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第五章 真成

劉煌を巡る三角関係はさらにヒートアップしてしまい、、、

 帰りの馬車では、後ろに白凛が張麗の肩を抱いて座り、馬車のバランスを保つため梁途と劉煌が馬車の左右に座った。帰りの馬車でも劉煌がすぐに眠りにつき、白凛と張麗は難しい顔をして無言で座っていたので、梁途も話せる雰囲気でないことを察し、彼の耳に入る音は馬車の車輪が回る音と馬の足音だけだった。そのまま時が経ち、一行が恙なく国境まで後残り1/4位の場所に差し掛かった時、それは突然起こった。


 左右の林の中から賊が現れ一行に襲い掛かったのである。


 西乃国の護衛は前後に馬に乗った禁軍兵士10名ずつが守っていたが、如何せん、100名を超える大人数に一気に囲まれたのであるからたまらない。


 梁途と白凛はとっさに席から立ち上がると、脇差に手をかけながら、無言で瞬く間に馬車から飛び出し、劉煌は血相を変えて、張麗の腕を掴むと馬車の座席の座面を荒々しく持ちあげ、その中に彼女を押し込み、今まで彼女の前でしたこともないとても怖い顔で「いいと言うまで出てくるな!」と命令するや否や、そのまま彼もあっという間に馬車から飛び出した。


 鳴り響く金属音が、少しずつ馬車から遠のいていることに気づいた張麗は、座席の下から座面を持ち上げてそっと馬車の中をうかがい、誰もいないことを確認すると、そのまま座面を持ち上げおそるおそる座席の下から出た。張麗は馬車の前のカーテンの所まで音を立てないように歩いてくると、隙間からそーっと外をうかがった。


 外では、キラキラ輝く光に照らされて、味方1人がだいたい5人の敵と戦っていた。剣と剣が激しくぶつかり合い、キーン、ゴンッ、キカーンという鋭い金属特有のぶつかり合う音がそこら中で木霊していた。張麗の目は無意識に小高蓮を探していたが、あろうことか最初に彼女の目に入ってきたのは、思いもかけない、彼女の過去の亡霊だった。


 ”あれは叔父上の側近の楊偉人!” 

 ”やっぱり、師匠の言う通り、叔父上が黒幕だったのか!”

 ”何も言ってこなかったけど、叔父上は、今日の祭典で、私だってわかっていたんだわ。”


 張麗がそのことに愕然としていると、目の前で、敵と剣を交えている小高蓮が白凛に向かって「お凛ちゃん、梁途を!」と叫び、それに呼応して「わかったわ。でも、太子兄ちゃん、気を付けて!」と、白凛が言われた通り倒れている梁途の元に駆けつけながら小高蓮にそう叫んで返事をしている情景が繰り広げられた。


 ”凛姉ちゃんが、小高御典医長のことを太子兄ちゃんって呼んだ。”

 ”やっぱり、小高御典医長は劉煌殿だった!”


 そう確信して思わず上を見上げると、黄金色の龍が風を起こして敵をなぎ倒していた。

 ”だから、あの龍が側にいるのね!”

 張麗がその場で、この数分内で知った情報量の多さに愕然としていると、前方から馬のひひーんという鳴き声と共に数十騎の馬がドドーと地面を蹴る音が迫ってきた。


 張麗が見ていると、その音を聞いて、賊のうちの何人かが剣を振り上げ、ワーと言う掛け声をあげながら馬の方に突進していった。


 そして、突然、「お凛ちゃん!危ない!」という聞き覚えのある低い声が響くと、白凛の絶叫があたりに木霊した。


 張麗は、怖くなってそのまま後ずさりすると、座席の座面を引き上げて、素早く座席の中に入ってうずくまった。


 ”私のせいで、襲われた。”

 ”この前は一緒に住んでいる人達に迷惑がかかり、今度は西乃国の皇帝とその側近に…”


 張麗はいたたまれなくなって、目をギューッとつぶると、両手で耳を塞いだ。

 それでも、外の激しい戦闘の音は、容赦なく彼女の耳を襲った。座席の下で張麗は震えながら泣いていた。

 そうこうするうちに、あたりから剣と剣がぶつかり合う音が消えてなくなった。

 張麗はまだいいと言われていなかったが、おそるおそる座席の下から出てくると、馬車の前に静かにやって来てそーっと外の様子を見た。


 暗い中に長くいたこと、西日がきつかったことと、自分の涙で、張麗が外を見ても、最初は、ぼやけてあたりの様子がよくわからなかった、が、次第に目が慣れてくると、彼女の目に最初に飛び込んできたのは、思いもかけない光景だった。


 それは、腹から血を流して倒れている李亮、その彼を必死に手当をしている劉煌と、その横で泣きながら李亮の手を握っている白凛の姿だった。


 張麗は慌てて手の甲で涙を拭くと、医療用具箱を持って馬車から素早く飛び降りた。


 そして、すぐに李亮を挟んで劉煌と反対側に跪き、「押さえます!」と言って、劉煌の手が掴んでいる傷口を抑えている布を一緒に掴んだ。劉煌は頷くと、李亮の腰を高くしてから、張麗の持ってきたケースを開けて中に手を突っ込んだ。それを見た張麗はすぐに劉煌が縫合の準備をしていることに気づくと、誤って彼自身を傷つけないようにと李亮の口に丸めた手拭いをいれた。それを見た白凛が動揺して「何をするの!」と悲鳴を上げたが、劉煌は箱から出した針に糸を通しながら、冷静に「李亮が動かないように抑えておいてくれ。」とだけ言うと、痛みで苦悶する李亮に、「すぐ終わる。頑張れ!」と叫びながら傷口を素早く縫っていった。


 李亮の処置が終わると、劉煌はすぐにその場を離れ、他の負傷者の手当に向かった。張麗は、白凛の肩に手を当てると、白凛はすぐに振り向き、すがるような目をしながら震える声で「大丈夫よね。」と言って張麗を見上げた。


 張麗は何と言ったらいいのかわからなかったが、白凛の後ろに座ると、白凛の肩を抱きしめ、「きっと。」とだけ言った。


 そう言った後にようやく周りを見渡すと、まず、敵は見える範囲では全員倒れていた。


 味方に死者は出ていないものの、禁軍統領の梁途をはじめ、ほとんどがかなりの重傷だった。


 ただ、その中でも何故か劉煌だけは無傷のようで、白凛も腕に切り傷を負っているが、全く大したことはないようだった。


 張麗は、優しく白凛の肩に置いていた手で彼女の肩に圧をかけると、「凛姉ちゃんも、傷の手当をしないと。」と囁いた。白凛は今度は全く振り向きもせずに、ただ1回だけ頷いた。それを同意とみなした張麗は、その場を離れ、劉煌の横に置いてある箱から化膿止めの膏を取り出すと蓋を開けて、指で中身を一掬いし、蓋を締めてから取った膏を掌に移しながら白凛のところへ戻った。


 劉煌は黙々と兵士たちの傷を次から次へと縫っていたが、張麗が彼に追随すると、彼は骨折した兵士の治療に向かい、劉煌は兵士の折れた腕を掴んだ。「ギャー」というあたり一帯をつんざくような兵士の悲鳴が続く中、劉煌は黙々と次から次へと接骨した。劉煌の後を追うように張麗が、接骨が終わった患部に添木をあてると、劉煌は自分の着物を引きちぎって患部を固定していった。


 これで、劉煌と張麗の二人で全員の救急治療は終わり、手を貸して大将軍と重傷の禁衛軍兵士を馬車に乗せると、白凛が馬車の前を警護する馬に乗り、劉煌が馬車の御者役を引き受けた。


 劉煌が張麗に馬車に乗るよう手を出すと、張麗は馬車の後ろの馬に乗ると言いだした。


 たしかに野郎ばかり乗った馬車に女の子が同乗するのは気が引けるだろうと思った劉煌は、伏見村までの彼女の馬術を思い出し、張麗に後ろの馬に乗る許可をだした。兵士たちの怪我の手当はあくまで簡易的な応急処置であることから、一刻も早く帰国したい彼らは、すぐにそこから出立した。


 そういうアクシデントがあったため、国境の関所に到着したのは、予定より遅れたが、国境の向こう側には、李亮が待機させていた軍が睨みをきかせていた。

 とにかくここの事務手続きが終われば国に戻れるので、一安心、と思っていたのに、何故か関所の中から中ノ国の禁軍統領の小鉄が現れ、こともあろうに、張麗を引き渡せと言ってきたではないか。


 劉煌がどういうことかと聞くと、とにかく皇帝命令で張麗だけは帰国を許さず中ノ国に勾留するという。怒った劉煌はそんな理不尽な要求はのめないと一歩も食い下がらないでいると、小鉄はなんだかんだとお茶を濁していたが、最終的には「そうだ。スパイ容疑だ。」と難癖をつけてきた。


 そして小鉄が馬車を囲め!と指示した時になって初めて、皆、張麗がそこにいないことに気がついた。


 小鉄は「どこに隠した!」と叫べど、張麗はおらず、劉煌は劉煌で「途中で馬が動けなくなったのかもしれない。」と呟くと、瞬く間に白凛の馬に飛び乗って、今来た道を猛スピードで戻っていった。小鉄は「あとの奴は行っていい」と言うと、やはり馬に乗って、猛スピードで劉煌の後を追った。


 白凛が馬車を走らせ国境を越えると、それをみた西乃国軍の将軍が白凛に敬礼した。

 白凛は敬礼に応えもせず、「誰か、馬車をお願い!あと軍医がいたら馬車に乗って!」と叫ぶと、すぐに馬車の中に飛び込んで意識の無い李亮を抱き寄せた。幸い軍医もいたので、軍医も馬車の中に飛び込むと、傷ついた兵士達を乗せた馬車は、西乃国の京安を目指して出発した。


 ~


 劉煌は、先ほど襲われた現場の近くで張麗が乗っていた馬がウロウロしているのを見つけると、すぐに馬から飛び降りて、張麗の名前を連呼しながら、あたりを探した。


 やがて、小鉄がやってくると、小鉄はその場の光景に思わず息を飲んだ。


 そこには、少なくとも百近くはあろうと思われる人間の死体が散らばり、その周りを取り囲むように、主を亡くした馬たち数頭が足踏みをしていた。


 小鉄はその中に劉煌を見つけると、すぐに茫然と立ち尽くしている彼の横にやってきた。


 「小高蓮よ、張麗さんを陛下に差し出してくれよ。頼むよ。」と、小鉄は今度は関所での態度とうって変わって、昔の友達にお願いモードに切り替わった。


 劉煌は、その小鉄を無視すると、苦悩に満ちた表情で、おずおずと顔等数か所を潰された遺体の側に跪いた。


 その遺体の周辺の遺体も何体かは潰されていて、潰された跡の大きさから、おそらく死体の上で馬が暴れたものと思われた。


 小鉄は、手を合わせ「もう、小高蓮。頼むよ。」と言いながら、劉煌の側に屈むと、彼が凝視している遺体を何気なく見た。


 小鉄は、その遺体の髪に女性用の簪が付いていることからそれは女だろうと思った。

 そして、その遺体をよくよく見ると、着ている着物が、皇宮で見た張麗の物に酷似していることに気付いた。

 小鉄は、「まさか。」と言って慌てて劉煌の方を振り向くと、彼は真っ青な顔をして震えていた。


 小鉄はもう一度遺体の潰された頭部を見ると、途端に吐き気を催し、馬の所に駆け戻っていった。


 小鉄は、自分の腹の中の物を全て口から吐き出すと、もう一度その遺体の方を振り返った。すると、小鉄の目には、劉煌が手を震わせながら、彼の手をその遺体の頭に近づけている姿がうつった。


 小鉄は、それを見て、はあと大きなため息をつくと、「俺は帰って陛下に報告するわ。」と言った。


 すると、突然劉煌が低い声で「お前たちが襲ったのか?」と聞いてきた。


 小鉄が「は?」と聞こうとした時にはもうすでに劉煌は彼の目の前にいて、小鉄の襟を荒々しく掴みながら、「お前たちが襲ったのか!」と大声で叫んだ。


 小鉄は慌てて、「何のことだよ。」と自分の襟を掴んでいる劉煌の手を振り払おうとしながら言うと、劉煌は小鉄に向かって「待ち伏せして、ここで襲っただろう!」と叫んだ。


 小鉄はそれに驚いて、「何のこと言っているのかわからない。ただ、陛下は張麗さんだけ関所を通さず連れて戻ってこいって。」と困ったように言うと、劉煌は、「僕たちはここで賊に襲われた。それでもしらばっくれるのか!」と叫んだ。


 小鉄は困り果てて「賊なんて知らないよ。本当だ。陛下はただ張麗さんを妃にしたいだけなんだ。」とつい本当のことを喋ってしまった。


 あまりにも想定外の回答で、劉煌は思わず小鉄の襟を掴んだ手が緩んでしまい、その隙に小鉄は劉煌の手を払いのけて自分の襟を正した。


 「もー小高蓮、これ内緒だからな。」と前置きしてから小鉄は話し出した。

 「張麗さんがあまりにも死んだ陛下の初恋の人に似ていたのが、そもそもの問題だったんだよ。俺らも本当は困っているの。皇后がこれを知ったら、どんなに暴れるかと思うとさ。だから、悪いけど、ここで死んでくれたのは俺たち正直助かったよ。」


 小鉄は最後に余計な一言を入れてしまったので、劉煌の逆鱗に触れてしまい、せっかく襟元を正したのに、先ほどよりも更に強く激しくきつく、しかも両手で襟元を劉煌に掴まれてしまった。

 

 「く、苦しい…」

 劉煌はそれを無視して、「陛下の初恋の人って誰だ!」と聞くと、小鉄はすぐに東之国の皇女の故簫翠蘭だと白状した。


 劉煌は小鉄の襟元から荒荒しく手をどけ、「いいか、小鉄、帰ってお前の陛下にこう伝えろ。恩を仇で返す成多照挙に、西乃国皇帝の劉煌は心底嫌気がさしている。理不尽な理由で、西乃国の民を拉致しようとした今回のことについて、西乃国皇帝は、これを西乃国に対する中ノ国の宣戦布告と受け取ったとな!」と叫んだ。


 小鉄は小高蓮が劉煌であるということを知らないので、ぷっと苦笑すると、「一介の御典医が偉そうに。」と吐き捨てた。


 劉煌は左の口角だけ上げて、ニヤリと笑い「一介の御典医は実は西乃国の皇帝なのだよ。お前がわからなくても、お前の皇帝にそう言えばわかるさ。」と言ってから大声でハハハと笑うと、さらに「さっさと行け。必ず朕の言ったことも報告するんだぞ。」と語気を強めて言った。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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