表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/87

第五章 真成

中ノ国では百蔵が照挙の暴挙の噂を広めたため、皇宮のある首都:京陵から若い女の子が疎開するという事態に、、、

一方、中ノ国皇宮では、劉操が攻め込んできた時から化けの皮を自ら脱ぎ棄て、野人であることを内外に知らしめた皇后小春が、この噂を知ってしまったために、、、

 その晩、床に着こうとしていた劉煌は、突然顔をしかめ「この皇宮は隙だらけだな。梁途にもっとよく訓練するよう言っておかなくては。」と独り言を言うと、天井を向かって叫んだ。

「百蔵さん、降りてきて。」


「陛下は厳しいね。中ノ国に比べたらトラップ満載でここまで来るの、結構大変だったよ。」

いつの間に降りてきたのか百蔵が劉煌の前に立っていた。

「中ノ国はそもそもスパイ天国だから、一緒にしないで。」

劉煌はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしてプイっと右斜め上に上げて口を尖らせてそう答えたが、今度は百蔵の方をキチンとふりむいて礼を言った。

「この前はすぐにお片付けしてくれてありがとう。」


 百蔵は、左手の甲を腰部に当て、右腕を腰の前あたりで3回クルクルと回すと、右腕を外側に伸ばして仰々しくお辞儀をしてから今度は劉煌の口元に自分の耳を近づけた。


 劉煌の命を聞き終わった百蔵は、すぐにそこで消えることなく、劉煌の顔をしげしげと見て言った。「やる気だね。」

「任せて。」と言う言葉が劉煌に聞こえた時には、もう百蔵の姿はどこにもなかった。


 ~


 中ノ国で、小鉄から張麗の死の報告を受けた成多照挙は、大いに意気消沈していた。

 せっかく簫翠蘭に生き写しの人と出会ったのに、すぐに死んでしまうとは。


 思えば、彼と簫翠蘭は、認めたくないことだが最初から縁が薄かった。


 3か国の祭典はどの国の皇族も6歳でデビューなのだが、簫翠蘭のデビューの年、7歳だった照挙は、反抗して屋根から飛び降りた時の着地失敗で足を骨折し、出席できなかった。それ故、彼が簫翠蘭と出会ったのは、照挙が8歳、翠蘭が7歳の時だった。照挙は、翠蘭の姿を一目見ただけで恋に落ち、これを運命の出会いと信じて疑わず、それ以降、毎年の3か国の祭典をそれはそれは心待ちにしていた。

 ところが、翠蘭が13歳の時、彼女の母が亡くなり、3年の喪中期間で祭典に出席できず、ようやく会えると思った彼女が16歳の時、彼女自身が亡くなってしまい、結局、照挙が14歳、翠蘭が13歳の時が最後の3か国祭典になった。3か国祭典と言っても、皇族同士気軽に話せるようなものではないので、毎年、2言、3言、言葉をかわすだけであったが、それでも照挙にとっては夢のような時間であり、宴会で何も食べずにずっとお行儀よく座っている彼女を見ているだけで胸いっぱいだったのだ。


 照挙は密かに後宮に張麗用の楼も既に準備していて、簫翠蘭が着ていた着物のレプリカも作らせて用意していた。そして、彼女を楼に連れてきたら、真っ先に彼女の前髪を短く切って、簫翠蘭と同じ髪型にさせようとまで決めていた。


 ”それなのに。。。”

 照挙はそう思い、悲しみに打ちひしがれていると、小鉄が外から「大変です。大変です。」と叫びながら、血相を変えて飛び込んできた。


「何が大変なんだ。張麗が死んでしまったことより大変なことが、この世にそうそうあるとは思えないが。」


 もう扇子を振る元気もなく椅子に座って項垂れている照挙が、そうぼやくと、小鉄は照挙に礼をし、息を切らせながら「西乃国の軍隊が国境に集結しています。」と報告した。


「なんだと!なぜだ!どういうことだ!」


 照挙は、先ほどまでの項垂れた様子から180度変わって椅子から飛び上がると扇子をパシっという音を立てて閉じて、そう叫んだ。


 小鉄は、ビビりながら、「わかりません。ただ、、、」と言うと、下を向いて何かブツブツ続けた。


 照挙は、「ただ、何だ!」と今度は机の上を叩いて怒ると、「小高蓮が張麗をこちらに差し出すのを拒んだ時、理不尽な理由で、西乃国の民を拉致しようとした今回のことについて、西乃国皇帝は、これを西乃国に対する中ノ国の宣戦布告と受け取ったと陛下に伝えろと偉そうなことを申しまして。全く奴は何様だと思っているんでしょう。西乃国に行って待遇が良くなったんですかね、笑っちゃいますが自分が西乃国の皇帝だとも言ってました。とにかく陛下にそう言えばわかるって。偉そうに…」と小鉄が言ったものだから、照挙は今迄の勢いがなくなるだけでなく、真っ青になり頭を抱えてうろたえ始めた。


 今度は小鉄が、「陛下、どうされたのですか?」と聞く方になってしまった。


 照挙は立ち上がろうとしたが、まるで照挙の立つ地面がゼリーのようにふにゃふにゃになっている感じがして、うまく立てなかった。その場でふらついている照挙をオロオロしながら後ろから支えに来た北宦官に、「大至急宰相を呼び出せ。」と何とかそう言うと、照挙は「こちらには小春がいるのに、まさかそんな大胆な行動をすぐに起こすとは…朕は劉煌を見くびっていたかもしれない…」と虚ろな目で呟いた。


 ところが、北宦官が言われた通りに宰相を呼びに行こうと部屋から出ようとしたとき、今度は小朝が真っ青な顔をして部屋に飛び込んできた。


「陛下、京陵で暴動が起きています。」

 この報告も寝耳に水な照挙は、完全にパニックになってしまった。

「とにかく、市民を落ち着かせろ!いったい何があったんだ。」


 小朝がこれに答えず、なんだかんだとお茶を濁していると、北宦官に連れられて、血の気のない顔の宰相の本里思徒が部屋に飛び込んできた。彼は彼の皇帝の前でお辞儀をすることもなくいきなりまくし立てた。


「陛下、よりによって何てことを。先帝の民のために尽くせという言葉を忘れたのですか。」


 プライドの高い照挙はこの言葉にすぐ反応し、宰相を指さしながら絶叫した。

「何を無礼な。朕を侮辱するとは、もうお前は宰相でも何でもない。誰か。こいつを今すぐ処刑しろ。」  


 すると思い余った北宦官が、「陛下、それだけはお待ちください。この通りです。」と照挙にひれ伏して懇願すると、小鉄も小朝も跪いて「何卒、御考え直しを。」と愛訴した。


「うるさい!」


 威勢よく照挙が吠えていると、突然ゴーッという地響きが起こり、その場がガタガタと音を立てて激しく揺れ始めた。全員が、「すわっ地震?」と机の下に隠れようとその場であたふたしていると、なんとそこに木練を連れた小春が現れたので、その場の全員が、この揺れの正体を察してしまった。


 震源元の小春は、大きな地響きと地震を起こしながら鬼の形相で「お前ら全員すぐ出てけー!」と叫ぶと、小春の発した声音のすさまじい威力で、皇帝楼の扉はバタバタと倒れ、障子は全て破れた。


 その部屋にいた人間は全て両耳を押さえながら、皇后に会釈するとその場から逃げるように飛び出した。それに乗じて照挙も外に逃げようとすると、小春は、照挙に眼をつけながら、地響きを伴った低い声で「お前が出て行ってどうする。」と言って、照挙の髪の束を掴んで引っ張った。


 涙目になりながら小春に引きずられるままになっている照挙は、「お願い。小春ちゃん、離して。」と頼んだが、小春が離そうとしていないことを悟るとすぐに「このままだと朕は髪がなくなって、禿になってしまうよ。禿と一緒じゃいやだろう?」と小春が嫌がるだろうと思うネタで媚びを売った。


 それなのに小春はさらに成多照挙の髪の束を掴んでいる手のグリップを強め、「あんたが禿になろうが私の知ったこっちゃないわ。」と言って、さらに照挙を引きずりながら、部屋を出、廊下を進み、突き当りまで行くと、奥の部屋に彼を引きずり込んだ。


 小春は、奥の部屋の扉をピシャっと締めると、部屋の扉の前で立ち止まってかしこまっている木練に命じた。

「木練、この楼は全面封鎖した。私が言いというまで誰も出入りさせないように、楼の前に兵をつけて。」

「御意、皇后陛下。」木練はそう答えると、部屋の中から木練に助けを求める断末魔のような男の叫び声をガン無視して、廊下を滑るように玄関へと向かった。


 小春は、くるっと向きを変えて、今度は、照挙の方を向くと、照挙に顎で先帝の仏壇に向かって挨拶しろと言った。


 成多照挙は言われる通りにサーっと先帝の仏壇の前に正座してお線香を上げ、手を合わせた。


 小春は、その間もずっと粗い呼吸をしていたが、いつまで経っても仏壇の前から離れようとしない照挙に、堪忍袋の緒が切れて、また彼の髪の束を掴むと、仏壇の前から引きずり降ろした。


「ぼ、暴力反対!」


 と涙声で訴える照挙に、「は?これが暴力だったら、あんたがやったことは何よ!自国民にだってとんでもないことなのに、他国民でしかも私を助けてくれたのに、あんな酷いことするなんて、あんた、頭おかしいんじゃないの。」と小春がまくし立てた。

「いてて、言っていることがいったい何のことなのか全然わからないよ。」

 照挙はあくまでしらばっくれる気でいた。


 その回答に更に頭にきた小春は、荒荒しく照挙の髪の束を手放すと、今度はその勢いで倒れた照挙の側頭を足で踏んずけて「あんた、張麗を手籠めにしようとたくらんだろ!」と叫んだ。

この小春の勢いで、先帝の仏壇は壊れ、奥の部屋の扉は倒れた。


 成多照挙はもう破れかぶれになって叫んだ。

「そうだよ。それが何か?朕は皇帝だ。好きな女を妃にして何が悪い!」

 それを聞いた小春は、怒り狂い、自分が妊娠していることも忘れて、照挙を思いっきりボクシング用のサンドバッグにした。

 照挙は殴られ蹴られながらも自らの命も顧みず、勇敢にも「皇后がこんな野蛮人だから、別に妃を持ちたくなるんだよ!」と言ってしまったものだから、小春のこれでもまだちょろちょろにしか燃えていなかった火に完全に油を注いでしまった。


 小春は、さらに怒り狂いながら「どっちが野蛮人なんだよ!若い女を拉致して手籠めにしようって方がよっぽど野蛮人だ!それに、そもそもあんたがこんな馬鹿なことさえしなければ、私はこんな野蛮人になってないんだよ!原因はあんたなんだよ!」と叫ぶと、さらに、「あんたがしたことで、国民が戦々恐々としているんだよ。若い女たちやその親たちは、『ある日突然皇帝に拉致されて性的奴隷にされる』って噂で、京陵からこぞって逃げ出しているんだ。」と、今、最も旬な噂を一言一句たがわずに彼に伝えた。


「そ、そんな性的奴隷なんて、ちょっと言い過ぎでは…」照挙が頬をポッと赤らめて照れながらそう囁くと

「じゃあ、どういう目的で、張麗を連れてくるつもりだったんだよ!」と小春がどなった。

「それは、その…朕の妃に…」

「張麗は同意したのか?」

「それは、聞いてないけど…」

「そういうのを性的奴隷って言うんだよ!それじゃ、『ある日突然皇帝に拉致されて性的奴隷にされる』ってのは噂じゃなくて、本当だってことじゃないかっ!この馬鹿男!!」

 小春はそう叫ぶと、成多照挙の頬を思いっきりバシッという音を立ててひっぱたいた。


「あんたね、うちの国民が他に何て言っているか知ってる?『西乃国の皇帝が、これに怒って攻め入るのは当然だ』とも言っているんだよ。あんた、これの意味わかる?自国民が自国の皇帝を見捨てて、隣国の皇帝を支持してるんだよ!つまり、中ノ国は、もういつなくなってもおかしくないってことなんだよ。あんた米一つ炊けないくせに、ここの皇帝でなくなったら、いったい何ができるっていうのさ。すぐ餓死だよ。」


 小春はここまで一気に言うと、それまでの不動明王モードから菩薩モードに切り替わり、自分のお腹を愛おしそうに撫でて言った。

「この子は、あんたの子だよ。生まれたらどんなに父親のせいで国民から白い目で見られるかと思うと、私はいたたまれない。」

 すると小春の左目からスーッと涙が一粒頬を伝わって床にポトっと落ちた。


 小春の涙と共に、照挙の中の何かもポトっと落ちて、照挙は、突然姿勢を正してから正座すると、「小春、朕はどうしたらいいのだろう。国民はもう朕を見限ったのだろうか。」と聞いた。


 小春は、成多照挙に向かって振り返ると、今迄見たこともない寂しそうな顔をして、「わからない。ただ私の信頼は完全に失ったね。」とだけ言うと、倒れた扉を踏みつけて廊下に出、ただの一度も振り返ることなく皇帝楼を後にした。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ