は顔を上げ、小春の顔を驚愕の面持ちで凝視した。小春は微笑みながら、「わかった?元気に蹴とばしたの。」と言うと、照挙は感動のあまり、涙を流しながら小春の腹を愛おしそうに撫でた。


 そして、袖で涙をぬぐうと、官職たちに向かって命じた。

「ついては、平和不可侵条約の草稿作成に入ってくれ。いいか、中ノ国と西乃国に上も下もない。遜る必要はないが、傲慢と受け取られないよう、内容もそうだが、言葉にも気を使って考えてみてくれ。朕は国民への謝罪演説の草稿を作る。」

 照挙は小春の手を愛おしそうに取ってから、彼女の目を見て「楼に帰ろう。」と優しく言った。


 背中に、官職たちの「皇帝皇后、万歳、万歳、万々歳」と言う合唱を受けながら、成多照挙と小春は、また皇帝皇后夫妻として新たなステージに入っていったのだった。


 ~


 西乃国の天乃宮応接間では、美容施設の本格オープンを前に劉煌は大蔵長官の陳義と共に、見込み利益を計算していた。


 建設費用が陳義の顔のおかげで予算より少なく済み、プレオープンの価格でも思ったより利益が出ることがわかった。


 陳義は劉煌に本格オープン時の価格を下げるか打診したが、劉煌は数か月先まで予約でいっぱいの状況を見て、価格は維持し、いずれお得意様リピーターに割引や特典を付けるようにしてサービスで還元しようと言った。


 それを聞いた陳義は、ひれ伏しながらほれぼれしていた。

「私のような質屋上がりの者を大蔵長官にされるなど、失礼ながら正気なのだろうかと思っておりましたが、皇帝陛下のビジネスセンスには、もう感服の一言でございます。」

「税金を巻き上げる政治なら誰にだってできる。でもそんなことをしたら、国民が弱ってしまう。国民が豊かになれば、必然的に税収も増えるのだからとにかく国民に喜んで貰うのが先決だ。なにしろ中ノ国からの外貨獲得が、向こうの皇帝の私欲のせいで一部暗礁に乗り上げてしまったから、まずは国内の富裕層からお金を回して貰おう。」

 劉煌はそう言って広げていた帳面を手でバシバシと叩いた。


 陳義がそれに対して「御意。」と返していたところに、突然中ノ国からの使者が来たという知らせが入ってきた。

 劉煌は陳義の方を振り返り、眉間にしわを寄せてみせて呟いた。

「前回から1週間以上経ったけど今度は何かしら。」

 そしてフンと大きなため息をついた。


 劉煌と陳義が、大政殿に入ると、もう官職たちはその場に集まっていて、中ノ国の使者からの話を待っていた。


 劉煌が、着物の裾を両手で後ろにいつもより大きくバサッとはためかせてから皇帝の椅子に座ると、全員がひれ伏し、「皇帝、万歳。」と言った。

 劉煌は、それに対し、今度はいつも通りに「皆の者、面を上げて楽にせよ。」と声をかけると、宋毅が、「中ノ国の使者が陛下の謁見を希望しております。」と大声で宣言した。


 中ノ国の使者が、今回は頭を下げながら小さくなって部屋に入ってくると劉煌に向かって恭しくおじぎをした。


 そして、中ノ国の使者がおもむろに文書を朗読し始めると、西乃国の官職たちはお互いの顔を見合わせた。


 すぐに孔羽は、中ノ国の使者に対して聞いた。

「ということは、西乃国に対して、中ノ国の皇女の輿入れではなく、珍獣を友好の象徴として渡し、また平和不可侵条約を締結したいと言うことで間違いないかな。」

「その通りでございます。『平和不可侵条約の草稿は中ノ国で作りましたが、西乃国にそれで条約を締結してほしいということではなく、両国で協議し詳細を詰め、両国が納得できた内容で締結できれば』と伝言を預かってきております。」

 彼はそう答えると、袂から書簡を出し、「そしてこれが草稿でございます。」と言って両手で差し出しお辞儀した。


 劉煌は宋毅に目配せすると、宋毅は劉煌に向かってお辞儀をした後、中ノ国の使者から書簡を受け取り、それを劉煌に渡した。劉煌はそれに目を通すことなく、「この書簡は朕が預かった。中を精査し、後日必ず返事を出すと成多照挙殿に伝えてくれ。前回に引き続き中ノ国からの往復大変だったであろう。」とねぎらうと、中ノ国の使者は「ハハアー。」と言ってその場にひれ伏した後、劉煌に後ろ姿を見せることなく、後ずさりして部屋を出ていった。


 中ノ国の使者が完全に大政殿から出たころを見計らって、劉煌は官職たちに向かって話し始めた。


「中ノ国の成多照挙が何を企んでいるのかわからないが、少なくとも使者については、礼節をわきまえてきたので、とりあえずこの書簡を読んでみよう。」

 彼は書簡を右手に持って宋毅の方に突き出した。


 宋毅はすぐに劉煌から頭を下げながら書簡を受け取ると、それを孔羽に渡した。


 孔羽は、書簡を広げ大きな声でそれを読み上げ最後まで読むと、以上と言って書簡を丸め始めた。


 劉煌は孔羽が書簡を丸める様子を見ながら、語りだした。

「まあ、対等な国同士では当たり前のことを書いているだけのことだけど、中ノ国の成多照挙としては上出来でしょう。草稿はアバウトだから、詳細をまずこちらで詰めて、中ノ国に提案することにしよう。ただ朕が一番気になるのは、『他国の〇〇を奪わない』という部分だな。受け取り方によっては、逆に民の自由を奪うことにもなりかねないから。自由貿易や本人の希望での移住など、そこはできるようにしておかなければ。あとは何か気になったことはあるか?」

 そう皇帝から直々に聞かれた朝政出席者は、突然のことで顔を見合わせることしかできなかったが、孔羽だけは違った。

「恐れながら陛下、これは中ノ国と西乃国の間だけでかわすことになっていますが、東之国も入れて3か国間で交わさなくてもいいのでしょうか。」


 それに対して劉煌は「首相の意見が出たが、皆はどう思うか?」とふると、官職の一人がすぐに中央に躍り出て、お辞儀をしてから回答した。

「陛下にご回答いたします。3か国で締結できるのであれば、それに越したことはないと思います。先帝は別として、数百年に渡り3か国が良好な関係を保つことに尽力してきた歴代の3か国の帝も、それを望んでおられるに違いないと存じます。」

 するとそれに続いて、「我も」「我も」と言う声と共に、見る見る間に中央に全員が並び劉煌に向かってお辞儀をした。


 「わかった。それでは、2か国間ではなく、3か国間での締結を中ノ国に提案しよう。それとは別に条約の内容について、これから全員で草稿をじっくり読んで、検討してくれ。とにかく今はまだ1回サラッと聞いただけだからな。じっくり読めばまた何かその時点で気づくこともあるだろう。特に民や西乃国に不利になるようなことに繋がりかねないことは、絶対に条約に盛り込まないようにしなくてはならないから、その点は必ず念頭に置いて読み進めていってほしい。」


 そう命じた後、すぐに続けて「それから、みんなにお願いがある。これは国同士の約束事についての話だが、それを忘れて、西乃国と書いてあることを自分のことに置き換えて考えてほしいのだ。そして、どんな些細な事でも、何か気になったら黙っていないで必ず発言して欲しい。人間には誰しも必ず盲点というものがある。その盲点に意外と大事なことが潜んでいるかもしれないからな。三人寄れば文殊の知恵と言うだろう。だから専門外と言わず、全員でこの件を最優先課題として真剣に取り組んでほしい。そして毎日朕に進捗を報告してくれ。それについて朕も検討するから。とりあえず期限は3日だ。」

 劉煌はそう言うとすくっと席から立ち上がり、全員の「陛下、万歳。」という言葉が終わるか終わらないかのうちに、さっさと大政殿から出て行った。

お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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