第四章 過渡
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
友鶯宮に戻った白凛は、わざと大きな声で、「ただいまー」と言ってから、玄関扉を閉じた。
すると東側からパタパタと足音が聞こえてきて、そちらを振り向くと張麗が歩いて白凛の方に近づいているのがわかった。
張麗は、白凛に「お帰りなさい。お昼は?」と聞くと、「太子兄ちゃんのところで食べてきた。」と答えた。
それに残念そうに、「そう。」と答えると、彼女はトボトボと玄関の方に向かった。白凛が「どこに行くの?」と聞いてきたので、「お昼食べに。」と張麗が言うと、「ちょっと待って。」と白凛が彼女が出かけるのを止めた。
不思議そうに、「どうしたの?」と聞いてきた張麗に、白凛は「話があるから、お茶しよう。」と言うと、共有スペースにした中央の応接セットのところに張麗を誘導した。
白凛は袂からおもむろに懐紙に包んだ物をテーブルの上に置くと、しまったという顔をして「そうだ。まだここお茶も入れられないんだったね。」と嘆いた。
「ぬるーい御白湯ならあるけど」と張麗が言うや否や彼女は東の方に走って行った。ほどなくして、張麗がお盆を手にもって戻ってくると「朝のだからもうすっかりお水になってるわ。」と言って、湯飲み茶碗をテーブルの上に二つ置いた。
それを一口口に含めた白凛は顔をしかめて、ぼやいた。
「本当に。冷めるのも早くなって、秋も近いわね。」
彼女は続けて今度は包みを開けながら「これはね、太子兄ちゃんが出してくれた馬蹄糕。お裾分けに持って帰ってきた。凄く美味しいから食べよ。」と言うと、嬉しそうに張麗に差し出した。
”馬蹄糕って、まさか、あの天抱貴来で出てきたぱさぱさの茶菓子?”
張麗はあの時の酷くまずいお菓子を思い出し、とっさに尻込みした。
「あ、そ、そんな上等な物、、、いただく訳には、、、」
それを遠慮と受け取った白凛は、それこそ皇帝の菓子を食べられるなんてそうあることではないと力説し、張麗の目の前まで包みを持ち上げ、さあとさらに奨めてきた。
昼を食べに行くほどお腹がすいているのにそれを断るわけにもいかず、張麗はしぶしぶ引きつりながらそのうちの1個を手でつまむと、目をつむり息を止めて馬蹄糕の端をちょっとだけ噛んで口に入れた。
”え?これがあの馬蹄糕?とっても美味しいじゃない!”
先ほどの警戒心は完全に吹き飛び、一切れ完食した張麗は、お腹が空いていることもあって、白凛の大切な馬蹄糕をもう一切れ手でつまんだ。
「ね、美味しいでしょ!特にこれは皇宮の尚食の中でも馬蹄糕作りが一番うまい人が作っているから、世の馬蹄糕とは一味も二味も違う、、、うーん、世界一のお味よ!」
白凛は嬉しそうにそう説明しながら馬蹄糕をいじくっているふりをして、その実は張麗の顔を注意深く観察していた。
「実は太子兄ちゃんからさ、出張を命じられてさー。中ノ国で毎年近隣3か国が集まる祭典が秋にあるんだけど、中ノ国の皇后の悪阻が酷いこともあって、皇后を出られるようにしてくれってさー、元中ノ国の御典医長だった小高御典医長に召集がかかったみたいなんだよね。それで小高御典医長の護衛をしてくれないかって。」
白凛の話の途中、中ノ国でのくだりで張麗は明らかに表情が固まり、目を泳がせた。
白凛の話に何も答えない張麗をしばらく見ていた白凛は、そろそろ話しかけてもいいかなという機会を見計らって、「れいちゃん、どうしたの?話聞いてた?」と張麗に話しかけた。
張麗は、まだ馬蹄糕を手に持ったまま、「ああ、うん。ちゃんと聞いてたよ。」と消え入るような声で答えた。
白凛は、しらばっくれて、「れいちゃん、大丈夫。顔色悪いけど。」と鎌をかけて聞いてみたところ、張麗は誰から見ても大慌ての様子で「あっ、すきっ腹に急に凄く甘いものを食べたからかも。大丈夫。」と上ずった声で答えた。
そう言われた白凛は、「あっ、ごめんね。お昼に行くところだったんだよね。邪魔しちゃって申し訳なかった。さっ気にしないで行ってきて。」と何事も無かったかのように話しかけると、すぐに張麗は礼を言ってから、自分の食べかけの馬蹄糕を懐紙ごと持ち、東の自室へと消えていった。
応接セットに一人残された白凛の顔からはスッと笑顔が消え、張麗の部屋の方を向いて胸の前で腕を組んだまま、彼女はしばらくそこで今した張麗との会話を反芻していた。
~
部屋に戻った張麗は、テーブルの上に菓子を置くと、鏡台の前の椅子に座り、まず呼吸を整えた。
張麗が動揺したのは、中ノ国で開催される近隣3か国の祭典のことだった。
”3か国の祭典に行けたら!”
彼女が逃亡生活を始めてもうすぐ3年になる。
それから風の便りで、弟があの火事から生還し、父の後を継ぎ、叔父の協力の元、立派に務めを果たしていることは知っていた。
”ずっと逃げ続けていても何も問題は解決しない”
これは、黄盛に奇襲された時に感じたことだった。
今の身分では到底中ノ国の近隣3か国の祭典どころか、中ノ国の皇宮にすら一歩も立ち入ることができない彼女は、ふと、西乃国では国際祭典はしないのだろうかと思った。
彼女が知る限り西乃国では今迄そのような国際祭典を行ったことはないが、皇帝が劉煌に変わってから、今迄の慣習がことごとく変わっているのを目のあたりにしている張麗は、ふと今後彼が国際祭典を行わないとは限らないとも思った。
”それにいずれ劉煌殿は皇后をお迎えになるだろうから、その時は他国の皇族が必ず呼ばれるはず。そうなると皇宮内に住んでいるのは好都合だわ。”
そしてそう思うと、少し気分が落ち着いたからか、お腹がぐーっと鳴った。自分のお腹の音に笑ってしまった彼女は、気を取り直して昼食をとりに部屋を飛び出していった。
~
旧後宮の工事現場では、李亮がいつものように扇子を仰ぎながら、パティオの椅子に腰掛けて日光浴をしていた。
「なんだ、2週間開けられないなんていうから、どんな仕事かと思ったら。」
突然そう後ろから声をかけられた李亮は、思わず飛び上がって、腰を抜かしそうになった。
「皇帝陛下におかれましては本日もご機嫌麗しゅう。」すぐにリカバリーした李亮は、立ち上がって深々と頭を下げると、そう白々しく劉煌に向かって言った。
いつも通り劉煌は両手を後ろで組むスタイルで立ちなおすとこれも白々しく「うむ。」と言ってから、「今日は視察に来た。」と伝えた。
すると、嘘かホントかわからないが、李亮が恭しく「お待ちしておりました。さあ、こちらへ。」と言って、すぐに旧後宮の工事現場の案内を始めた。
西乃国の旧後宮は、中央に大庭園がありその庭園を中心として東西に妃や子供たち用の御所が12宮ずつランダムに配置されていた。それらの宮には、外側にそれぞれの庭園があり、その庭園を挟んで最外郭の壁に面した場所に女官達の宿舎があった。
旧後宮の西側の1/4は、美容施設に変更を命じていたが、それらはもう完全に内装は出来上がっていた。
4つの建物はそれぞれ、美容コース価格の高い順に、ラグジュアリー楼、ゴージャス楼、プレミアム楼の3棟と、美容に徹底的にこだわった食事がいただけるレストラン棟になっていた。
それぞれの楼内の内装調度品は、最低ランクのプレミアムでも、さすが元後宮を感じさせるような、日常を逸脱した天にも昇るような仕様にすることになっていた。
「まず一番門から近いプレミアム楼から行きましょうか。美容施設の中では最低ランクですが、それでもきっと陛下にお気に召していただけると思います。」
いつもとは違って恭しく李亮が、プレミアム楼の扉を開けた。
その中に一歩足を踏み入れると、すぐに吹き抜けの空間が広がり、清潔感あふれる白い壁と同じく真っ白な天井に歓迎される。
相変わらず手を後ろで組みながら劉煌が中に入って見回すと、西側に受付、東側には、高級感溢れる椅子が何脚かあった。
「いいな。」と一言劉煌が言うと、李亮は続けて説明した。
「盗難防止用に、全ての楼の出入口は受付後はすぐ御着替え室です。ここで、陛下デザインの施術用のローブに着替えていただき、クロークで荷物を預かります。」
そして彼がクロークの斜め後ろのドアを開けると、壁掛け式の蝋燭の炎が揺れる、上品な廊下が南北に1本あり、その左右に1部屋8畳ずつの施術用個室が並んでいた。劉煌は1部屋を開けると、白い施術台が1台と、やはり白い施術用品棚が1竿あった。
劉煌はまだ手を後ろで組みながら、李亮に「いい感じだ。まずはプレオープンで女官たちに試してもらおう。中ノ国での経験から、絶対女官たちも通常料金でも受けたがるはずだ。プレオープンなので、アンケートに答える条件でプレオープン期間中のみ半額で出してみよう。」と告げると、李亮も宋毅も半額は安すぎないかと懸念を示した。
「まずは赤字覚悟の先行投資よ。とにかく体験しなければトリートメントのよさなんてわからないんだから。まずは体験してもらう。大丈夫。一度体験したらもう後には引けないからね。なんとかお金を捻出して通うはずだ。だから従業員の女性家族も先行期間限定で、やはりアンケートに答える条件で4割引でやろう。具体的なプレオープンは私が中ノ国から帰国してからだから、念のため3週間後からに。それまでにビューティーセラピストの最終チェックをしておかないとな。早速予約開始してくれ。」
そう劉煌が早口で申し伝えると、李亮はお辞儀をしながら「御意。プレオープンはプレミアム楼だけで良いですよね。」と念を押した。
「勿論。プレミアムのアンケート結果が出ないとな。」と言うと、劉煌はすぐにゴージャス楼に向かった。
ゴージャス楼も劉煌はOKを出し、次にラグジュアリー楼に向かうと、劉煌はラグジュアリー楼に向かう道でまずダメだしをした。
「ラグジュアリーなんだから、プレミアム、ゴージャスと一線を画さなきゃ。門から入ったら後はラグジュアリー楼にだけ行ける専用歩道を作って。」と劉煌は言うと、大げさに両手を上げて「歩道も外から見えないようにバラのアーチを作るのよ。」と付け加えた。
ラグジュアリー楼の中に入ると、これには満足したようで、壁を優しく叩きながら「いい感じ。いい感じよ。」と満足げに劉煌は語った。
「ラグジュアリー楼は、陛下のご指示通り、個室内でスパを堪能でき、さらにレストラン楼からルームサービスを注文して召し上がっていただけるようになっていますので、ここに入ったら、もう1歩も外に出なくていい、日常を忘れて究極のリラックスができる空間にしました。」
李亮はそう説明しながら、その建物の一部屋を突っ切って窓の方に向かい、その天井まであるような大きな窓をバーンと開けた。
その窓は出入口にもなっていて、その先は独立のバルコニーがあり、外に出られるようになっていた。そこには日光浴を存分楽しめるようにクッション付きのリクライニングチェアと本を置いたり飲み物を置けるような簡易テーブルが備え付けてあった。
劉煌は、バルコニーに出てすぐ椅子に座ると、周りを見まわし、「外から丸見えにならないかしら。」というなり、普通の建物に換算すると3階位の高さはあるバルコニーからぴょんと下に飛び降りて、バルコニーを見上げてみた。そして今度はかなり遠くに走って行って、いろいろな場所からバルコニーをみていた。
劉煌に遅れまじと、慌てて宋毅と李亮が息をきらせながら出口から出て、走って劉煌に追いつくと、全く普通の呼吸の劉煌から「一応どこからも見えないけど、念のためバルコニーの周りに竹をいっぱい植えて頂戴。朕が外から見えないかしら?って気になったくらいだから、気になる人もいると思うから。あとレストランはどうなっている?」と聞いた。
息を切らせている李亮は、必死に息を整えながら「はい。料理長として宮廷料理人が交替で勤務することになっています。」と早口で一気に言ってから、懐からシフト表を取り出して劉煌に渡した。
劉煌はシフト表を見ながら「レストラン楼もプレオープンに間に合わせて。」と命ずると、突然彼は顎に手を当てて、少し考えはじめた。
宋毅と李亮は何事かとお互いを見合っていたが、劉煌は何かを思いついたようで、李亮のことを見あげると、水曜日の夜に予定があるかと彼に聞いてきた。李亮が何もないと答えると、劉煌はニッコリ笑って言った。
「では、レストラン楼の評価のために水曜日の夜に、4人で試食会をやろう。水曜日のシフトの宮廷料理人とスタッフを呼んで準備させて。あとヘッドウェイターとウェイトレスも呼んで。本番モードで本気でやってもらおう!」
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