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第五章 真成

一触即発の事態に陥った西乃国と中ノ国の関係

戦争を回避すべく中ノ国皇帝照挙の考えた謝罪の手段は、迷惑千万でしかなかった、、、

 一方、中ノ国では、身重の小春も朝政に出席し、中ノ国の政情安定と西乃国への対応の議論を戦わせていた。


 あまりにあっちの方向を向いている埒のあかない話に、とうとう小春がしびれを切らして口を開いた。

「私の知っている限りでは、京陵は女郎屋以外若い女性はいなくなったと聞いているが。」

 すると、陛下の問題に触れたくない朝政参列者は、今までのあーでもないこーでもないと偉そうに言っていたのが嘘のように一様にお互いの顔を見合わせると、黙り込んでしまった。


 ただ、小春のおかげで命拾いした総理の本里思徒が、チラッと成多照挙を見ながら重い腰を上げた。

「恐れながら皇后陛下のおっしゃる通りでございます。しかし失礼ながら、皇后陛下におかれましてはどうしてそのことをご存知なのでしょうか。」


 小春はそれには答えず、「この世で、人の噂、特に恐怖を感じさせる噂ほど、人を思うように操れるものはないのよ。西乃国は巧みにその、”人の弱点”をついて、自然に中ノ国が混乱するようにしているのよ。」と言うと、朝政参列者から一様にすぐ、「では、西乃国に総攻撃を加えましょう!」と単純な考えが戻ってきた。


 それに対して成多照挙が何か言おうとしたのを制して小春は、ぼやいた。

「あんたたち、いとも簡単にそんな事言っているけど、中ノ国と西乃国の兵力の違いがわかっていて言っているんでしょうね。」

 すると千年という長年に渡って戦時下になかった中ノ国の官職達は、平和ボケ丸出しで、「中ノ国は神の国です。天子である皇帝がいる以上、どんなことがあろうとも、負けることはありません!」と照挙を持ち上げながら断言したので、今迄小さくなっていた照挙は、鼻を高くして段下の左右にいる官職たちを見下ろした。


 小春はがくっとすると、「西乃国にだって天子である皇帝がいるし、その上に西乃国は先帝の時代に軍に力を入れていたから、あそこの兵たちは実戦経験が豊富なのよ、そこんとこわかって言ってんの?」と呆れ顔で言うと、いつも机上だけで現場を知らない官職達は、それでもなんだかんだと言って、根拠のない大丈夫を繰り返し言い続けた。


 こりゃだめだと思った小春は、突然照挙の手を掴むと、大理殿から彼をひきずり出して、「ねえ、本当に戦争する気?」と聞いた。


 照挙は、大真面目に答えた。

「西乃国が変な噂を立てて我が国を混乱に陥れたのだから、やられたらやり返すしかないだろう。」

 小春は、完全にあきれ返り照挙の耳をつまんで彼を諭した。

「違うでしょ。あんたが先にあっちにちょっかい出したんでしょ。それに変な噂じゃなくて本当の事だし。あんたが自国を混乱に陥れた張本人なのよ。いい、蓮は馬鹿じゃないのよ、それどころかとっても頭がいいの。味方にしたら100人力だけど、敵に回したらこれほど恐ろしい男はいないわ。悪いことは言わない。さっさと謝んなさい。」

 照挙は小春から自分の耳を解放すると、「朕は天子だ。天子が下々に謝るなどありえない。」と偉そうに宣言した。

「天子が天子に謝るんだから何も問題ないじゃない。とにかく、時間が経てば経つほど両国の関係は悪化するだけよ。何か誠意ある行動を起こさないと。いい、誠意ある行動だよ。今人気がた落ちのあんたが戦争なんか始めたら、国民は皆あんたからそっぽ向くからね。」

小春は照挙の一番痛いところをつついて詰め寄った。


 照挙は、本当に歴代皇帝の中で最も良い皇帝になりたかったので、民の経験のある小春に、国民が皆自分を悪い皇帝とみなすと言われると、今迄の強気モードから一転して真面目な顔をして考え込み始めた。


 そこへ、大理殿から使いが走ってきて、官職達が皇帝を待っていると言ってきた。

 照挙は小春の両手を自分の両手で握ると、小春の目を見て、「小春、いつもありがとう。大丈夫。絶対戦争にはしないから。」と真摯に言った。


 小春は照挙の目を見つめ返した。そこには、一点の曇りもなかった。

「うん。わかった。信じてる。行ってらっしゃい。」

 小春は照挙の背中を押して大理殿へ向かわせた。



 その夜、皇后楼で木練の給仕で夕飯を食べていた小春は、泣き叫びながら飛び込んできた成多照子に、勢いでそのまま体当たりされて、大事な蝦チリの大きな海老を箸から落としてしまった。

「あーん、私の海老ちゃんがっ。」と小春が食べ物の方を気にしていると、照子は死にそうな顔をして、


「お義姉(ねえ)さま、お義姉さま、助けて。お兄さまが私を西乃国にお嫁にいかせるって。私、この前西乃国に行ったけど、食べ物も口に合わないし、あんな所で暮らしたくない。皇帝は仮面を付けていてどんな顔かもわからないのに、そんな人のところにお嫁になんか行きたくないわ。」


と言って小春に泣きついた。


 ”ほー、照挙の大丈夫って言っていた解決法は、このことなのね。とりあえず照子が蓮を好きであれば問題ないけど。。。”


 小春は、照子を抱きしめて単刀直入に聞いた。

「よしよし、照子ちゃん。西乃国の皇帝の顔がわからないって言っていたけど、例えば誰のような顔だったらお嫁に行ってもいい?そうね、例えば、小高蓮と、、ゕ」

「小高御典医長なんて絶対イヤ!あーゆうナヨっとしたナルシストは絶対ダメ。だめ、だめ。それに体型も貧弱だし。絶対あんなのイヤ!私はもっと筋肉隆々の感じがいいの、例えば小鉄さんとか。」

照子は即座にそう言うとえんえん言って泣き出した。


 ”照挙よ。女を物扱いしすぎるんだよ。だから京陵から若い女がいなくなるんだよ…トホホ。”


 小春は、照子の涙を拭きながら、照子を諭した。

「照子の気持ちはわかった。私に任せて。その話、照挙にやめさせるから。」

 しかし、照子は落ち着くどころか床に崩れ落ちて泣き始めた。

「お義姉さま、無理だよ。もう使者送っちゃったって言われたあああああああ。」


 小春はわなわな震えながら両手を拳にして、「何?あんたの気持ちも聞かずに勝手にそんなことしたの?」と吠えると、拳で食卓をバンと叩いた。その弾みで食卓の上の皿が宙に舞い、全ての蝦チリの海老が空中でくるくると踊ると、無残にも次々に床に落ちていった。


 ”照挙め、結局お前のせいで海老を1尾も食べられなかったじゃないかっ!”


 小春の目は完全に座り、その顔を見た照子は猛烈な台風(KOHARU)到来の危険を察知し、慌てて繕い始めた。

「お義姉さま、でもお兄様は殺さないで。お兄様も戦争を避けるために考えたことだから。」

「戦争を避ける手段なら他にもある。自分の実の妹を、しかも嫌がっているのに嫁にだそうなんて、私が絶対に許さない!」

 そう宣言すると、小春は、やはり猛烈な台風(KOHARU)を警戒した木練が彼女の足にしがみついて止めようとしているのを、とても身重とも思えない身体裁きでいとも簡単に振り払い、皇后楼を出ていった。


 ~


 その頃、西乃国の大政殿では、中ノ国の使者が皇帝への目通りを願っていた。


 いつものように金色の仮面を付けた劉煌は官職たちと共に、中ノ国の使者の前に現れ、何事かと聞いた。


 中ノ国の使者は恭しく書面を取り出すと、もったい付けてそれを読み始めた。そして中盤に差し掛かると、

「…ついては、西乃国と中ノ国の友好の印に、中ノ国皇女の成多照子を西乃国皇后として遣わす。」

 と言ったものだから、西乃国の官職たちがざわめきだした。


「よりによって『遣わす』とは、いったい中ノ国皇帝は自分が何様だと思っているんだ。」

「それに勝手にうちの国の『皇后』を決めるなんて。」

「これは、もう威嚇だけでなく、国境の軍に行動を起こさせた方がいいんじゃないか。」


 仮面を付けている劉煌の表情は他者がうかがい知ることはできなかったが、中ノ国の使者が話している間中、劉煌はその黄金の仮面の下で表情一つ変えなかった。そして中ノ国の使者が全てを読み終わって、書面を畳むと、劉煌はまず中ノ国の使者の苦労を労う言葉をかけると、「ところで、この話は、成多照子内親王殿下は了承しているのかな。」と聞いた。


 それに中ノ国の使者は、「拙はわかりかねます。が、皇帝命令でありますので、内親王のお気持ちがどうであれ、両国の友好のためにお働きになるのは、皇女の務めと存じます。」と教科書に載っているような答えを言った。


 劉煌は「ふむ。」と言うと、中ノ国の使者に向かって低い声で話し始めた。

「中ノ国はそういう国なのかもしれないが、あいにく西乃国は中ノ国とは違うのだよ。中ノ国のように長期に政情や後宮が安定している国であれば、皇后は身分さえあればそれで務まるのかもしれないが、西乃国にはまず後宮すら無いので、モデルとなる皇太后はおろか女性皇族は一人もいない。従って我が皇后は、自ら一つ一つ考え、国民の母としての皇后職を一から築き上げ、それを全うしなければならないのだ。いつも上等な着物を着て微笑んでいればいいと言う訳ではないし、むしろ現状では上等な着物など着る余裕はなく、自ら質素倹約に努めなければならない。だから西乃国の皇后は、世界中のどこの国の皇后よりずっと大変だし、後ろ盾もないから、生半可な気持ちで務まるようなものではないのだ。それなので申し訳ないが、内親王にそれだけの覚悟が無ければ、この国の皇后は務まらない。ついては、まずは内親王のお気持ちをお知らせいただきたい。それに、もしこの話が友好の印としてだけなのであれば、なにも皇女でなくても、西乃国にはいない珍獣でも朕に贈ってくれるので十分だと思うが…」


 それを聞いた中ノ国の使者は「ははー」と言って、ひれ伏すと、そのままの状態で動かなくなった。


 仕方なく孔羽が中ノ国の使者を起こすと、驚いたことにその使者は涙を流していた。


 驚いた孔羽が「どうしたのだ。」と聞くと、中ノ国の使者は袖で涙をぬぐいながら、「お、恐れながら、西乃国の皇帝陛下のお言葉に感動のあまり…拙が言うのも何ですが、中ノ国皇女では到底役不足です。」と囁くと、劉煌からの回答も聞かずに全員に向かって深々とお辞儀をしてその場をさっさと後にした。


 怪訝そうな顔をして孔羽が劉煌の方を振り向くと、劉煌は孔羽にむかって1度頷き、今度はその場の全員に向かって語りかけた。

「皆、緊急に集まってくれてありがとう。ということで、中ノ国はこういう手に出てきた。朕が中ノ国の皇女を娶れば丸く収まるのかもしれないが、相手に勝手に西乃国の『皇后』と指定されては朕としても譲れないものがある。なるべく回避できるよう朕も最善を尽くすが、最悪のシナリオの場合、中ノ国と戦争となるだろう。準備だけは抜かりなくしておいてくれ。それでは皆ご苦労様。解散。」


 官職達は皆珍しく劉煌と意見が一致したようで、誰もこの劉煌の話に「待った!」をかけず、全員がすぐに「我が皇帝、万歳」と一斉に言ってお辞儀をすると、全員背筋を伸ばして部屋を出ていった。


 ただ次々と官職達が退室していく中、孔羽はその場に立ったまま動こうとせず一人残っていた。


 劉煌は孔羽を見ると「悪いが、一人にしてくれるか?」と言った。


 孔羽は何を思ったのか部屋を見渡してから劉煌の肩に手を乗せて、「一人でしょい込むな。『皆は一人の為に』だからな、忘れるな。」と言うと、言われた通り出口に向かって歩き出した。そう言ってくれた孔羽の背中を見つめて、劉煌は心から感謝しながら「ありがとう。」と呟くと、彼の退室を目でずっと見送った。


 劉煌はふーと息を鼻から出すと、おもむろに上を向いて、「百蔵さん、ずっと聞いてた?」と言った。


 すると百蔵は瞬時に劉煌の前に現れると、「一部始終な。」と言い、「今度は、この話を広めるか?」と聞いてきた。劉煌は、「僕の予想だとこのままほっておいても、向こうからこの話を無かったことにしてくると思う。だから今すぐ広めなくていいよ。」と言うと続けて「それより、お陸さんに東之国のある人を探してもらっているんだけど、お陸さんに合流してくれる?一日も早くその人を西乃国に連れてきてほしいんだ。」と頼んだ。


 百蔵は左の口角だけ上げてニヤリと笑うと、ぼそっと呟いた。

「西乃国の皇帝には恐れ入った。お陸とおいらを抱えているんだったら、中ノ国はもはや死に体だ。そうさな、おいらは西乃国でどこか畑ができる所が欲しいなぁ。」

「その件だけど、来春から西乃国各地で農業研修をやるつもりなんだ。興味ある?百蔵さんが講師になってくれると凄くありがたい。それで一通り西乃国を廻ったら、好きなところで畑を構えてもらうというのはどうだろう。」

 劉煌は、ニッコリ笑ってそう百蔵へオファーを出した。

 すると百蔵は目を細めて胸の前で腕を組み「あんたを敵に回しちゃいけないね。さ、姐さんと合流するか。西乃国の好きな所で畑なんて、なんて太っ腹なんだろうかね。こりゃ、楽しみだ。」と言った瞬間、煙と共に消えていなくなった。


 ~


 中ノ国の皇帝楼は、先日小春が暴れて倒壊した扉や障子が直ったばかりなのに、また怒る猛烈なタイフーン@小春がやってきて、倒壊の危機を迎えていた。


 小春はとにかく照子の意向を伝えて、破談にしてほしいと照挙に伝えた。


 そうすると照挙は、本当に不思議そうな顔をして答えた。

「小春ぅ。なんでダメなの?戦争を回避できるし、西乃国と婚姻関係になれば皆平和でずっと暮らせるじゃないか。」

「あなた本気で、蓮が婚姻関係位で、絶対攻め込まないと思うの?()()この国の皇后なのに軍隊を国境に集結させたのよ。それに婚姻関係ったって、お互い気のない政略結婚だもの、そんなことで平和になんかならないわよ。むしろ無理矢理妃を押し付けられたって不快になるわよ!とにかく、蓮に張麗さんを拉致しようとしたことを謝れば済むことなんだから、これ以上関係をぐちゃぐちゃにしないで!」


 小春がそう懇願すると、「無理矢理妃って、なぁ。この名門中の名門、成多屋が皇女を奴の皇后にしてやろうって譲歩しているんだけどなあ。」と照挙が大真面目な顔をして言うので、小春は卒倒しそうになった。


「あのねー、蓮は西乃国の天子、天子なんだよ!いくらここで以前御典医をやってあんたに跪いていたからって、それは過去のことなの!今は同じ身分なんだよ!しかもあんた、謝るのに思いっきり上から目線で、まさかそんな風に使者を西乃国に遣わした訳じゃないでしょうね!」と小春が怒鳴ると、「なんでダメなんだよ。西乃国より中ノ国の方が格が上なんだ。とにかく話は、使者がもどってきてからにしようよ。案外劉煌は乗り気かもしれないし。」と全く事態の理解力に欠ける照挙は、呑気にそう言った。


 小春は完全に呆れ果てて、座っている照挙を思いっきり見下すと、「まあ、見ててご覧。あなたがやったことの結果が、どうなるのか。言っておくけど、私はこの国一番の劉煌専門家なんだからね!」と宣言して、珍しく何も壊さずに皇帝楼から立ち去った。

お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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