第四章 過渡
小高蓮の身分を絶対に明かさないことを条件に成多照挙との間で交渉が成立した劉煌は、今度は張麗を中ノ国に連れ出すために、張麗口説き用に28種類の応酬パターンを作り、分刻みのスケジュールの合間を縫って一人二役でロールプレイングを行って練習していた。
それなのに、水曜の夕方、緊張の面持ちで検死解剖室に入った劉煌が、『中ノ国皇后の悪阻の治療に一緒に行ってほしい。』旨を回りくどく、張麗の顔色や微細な変化を観察しながら慎重に話すと、彼女はインターン研修のことだけ質問して、秋休暇にするとの返事を彼から貰ったら、あっさりと二つ返事で了承した。
完全に肩透かしで、”あのロールプレイングは何だったの!”と思いながらも、”ま、とにかく行くって言ってくれたから良かった。”と気持ちを切り替えた劉煌は、「あと、今晩なんだけど。」と言いにくそうに言うと、検体の爪を見ていた張麗が見ている所から目を離さずに、「あ、凛姉ちゃんから聞いてますよ。新しい施設の試食会って。」と、これもまたいとも簡単に会話が終了した。
検死が終わり、着替えの為に友鶯宮に戻ってきた張麗は、西側から聞こえる音に何だろうと思い白凛の部屋をノックすると、すぐに困ったような顔をした白凛が中から扉を開けた。
張麗が中を覗くと、そこには色とりどりの着物とそれに合いそうな装飾品がベッドいっぱいに広げてあった。
白凛は張麗が入ってから扉を閉めると、「どれがいいかな。」と聞いた。
すっかり普段着で行くつもりだった張麗は、「新しい施設の試食会ってドレスコードがあったの?」と聞いた。
「無いけど、たまにはびっくりさせようかと思って。」と、白凛にしては珍しく小さな声で言ったのを聞いた張麗は「それいいかも!私もドレスアップしようってドレス持ってないけど。」と言って笑った。
すると白凛が、ベッドの上から1揃いの淡い黄緑色の着物を掴むと、「れいちゃん、これ着ていき。絶対似合うから。」と言ってマッチングした装飾品まで一緒に彼女に渡した。
張麗は礼を言ってそれを素直に受け取ると、「凛姉ちゃんは絶対これよ。」と言って、黒ベースに裾から1/3に赤の花が流れるようにあしらわれ、片方の袖は黒、もう片方の袖は裾と同じ赤の花で埋め尽くされているために、赤に見えるスタイリッシュな着物を選んだ。そしてその着物を白凛に持たせると、頼まれてもいないのに帯を選び始めた。そして金色の帯をそれに当てた瞬間、二人とも同時に「これだ!」と言って、二人で目を合わせて笑った。
二人とも着替え終わった時、張麗は白凛を自分の部屋に招き入れると、「私、凛姉ちゃんって、メイク似合うと思うんだ。させてくれる?」と言って、驚いている白凛を椅子に座らせ、慣れた手つきで彼女の顔に化粧をしていった。
張麗は真剣な顔つきで、近づいたり遠くから見たりしながら白凛のメイクを完成させると「どう?」と言って鏡を白凛に見せた。白凛がその鏡を見ると、その鏡には知的な目で見つめ返している若く美しい女性が映っていた。
白凛は椅子から飛び上がって礼を言いながら張麗を抱きしめた。
張麗は、それでもう会場に行くつもりになっていたが、白凛は、張麗の片づけの手を制して、「れいちゃんもメイクしようよ。私一人じゃ恥ずかしいし。」と言った。
張麗は、ちょっと考えてから、「うん。じゃあ、私も。」と言うと、一人で鏡を見ながらおしろいを顔にはたいていった。張麗は躊躇しながら紅に手を出すと、目元に薄くぼかし、唇には濃く塗ると、懐紙を胸から出して唇で挟んで整えた。
恥ずかしそうに立ち上がった張麗を見て、白凛は目を見張って思わず「うわー、れいちゃんってもの凄い美人さんなんだ!」と言った。そして、「座って。」と言って張麗を鏡台の前に座らせると、「この髪型はダメでしょ。」と言って、器用に彼女の髪を結っていった。
そして最後に髪飾りをつけ、自分で耳飾りを(無理やり)付けさせると、白凛は両手を腰に当てて「どうよ!」と言って、勝ち誇った顔をした。
二人は顔を見合わせて微笑むと、白凛が「いざ、出陣!」と鬨の声をあげて、二人で腕を組みながら友鶯宮から出ていった。
その頃、旧後宮の美容施設内レストラン棟では、スタッフと試食会に来た男二人が、まだかまだかとイライラしながら女性二人が来るのを待っていた。
「検死が長引いたんじゃないだろう?」と李亮が聞くと、「一緒に靈密院を出てきて、彼女はまっすぐ友鶯宮に戻って行ったと思うんだけど、それよりお凛ちゃんこそ、何でまだ来てないのよ。」と劉煌が聞くと、「あいつ遅れたことなかったんだけどな。」と李亮が答えたまさにその時、レストラン棟の扉が開き、ウェイターが女性二人を中に通した。
一人はクールビューティータイプで、黒ベースに真っ赤の模様が入った、なかなか着こなせる人のいない柄の着物を、まるで毎日着ているかのように着こなし、髪は途中まで結って最後の10cm位を遊ばせていた。
もう一人は対照的にフェミニン感満載で、これまた別の意味で似合う人が少ないであろう淡い黄緑色の柔らかな感じの着物を着て、髪はおくれ毛一つなくきっちりと結ってあり、その姿はまるで絵画に描かれている天女を彷彿とさせた。
李亮も劉煌も見たことのない超美人な若い女性達が入ってきたことに、二人とも上半身を斜め45度に曲げて、その女性二人をボーっと見つめていた。
するとウェイターは何故かその美人さん達を彼らのテーブルに導いて来たので、男二人が?と思ってよくよく見ると、その超美人さん達こそ、二人が待って待って待って待ちぬいていた人物達と気づくや否や、二人は同時に大声で、
「どーしたんだー!」
「どーしたのー!」
と叫んだ。
それにまず噛みついたのは白凛だった。
「どーしたってどういう事よ!」
完全に白凛が普段の調子に戻ると、テーブルに肘をついて、ムッとして横を向いたので、李亮は大きい身体を小さくして、必死に白凛を持ち上げようと頑張りはじめた。
張麗は、周りを見渡して「TPOに合っていませんでしたかね?」と下を向いて呟くと、劉煌は「バッチリ合っているわよ!素敵!素晴らしいわっ。」と言ってなぜか拍手をした。
その拍手を合図と誤解したウェイターが、「では前菜からお持ちします。」とテーブルに声をかけると、劉煌が「さあ、食べましょう。陛下のために皆ちゃんと評価してね。」と言って、それぞれに表になった紙と筆を渡し、「5段階評価で〇5つが最高ってことで書いていってね。料理の評価だけでなく、場の雰囲気や、接客も評価対象だから、よろしく!」と言うと、さっそく前菜に箸を伸ばした。
「お皿も素敵ね。」と張麗が言うと、李亮が感心しながら、「へー、張麗さん、お目が高い。ここの食器は全て後宮で使っていたもののリユースなんですよ。」と説明した。
「ふん、それだったら、皿見たさでも人集まるんじゃない。うちの親とか絶対来そう。あなたもお妃さま。お妃がご愛用した〇〇とか、お妃がご愛飲した〇〇とか、お妃がお好きだった〇〇とか、絶対飛びつくわ。」と白凛がくらげを食べながら鼻で笑った。
李亮は「そうだな。陛下にそれをお伝えしておこう。」と言うと、何故かゴホンと咳ばらいをした。
劉煌はその李亮の咳ばらいを無視すると、「肉がちょっとパサついていない?」と言いだした。
張麗もそれに同感だったらしく「赤身ですものね。でも美容コースだったら、脂身は避けたいですよね。」と感想を述べ、白凛が「調理の仕上げが問題なんじゃない?トロッとしたソースをかければ肉のパサつきを感じにくくなるだろうし。」と言いながら肉を取り、口に入れ、「うん。そう。そうすればいいと思う。」と言った。
ウェイターが次にスープを持ってくると、スープの名前と説明をして戻っていった。
「スープって注いでくれないのかな。」
李亮がお玉を見ながらため息交じりにそう言うと、劉煌も彼に同意して「給仕が注ぐべきよね。チェックチェック。」と言って紙に書いた。
張麗は周囲を見渡すと、誰もスープをつぐ気配が見られないことから、仕方なくそこにドーンと置かれたスープを注ごうとしてお玉を取った。それを見た劉煌が慌てて彼女の手からお玉を取り上げ、「お着物に染みがついたら大変よ!」と言って、お玉をスープの中に入れて注ぎ分けようとしたため、今度は白凛と李亮が慌てふためいて、「たぃ、、、小高御典医長、私がやります。」と言って白凛が劉煌からお玉をガバッと取り上げた。するとすかさず李亮が「お凛ちゃん、着物に染みがついたら大変だ。」と言って白凛からお玉を取り上げ、結局李亮が全員分のスープを注いだ。
「わー、スープ美味しいね。」と白凛が言うと、「骨を煮だしているから美容にいいんだとさ。」と李亮が裏覚えの知識で説明したところ、専門家の劉煌が「お肌ぴちぴちになるのよ。」と彼をフォローした。
次にウェイトレスが肉料理を持ってくると、一見北京ダックだったのだが、一般的な北京ダックと異なり、脂が少なくカリカリの皮とジューシーな肉両方を薄いクレープに千切りのキュウリとネギと少量の醤と共に巻いていただくものだった。
これは、ウェイトレスが一つずつ綺麗に巻いてそれぞれの小皿に入れて客人一人一人に手渡すと、残りの肉も同じように巻いて骨と頭だけになった北京ダックの横に置いた。
「これは手でつまんで食べていいのですか?」と張麗が聞くと、ウェイトレスは「どうぞ手でお召し上がりください。」と言って、戻っていった。ウェイトレスが戻ると、張麗は懐から懐紙を取り出すと、全員に一枚ずつ渡し、「どうぞお手拭きにお使い下さい。」と言った。
「そうだよな。手で食べる料理出すんだったら手拭きくらいないとな。」と李亮がこぼすと劉煌は大きくため息をついて、「支配人に接客の再教育をさせないと。」と嘆いた。それを聞いていた張麗は驚いて、「小高御典医長は、そんなことまでお仕事されているんですか?」と聞いた。
他の三人は内心しまったと思い、背中に冷や汗をかいた。
しかし李亮が機転を利かせ「陛下からプロジェクト一切任されてるんだよ。美容のプロだし。」とフォローしながら北京ダックもどきをもう1個手で掴むと、しらじらしく「お凛ちゃんもいる?」と白凛に声をかけた。
そんな調子でコースが進み、最後のデザートに杏仁豆腐が出ると、「これ、なあに?」と白凛が不思議そうに聞いた。ウェイターは薬膳料理で杏仁を使っていると言った。それを聞いた張麗は思わず「なるほど、確かに美容コースに相応しいデザートだわ。」と感嘆すると、白凛が「なんで?」というので、彼女の耳元で「お通じを良くするのよ。」と囁いた。
試食会は無事?終了し、レストランの外に出た一行は、皆がそれぞれ評価を書いた紙を劉煌に渡した。
劉煌は「いやー、試食会をやって良かった。意外な問題点が見えてきたよ。」と言うと、「皆ご協力ありがとう。」と言って頭を下げた。
李亮と白凛はそれを見て慌てて、「そうそう、庭園も改装したんだっけ?」と珍しく白凛から李亮の腕を取ってそう聞くと、「それほど変えてはいないけど、見てみる?」と李亮が答えたので、白凛は「行く行く」と言って李亮を引っ張ってその場からいなくなってしまった。
白凛と一緒に帰るつもりだった張麗は、それを見て困惑していたが、劉煌が帰ろうかと声をかけてくれたので、「はい。」と返事をして、劉煌と一緒に歩き出した。
劉煌は張麗の方をチラチラ見ながらなんと話しかけようか迷っていた。
①髪型が素敵
②メイクが似合っている
③着物の色の顔映りがいい
④全体のコーディネートがパーフェクト
⑤いつも美人だけどもっと美人
そのどれから入って行ったらいいのかと頭の中でシミュレーションしていると、張麗が「聞いていいですか?」と先に話しかけてくれたので、ホッと胸をなでおろしながら「勿論よ。」と劉煌は嬉しそうに答えた。
「中ノ国の宮中に行くのに、どんな着物を持っていったらいいですか?」
劉煌は、彼女を見ると、「その髪型にそのメイクにいつもの医師用着物でバッチリよ。」と言うと、張麗は「では、凛姉ちゃんに髪の結い方を習わないと。」と言って笑った。
すると劉煌が突然「すごく素敵。」と言った。
張麗は、「え?」と聞き直すと、劉煌は真面目な顔をして「今日のコーディネート。凄く似合っている。」と言った。張麗は照れながら、「あっ、でも着物は借りものです。凛姉ちゃんがこれが似合うからと言って貸してくれたんです。」と言ってから、「あと髪飾りも耳飾りも」と付け加えて笑った。
それを聞いた劉煌は、驚きを隠せず思わず「彼女の着物なの?彼女が着るって想像できないな。」と言ってから、白凛の先日のショッキングピンクのひらひら衣装を思い出し、これも親に持たされた皇后にさせるための衣装かと思うとフーと大きなため息をついた。
「彼女には今日のようなシャープな感じの着物の方が断然似合うと思うな。」と劉煌が呟くと、張麗が間髪入れずに「そうでしょう?そう思いますよね!凛姉ちゃんの今日のコーディネートは私が選びました!」と自慢げに言った。
それを聞いた劉煌は、ちょっとぽかんと口を開けてから、本当に不思議になってつい本音を彼女に語ってしまった。
「君はどうしてそんなにセンスがいいのに、いつもあまりパッとしない着物を選んでるの?正直、本当に今晩君を見違えたよ。いつも綺麗だとは思っていたけど、今晩の美しさは全然次元が違う。年頃の女の子ってみんな自分をそれ以上に綺麗に見せるのに必死なのに、なんで君は。。。まるで普段は、、、わざと美しさを封印しているかのようにさえ思えるよ。」
張麗は、みるみるうちに顔色が悪くなり、目に見えてオロオロすると、「そんな、わざととか、何もしていません。」と言ってから、周りを見ると、友鶯宮が見えたので、「それでは、私はここで。お休みなさい。」と言い終わらないうちに友鶯宮に向かって走り出した。
あっと右腕を上げながら劉煌は、そこで彼女の後ろ姿を見送り、彼女が友鶯宮に入ったのを見届けてから、天乃宮へと一人トボトボと歩みを進めた。
~
劉煌と張麗が気まずくなっていた時、李亮と白凛は、手を組みながら庭園を歩いていた。もうすっかり秋色になった夜の庭園をピューっと風が吹き抜けると、白凛は反射的に身体を縮こませた。
すると李亮は優しく白凛の手を自分の肘から外すと、自分の上着を脱いで彼女の肩にそっとそれをかけた。両腕をクロスして、上着が落ちないように上着の襟を掴むと、白凛は、李亮を見上げて、「ありがとう。」と静かに言った。
李亮は拳を口にあてて咳払いをすると、「うん。」と言ってから、また歩き始めた。
しばらくの沈黙の後に、白凛が口を開いた。
「それにしても、太子兄ちゃんには参ったわ。あんなにされると、どうしていいかわからない。」
「全くだ。ただ、そろそろ張麗さんには自分の身分をあかそうと考えているらしいぞ。」
李亮のこの言葉に白凛は酷く狼狽して、「でも、まだあの人がどこの誰かもわからないじゃない!!」と李亮を見上げながら語気を強めて言った。
李亮は心配そうに眉を八の字にして見上げる彼女を見て、思わず「美しい。」と本音を言ってしまった。
勢いをくじかれた白凛は「えっ?」と小さな声をあげると、李亮は立ち止まって、「いつも美人だなって見とれてるけど、今日は格段に美しい。」と言ってから、愛おしそうに彼女を見つめた。そして彼女の顔に垂れたおくれ毛に指を伸ばし、それをそっと掌で後ろに撫でつけた。そしてその大きな手をそのまま彼女の髪の上で滑らせると、彼女の頭と首の間で手を固定させ、今度は徐々に彼の顔を彼女の顔に近づけていった。
二人の唇が合わさると李亮は左腕を白凛の後ろに回し、白凛の身体を自分の方にグッと引き寄せた。二人はしばらくお互いの唇の完璧なシンクロニシティに身を任せていたが、秋の夜風が二人の頬をかすめると、お互いに唇を離した。
李亮はそれでも彼女を離さず、抱きしめたまま「君が中ノ国から帰ってきたら、もう一度君の親父さんを訪ねるよ。」と彼女の耳元で囁いた。
彼の大きな胸の中で、白凛は、幸せそうに「うん。」と言った。
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