表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/87

第五章 真成

政略結婚話が持ち上がった劉煌

彼はどうやってこれを回避するのか

 最近やる気の見られるインターン複数名が居残りして翠蘭に質問攻めするようになったので、その日も彼女は定刻よりも2時間も遅れて靈密院を後にした。


 何とか質の良い医者を一人でも多く育て、京安の町医者のレベルを上げ、少しでも劉煌の肩の荷を減らしてあげたいと願う彼女にとって、彼らのようなインターンはむしろ有難く、必然的に彼女の方も熱が入ってしまう。特に昨日、以前のお隣さんである呂夫人の話を聞いたため、今日は余計に研修に白熱してしまった翠蘭は、劉煌に昨日聞いてきた話を早く伝えなければと思い、思い切って、自ら天乃宮を訪ねることにした。


 ところが、天乃宮に着いた彼女は、昨日の今日だというのに思いがけず宋毅のブロックに遭ってしまった。

 宋毅は完全に陛下お守りモードに入っており、靈密院の制服を着ているポニーテールのノーメイク女が、皇帝にお目通りを願っていることについて、胡散臭さそうに「皇帝陛下は、簡単に下々が希望すれば会える人ではないのよ!」と唾を飛ばしながら頭を大きく振って叫んだ。

 すぐに宋毅の誤解を察知した翠蘭は、そこで突然彼の前で髪を丸めて上げて説明した。

「あっ、昨日は女官の格好で髪型も違ってたのでわかりませんよね。張麗です。」


 宋毅は、「あっ」と言って、後ろに引きながら右手の甲で顎を押さえると、急に小声になって「陛下はまだお戻りになっていません。お仲間集は勢ぞろいしておりますが。」と彼女に教えた。


 翠蘭は劉煌のハードスケジュールを思い出し、「それでは結構です。要件については、紙に書いて後でお持ちしますので、陛下にお渡しくださいませ。では、失礼します。」と宋毅に丁寧にお辞儀をすると、天乃宮の外階段を降りていった。


 彼女がそのまま友鶯宮に戻ろうと歩き出した所で、後ろの方から、「張麗!」と呼ぶ男の声が響いてきた。


 大好きな人が自分を呼びかけて来る声に、彼女は立ち止まったものの、その声にすぐには振り向かないで、彼女は両肩をちょっとだけ上げてフフっと一人で微笑みを浮かべた。そして、意を決して振り返ると、ちょうど劉煌が右腕を上げて走って彼女の目の前に到着するところだった。


 劉煌は仮面を付けたまま息を整えながら彼女をしげしげと見ると、「まだ医師の制服を着ているのかい?」と聞いた。翠蘭は、「最近のインターンはやる気があって、今日も研修後2時間質問攻めでした。今終わったところです。」と嬉しそうに笑った。劉煌はそれを聞いてとても嬉しそうに「へー、そうかい。それは楽しみだし頼もしいな。」と言って笑った。


 ところが、翠蘭は急に笑うのをやめると真剣な顔をして「陛下、実は大変なお知らせがございます。」と言ってお辞儀をした。ついいましがた大政殿で『大変なお知らせを受けた』ばかりの劉煌は、


 ”え、まさか、もう彼女にまであの話が行っているのか?”


 と早合点してしまい、「ああ、その件だけど、朕は絶対受けないから!」と仮面の内側でとても真剣な顔をして語気を強めていった。


 翠蘭は思いがけない劉煌の拒絶に、「えっ。」と言ったまま真っ青になって絶句していると、彼女の顔色を見た劉煌が、彼自身も仮面の内側で真っ青になって「まさか君は、僕にあの話を受けてほしいと願っているんじゃないよね。」と聞いた。


 翠蘭は、めまいを起こしながら、かろうじて「あの話って?」と聞くと、劉煌は、そこにあった小石を蹴って、ぶっきらぼうに「縁談。」と答えた。その彼女にとっては青天の霹靂の回答に、翠蘭はますますめまいが酷くなり、頭を押さえてそこにうずくまってしまった。慌てた劉煌は彼女をヒョイっと肩に担ぐとそのまま天乃宮に飛び込んでいった。


 皇帝が、自ら靈密院の医師を担いで天乃宮の中に飛び込んできたのだから、宋毅をはじめ、天乃宮の使用人達は大慌てで、「陛下、私たちが担ぎます!」と叫んだが、皇帝は、担いでいる彼女を、より彼らから遠ざけると、一言「触るなー!」とだけ叫んで自室に飛び込んで行ってしまった。


 応接間でその騒ぎを遠巻きにしていた五剣士隊のメンバー達は、梁途を除いて、やれやれと言うと、また椅子に戻ってくつろいだ。


 梁途は、応接間と廊下の境に立ったまま「だけど、太子は中ノ国の皇女と結婚しないわけいかないだろう?」と、劉煌が翠蘭を連れて行ってしまったことにふてくされながらそう言うと、「いざとなったら私の出番よ。そんな中ノ国の思い通りになんかさせないわ。」と腕まくりをしながら白凛が吠えた。


 孔羽はここでも饅頭を食べながら、「大丈夫だよ。太子は『相手に勝手に西乃国の皇后と指定されては朕としても譲れないものがある。』と言って憤慨してたし、あー、民にも聞かせたかったなー、あの名演説。中ノ国の使者が感動で泣いちまったくらいよ。」と、途中劉煌のモノマネも交えて劉煌になったつもりで語りだした。李亮は李亮で、「これは特にこちら側に大事にはならずに終わるよ。俺何も夢見ないし。」とあっけらかんとしていた。


 ~


 劉煌の自室では、劉煌が、翠蘭を自分のベッドに横たえると、黄金色の掛け布団を彼女に優しく掛け、彼女の顔にかかるおくれ毛をそっと耳にかけていた。


「大丈夫?気分は?」と劉煌が心配そうに優しく聞くと、彼女は申し訳なさそうな顔をして「大丈夫です。多分長時間水分を取らずにディスカッションを続けていたので、脱水ではないかと思います。」と答えると、ベッドから起き上がろうとした。


 劉煌は優しくそれを制すと、「白湯を持ってくるから、寝ていなさい。」と言って部屋を出ていった。一人皇帝の寝室に残された翠蘭は、そこで何をすることもできないことから何気なく部屋を見渡した。


 ”父上のお部屋もこんな感じだった。。。”


 そこでよく父の背中をさすり、薬を飲ませていた自分の姿を彼女は思い出していた。


 劉煌が自ら白湯を大きな湯飲みに入れて持ってくると、翠蘭は「ありがとうございます。」と言ってそれを受け取った。


 劉煌は彼女の脈を診て、落ち着いたとわかると、さっそく先ほどの話の続きを始めた。

「さっきの件だけど、中ノ国が今度は縁談を持ってきたんだ。だけど朕は断るし、それでもし戦争になっても仕方ないって官職も全員思っているから、心配いらない。朕が…」とまで言うと、襟を正して、彼女を見つめ「前も言ったけど、朕が結婚したいのは君だけだから。」と低い声で力強く言った。


 彼女は、自分が簫翠蘭であることがわかっても、変わらずに自分に好意を寄せてくれている、彼女自身もずっと憧れ続けてきた君への気持ちに胸がいっぱいになると、ただはにかんで「はい。」としか答えられなかった。


 劉煌は、空になった湯飲みを彼女の手から取ると、「さあ、皆のところに行こうか。皆、首を長くして待っている。朕をおちょくるためにね。」と言って彼女にウインクした。


 ~


 劉煌と簫翠蘭が揃って応接間に入ると、梁途は劉煌を睨みつけ、李亮はヒューっと口笛を吹き、それを見た白凛は反射的に李亮の脇腹を肘打ちした。すると腹の傷が未だ全快でない李亮は腹を押さえて、イタタと言うと、白凛はしまったという顔をして李亮の背中をなでて、李亮はそれにとても嬉しそうな顔をして白凛を見た。


 それを見た劉煌は首を横に振ると、全員に向かって「みんな知っていると思うけど、また中ノ国が揺さぶりをかけてきた。だけど朕は屈しないから。」と宣言すると、間髪開けずに李亮が口を開いた。

「わかっているさ。それはわかっているけど、この手の話は相手がある。相手側はどう出てくるかな。」


「たぶん相手が断ってくる…」と劉煌と孔羽が同時に答えたので、二人は顔を見合わせて笑った。


 梁途は、不服そうに「どうして相手が断るってわかるんだよ。」とぶーたれると、孔羽が、「さっき、言ったろ。あの名演説。『西乃国の皇后は、モデルとなる皇太后はおろか女性皇族は一人もいないから、自ら一つ一つ考え、国民の母としての皇后職を一から築き上げて、それを全うしなければならない。いつも上等な着物を着て微笑んでいればいいと言う訳ではないし、むしろ現状では上等な着物など着る余裕はなく、自ら質素倹約に努めなければならない。だから西乃国の皇后は、世界中のどこの国の皇后よりずっと大変だし、後ろ盾もないから、生半可な気持ちで務まるようなものではない。それなので申し訳ないが、内親王にそれだけの覚悟が無ければ、この国の皇后は務まらない。ついては、まずは内親王のお気持ちをお知らせいただきたい。』って俺惚れ惚れしちゃったぜ。」と、よほどこれが気に入ったらしく孔羽がまたもや途中、自分の中の劉煌を引き出してそう言った。


「それって回答になっていないよ。中ノ国の皇女がそういう覚悟を持っていてやりたいって言ったらどうする?」と梁途が頭を掻きながら聞くと、劉煌は涼しい顔をしてそれに答えた。

「私は中ノ国の成多照子のことはよく知っている。質素倹約からは180度離れている存在だ。上等な着物が着られないと知れば絶対に嫌がるし、自ら考えて行動などできないタイプだ。」


 李亮は、「ま、俺も悪い予感はしないから、大丈夫だと思うな。」と言うと、白凛をチラっと見た。ところが、白凛が翠蘭の肩を抱いて何か話しているのに気づくと、もう一度白凛を今度はジッと見た。


 劉煌は李亮の眼差しの方向を見て、何か思い出したかのように口を開いた。

「そうだ、張麗、『大変なお知らせ』はこのことではないんだろう?」と聞くと、翠蘭はハッとして彼にお辞儀をしながら語り始めた。

「さようでございます、陛下。来年の5,6月頃、西乃国は大変なベビーブームになるようです。」

 次に彼女は身体を立てて全員を見渡しながら一気に言った。

「以前私が住んでいた長屋の旦那さん達は皆兵士でした。陛下が兵士達を家族の元にお返しになられ、長屋の奥さん達、全員が今おめでたです。おそらく、これは氷山の一角であろうかと存じます。帰還した兵士の妻達が一斉に懐妊となると、全国各地で御産婆さんの不足が予想されます。聞くところによると、京安では御産婆さんがお1人しかおられないとか。しかもご高齢と聞いています。このままでは、出産ラッシュに介助の手が足りません。せっかく子供が生まれるというのに、御産婆さん不足のために子供が死んでしまうかもしれません。」


 これに劉煌は唸り声をあげ、他の連中も「そうか、そりゃそうなるわな。」と言って妙に納得した顔をした。


 劉煌はすぐ李亮に命じた。

「旧後宮の東の棟の幾つかをその時期が来たら産科病棟専門にできるよう設計士を呼んで考えよう。幸い子供は1.2か月で生まれる訳ではないから、こちらの準備期間はある程度あるからな。バラバラの家ではなく1箇所に妊婦を集めて出産させれば、1人の産婆でもいっぺんにかなりの人数を掛け持ちできるだろう。」

 彼は今度は翠蘭にむかって命じた。

「そうだ。張麗、京安の御産婆さんを呼んできてくれないか。産科病棟への意見も聞きたいし、開業医研修やインターン研修にもその御産婆さんに講師になってやってもらおう。沢山の人がそれにある程度対応できれば、いざという時、皆心強いだろうしな。」

 すぐに翠蘭は「はい、陛下。」と言ってお辞儀をすると、今度は孔羽が「太子、今進めている国勢調査の戸籍事業の件も絡むのだが、生まれる前の子供の調査も一緒にしたらどうかな。」と提案した。

 これに白凛が顔をしかめながら聞く。

「生まれる前の子供の調査ってどういうこと?」

「つまり妊婦の調査だよ。その家の奥さんが妊娠しているかどうかの調査も一緒にすれば、どこでいつおおよそ何人の子供が生まれるかというのがわかる。これが事前にわかっておけば、何かと都合がいいんじゃないかな。」


 劉煌はこれに大きく頷きながら「確かにその通りだ。予測がつけば、御産婆不足の場所にこちらから御産婆研修を受けた医師を派遣できるしな。よし、そうしよう。すぐに国勢調査に妊婦調査を追加してくれ。」と言うと、孔羽の背中を叩いた。


 劉煌は全員を見渡し、「他に何かあるか?」と聞いたが、全員が首を横に振ったことを見届けると、「じゃあ、もう夜も遅いし、解散しよう。みんな、いつもありがとう。お休み。」と言ったので、すぐに張麗がお辞儀をして退室すると、白凛が慌てて彼女を追い、その白凛を李亮が追って出ていった。


 ところが梁途は、部屋を出るどころか、劉煌の側に寄ってくると、彼の耳元で、「皇后の話は、まだどうなるかわからないからな。」と言ってから劉煌にガンをつけると、立てた親指を下にして2回手首を下に振ってから大股で部屋を出ていった。


 それを見ていた孔羽が最後の饅頭を手に取ると、徐に劉煌に近づき、「突然中ノ国が突拍子もないオファーを出してきたのに、とっさにあんな名演説ができるなんて、お前ってどんなに凄い奴なんだと思ってたけど、この集まりでなんでかわかったよ。」と言うと、不可解な面持ちをしている劉煌に向かって、「あの皇后論。張麗さんのことを言っていただけだろ?」と断言してから、劉煌の目を上目遣いで見ながら饅頭にかぶりついた。


 完全に想定外に孔羽に図星を突かれてしまった劉煌は、彼の目線から目を外すと、真っ赤になって俯き黙りこんでしまった。


 劉煌の予想を外れて、孔羽は、このことについておちょくるどころか、真面目な顔をして劉煌の肩を抱くと、「俺は劉煌+張麗ペア推しだから。」と言った。


 劉煌のお相手問題で一番厳しい意見を述べてきた孔羽の思いがけない発言に、劉煌は面食らった。


 面食らっている劉煌の前で孔羽は熱弁をふるった。

「お前に出会う前から親友の梁途には悪いが、マジで彼女はあいつにはもったいないわ。彼女は、美人だけど、綺麗なおべべ着せて家に飾っておくような人じゃない。まさに国民の母となれる逸材だ。」


 これを聞いて、劉煌は真っ赤な顔のまま、驚いて孔羽を見つめると、孔羽は、「なんとか彼女がお前の皇后に、俺たちの国の皇后になれるように話を持って行かないとな。」と言って劉煌の肩をポンポンと叩いた。


 劉煌はまだ真っ赤な顔のまま、孔羽と向き合うように身体をひねると、照れながら小さい声で「ありがとう。」と言って、孔羽に頭を下げた。


 孔羽は「うん」と言うと最後の饅頭のかけらを口に入れて、口をもぐもぐさせながら、「じゃ、お休み」と言って部屋から出ていった。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ