第五章 真成
プライベートで進展のあった劉煌。
喜びも束の間、翠蘭から思いがけない告白を聞くことに、、、
一方、もうCPの李亮と白凛は、白学(白凛の父)から猛反対され、絶体絶命に、、、
簫翠蘭を連れて奥の自分の部屋に入った劉煌は、まず仮面を取った。
「ここでは意外にプライバシーが無いから、外に出よう。」
そう言いながら劉煌は、上着をとり替え翠蘭に向かって意味深に微笑んだ。
「君にだけ、誰も知らないことを教えよう。」
そう告げると劉煌は奥の壁の前に進み、おもむろに右から3枚目の板を両手でグッと押した。
すると、その壁はくるっと反転して、その壁の向こう側に通路のようなものが見えた。翠蘭が目をパチクリさせていると、劉煌は笑いながら教えた。
「まるで嘘みたいな本当の話で、秘密の通路があるんだよ。さあ。」
彼女の手を取ると、劉煌はその板の間を通り抜けた。
しばらくその通路を真直ぐ歩くと、劉煌は「足元に気を付けて、今度は階段だ。」と言った。
そこには、かなり長い下り階段があり、底迄行くとしばらく平らで、その後にまた長い登り階段があった。
「ちょっと臭いけど、馬好きの君なら大丈夫だよね。」
彼女に向かってウインクすると、劉煌は登り階段の上にある、上に向かって開く扉を開いた。
劉煌は、そこから頭だけ出して様子を伺うと、「大丈夫だ。」と独り言を言って、まずは自分が上がりきって外に出ると、屈んで下を向いて翠蘭の手を取って彼女を引き上げた。
翠蘭があたりを見回すと、そこは何と馬場の中の馬小屋だった。
彼女はあまりのことに驚きのあまり声を出せないでいると、「鉄則その1、必ずまず逃げ道を確保せよ。」と劉煌が笑いながら言うと、パッとそこにいる馬に飛び乗り、彼女に手を差し出した。
翠蘭はその手を取ると、劉煌の後ろに飛び乗り、ぴったりと彼の背中に抱きついた。
「しっかりつかまっていて」と言うなり彼は馬を走らせ始めた。
劉煌の後ろで馬に揺られながら、翠蘭は、ずっと夢見続けてきた劉煌の背中に頬を付けて目をつむると、これが現実なのか、はたまた長く見続けてきた夢の続きなのかわからなくなってきた。
”夢ならさめないで…”
そう思いながら、おそるおそる目を開けてみると、そこには本当に劉煌がいて、簫翠蘭は生まれて初めて、自分が本当に幸せであると感じていた。
劉煌が翠蘭を連れてきたところは、五剣士隊の秘密基地だった。
劉煌が焚火を起こすと、二人で岩に座り、焚火にあたりながら劉煌は、五剣士隊のメンバーとの出会いと、突然の別れ、そして再会後どうやって国を取り返したのかの話を簫翠蘭に語った。
翠蘭は時折目を丸くしたり、ドキドキしたり、笑ったりしながらその話を真剣に聞いていた。
「...ということで、朕は彼らに頭があがらないのさ。」
翠蘭に向かって笑いながらそう言うと、劉煌は、新しい木の枝を折って火にくべた。
しばらく、二人は黙ったまま焚火の赤い炎を見守っていたが、突然翠蘭が居住まいを正すと、おもむろに、「陛下」と言った。
劉煌は、すぐに手を挙げて彼女がそれ以上言うのを制して「二人だけの時は陛下は無しだ。朕の名前は劉煌だ。劉煌と呼んでくれ。」と言った。すると簫翠蘭は、はにかんでうつむき加減に囁いた。
「では、私のことは蘭蘭と、、、」
「蘭蘭?」
「はい。家族は私のことを蘭蘭と呼んでいたので。」
劉煌は、簫翠蘭が自ら”家族から呼ばれていた呼称”を彼に願ったことに、酷く喜び、大きな笑みを浮かべた。
しかし、簫翠蘭はすぐに顔を曇らせ、
「劉煌殿、実はあなたにだけ折り入ってお話しておきたいことがございます。」と、真剣な顔をして話し始めた。
劉煌は座り方は変わらなかったが真顔になって、彼女に向かって「うむ。」と頷いた。
「…弟なのですが、、、たぶん死んだのではないかと思います。」
消え入るようなかぼそい声で、それだけ言うと、簫翠蘭は下を向いて何も話せなくなった。
劉煌は全く予想だにしていなかった簫翠蘭の告白に、膝に置いていた腕を落とし、前かがみになって彼女に近づくと、彼女を凝視しながら「なんだと?」と聞いた。
簫翠蘭は顔をあげて劉煌を見ると、唇をかみしめて1回だけかろうじて頷くと、また下を向いて肩を震わせた。
劉煌はゆっくり立ち上がって、彼女の両脇を抱えると、自分の胸に抱き寄せて、そのまま自分の座っていた岩の上に座った。簫翠蘭は、劉煌の腕の中で安心したのか、ポツポツとそのことについて話し始めた。
「3か国の祭典で、弟の名前を名乗っていたのは、たぶん私の従弟の簫麒麟でしょう。簫麒麟は私の叔父簫翠陵の息子で、弟より1つ年上ですが、親達も時々間違えていたくらい二人とも瓜二つで、見分けがつかないほどそっくりでした。ただ、弟には6歳の時、親に黙って剣で遊んだ時の大きな傷が左手の内側にあるはずなのですが、この前の祭典にいた東之国の皇帝には、、、それがありませんでした。」
劉煌は、その話を唸りながら聞いていたが、ふと中ノ国の皇宮内庭園で座り込んで泣いていた彼女の姿とその後”おうちに帰りたい”と彼女が呟いたことを思い出した。
「それでか。」と劉煌が呟くと、簫翠蘭は不思議そうに、「それでかとおっしゃいますと?」と聞いた。劉煌は自分の胸の中にいる簫翠蘭の顔が見えるよう、顔を右斜め下に向けて「君があの庭園で泣いていたのは、東之国の皇帝が弟ではないとわかったから、もう国に帰れないって思ったんだね。」と優しく囁くと、簫翠蘭は頷いて、「おっしゃる通りでございます。」と言って頭を下げた。
劉煌は、簫翠蘭の腕をさすりながら、自分が9歳で国を追われた時のことを思い出していた。
もう帰れる国が無いとわかった時の筆舌に尽くしがたい絶望感を、自分の最愛の人がまさに今味わっているかと思うと、西乃国の皇帝でありながら何もできない自分が情けなくてしょうがなかった。
劉煌はふと彼女の叔父簫翠陵と中ノ国で話した時のことを思い出した。
あの時は、
彼が実兄である皇帝を殺し、
彼女と思って彼女の替え玉を殺し、
彼女の弟を殺し、
自分の息子を彼女の弟に仕立て上げ皇位をつがせるような人物には到底思えなかった。
そして、自分の身に起こったケースと比較すると、何故簫翠陵自身が皇位継承せず、息子に皇位継承させたのか。しかも息子をそのままではなく、皇太子であった簫翠葦として皇位継承させたのか。あまりにも不自然な点が多いことに気づいた。
”やはり、お陸さんに、張浩を早く西乃国に連れてきてもらわねば。”
劉煌はそう思いながら簫翠蘭を更に強く抱きしめた。
~
その頃、友鶯宮では、白凛がもう日付が変わろうとしているのに、翠蘭がいつまで経っても帰らないことにやきもきしていた。
そしてとうとう意を決して、靈密院に行ったがそこは真っ暗で、
”このままでは太子兄ちゃんに合わせる顔が無いわ”
と思った白凛は、馬に乗り、迷わず大将軍府を目指した。
大将軍府では、案の定李亮が医師に止められている酒を煽っていたが、白凛がルームメイトが行方不明を伝えると、一気に酔いが冷めて、すぐに白凛と共に大将軍府を飛び出した。
二人はまず簫翠蘭が以前住んでいた長屋を訪ねたが、外から見る限り、いるような気配はなかった。
長屋の門前で馬に乗りながら、「どうするべーかー」と天を仰いだ李亮が、ふと山に視線を移すと、山の中腹に赤い点があり、それがちらちらしているのが見えた。
「なあ、お凛ちゃん。あそこって秘密基地に近くねぇ?」
李亮がそう言って山の中腹の赤く見える所を指さすと、白凛は手をおでこにつけて指さされた方向を見た。
「そうかも。」
二人は顔を見合わせるとお互いに頷いて、一路秘密基地を目指して馬を走らせた。
静かに時が過ぎていた秘密基地に、いきなり馬のザッザッと駆ける足音が近づくと、劉煌はとっさに翠蘭を連れて洞窟の中に隠れた。
”ここを知っている者はいないはずなのに”
そう劉煌が思っていると、「やっぱりここで誰か焚火をしていたんだわ。ここを知っている人っていないはずなのに。」という聞きなれた女性の声が響いた。
劉煌はその声を聞いて胸を撫でおろすと、簫翠蘭の手を引いて洞窟から出て、「お凛ちゃん、どうしたの?」と白凛の背後から聞いた。
白凛は、簫翠蘭が行方不明であることを一番知られたくない人に見つかったことから、ゴクリと唾を飲み込むと、おずおずと声の方を振り向いた。すると、彼女が皇帝に内緒で必死に探していた人物が劉煌の後ろにいることから、脱力してあやうく落馬しそうになってしまった。慌てて李亮が手を伸ばしそれを食い止めると、治ったばかりの傷口が痛むのか、彼は顔を大きくしかめた。
「れいちゃん、もーやだ!帰ってこないから心配してそこら中探してたのよ!」
白凛は馬から降りながらそう文句を言うと、素直に「ごめんなさい。」と翠蘭が本当に申し訳なさそうに謝った。
またそれと同時に、劉煌が「ごめんごめん。天乃宮も壁に耳あり障子に目ありで、やむなくここに連れて来たんだ。」と説明すると、翠蘭は、すぐに天乃宮での出来事を思い出して赤くなって俯いた。
「とにかく無事に見つかって良かったよ。一応国境に軍を配備しているとはいえ、成多照挙がどんな手を出してくるかわからないからな。」
李亮がホッとしてそう言うと、白凛に向かって「じゃ、俺たちは帰るか。」と持ち掛けた。
すると、劉煌もそれに同調し翠蘭の方を振り返って言った。
「僕たちも帰ろう。宋公公が朕がいないことに気づいたら、またパニックになるから。」
そしてまた行きと同じように翠蘭を彼の馬の後ろに乗せた。
それを見た李亮は、その場でヒューっと口笛を吹き、「そういう乗り方もいいな。お凛ちゃん、今度あれやってみようか。」と嬉しそうに流し目をしながら白凛に向かって提案したが「何言ってんのよ。後は乗り心地が悪いのよ!この酔っ払い。」の一言でバッサリと彼女に袈裟懸けに切り捨てられてしまった。
「酔っ払い?李亮が?どうしたんだ?」劉煌が馬の手綱を引きながら聞いた。
「とてもじゃないが、馬に乗りながら話せる話じゃねぇ。」ふてくされた李亮が答えた。
「じゃあ、馬から降りてから話そう。そうだ、張麗が買ってきてくれた美味しい芝麻球もあるぞ。」と言うと、馬を走らせ先に山を下り始めた。
李亮と白凛は顔を見合わせると、慌てて劉煌の馬の後を追った。
劉煌は天乃宮の前で馬から降り、翠蘭が馬から降りるのを手伝うと、皇帝が楼内にいるとばかり思っていたため、なぜ外にいるのか驚いている宋毅に、馬を馬場に連れていくように命じた。
劉煌は、李亮と白凛の方を振り向くと、「じゃあ、いつものように応接間で話を聞こうか。」と言うと、その場からお暇しようとしていた翠蘭も一緒に連れて天乃宮に入っていった。
彼らと別れ一人水屋に入った翠蘭がお茶を入れ、もうすっかり冷めきった芝麻球の竹包みを開けると、なんとその両端の芝麻球が完全に潰れていた。翠蘭は、何故両端の芝麻球だけがぺちゃんこになっているのかの理由がすぐにわかってしまい、途端に顔を真っ赤にして、潰れた芝麻球を取り除き、無事な物だけを皿に移し替え、茶と共にそれを持って応接間に入った。
劉煌が芝麻球の数が減っていることに気づいてしまわないかと、翠蘭は内心どきどきしながらお盆の上の皿をテーブルに置いた。彼はそれを知っているのか知らないのか、飄々としてすぐに芝麻球を1個つまんで口の中に放り込んだ。翠蘭は、まだ真っ赤な顔のまま劉煌にお茶を差しだしながら、彼に「私がいたらお二人は話しにくいと思いますが。」と小声で告げた。
「そうかな、お凛ちゃんは君がいたほうが話しやすいと思うけど。」
「お酒があれば別かもしれません。」
白凛との宴会経験則から、翠蘭は劉煌に真っ赤な自分の顔を見られないようにしてそう囁いた。
劉煌は「うむ。」と言うと、真夜中であるというのに馬場から帰ったばかりの宋毅に、今度はお酒の準備を命じた。
翠蘭の勘は見事に当たって、李亮と白凛に酒を飲ませたら、二人は、今迄黙っていたのがうそのように怒涛の如く喋り始めた。
話を聞けば聞くほど、まさか今どきと思うほどの時代錯誤も甚だしい白家の対応に、劉煌は思わず「今どきそんなことでそれほどまでに反対するなんて、ちょっと信じられない。」と感想を述べると、何故かそれまで黙っていた翠蘭が口を挟んできた。
「陛下、凛姉ちゃんと大将軍は誇張してなんかいません。本当にそうなんです。私、この耳でちゃんと聞きました。」
この援護射撃に、全員目を丸くして一斉に簫翠蘭を見つめた。
彼女はしまったという顔をしながら「あ、昨晩凛姉ちゃんが帰ってこなかったので、私、探し回ったんです。最終的に白家のお屋敷でそこに凛姉ちゃんがいることがわかったのですが、その時に凛姉ちゃんのお父様と思われる方の声が聞こえてしまって。」と言うと、白凛に向かってごめんなさいと謝った。
白凛はううんと首を左右に振ると、翠蘭に向かって声を出さずにありがとうと言った。白凛の口の動きで何と言ったかわかった翠蘭はホッとして胸をなでおろすと、白凛に向かって悲しそうに微笑んだ。
とうとう白凛は我慢できなくなって語りだした。
「私は亮兄ちゃんを尊敬している。うちの親は家柄ばかり気にするけど、この人はそんなのが無くても、自分の力で人生を切り開いていってるわ。うちの親は家柄がいいってことだけで、実際に自分たちの力で何か成し遂げられたことは何もないのよ。
太子兄ちゃん、先帝が政権を奪った時、うちの親がどうしたか知っています?すぐに奴にこびへつらったのよ。で、今度は太子兄ちゃんが政権を取り返したら、私に太子兄ちゃんに色目使えって。こんなのどこが”貴”族なのよ!私には下衆にしか思えない。孔子の教えだろうがなんだろうが、私は知ったこっちゃないわ。毒親で卑賤!」
そこまで言うと、白凛はテーブルの上の提子を無造作にガバッと掴み、まるでお陸のように注ぎ口から酒を煽ろうとした。
李亮は慌てて荒れる白凛の手から提子を優しく奪うと、彼女を諭した。
「お凛ちゃん、親父さんをそんな風に言っちゃいけないよ。俺は親父さんの言い分もわかるんだ。大事な娘だもん、そりゃあいいところに嫁に出したいさ。」
「じゃあ、あなたは私と結婚したくないの?」
途端に白凛がギャラリーがいることも忘れて李亮に突っかかった。
「したくなかったら、何で針のむしろに何回も自らすすんで行っているんだよ。」
李亮は、ほとほと参ったという顔をしてそう答えた。
やるせなくなった白凛は、矛先を変え、今度はそれを翠蘭に向けた。
「れいちゃん、れいちゃんの国でも、こんなヘンテコな結婚観ってあるの?」
これに翠蘭はとても困った顔をして、「さあ、私はよく知らないの。ただ私が誰とも結婚できないということ以外は。」と言って俯くと、酒も入り、親のことでもすっかり感情的になっている白凛は、この回答が気に食わなかった。
「れいちゃん、それってどういうことよ!なんでれいちゃんは誰とも結婚できないのよ!」
今度は翠蘭に絡みだした白凛に、劉煌と李亮がまあまあと彼女の暴走を止めようとしているなか、そこでやめておけばいいのにKYな翠蘭は、酒も飲んでいないのに生真面目に説明しはじめてしまった。
「東之国の決まり事なのよ。東之国の皇女は20歳になったら一人である場所に住んで、お国の繁栄のために巫女として神様に仕えることになっているの。」
完全にできあがっている上にそのへんてこな説明でますます火がついた白凛は、オロオロしている劉煌と李亮を置いて、翠蘭にむかってとうとう説教を始めた。
「れいちゃん、れいちゃんはそれでいいの?それっておかしいって思わないの!?じゃあ今は誰がその巫女ってやらをやってるのよ!」
「今は誰もやっていないわ。」
「それじゃあ国は衰退しているの?」
「してない。」
「じゃあ、別にいなくてもいいじゃない。」
「でも、そう決まっているのよ。」
「そう決まっているのって何がよ?」
「皇女は、お国の繁栄のために巫女になるってこと。」
「いつそう決まったの?」
「遥か昔。」
「で、皆それに従ってきたの?」
そこまで快調に答えてきた簫翠蘭が突然この質問で考え込んだ。
そして、首を傾げて「さあ。」とだけ言うと、すかさず白凛が、
「さあってどういうことよ、皇女が巫女やってたかどうかが、どうしてわからないのよ。」と叫んでむくれた。劉煌も李亮もオロオロしながら白凛を止めようとする中、簫翠蘭もオロオロしながら、
「だって、ずっと女の子が生まれて来なかったから。」と泣きそうになってそう言い訳した。
しかし完全に目の座っている白凛は泣きそうになっている他国の皇女に容赦しない。
その言い訳に間髪入れずに白凛が、聞く。
「ずっとってどれくらいよ。」
翠蘭は上を向いて指をおりながら、「うんと、私が44代目でやっと生まれた女だったから、、、うーんと、、かれこれ千年くらい…」と、自分で答えながら合点のいかない顔をした。
「千年いなくて大丈夫だったんだったら、そんな役いらないじゃない!」
「……」
「そんな迷信のことで、自分の人生を棒に振ったらもったいないよ、れいちゃん。あなたは医者でしょ。もっとロジックに考えなさいよ!」
すると簫翠蘭は何か突然開けたように、
「たしかに凛姉ちゃんの言う通りだわ。私は何でそんな変な思想にとりつかれていたんだろう。昔からずっとそう言われて躾けられてきたから、そうしなければならないってずっと思い込んでいた。恐ろしいことに、それが変だとも今の今までちっとも思わなかったのよ。凛姉ちゃんが今こうやって聞いてくれなかったら、私はずっとそれが少しもおかしいとも気づかないで過ごすところだった。凛姉ちゃん、ありがとう!」
と言うと、両手を広げて白凛に抱きついた。
白凛はこの言葉で今迄の不機嫌が吹っ飛び、完全に気をよくして、「そうでしょ、そうでしょ。古い考えは良いものは残すべきだけど、おかしいもの、時代にそぐわないことは捨てないと成長の妨げになるだけ。なんてったって新時代なんだから!」と管を巻くと、翠蘭の盃と自分の盃に酒を注いで、「カンパーイ」と言って、自分の盃の酒を一気に飲み干した。
翠蘭もすぐに「凛姉ちゃんの知恵にカンパーイ!」と言って、盃を白凛の盃にチョンと当てると、やはり一気に飲み干した。
こうなると、二人の女性は、男性ではとても手が付けられない状態になり、酒を互いに盛り合いながら二人でピーチクパーチクとめどなく話し始めた。
劉煌は慰めるつもりもあって、李亮の盃に酒を注ぐと、李亮は空を見つめて、「お凛ちゃんの暴走がどうなるかと思ってたけど、確かにあいつの言う通りだなあ。」とポツリと言うと、今度は劉煌を見て、「俺、どこかに彼女と家柄が違う気後れというのが確かにあったと思う。その自信のなさが、きっと親父さんに伝わっていたんだな。」と情けなさそうな顔をしてそう言った。
劉煌は、李亮の肩を組むと、「お凛ちゃんは小さい時から、世間一般の常識に囚われず、自分で考えて行動できる子だった。そんな子がお前を尊敬しているって言ったんだ。それに、朕だって、お前がいなかったら今生きちゃいない。お前は本当に凄い奴なんだよ。」と断言した。
フッと鼻で笑いながら「山勘だけでトップになるからな。」と李亮は自虐したが、劉煌は李亮の方を向くと大真面目な顔をして「その山勘がどれだけの人を救ったと思う?」と聞いた。
二人はしばらくお互いを見つめ合っていたが、同じ部屋の中でスースーという寝息が聞こえることに気づくと、女の子たちの方を振り返った。
「酔っぱらって寝ててもやっぱり滅茶苦茶美人だ。」
李亮が惚れ惚れしながら白凛に見とれながらそう呟くと、劉煌は、首を振りながら「その傷で彼女を友鶯宮まで連れて帰れるか?」と心配そうに李亮に聞いた。
李亮は、はあと大きなため息をつくと「本当は横抱きにしたいが、おぶるしかないな。」と残念そうに腹をさすった。
李亮は白凛を、劉煌は宋毅の抗議を無視して簫翠蘭を背負うと、未明の真っ暗闇を友鶯宮目指してゆっくりと歩いた。
「思いがけず、本当にいい夜だった。」
李亮が歩きながらポツリとそう言うと、劉煌は、簫翠蘭との初めてのキスを思い出し「ああ。」と嬉しそうに言った。
友鶯宮の外階段を何とか登りきり、玄関を開け中に入ると、男二人はそこで別れて、劉煌は東側の”張麗”の部屋に入り、ゆっくりと簫翠蘭をベッドに降ろした。
翠蘭をベッドに横たえ、掛け布団をふんわりと彼女にかけてあげると、それに気づいたのか翠蘭がゆっくりと薄目を開けた。
劉煌はそんな彼女に顔を近づけ「まだ寝ていなさい」と優しく声をかけた。
酔っぱらって寝ぼけている彼女は、目をつむり「んん、劉煌殿…」と囁きながら両腕をあげ、劉煌の首に腕を巻きつけると、その腕をいきなり重力に任せた。そして重力のままに二人の唇が重なり合うと、翠蘭は嬉しそうに劉煌の唇の下で、ふーんと吐息をついた。
劉煌はずっとその場でそうしていたい誘惑を振り払って、ゆっくりと自分の首に巻きついている彼女の腕をほどくと、掛け布団をちょっと上げて彼女の腕を布団の中にそっと入れた。そして彼女の耳元で「お休み」と囁くと、こめかみに優しくキスをして名残惜しそうにそこから立ち上がった。
友鶯宮の玄関まで戻ってくると、李亮が胸の前で両腕を組み、片方の眉毛だけ上げて劉煌を見て、「皇帝陛下も何か進展があったようだな。」と呟くと、劉煌は肯定も否定もせずに、「お前の勘は天下一品だからな。」とだけ言って、友鶯宮の外階段を使わずに飛び降りて天乃宮に戻っていった。
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