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第五章 真成

いつもお読みいただきありがとうございます!


 その頃、張麗は男装して亀福寺に潜んでいた。


 そして張麗も亀福寺の本堂で、誰かが寺にやってきたことに気づいていた。

 というのも、寺の門がギーっという音を立てて開き、パタパタと人の足音が聞こえたからである。


 彼女は慌てて、本堂の中の一番大きな御本尊の薬師如来の後ろに行くと、できるだけ小さくなって身を潜めた。


 警戒しながら劉煌は、蝋燭に火を灯すと、本堂の扉をゆっくりと開けた。


 本堂の扉がギーっと開く音と、蝋燭の灯りが本堂を照らしたので、思わず張麗は薬師如来の後ろで益々小さくなり目をギューッとつぶり、呼吸を止めた。


 劉煌は本堂に入ると、すぐに薬師如来の後ろに人の気配を感じたが、鋭くなっている臭覚が、そこに隠れている人物こそ、彼の探している人物であることをとらえた。張麗とは裏腹に、警戒モードを解除しホッとした劉煌は、少しだけ本堂内を歩いただけでそのまま本堂から出、亀福寺の敷地からも出ると、わざと門を大きな音を立てて締めた。


 一方張麗は、侵入者が彼女を見つけることなく、すぐに寺から出て行った時点でホッと胸をなでおろしたが、それでも警戒モードのままその場から一歩も出ることなく、仏の加護が欲しいこともあって、薬師如来の後ろで一晩明かすことにした。


 寺の敷地外に出た劉煌の方は、まずすぐに街路樹に登り、木伝いに後方から亀福寺の敷地内に入りなおすと、寺の屋根に音もたてずに飛びのり、そこで一晩明かすことにした。


 夜のとばりが降り、集落に蝋燭の明かりがともってから数時間もしないうちに辺りは真っ暗になり、光源は月と星しかなくなった。

 良いことのなのか悪いことなのかわからないが、伏見村は何年経っても変わらない。

 よく言えば穏やかな、悪く言えば時代から取り残されたかのような場所だ。

 恐ろしいほど平和な夜なのに、劉煌は屋根の下に潜んでいる彼の探し人のことが気がかりで、結局一睡もできなかった。


 人間がどんなに心を惑わされるようなことが起きても、太陽と地球の関係は変わることはない。

いつものように日が昇り、何事もなく朝がやってくると、本堂で一晩、やはり眠れぬ夜を過ごした張麗は、ふーっと大きなため息をついてから、まず薬師如来の前に移動すると、正座になり、手を合わせて昨晩のご加護の御礼を言った。


 彼女はすぐに予定通りの行動に移った。

 なにしろ迷っている暇は彼女にはないのだ。


 張麗は、本堂の扉の隙間から外の様子を伺うと、右左と見た。

 彼女は、そこに誰もいないと確認すると、扉を静かに開けて、本堂を後にした。本堂から一直線に門まで速足で歩いて来た張麗は、そのまま門を開け、外に出て歩き始めた。


 その様子をずっと屋根の上から見ていた劉煌は、”なるほど、男に化けたのか。”と感心しつつ、さらに本堂の屋根の天辺まで来ると、片膝をついて座り、張麗の行先を目で追った。そして彼女が丘に登って行くのがわかると、すぐに屋根から飛び降りて彼女の後を追った。


 ~


 張麗は、丘の上で夢中になって薬草をつんでいた。


 薬草マニアにとって、ここは天国と言っていいに等しい。

特に、他国では取れない金根草を中心に、背負った籠の中に摘んだ薬草を片っ端から入れていると、もう二度と聞くことはないであろうと思っていた声が、彼女の背後から響いてきた。


「やっぱりここに来たね。」


 その声を聞いた途端、張麗はその場で全身の血の気が引き、固まってしまった。


 ”さすが劉煌殿。あの死体に騙されなかったのね。”


 しばらく両者とも、同じ所で同じ格好のまま黙っていた。


 先に口を開いたのは、やはり劉煌だった。


 彼は、「さあ、早く家に帰ろう。皆が心配しているぞ。」とサラッと言った。


 張麗はいたたまれなくなって、劉煌に背を向けたまま立ち上がると、「私はあなたの元へ行くべきではありません。また皆さんにご迷惑をかけるだけになってしまうから。」と、俯きながら囁いた。


 劉煌は驚いて、「何を言っているんだい?何が迷惑なの?僕こそ君に迷惑をかけたじゃない。でも君は僕を救ってくれたでしょ。もし君が迷惑をかけるなら、今度は僕が喜んで君を救うよ。」と1歩彼女に近づいてそう宣言した。


 それを聞いた彼女は、突然彼の方を振り向き、彼に目を合わさずに下を向いたまま叫んだ。

「馬車が襲われたのは、私のせいです!賊は私を狙っていたのです!もう相手に私がどこにいるのか知られてしまった!これ以上西乃国にご迷惑をおかけすることはできません!」

そして突然その場にひれ伏すと、心底苦しそうに続けた。

「西乃国劉煌皇帝陛下、この度は誠に申し訳ございませんでした。何卒、何卒、ここで私を見なかったことにして、この場からお引き取りくださいませ。何卒、何卒。」


 ”そうか、君も僕が誰なのか気づいたんだね…”


 劉煌に迷いはなかった。

 彼は、彼女の元に駆けよると、彼女の手を優しく取った。

 しかし、彼女は俯いたままで決して顔をあげようとはしなかった。


 その様子を見た劉煌が彼女の頭の天辺を見ながらおもむろに囁いた。

「どうして馬車が襲われたのが君のせいだと思うの、簫翠蘭。」


 それが耳に入った彼女は驚ろきのあまり顔を上げてしまい、その大きな目を更に大きくして劉煌を凝視した。


 仰天して口を少しだけ開けたまま声もでない彼女に、劉煌は彼女の手をとったまま優しい眼差しを向けて見つめると、「以前朕が言った言葉を覚えている?君の力にならせてほしいって。あの時はまだ君が誰だか知らなかったけど、君が本当は誰なのか知った今も、その気持ちに全然変わりはないよ。」と、嘘偽りない心の底からの彼の気持ちを伝えた。


 彼の気持ちはストレートに彼女に伝わったようだった。

何故なら、彼女が、下を向いて声を押さえ肩を震わせながら涙を流し始めたから。


 彼女の心の中では、彼の気持ちを受け入れたい自分と、そうした場合に、劉煌をはじめ今では彼女の友人になった彼の側近達にどれほどの被害が及ぶのか、下手をすると国家レベルの問題になりかねない問題だと思うと、絶対に彼の気持ちを受け入れてはいけないという自分とが葛藤していた。


 彼女はようやく泣きながら、「でも…」とだけ漏らすと、劉煌は彼女の手を離し、彼女の両肩を掴むと真剣な眼差しで彼女を見つめて、「朕は西乃国の皇帝だ!好きな女一人守れなくて、国が守れると思うのか?」と叫び、彼女を抱き寄せた。


 空に浮かぶ太陽は、いつの間にか彼らの頭の天辺を照らすようになり、風はその勢いを緩めて、木々の葉を揺らす音は柔らかくなってきていた。


 劉煌の胸の中で簫翠蘭は、泣きながら、このまま時が止まってくれたらと思っていた。


 いったいそのままの状態でどれだけいたのだろうか、今度も劉煌が彼女の耳元で囁いた。

「ここも危険だ。一刻も早く西乃国に戻ろう。西乃国にさえ入れば、敵はそう簡単には君に手出しできない。大丈夫だ。朕に任せて。」


 彼女は顔を上げて彼を見つめた。


 そして目からとめどなくあふれる涙を拭くことさえ忘れて、嗚咽しながら、とぎれとぎれに、「本当、、に、、、、よろしい、、のでしょう、、か?」と聞いた。


 劉煌は下を向いて、今、自分の胸の中で震えながら彼を見つめ返している彼女の頬を伝わる涙を、彼の大きな掌で優しくぬぐいながら、「皇帝に二言はない。」と、ハッキリと力強く答えた。


 ~


 劉煌と簫翠蘭は、それぞれ百姓の装いで道なき道を進み、西乃国との国境を目指して歩いていた。


 劉煌は昔よくこのルートで西乃国に偵察に行っていたことから手慣れたものだったが、簫翠蘭にとって、草を掻き分け、足元を探りながら歩くのは至難の業だった。それでも何とか無事国境付近にたどり着くと、劉煌は立ち止まって、そこで彼女に彼が担いできた籠の中に入るように指示した。


 簫翠蘭は、なぜ関所を通るのに籠の中に隠れなければならないのか眉を潜めて劉煌に問うと、劉煌は彼女に向かって最高の笑顔を見せて答えた。


 「君が魅力的過ぎるからだ。」


 翠蘭は劉煌が言っていることの意味が全くわからず、さらに怪訝そうな顔をしていると、劉煌は一転ムカムカしながら説明し始めた。

「成多照挙が君を側室にと狙って、関所に人を配備しているのさ。最もそのおかげで君がいなくなっていることがわかったんだけど。さあ、キツイかもしれないけど、少し我慢していて、関所を越えれば何人(なんぴと)も君に手出しできないから。」

 あまりに浮世離れした話を聞き、何かの間違いではないかと混乱している彼女を、彼はとにかく早く籠に入るよう促した。


 翠蘭がおそるおそる劉煌の手を借りながら籠に入ると、なんとその籠は二重底になっていた。


 それの下の段は、人が座って隠れる十分なスペースがあり、上1/3は物を入れて下に入っている人が見えなくなるような構造になっていた。


 劉煌は、下段に入った翠蘭に向きを指示して座らせると、区切り板を彼女の上から乗せ、上の段にさっき摘んだ山のような量の薬草を詰め込んだ。


 劉煌は、籠に向かって、「これから籠を背負うよ。中で不安定になるかもしれないけど、動かず我慢していて。」と伝えると、「さんはいっ」と掛け声をかけてから籠を担いだ。すると、ちょうど劉煌の背中と籠の中の翠蘭の背中とが背中合わせになるような向きになり、翠蘭としては持ち上げられても思ったほど不安定ではなく、入った時のように、両足首を手で掴みながらずっと息を潜めた。


 関所では、小鉄が成多照挙に張麗の死を報告したからなのか、はたまた劉煌が薄汚い農民の恰好をして薬草を背負っているだけだからなのか、特に前日のような張麗に関するチェックは無かった。


 無事国境を越えても、劉煌はまだ籠を降ろすことなく歩いて先を急いだ。


 関所から西乃国京安までの一本道は、しばらく山に沿って続く。


 劉煌が山に沿った道のカーブを曲がり、関所から死角になった所に出た時、彼は見慣れた馬車が停まっていることに気づいた。


 西日も強くなっていた事から、劉煌が目の上に手をかざしてその馬車の御者を見ると、それはなんと思いがけず留守中の一切をまかした孔羽だった。


 百姓の格好をしていてもそれが劉煌だとすぐに気づいた孔羽は自慢げに、百姓に向かって叫んだ。「オッズでは、ここの関所を通るって低かったんだけど、僕はここから帰ってくると思っていたよ。さあ、早く乗れ。知らなければならない事項が山ほどある。着いたら、亮兄らの怪我も診なきゃならないだろう。帰りの車中位僕の話を聞け。」


 馬車の傍までやってきた劉煌に、乗車の手助けをしようと孔羽は親切に手を差し出した。

 しかし、劉煌は、重いからやめておけと言って、孔羽の手を払いのけると、籠を担いだまま馬車にひょいっと飛び乗った。そしてそのまま孔羽の横を通り過ぎて馬車の中に入り込むと、籠をまるで大切な物でも扱うかのように静かに優しく置き、次に素早く籠の上の段を取ってそれをポイッと投げやった。それから彼は籠の中に手を入れ、翠蘭の手を取って彼女を車内に出した。


 劉煌は、微笑みながら翠蘭に向かって「君はここでゆっくりしていなさい。」とだけ優しく言うと、前のカーテンから表に出て、今度は孔羽に無表情で「出してくれ。」と命じた。


 孔羽はカーテンの隙間から中を覗いていたので、籠の中から張麗が出てきたことに驚いて「なんだ、張麗さんを籠に隠していたのか?どういうことなんだ?」と、動いている馬車をもろともせず、腰を屈めながら自分の隣に座った劉煌に聞いた。


 それに劉煌は、孔羽に「いい質問だ。」と回答すると、続けて「西乃国は中ノ国から宣戦布告を受けた。帰ったらすぐ軍を招集して、中ノ国との国境全てに軍を配備する。」と淡々と語った。この回答に孔羽は文字通り仰天してしまい、危うく馬車を横転させるところだった。


 孔羽は張麗に聞こえないように小さな声で、眉をひそめながらまくしたてた。

「それって、どういうことだよ。軍を配備するって。皇帝になったらもう戦争はしないってあれだけ言っていたじゃないか。」

「朕からは戦争はしかけない。だが、成多照挙が戦争を仕掛けてきたのだ。黙っていれば承服したと勘違いされかねない。西乃国は法治国家だ。中ノ国の好きなようには絶対させない。」

 孔羽の方には一切振り向かず、正面を睨みつけ歯ぎしりをしながら劉煌がそう口にした時、孔羽はその気迫に圧倒されて震えあがってしまった。


 馬車を引く馬に鞭うちながら孔羽は青ざめて尋ねた。

「いったい、何があったんだよ。宣戦布告ってどういうこと?」


 劉煌は今度は孔羽の方を振り向いて、昨日の関所で小鉄に張麗を引き渡せと言われたことをあらいざらい全て話した。


 すると、孔羽は一転して真っ赤になって怒り出した。

 「それは酷い。それって私欲のために、他国の民を皇帝自ら難癖つけて拉致しようとしたってことじゃないか。そうじゃなくても、劉操から命救ってやったのによー。今回だって他国の皇帝に泣きついて皇后の治療までさせたくせに、全く中ノ国の皇帝はなめているな。確かにそれは成多照挙を威嚇する必要があるな。わかった。明日の朝政は任せてくれ。僕が全面的に支持するから。」

 彼は、両手で握っていた馬の手綱から片手を離し、劉煌の手とガッチリ組んだ。


 劉煌は、彼の方を孔羽が見ていないことを知っていながら孔羽の方を見て礼を言ってから「では、この2週間の報告を聞こうか?」と切り出した。


 孔羽からの報告は、皇帝が長期留守にしている不満、山の調査の成功結果が出ていないことへの不満、新医療施設の計画の遅れへの不満、不満、不満、不満の嵐だった。

彼は「とにかく、皇帝が遊びに行っていると思っているんだよ。」と締めると、はあと大きなため息をついた。


 孔羽が困った顔をしている中、劉煌は笑いながらそれに応えた。

「殆どがその根底に金の不安があるんだろう。まだ国内の山で金山は掘り当てていないが、中ノ国から西乃国への金脈は繋げたぞ。」 


 そう言って彼は中ノ国での美容製品商談の話を始めた。


張麗の正体が明らかになりました。

お読みくださっている方の御想像通りだったでしょうか?


お話はまだまだ続きます。

またのお越しを心よりお待ちしております!



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