第四章 過渡
劉煌はまた中ノ国に戻ってきました。
劉煌・小春・照挙の因縁の三角関係の行方はいかに
そして新たに、小春・劉煌・張麗も三角関係のきざしが、、、
どうぞお楽しみに。
その頃、中ノ国の皇帝楼では、中ノ国皇帝の成多照挙と小高蓮になっている劉煌が話し込んでいた。
照挙は本当に小春が心配でならないようで、何とかならないかと自分の体裁を繕うことなく劉煌にすがった。
いつも、『どれだけ自分がカッコ良いか』にこだわっている照挙なのに、
「始めは、初期だから悪阻で食べられないのは当たり前だから、そのままでいいって言われたんだ。それに小春はぽっちゃりだろう? 細くなった方がいいんだって、ぽっちゃりの方が妊娠中は危険だって言われて、、、だから食べられないのはちょうどいいんだって言われたんだ。何しろ、君もよく知っているだろう、小春が食べだすと止まらないって。」
そう一気に話すと袖で涙をぬぐった。
「それでも、小春は食いしん坊だから、吐いても吐いても食べてたんだよ。だけど吐くから身につかなくて、どんどん痩せて、それでも食べてたんだよ。だから、心配だったけど医者もみんな大丈夫だって言うから、言う通りにしてた。それでも心配だったから、つい君に早く来て診て貰えないかって書いたんだ。でもこの数日で様子がとんと変わってしまって、すぐお義母さんに来てもらったけど、全く食べなくなって、寝てばかりになったんだ。」
そう言い終わるや否や照挙はテーブルに突っ伏してオンオン言って泣き始めた。
劉煌は、そろそろと照挙の側迄行くと、照挙付きの北向宦官を下がらせて、成多照挙の背中をさすった。
劉煌はしばらく無言で彼の背中をさすっていたが、「とにかくさ、私も張麗も、小春が全快するよう全力を尽くすから。」と優しく照挙に言うと、照挙はすぐに頭をあげ、「誰が私の皇后を小春って呼び捨てで呼んで良いって言った?」とキッとしたので、劉煌は呆れた顔をして、「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう。」と言って、はああと大きなため息をついた。
いっこうに泣き止まない照挙をしばらく見守ったのち劉煌は、優しく彼に問いかけた。
「じゃあ、さっき提案した治療方針で進めていいかな?」
すると、照挙は泣き止んで「何でもいいから、小春を治してくれ。」と言ってから、またえーんと泣き崩れた。
劉煌は照挙から欲しい回答を得たので、困り切っている北向宦官に彼を任せて、すぐに小春の待つ皇后楼に向かった。
一人になって落ち着きを少し取り戻した照挙は、鼻水をすすりながら、「ところで張麗って誰?」と北向宦官に振り向いて呟くと、彼は困った顔をして「さあ。」と言って首を傾げた。
~
一方、皇后楼では奇跡が起こっていた。
意識不明だった小春が、目に見える治療を何もしていないのに目を覚ましたのである。
これには、清聴も驚いて、大笑いを止めて、自分の娘に飛びついた。
「何でだろう?」
と、嬉し涙を流しながら言う清聴に、張麗が大真面目な顔をして「『笑う門には福来る』ですね。」と言って、小春に近づき「西乃国靈密院の医師張麗と申します。成多照挙皇帝陛下の命で、小高御典医長が皇后陛下の御診察をされますので、そのアシスタントで参りました。どうぞよろしくお願いいたします。」とずっと頭を下げながら礼儀正しく言った。
「あ、そこの彼女、頭を上げて。え、蓮の?じゃあ、蓮は来てるの?」
小春はそう言うと、ベッドから起きようとした。
ちょうどその時、劉煌が部屋に入ってきた。劉煌を見た小春は声を振り絞って叫んだ。
「れーーーーーーーんーー!!!」
小春は嬉しそうにその場で手を広げたので、劉煌は小春の所へ駆け寄ると小春を抱きしめて「小春っ!」と叫んだ。
小春は、甘えん坊の子供時代に戻ったように、劉煌を抱きしめたまま、
「蓮、蓮、会いたかったよぉ。うざいなんて言ってごめん。」と昔の話を持ち出すと、劉煌はそれには答えず、
「こんなに痩せてしまって。気分はどうだ?」と本当に心配そうに聞いた。
小春は満面の笑みを湛えて「蓮に会えたから、治った。」と心の底から嬉しそうに答えた。
劉煌は小春から身体をゆっくりと離し、彼女の顔を観察しながら「じゃあ、少しは食べられそうか?」と気にかけると、小春は今度は打って変わって顔を曇らせ「うん。だけどまたすぐ吐いちゃうかも。」と、怖気づきながら俯いて答えた。
この中ノ国皇后と元中ノ国の御典医長の熱き抱擁とやり取りの一部始終を見ていた張麗は、自分の心がこんなにも酷く乱れていることに激しく動揺しながらも、医師としての冷静さをなんとか取り戻すと、劉煌に向かって、「小高御典医長、それで皇帝陛下は治療について同意されたのでしょうか?」と全く抑揚無く、事務的に聞いた。
劉煌はやっと小春の手を離して立ち上がると、「ああ、さっそく鍼を始めよう。」と言った。
張麗は、「はい。それでは、私はその間、お母さまに薬膳の指導をさせていただきます。」と素っ気なく言うと、劉煌には目もくれず、清聴に向かって、「一緒に厨房に参りましょう。」と不愛想に言って、清聴の手を取るや否や、さっさと部屋から出て行ってしまった。
劉煌は、小春の前腕と下腿だけに鍼をさすと、小春の横に座った。
小春は他愛の無い話をずっとし続けていたが、劉煌があまり聞いていなさそうと見ると、「蓮どうしたの?」と聞いた。
劉煌は、小春の頭を撫でながら、「何でもないよ。ただ毎日とっても忙しいだけだ。」と言うと、「何で忙しいの?」と屈託なく小春が聞いてきた。
劉煌は、自分の二重生活の話をすると、一緒に来ている張麗は知らないから自分が皇帝であることは黙っていて欲しいと言った。小春は「うん。いいよ。蓮のためだったら。」と言ってから、「あーお腹空いた!」と叫んだ。
劉煌が小春の鍼を全て取り終わった頃に、木練を従えて清聴と張麗がよい匂いをさせて戻ってきた。
小春は、「あーいい匂い。早く食べたい!」と言うと、清聴が、「もう、少し良くなったらすぐこれだよ。少しずつだからね。」と言って、重湯に近い粥を少量すくって小春に持たせた。
小春は蓮華で一口それを口に含むと、「ああ美味しい。」と言い、すぐに一気に残りを飲もうとした。それを見た張麗が「失礼」と針のように鋭く叫ぶと、なんとこともあろうに電光石火のごとく中ノ国皇后の手から茶碗を取り上げた。
勿論こんなことをされて小春が怒らぬはずがない。
「何すんのよ!本当に失礼よ!どういうことよ!」
まだ本調子でもないのに小さな地響きを立てて小春がそう叫んだ。
しかし、張麗はまったくそれにひるまないどころか、逆にもっと凄い剣幕でまくしたてた。
「食べたものを戻さないためです。皇后陛下は数か月何も召し上がれておりません。お身体が食べ物を受け付けられないのです。今一気に召し上がれば反射的に御戻しになってしまいます。今少し我慢していただき、少しずつ食べなければ元の黙阿弥です。次の一口は御戻しにならなければ30分後です。」
小春は張麗を睨みつけると、張麗も負けずに睨み返した。
特に張麗は、先ほどの小春と小高御典医長の熱き抱擁を思いだせば思い出すほど、本人は全く気づかず、睨み返す目力がどんどん強くなっていた。
この二人の女の迫力に、部屋の体感温度は一気に氷点下まで下がり、周囲は完全に取り残されていった。
怒りで気が散ったこともあり、今迄の小春だったらすぐに吐いていたのに、小春は吐かずに30分いることができた。
すると張麗は、小春に茶碗を渡し「今度は2口です。」と言った。
小春は張麗を睨みつけながら乱暴に茶碗を受取ると、言ったことを守らず茶碗を口につけ全てガーと流し込もうとした。ところが、茶碗には2口分しか入っていなかったので、小春の野望はついえてしまった。
「なんでほんのちょっとしか入っていないのよ!」
小春は怒り心頭でそう叫んだ。
「そうされると見越して2口分しか注いでいませんでした。先ほども申し上げたはずです。少しずつ食べなければお身体が吸収できません。次は30分後に4口です。」
張麗は容赦なく指を4本立てた手を小春に突き出して冷たく言い放つと、茶碗を片づけに水屋へとさっさと向かっていった。
小春は怒りですっかり吐くことを忘れ
「何、あの女!皇后の私に向かってなんて失礼な!」とぷんぷんしていると、木練は涙をボロボロ流しながら劉煌に向かって「皇后陛下、完全復活されましたー!」と叫び、清聴は清聴で「あんた、おもしろい子連れてきたね。」と言って劉煌の肩をぽんぽん叩きながら感心した。
結局小春は、全く吐かずに最終的にその日茶碗半分のお粥を食べることができた。
張麗は、水の摂取も制限の指示を出し、茶は厳禁と固く木練に言いつけた。そして、様子がすぐ診られるように、彼女は皇后楼の一角、以前柊が暮らしていた部屋に滞在することになった。
劉煌は木練に照挙を呼んでくるように言うと、その間に清聴と張麗は賄いに自分たちの食事をとりに行くことにした。
清聴と張麗は皇宮内の道を賄いへと向かって歩いていた。
「いやー、張先生は人の扱いがうまいね。」
清聴がそう褒めると、「そんなことありませんよ。」と言いながら、張麗はなぜかあたりをきょろきょろと見回していた。
「どうしたの?道なら私がわかっているから大丈夫ですよ。」
清聴の中の、もう何十年も前に切り捨てたはずのくノ一の触覚が騒いだ。
「ええ。今どのあたりなのかなと思って。」と張麗が完全にお茶を濁した。
彼女がお茶を濁していることを承知の上であえて清聴は説明した。
「あの赤く見えるところが賄いですよ。」
それでも「はあ」と気のない返事をしがら張麗は相変わらずキョロキョロ辺りを見回していた。
”このお嬢さん、普通なら皇宮に初めて来たら緊張するもんだっていうのに、緊張なんて全くしていないどころか、主とも互角にやりあうし、、、まったく蓮の周りには普通の女の子はいなのかね、、、”
賄いでは、席に着くと、さっそく清聴が何も聞かれていないのに小高蓮の話をしはじめた。
張麗は、「あなたがみなしごだった彼を助けたんですね。」と言うと、清聴は驚いて「あの子そんな話したの?」と呟いた。張麗は小高蓮から聞いた通りのことを伝えると、「確かに、あの子9歳のくせに私に迷惑とか偉そうなこと言ってたね。」と言った。
「小高御典医長は9歳だったのですか。」と張麗がハッとして顎に手を当てて呟くと、「うん。うちの寺の蓮の池の側で倒れてたんだよ。」と遠い目をして清聴が言ったところで、いつの間にやってきたのか、劉煌が「あら、まだ全然食べてないじゃない。」と明るく声をかけてきた。
清聴は娘に何かあったのかと思い、血相を変えて、「小春は。」と聞くと、劉煌は思いっきり嫌そうな顔をして「今はご主人とラブラブよ。」と言ってから、やおら清聴の隣に腰掛けて清聴を肩でつつきながら、「ままはどうなの?元気?」と聞いてきた。
「ああ、相変わらずだよ。だけどここに来てから、小春のことがあるからか、あんまり元気がでないね。なんかさ、水が合わないっていうか。」と清聴が答えると、張麗が突然席から立ち上がって「そうだわ!」と叫ぶと、「皇后陛下のお育ちになった村はここからは遠いのですか?」と聞いてきた。
「馬で1時間はかかるけど、どうして?」と劉煌が答えると、「生まれ育った土地に実ったものが癒すんです!地図はありますか?明日行って取ってきます。うまくいけば明後日から固形物がいただけると思うんです。その村で採れたものを、お母さまに調理していただければ、一番の薬ですし、お母さまも一緒に元気になります。」と張麗が嬉しそうに答えた。すると劉煌が不思議そうに「君、馬に乗れるの?」と聞くと、張麗は勿論という顔をして「はい。小さい頃から大好きです。」と答えた。
”小さい頃から乗馬するほどお転婆な女の子なんて、お凛ちゃんくらいかと思ったら、他にもいたとは、、、”
”ということは、朕の勘は外れたかな、、、。張麗は、きっと貴族、豪族の娘で、お凛ちゃんのように親の言うことを聞かない女の子だったか、あるいは親が女児に乗馬を認めるような人物、、、北盧国ならそういう親もいるだろうが、あの顔つきは北盧国人ではないし、、、”
”まあ小春もあの調子なら半日くらい開けても大丈夫だろう。”
考え込んでいた劉煌は、やおら顔を上げると「小春は大丈夫だろうから、私も一緒に行こう。」と言った。
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そのころ、皇后楼では、成多照挙が小春の肩を抱いてベッドに座っていた。
「とにかく、意識が戻って、食べられてよかった。」と照挙が本当に嬉しそうに小春の頭にキスしながらそう言うと、「でも、あの張麗って医者、本当に失礼よ。私を誰だと思っているのよ。育ちがわかるわね。」と言って小春はぷんぷんした。
照挙は、ふっと笑って、「怒れるんだったら、元気な証拠だ。とにかく大事にして。」と優しく言うと、小春のお腹にそっと手を当てた。
小春は食べ物を取り上げられたことがよっぽど頭に来ているのか、「私が食べようとしているのを奪い取ったのよ。信じられる、照挙。」と彼にそう訴えると、彼は今度は顔色を変えて「なんだと、私の皇后に触れたのか?不届きな男だな。」と立ち上がって怒った。
小春はすぐに「本当よ。不届きよ。女だけど。」と言うと、照挙は出鼻をくじかれてガクっとしながら「女?医者じゃないのか?」と聞いた。
「女の医者みたい。」と小春は答え、続けて「だからここに寝泊りするの、ほら、前、柊がいたところ。」と言った。
「まあまあ、医者が側にいてくれるなら安心だ。」
”それに女だし。あのうざい劉煌と小春の接触する機会も減るし、、、”
照挙は、また小春の頭にキスをすると、「病み上がりだから、もっとゆっくりしないと。さ、もう遅いから寝なさい。」と言って小春を寝かしつけた。
すぐに小春はすやすやと寝息をかきだしたので、照挙は小春の頭に最後のキスをすると皇后楼をあとにし、皇帝楼へと戻っていった。
お読みいただきありがとうございました!
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