第一章 現実
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々邁進していた。現職の官職たちは、あまりにダメダメで、劉煌は公平に官職を選びなおすと宣言したが、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
全ての試験と面接が終わった翌週、試験合格者の結果は掲示板に名前と得点と共に公表され、希望者には採点済みの答案用紙が戻され、合格者にはそれぞれ配属先の内示が宦官の宋毅からあった。
今迄人事は、聖旨を奉じることで相手に有無を言わさずその業務を請け負わせていたのだが、劉煌は内示という形で合格者に配属先と役職を伝え、彼ら自身にその仕事を請け負うかの決定権を委ねた。
勿論、誰も内示に異を唱える者はいなかった、、、ただ一人白凛を除いては。
劉煌は、地方自治体出向者の内示を出した者からは辞退が出る可能性があるとは思っていたが、まさか白凛が兵省大将軍職を辞退したいと言い出すとは思ってもいなかった。
劉煌は、白凛を彼の自居である天乃宮の応接間に呼び出すと、入ってきた彼女にまず席をすすめ、山盛りの馬蹄糕を乗せた皿を彼女の目の前に置いて食べるように勧めた。
「悪いけどすぐ本題に入るわね。ねえ、どうして兵省大将軍職が気に入らないの?武官のトップだし、お凛ちゃんの功績を考えれば当然だけど、見ての通り試験の成績も群を抜いて良かったのよ。だから誰もこの決定に何も言えないはずなの。正直筆記試験を心配していたんだけど、蓋を開けたら総合で、李亮かお凛ちゃんか梁途かって位だったの。あんなに広範囲にわたって出題していたのに。お凛ちゃんにこう言うと怒られるかもしれないけど、お凛ちゃんは年頃の女の子だから数年以内に結婚出産もあると思うの。そうなるとフィールドワークだと続けるのは難しくなる。でも大将軍ならデスクワークだから、お腹が大きくなっても、子供が産まれても続けられる。なんなら兵省に赤ちゃん連れてきてもらってもいいのよ。ねえ、お凛ちゃんは、この国の女の子達の希望の星だし、彼女らもお凛ちゃんがこの役職に付いたら、彼女ら自身も女でも国政を司れるって希望を持って生きられると思うのよ。だから受け入れてもらえないかしら。」
劉煌がそう説得しても、白凛は大好物の馬蹄糕に手を伸ばすこともなくただひたすら「申し訳ございません。辞退いたします。」と言い続けた。
「もしかして、お父さんより位階が上がるのが問題?」劉煌は心配そうにそう言った。
白凛はそんなことなど全く頭になかったが、確かにそれは言い訳として使えると思うと、まったくらしからぬごにょごにょはっきりとは言わず「はあ。」とお茶を濁した。
「じゃあ、お凛ちゃんは何がしたいの?どうして試験を受けたの?」
すぐに白凛は顔を上げると、劉煌の目をまっすぐに見てはっきりと答えた。「太子兄ちゃん、凛は太子兄ちゃんを守るために今まで頑張ってきたの。だから太子兄ちゃんの私軍の将軍になりたい。それがダメなら、国軍に戻る。」
劉操を破ってから白凛の顔を立てて黒雲軍はそのままにしていたが、今回の大掃除で黒雲軍を解散させるつもりだった劉煌は、この白凛の回答に思わずうーむと唸ってしまった。
結局その場で結論を出せなかった劉煌は、不要というのに馬蹄糕を包んで土産として白凛に持たせた。
彼女の消えた応接間に、宦官の宋毅と控えの間で彼と共に話を聞いていた、恐るべきことにダントツトップの試験成績を収めたため、史上最年少で首相になることになった孔羽とテーブルを囲んで劉煌は思いっきりため息をついた。
「お凛ちゃんどうしたんだろう?あんなに馬蹄糕が好きだったのに、1個も手をつけなかった。仕事も断るし、どっか悪いのかなぁ?」劉煌は2人に向かって心配そうにそう呟いた。
すると宋毅は常識的なことを回答してきた。
「陛下、白将軍はお年頃の御令嬢なんですよ。昔のように甘いものをバクバク食べるなんてありえませんよ。」
そして孔羽は自らの経験を元に回答してきた。
「そうだよ。あんなにスリムなんだよ。甘いものが好きなんてありえない。」
その頃皇宮の門を潜って街中に出た白凛は、京安中の馬蹄糕を買いあさっていた。
その後、気を取り直した劉煌は、さらに李亮と梁途を呼んで緊急ミーティングを開くことにした。
彼らが何事かと劉煌のところに駆けつけた時、劉煌は、宋毅と孔羽と共に、孔羽の希望?要望?で、彼らと一緒に肉まんを食べていた。
「なんだ、緊急って言うから何事かと思って、昼飯も食わずに飛んで来たんだぞ。」
すぐに李亮がそう言って不貞腐れた。
するとここの主でもないのに、自分が注文したから自分の物だと錯覚したのか、孔羽がそれに答えた。
「だから、肉まん一緒にどうぞ。」
一応陛下の御前であるので、梁途はそれでも黙っているのに、李亮は全然黙っていない。
「まさか、肉まんが緊急の要件じゃないだろうな。」
劉煌は、ようやく口の中の物を飲み込んで、今度は肉まんにかぶりつくためではなく、話すために口を開いた。
「ちがう、仕事のことだ。李亮、悪いが、参謀本部長ではなく、兵省大将軍職でもいい?」
李亮は、これを聞いた瞬間、自分の耳を疑った。
実はあの李白部隊でのトラウマから、死体が完全にアウトになった李亮は、軍部の中で死体と直接関わる機会の少ない部署という理由だけで国軍の参謀本部を希望していた。中央省で軍をまとめる兵省のトップである大将軍職ならデスクワークの閑職だから、絶対に死体と向き合うことはない。
しかし、兵省の大将軍といえば全軍の兵権を持ち、名実ともに武官のトップである。
今までは皇族か、貴族の中でも特に家柄がよく且ある程度武術のできる者にしか与えられていなかった職だ。
それをおよそ貴族とはかけ離れた家柄的には平民中の平民というか底辺民で、父は土方、母は専業主婦、代々遡っても何か役職についていた者など誰もいなさそうな孤児の彼に、その要職中の要職をつかせようとしているのだ。
「でもいいって、がいいよ、そりゃ。京安に居れるし。でもその前に俺なんかでいいのか?武官のトップだぜ。貴族じゃないのに。」
劉操時代でも貴族でないということからどんなに活躍しても参謀本部長にすらなれなかった李亮は、焦りまくってそう聞いた。
「ほら、やっぱりそう言ったじゃん。」
肉まんにかぶりつきながら器用に孔羽が言った。
「貴族に任せていたからこんなになっちゃったんじゃないか。でも奴らが納得しないだろう?だからちゃんと試験をしたんだ。トップの成績は李亮だったんだから、奴らも何も言えないはずだ。なんか言ってきたらまた武術大会を開けばいいだけだ。」
劉煌は涼しい顔でそう言った。
李亮はふと思った。
”そうだ!小白府に挨拶に行くのも、参謀本部長より兵省大将軍の方が断然いいに決まってらぁ!”
その頃、その小白府の白凛の部屋では、白凛が、
劉煌から貰った皇宮の馬蹄糕
甜糕本舗の馬蹄糕
京安飯館の馬蹄糕
甜甜甜糕の馬蹄糕
紫ばあちゃんのお菓子屋さんの馬蹄糕
そして、小白府の自家製馬蹄糕
を前にして、彼女の5歳の時からの野望、すなわち ー京安中の馬蹄糕を食べ比べるー を、それぞれ1切れずつ取って口に入れては叶えていた。
”う~ん、やっぱり馬蹄糕おいちぃ♡その中でもさすが皇宮、ダントツぶっちぎりでおいちぃ♡”
すっかり5歳児に戻った彼女は、次から次へと馬蹄糕を口に入れ、その度にう~ん♡と言って悶絶して喜んでいた。
まさか白凛が、一人そんな味比べをして楽しんでいるとは露知らず、劉煌は、李亮に向けてぼやいていた。
「うーん、それに本当はお凛ちゃんの今後のことを考えて彼女にって思っていたのだが、固辞されてしまったのだ。」
「やっぱりお父さんの手前があるんじゃないの?なんてたってようやく12年半ぶりに小白府の門を潜らせてもらえたんだから。」
孔羽が劉煌にそう答えると、劉煌も李亮も驚いて「それどういうことだ?」と聞いてきた。
孔羽は自分の知っている範囲で白学と白凛親子の確執を伝えると、劉煌はため息をつきながらこぼした。
「まったく、白学ときたら、命は永遠にあると思っているのか?特にお凛ちゃんは武官だ。常に死と隣り合わせだというのに。」
「それだけじゃないよ。あんな講談話を鵜吞みにして門をくぐらせないなんて。僕たちは小さい頃に数年しか付き合っていなくても、彼女がそんな人間じゃないってわかるのに。実の父親だぜ。」
珍しく孔羽はプンプン怒りながら話していた。
”お凛ちゃん、俺をかばったために変な噂を立てられてそれで親父さんが怒ったのか。それなら尚更俺は大将軍になった方がいいな。”
李亮は腹をくくった。
「うーん、そんな旧人類ならお凛ちゃんが断ったのも理解できるな。ただ、朕はもう私軍は解散させるつもりだった。。。」
「いや、あった方が俺もいいと思う。」
今迄いるのかいないのかわからないほど静かに黙々と肉まんを食べていた梁途が、突然口を挟んできた。
”そうだ、お前いたんだった”と思った劉煌がすかさず質問する。
「その心は?」
「禁衛軍がヘボだから。」
この梁途の端的な一言は、何よりも誰よりも説得力があった。
特に宦官に化けて実技試験を見ていた劉煌は、そのヘボさ加減が身に染みるほどわかっていた。
だから禁衛軍のキャリア組を全員不採用にして、白凛が育てた黒雲軍の兵士を禁衛軍下に配属させるつもりでいたのだ。
「そうだな。お凛ちゃんは素人を兵士に育てるのが本当に上手だ。西域との前線基地でも、使い物になったのはお凛ちゃんが育てた兵士達だけだった。しかも全員、元農民とか町民で武器も持ったことが無い奴らだぜ。それを短期間で武術を習ったはずの奴らよりはるかに優れた兵士にしていた。」
李亮がしみじみそう語ると、劉煌も口元にグーを持ってきながら独り言を言った。
「確かに、黒雲軍も創生されて何年も立つわけでもないのに、禁衛軍より歯が立つものなぁ。」
こうして皇帝の私軍機関:皇輝軍(旧:黒雲軍)が残ることになり、そのトップに白凛が将軍として付くことになった。
それだけでなく、白凛には西乃国の全ての軍に渡って指導する権限を与え、軍を超えて兵士育成アドバイザーも兼務することになり、劉煌の目指す富国強兵に貢献することになったのだった。
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