第五章 真成
賊に襲われたことで、潜伏先がバレたとわかった簫翠蘭は一人で逃亡するも、馬に襲われて死んでしまった。。。
劉煌は小鉄が馬で走り去り、彼が見えなくなってから、もう一度遺体の所に引き返した。
”今回もうまく死を偽装したな、張麗、いや、簫翠蘭!”
”君は、ここで死体の服を脱がし自分の着物を着せ、死体の髪を結って自分の簪をつけ、さらに馬に死体の顔、胸と陰部を踏ませるという高等技をやってのけたのだ。普通なら馬にこんな正確な芸当をさせることはできない。だが、君なら馬にこれくらいさせるのは朝飯前だろう。そして普通の人なら、これで君が死んだと思うだろうが、私の目は誤魔化せない。この遺体は男だ。”
”張麗、もとい 簫翠蘭。君はどこに行ったのだ?なぜうちに帰りたいと言いながら、うちに帰る途中で逃げたりしたんだ。”
”それとも東之国に帰るつもりなのか?それなら、なぜ、早く西乃国に戻りたがったんだ。”
”とにかく成多照挙の支配する中ノ国に彼女がいるのは危険だ。”
そんな思いで佇んでいた劉煌だったが、ふと顔をあげた瞬間、はるか前方に百姓が鍬を担いで歩いているのが見えた。一度その百姓から目を外し、またその方向をチラッとみた劉煌は、いるはずの百姓がいなかった。すぐに警戒モードに入った劉煌は、目玉だけ左右に動かすしてその百姓を探した。そして彼の視界の右端に普通ではありえないほどのスピードで歩みを進めているその百姓の姿をとらえると、彼はハーっと息を吐いて怒らせていた肩を降ろした。
「何だよ。来てるって聞いたから、訪ねてきてくれるかと楽しみにしてたのによ。」
アッという間に劉煌の横にぴったりついた百蔵がむくれた顔をしてそう言うと、劉煌は笑いながら「だってお陸さんから首って言われたし、、、」と言い訳した。
「そんなの建前だって、知ってるくせに。ま、いいや。それより、召し抱えの話だけど。」ここまで言うと、百蔵は改めてあたりを見まわして、「ひやー、まあ、ここは死体だらけだね。どうしたんだろう。ま、いいや、そんなこと。その、ね、あれ、西乃国で召し抱えてくれるって話、あれまだ生きてる?もう誰か召し抱えちゃった?」と劉煌に聞いてきた。
「まだだけど。」劉煌がそうあっさり答えると、百蔵は歯を見せながら、「じゃあ、俺を召し抱えてくれない?」と恥ずかしそうに言った。
「でもいいのか?土地を離れたくないって言ってたじゃないか。」と、劉煌が心配そうに聞くと、思いがけず百蔵が顔を曇らせ「もうほとほと嫌になったんだ。」と右下を向いて言い放った。
すぐに劉煌はニヤリと笑うと「いつでもおいで。」と答えた。
それに百蔵もニヤリと笑うと、「じゃあ、召し抱え記念に、ここ片づけておくわ。何か注文ある?」と言って、足元に転がっている遺体の山を指さした。
劉煌は、百蔵に後始末を頼むと、一路伏見村を目指して馬を走らせた。
勿論、張麗を探し出すためである。
あれだけの医師であれば、あの伏見村の丘の自然薬草群生に薬草を摘み取りに行かないはずはないと踏んだのである。
劉煌が馬に乗ってしばらく経つと、後方から風に乗って煙のいがらっぽい臭いが漂ってきた。
馬を走らせながら、慌てて手拭いで口周りを覆い、後ろを振り返ると、西乃国の馬車が賊に襲われた場所付近から、真っ赤な炎と真っ黒な煙が、空高く舞い上がっているのが見えた。
”百蔵さん、相変わらず仕事早い。”
そう思うと、帰国後彼に頼みたい仕事がすぐに頭に浮かんできて、劉煌は一人馬にまたがりながら、ニヤリと笑った。
劉煌が伏見村に着いた時は、もうとっぷり日が暮れていた。
劉煌は、昔の自分の家で伏見村の小高蓮の着物に着替えると、頭に百姓用の頭巾をつけてまた外に飛び出した。
劉煌が丘に向かって歩いていると、偶然、村長が家から出てきたのにでくわした。
すぐに劉煌は村長に張麗が来なかったか尋ねた。
「来てないよ。ただ、知らない若い男は来たけど、もう出ていっちゃったよ。まったくどうして私みたいないい女を置いて行っちゃうかね。」
相変わらずの村長の的外れな回答に、劉煌は目玉をひっくり返しながら村長に礼を述べ、薬草の丘を目指した。
劉煌は期待に胸を躍らせながら丘に登ったものの、そこには誰もいなかった。
それどころか、その場の植物も詳しく見て回ったが、摘み取られた形跡は全くなかった。
”絶対ここに来ると思ったのだが、読みは外れたのか?”
劉煌は途方に暮れて丘の上に佇んだ。
”いったい、君はどこに行ってしまったのだ?”
気が付けば、すっかり太陽が水平線上に姿を消そうとしていた。
劉煌は、勘が外れたことに苦笑いしながら丘を降り始めた。
”あの場所から馬に乗って行ったとなると、今日中に到達できるのは、ここでなければ京陵、豊川村か最上村。。。”
頭に中ノ国の地図を描き、そう考えながら歩いていた劉煌は、気づくと村はずれの亀福寺の前に来ていた。
”全く丘から降りると、ついここに来てしまうな。”
劉煌は懐かしさもあって、亀福寺が留守であることをいいことに男の姿のまま男子禁制のこの寺の門をギーっと音を立てて開けた。
ところが、その瞬間、劉煌の目に見えない触覚が動き始めた。
”誰かいる!”
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