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第五章 真成

翠蘭が「は?」と聞くと、柳美はまた鼻をツンとあげて答えた。

「私がね、皇帝陛下とキスしていると・こ・ろ。」

 その回答に、翠蘭は思わずむせてゴホゴホと咳き込んだ。


 そんな翠蘭を気遣うことなく、柳美は自慢げに語り始めた。

「私は皇帝陛下の思い人なので、天乃宮に入れるんです。そこで皇帝陛下とキスしているところを、この前女官に見られちゃって、、、」

 そこまで彼女が言った時、翠蘭は、柳美こそが先日の天乃宮での出来事を目撃した女官であることに気づき、彼女が『翠蘭が皇帝陛下とキスしていたことを知っている』と脅迫したいのかと誤想してしまい、さーっと青ざめた。


 意を決して翠蘭が、「その女官さんは、、、」と言いだすと、柳美は「即刻打ち首でしたよ。かわいそうにね。でも皇帝陛下と私の秘密を知ってしまった以上、いたし方のない事ですよね。」とまっ・・・・・・・たくかわいそうにではなく、むしろ凄く嬉しそうにそう言った。


 その後も柳美はエステに戻ることなく、その話を続けていたが、翠蘭もエステのことをすっかり忘れていつの間にか完全に医師モードに変わり、この目の前にいる女性は、統合失調症、妄想性障害かパーソナリティ障害等なんらかの病気があるかもしれないと思った。


 突然翠蘭は、柳美の話を遮ぎり

「あなた、酒はのみますか?茶は1日に何杯のみますか?タバコは吸いますか?大麻草は好きですか?変なキノコは食べませんでしたか?」と柳美を矢継ぎ早に質問攻めにした。


 柳美は客の豹変ぶりに一瞬戸惑ったものの、自分に関心を持ってもらえたので、喜んでそれに答えた。そしてそれからは、接客者と客が入れ替わって翠蘭が柳美に質問し続け、約束の時間が終わった。


 結局、柳美は、翠蘭のデコルテマッサージの少々をやっただけなのに、すごく自分の技術にご満悦で、翠蘭にアンケート用紙を渡すと、「評価よろしくお願いしまーす。」と自信満々に言って、彼女のデコルテに残ったべとべとのオイルをタオルでふき取りもせず部屋から追い出した。


 首に手を当てながら更衣室に戻ってきた翠蘭は、そこで白凛が着替えていることに気づいた。白凛もすぐに翠蘭に気づき、「れいちゃん!今終わったの?どうだった?」と聞いてきた。翠蘭は笑みも浮かべず首を傾げ「どうもこうも、今迄エステって受けたことがないからよくわからない。」と答えると、白凛も、「そうだ、私も比較しようがないわ。」と言っておでこをぴしゃりと叩くと、「じゃあ、行ってきます~!」と嬉しそうに更衣室から出ていった。



 その日の昼過ぎ、中ノ国との問題もあり疲れ果てて天乃宮に戻った劉煌に、宋毅が戦々恐々としながら「陛下、白将軍がお待ちです。」と告げた。

 劉煌は「わかった。すぐ行く。」と言ってその場を立ち去ろうとしたが、宋毅がすぐに「失礼!」と言うと劉煌の着物をガバッと掴み背伸びをして、劉煌の耳元まで顔を近づけると「白将軍は、それはそれはお怒りです。馬蹄糕を山盛お出ししましたがおさまりません。」と小声で言った。


 劉煌はすぐさま、また李亮との結婚話がもつれているのかと思いながら、足早に応接間に向かった。


 劉煌は心配そうに「お凛ちゃんどうした?」と言って応接間に入るなり、「太子兄ちゃん、私は太子兄ちゃんがそんな人だとは思っていなかったわ!中ノ国の皇帝と全然変わらないじゃない!最低!」という白凛の罵声の洗礼を受けた。


 劉煌は白凛が何を言っているのか、さっぱりわからなかったので、殺気立っている白凛を遠巻きにしながら「えっ。お、お凛ちゃん、何言っているの?」とおそるおそる聞いた。


「私は、太子兄ちゃんがれいちゃんのこと好きだと思っていたのに、他の人にも手を出すなんて、しかも美容施設で働いているおしゃべりな女に手を出すなんて。」

そこまで白凛は一気に罵ると、今度は大きな目に涙を貯めて劉煌を非難の目で睨んだ。

「そんな話を聞いたら、私、れいちゃんに合わせる顔がなくて。もう、どんな顔して友鶯宮に戻ったらいいのかわからなくなって、ここに来たのよ!」


 劉煌は狐につままれたような顔をして、「は?僕が美容施設にいる女に手をだしたの?」と白凛に聞くと、「自分のことを私に聞かないでよ!」と言われてしまった。


 劉煌は全くなんのことかさっぱりわからなかったので、椅子に腰掛けると、「お凛ちゃん、一体全体どうなってるの?どうして僕がそんなことしたと思うの?」と真剣に聞いた。


 すると白凛もこれが事実ではないのかもしれないと疑いはじめ、眉を寄せながら「えっ?違うの?」と劉煌に聞いた。


 白凛のトーンが変わって落ち着いてきたこともあり、彼はちょっと安心して茶をすすりながら「何がだい?」と聞いた。


「ここで、その女にキスしているところを女官に見られたって話。」


 そう白凛が言った途端、劉煌は口に含んでいた茶を全てブーと吹き出してしまった。


 劉煌は真っ赤になると大慌てで、斜に構えると「なんでアンタそんなこと知っているのよ!」と言ったものだから、白凛はやはり本当の話だったと思い、劉煌を睨みながら「やっぱり本当だったの?」と語気を強めて言った。


 劉煌はますます赤くなりながら俯いて、「は、半分は…」と自分しか聞こえないような小声で言うと、ハッとして、「ところでその女って誰?」と聞いた。


「今日私にエステってやらをしてくれた女、えっと…」

白凛は懐からアンケート用紙を出し、読み上げた。「柳美」


 劉煌は頭を抱えて、はああと大きなため息をついた。

「彼女は腕はいいんだがなぁ。以前から誇大妄想癖があったんだが、今度は自分が目撃したことをすり替えて記憶するとは…」


 白凛はこの劉煌の発言に「それってどういうこと?」と聞くと、劉煌は笑って答えた。

「柳美は皇帝陛下の妃になることを妄想している女官なんだ。でもマッサージの腕は天性のものを持っていてセラピストにしたんだが、そんなことを客に話すようではセラピスト失格だな。アンケートの結果がどうなるか見てみよう。マッサージをきちんとできていないなら残念ながらセラピストから女官に舞い戻りだな。」

「ええ?言っちゃ悪いけど、あんなにお品がないのに、太子兄ちゃんの妃になれると思っているんだ。」

 

 自分のことは棚に上げて白凛がビックリして感想を述べると、劉煌は珍しく手のつけられていない馬蹄糕の山を白凛に勧めながら、「違うよ。彼女は朕と結婚したいんじゃないんだ。皇帝陛下と結婚したいんだ。朕が小高蓮として一緒にいる時は朕のことを思いっきり見下しているんだよ。」と言って笑った。

「接客態度がどんななのかはおおよそ見当がついたから、エステの技術的なことについて率直な意見をアンケートに書いてほしいな。」

 彼はようやく馬蹄糕を食べる気になり、それを口に運んでいる白凛に向かってそう言った。


 白凛は、馬蹄糕を頬張りながら、「それなんだけど、れいちゃんが終わった後更衣室で聞いたら、れいちゃんも今迄エステって受けたことがないからよくわからないって言ってた。私も受けた後の感想としてはれいちゃんと全く同じ。」と答えたので、劉煌は、うーんと唸った後、「お凛ちゃん、午後ちょっと付き合ってくれない?朕がお凛ちゃんにエステするからそれと比べてみてよ。」と言った。



 靈密院でインターン研修をしていた翠蘭は、通路を小高蓮になった劉煌と白凛が御典医長室に向かって歩いて行っているのを見た。


 ”凛姉ちゃん、まさかどこか調子が悪いのかしら。”

 ”いずれにせよ、劉煌殿が診られるなら大丈夫だろうけど。”


 そう思っていると、熱心なインターンから質問が入り、翠蘭はインターン研修にまた集中した。


 その日もまたインターン研修終了後に、インターンとのディスカッションを繰り広げている翠蘭のところに、劉煌が小高蓮としてやってくると、インターン達はみんな「小高御典医長、お久しぶりでございます。」と言って挨拶した。


 「うんうん。みんな凄くやる気で、私もみんながどんなに素晴らしい医者になってくれるかと思うと、本当に楽しみよ。特に来年は、おそらく国中で出産ラッシュだから、みんなの活躍に期待しているわよ。」


 劉煌はインターンたちにそう話したあと、翠蘭に「ちょっといい?」と言って目玉だけ動かして廊下の方を見た。彼女は劉煌に向かって「あ、、、はい。。。」と答えると、今度はインターン達に向かって「それでは、皆さん今日はこれくらいにいたしましょうか。」と告げた。インターン達は残念そうな顔をしながら、しぶしぶ「はい。」と返事をすると、皆荷物をまとめて退出し始めた。そしてみな一人ずつ、廊下に立っていた劉煌に向かってお辞儀をしながら「小高御典医長お先に失礼いたします。」と、礼儀正しく言って靈密院を出ていった。


 翠蘭は最後に部屋から出て劉煌にお辞儀すると、劉煌はいきなり彼女の腕を掴み、「あなたにも本当のエステってものを知ってもらわないと。」と言って、御典医長室に向かって大股で歩き出した。


 小走りに劉煌について行っていた翠蘭が御典医長室に着くと、ナント、そこには呆けた顔で、まったりして床に寝ころんでいる白凛がいた。


 将軍としていつもキリリとした表情を崩さない白凛の、あまりの変貌ぶりに翠蘭が絶句していると、劉煌は「あなたもそこに横になるのよ。」と翠蘭に指をさして命令し、「お凛ちゃんみたいに肩だけちょっと出して。フェイシャルエステでもデコルテの筋肉をリラックスさせないと効果は半減してしまうのよ。」と説明した。翠蘭は両肩を出すのが恥ずかしく、両手で肩を押さえていると、劉煌が顔をしかめながらブツブツ言った、

「早く横になってそのタオルを胸の所にかけて。着物に染みがつかないように。だから本当はオイルが染みてもいい服に着替えるんだけど。」

 しかたなく翠蘭は言われた通りにすると、劉煌はオイルを両手にたっぷりとつけて、「いい、いくわよ。まずは首から鎖骨にかけてマッサージするから。」と言うと、優しく首筋と鎖骨周辺を大きな円を描くようにさすった。


 翠蘭はあまりの気持ちよさに、思わず「はああ」と吐息をつくと、横に寝てる白凛が「それよ。感想はそれ。はああの一言に尽きる。」と呟いた。


 劉煌は熟練した手つきで、今度は彼女の首の後ろと横、特に胸鎖乳突筋あたりの緊張を取ると、また鎖骨の内側から外側に向かってさすった。


 中ノ国の3か国の祭典から激動の日々を送っていた翠蘭は、その疲れもあって、肝心のフェイシャルに入った時には、もうスースー寝息を立てていた。


 まったりしながら横にいた白凛は、まだ肩を露出したまま「太子兄ちゃん、れいちゃんの寝息が答えよ。ハッキリ言って、これがエステだったら、今日の美容施設のは、ただ身体に油をつけられただけ。しかも誇大妄想噂のおまけつき。」と言ってケタケタと笑った。


 横の白凛の笑い声で寝落ちしていたことに気づいた翠蘭は、ハッとして「すいません。寝てしまって。」と言っているつもりで、顔のマッサージをされているので、「しませぇ。ねへしまっへ。」と言うと、劉煌は真剣な顔をして「お顔のマッサージ中に喋らないで。しわになっちゃうわよ。」と怒った。


 結局そのまままた寝てしまった翠蘭は、軽く肩を揺らされると、「ううーん」と言って手で目をこすった。


 

「おしまいよ。これでわかった?これがフェイシャルエステなの。わかったらもう一度美容施設に予約して。今度は別のセラピスト指名してね。」

 劉煌は、二人に向かってそう真剣に命じた後、今度は困った顔をして大きなため息をついた。

「これから帰ってアンケートを読むのが憂鬱になってきたわ。全くあんなに研修やったのに。」

彼はそう嘆きながらそこにある紙の山を見つめた。


 劉煌がブツブツ文句を言っている中、襟元を直した翠蘭が「あのー。」と言うと、劉煌は即座に「何よ。」と不機嫌そうに聞いた。ところが、「やっていただいた御礼に、アンケートの集計をお手伝いいたしましょうか?」と翠蘭が提案すると、肝心な仕事もできないどころか、変な噂までたてられたことで不愉快になっていた劉煌は突然機嫌がよくなり、「本当?ありがとう。じゃあ、応接間に行きましょう。」というと、手伝うとは一言も言っていない白凛まで連れて天乃宮に帰って行った。


 天乃宮の応接間に戻ると、翠蘭が紙に表を書いて、劉煌と白凛が音読するアンケート結果をまとめることにした。


 30枚ほどのアンケート用紙を読み終わった後、劉煌は、「正直、お凛ちゃんの話を聞いた時はどうなるかと思ったけど、どうもダメなのは柳美だけみたいだね。他のセラピストはみんな評判がいいわ。よかった、ホッとしたよ。とにかく明日から柳美はシフトから外そう。」と言ってヒューと言うと額の汗を吹いた。


「でも太子兄ちゃん、柳美が担当したのは5人で、あと4人にいったい彼女が何を話しているかと思うと、その後の噂が心配よ。」と白凛が言うと、翠蘭はまさか白凛の担当も柳美だったとは思いもしなかったので、ゴクリと唾を飲み込んでから、青ざめながら「う、噂って?」と聞くと、白凛はしまったという顔をし、劉煌は顔を赤らめて俯いた。


 白凛は、「あー、なんか彼女、誇大妄想癖があるみたいで、そ、その…」と、どうしようかと思っていたところに、突然、劉煌が顔を翠蘭とは反対側の横に向けて「あの時の女官が柳美だったのだ!」と言って開き直った。


 すると、今度は翠蘭が途端に真っ赤になって俯いてしまい、白凛は、真っ赤になって俯いている男女を交互に何回か見ると、今迄の会話を脳内で全てプレイバックさせた。


 その情報から、本当は、ここで誰が皇帝陛下とキスしていたのかを導き出すと、白凛は劉煌に向かって口を開いた。

「やだ!太子兄ちゃん、早くそう言ってくれればそれで済んだのに。もう、ものすごく心配しちゃったじゃない。それなら、別にどんな噂がたってもれいちゃんは傷つかないから大丈夫。」

白凛は心底ホッと胸を撫でおろした。


 すると翠蘭は居づらくなったのか、「では、私はこれで。」と言うと、「私のアンケート用紙です。」と言って四つ折りにした紙を劉煌に手渡した後、丁寧にお辞儀をして応接間から出ていった。それを見て白凛も「では私も。」と言ってお辞儀をした後、くるっと軍隊式に回転して応接間からでると、「れいちゃ~ん、一緒に帰ろう!」と翠蘭の後ろ姿に向かって叫んだ。


 劉煌は応接間の中で、ふふと笑って首を横にふると、翠蘭の書いたアンケート用紙を開いて読み始めた。そして、書かれた内容に一通り目を通すと、バッと椅子から飛び上がり、天乃宮の外回廊に出て外を見つめた。


 俯いて恥ずかしそうに歩いている翠蘭とその横で時折彼女に肘うちする白凛と、二人の笑い声がだんだんと遠のいていく姿を見送りながら、劉煌はそのアンケート用紙を手に掴んだまま呟いた。

「簫翠蘭、君こそ、国民の母たるに相応しい。」

お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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