第四章 過渡
白凛と張麗を友鶯宮に送り届けた劉煌と李亮は、天乃宮に向かう途中で、さっき出会った占い師の諸葛瑛聖の話になった。
「もしかすると張麗さん、本当は相当身分が高いのかな。」
李亮が口元に拳をつけてそう呟くと、すぐさま「朕よりもか?」と劉煌に指摘されてしまった。
「男より女の方を優先して皇帝にする国、、、」と口にしてから、すぐに「聞いたことないな。」と李亮は自分で言いだして自分で否定した。
さらに彼はそこで止まることなく「それに医者やってるって、これこそ上流階級の娘じゃないよな。」と言い出すと、張麗無限ループにはまっていった。その様子を隣で歩きながら伺っていた劉煌は、首を振りながら李亮に向かって「まあ、一杯飲んで行けよ。」と誘った。
二人で仲良く肩を組みながら天乃宮の階段を昇ると、筆頭宦官の宋毅が血相を変えて飛んできた。
「陛下、お待ちしておりました。中ノ国の使者が陛下にとこれを持って参りました。」
彼はそう言って震える手で書簡を劉煌に差し出した。
劉煌は頷きながら書簡を受け取って「どうせ毎年恒例の祭典の件だろう。」と言うと、あからさまにホッとしている宋毅をそこに置き去りにして李亮と共に応接間に入っていった。
二人向き合って腰掛けると、慣れたもので何も言っていないのに宋毅は、酒とつまみの乗った盆を持ってきて、それを二人の前に置いてから劉煌に向かってお辞儀をした。
劉煌は書簡を開けながら、「宋公公、ありがとう。」と言うと、宋毅はすぐに退出した。
劉煌は中に入っている書面を読み始めたが、途中で「えっ。」と言うと、書面から目を放し、酒を注いでいる李亮に、旧後宮のリノベーション状況について聞いた。
李亮は、「医療施設の方は途中で変更があったから遅れているけど、美容施設のハード面はもう殆ど終わっている、後は人の問題だけだ。」と言うと、劉煌は「わかった。明日そっちに行って見てみよう。」と言うと、李亮に向かって唐突に「2週間くらい一緒に中ノ国に行けそうか?」と聞いてきた。
「現場総監督的には2週間はきついな。何で?」李亮がそう聞くと、それにサラッと劉煌が答えた。
「小春が妊娠したらしい。」
それを聞いた瞬間、以前白凛に聞かされていた小春の話や劉煌が倒れた時の譫言が頭を巡った李亮は、劉煌にとってショック極まりないであろうことが書かれているはずなのに、目の前にいる彼が普段と変わらなさそうに書面を読んでいることに激しく不安を覚えた。
それ故、李亮の口から飛び出したのは「そうですか。」でも「それは中ノ国はおめでたいことですね。」でもなく、「お前大丈夫か?」だった。
「え?朕は大丈夫だよ。小春が大丈夫じゃないんだよ。」
書面から目線を外し、目の前に座っている心配そうな顔をしている李亮に向かって、劉煌は真顔でそう答えた。
李亮は席を立ち、劉煌の背後に回ると彼の両肩を掴んだ。
「もしかして、ショック過ぎてショックを感じなくなっているとか?」
「は?なんで、何がショックなの?」
劉煌の問いに、李亮があたりを見まわしながら彼の耳元で小声で囁いた。
「だって、小春が妊娠したんだろう?お前の小春が。」
劉煌はそれを一笑すると、李亮の心配をよそに平気で答えた。
「小春は中ノ国の皇后だよ。妊娠しなきゃ困るだろう。それに彼女は成多照挙の妻だ。朕の皇后ではない。だが一緒に育った仲だ。愛おしい存在であることは確かだ。」
「その、、、張麗さんよりもか?」
「もしそうだったら、今頃こんなに冷静でいられると思うか?」
「思わない。だから、、、」”どうしたことかと心配してるんじゃないかよー!”
「ただ、書簡によると悪阻が酷いらしいから、早めに来て、朕に診て欲しいそうだ。」
カメレオンのように李亮は顔色を変えて、今度はムッとしながら劉煌に聞いた。
「その書簡、差出人は誰だ。」
「勿論成多照挙だ。」と劉煌が当たり前じゃんという顔をして答えた。
この回答に俄然李亮は怒りモードがMAXになり、今度は劉煌の後から前に躍り出て叫んだ。
「成多照挙は失礼じゃないか!西乃国の皇帝に往診しろなんて!」
そして応接間のテーブルを1発バシっと叩いた。
李亮がどんな様相になろうとも、相変わらず劉煌は静かに答えた。
「しょうがないよ。まともに診られる医者が居ないんだもん。逆にあのプライドの高い成多照挙が、小春と朕の過去を知っていながらそういうことを言ってくるのは、よっぽど小春の悪阻が酷いんだと思う。」
この回答に李亮は心底驚き、ほーっという顔をして「お前変わったな。」としみじみ言った。
劉煌はそれに答えずにいると、李亮はまた劉煌の後ろに行き劉煌の両肩に両手を乗せて「とにかく小春のことが断ち切れたんだったら良かったよ。」と言って息を吐いた。
しばらく二人はそのままの状態で何も話さず、ただそこに居た。
二人の沈黙を破ったのは劉煌だった。
劉煌は李亮の右手の上に自分の右手を乗せてパンパンと叩くと、「そろそろ彼女に本当のことを教えてもいいのかなとも思っている。」と言うと、振り返って李亮を見た。
李亮は劉煌から手を離すと、「悩ましいところだよな。いかんせん彼女の身元がわからないから。」と言いながら自分の席に戻って劉煌を真直ぐ見つめた。
すると突然劉煌は大きく伸びをしてから話し始めた。
「今回中ノ国に彼女も連れて行こうと思っている。勿論彼女が嫌がるなら連れて行かないけど。」
李亮は、「この国の人じゃないかもしれないから?」と聞くと、劉煌は珍しくニヤリと笑うと「相変わらず勘がさえているな。」と言い、盃を持ち上げてから一気に盃を空にした。
「でも中ノ国に連れていくなら、先にお前の身分明かしておかないと、中ノ国に着いたらバレるだろう。」と李亮が心配そうに言うと、「だから条件をつけておくのさ。小高蓮の身分を明かさないことって。その条件をのまないなら、わざわざ早く行って診てやらないだけだ。」と、サラッと劉煌はそう言ってから立ち上がった。
「大将軍が2週間あけられないなら、将軍に頼んでみるか。」
~
翌日の昼に皇帝に呼び出された白凛は、”昨晩の今日でなんだろう?”と思いながら天乃宮の応接間に入ると、山盛に高く積まれた馬蹄糕を見て、口を一文字にして目を細めた。
”これは単なるお願いごとではなさそう”
と思うと、美味しく食べられるうちに頂こうと意識を変えて、馬蹄糕山の頂を手でつまむと、早速それを口に入れた。
”うーん、やっぱり皇宮の馬蹄糕って最高!至福の時だわ。”
白凛はそう思いながら、ここが天乃宮だということをすっかり忘れて、次々と馬蹄糕を口に運んだ。
それを知ってか知らずか、白凛が6つ目の馬蹄糕に手を伸ばしたところで、劉煌が応接間に入ってくると、白凛は馬蹄糕を取るのを止めて、立ち上がりお辞儀をした。
劉煌は、チラっとテーブルの馬蹄糕山を見ると、だいぶ切り崩されていることがわかり、片方の眉を上げて軽くふむとだけ呟いてから白凛の方を向くと、手で座るように合図した。
劉煌はもったいつけるような感じで着物を払い、白凛が座った後に向かい側の椅子に腰掛けると、何を思ったのか、自分も馬蹄糕に手を伸ばしたので、それを見た白凛が、ゴクリと大きな唾を飲み込む音を立てた。
その音で手が空中に浮いたまま白凛を見た劉煌は、慌てて馬蹄糕に伸ばしていた手を下の方に降ろし、馬蹄糕の皿に添えると、「どうぞ」と言って白凛の前に皿を押した。
白凛は「ありがとうございます。陛下。」と言ってから馬蹄糕を取って、また食べ始めた。
しばらくして、待ちくたびれた劉煌が、「もー、いったい幾つ食べたら気が済むのよ!」とキレると、白凛は真剣な顔をして、「幾つだろう?やったことが無いからわからない。」と言って考えこみながら、それでも馬蹄糕を食べ続けた。
劉煌はあきれ返って、「そろそろ本題に入っていい?」と言うと、白凛がいいとも言っていないのに、話を始めた。
劉煌が話している最中も咀嚼行為を続けていた白凛が「ということは、2週間中ノ国に付き合えということね。行きますよ。」とあっさりと承諾したので、劉煌は肩透かしをくらってしまった。
「本当にいいの?」と劉煌が李亮のこともあって心配そうに聞くと、「ええ。それに実は私も太子兄ちゃんに話したいことがあって、それを調べるためにもいい機会だなと思って。」と言ったので、劉煌は身を乗り出して「何?」と聞いてきた。
白凛は、ようやく満足したのか、馬蹄糕には目もくれず、劉煌の目を見て、「れいちゃんが面白いことを言ってました。ご家族の話を振ってみたところ、両親のことはサラッと亡くなったと言いましたが、弟さんの話になると、、、死んだとは言いましたが、あの言い方は嘘です!れいちゃんの弟は生きています。」と言いきった。
劉煌は今度は両腕を胸の前で組むと、目を瞑り、椅子の背もたれに寄りかかって「うーん。」と言った。
「れいちゃん、弟さんに命狙われているんでしょうか。」
「・・・・・・」
「とにかく弟さんは、京安にはいないだろうし、京安にやってくることもないと思って、れいちゃんは京安に住みついたんだと思うの。それに彼女は西乃国中どこでも目撃証言が無い人だから、もしかすると中ノ国の人かもしれない。そう思ってたところだったから、大義名分で中ノ国に行けるのなら身元を調べるいいチャンスだと思って。」
それを聞いて、劉煌はハッと、彼女を中ノ国料理に誘った時のことを思い出した。
彼女は1回目は中ノ国料理を躊躇したが、次は自ら中ノ国料理を希望した。
古今東西、他国で自国料理を食べることほど、期待に溢れて出かけ、味を見てガッカリすることはない。
劉煌は、中ノ国に居たときに西乃国料理屋で羊のシチューを初めて頼んで食べた時の怒りを思い出した。
”これは西乃国料理ではない!これが西乃国の羊のシチューと思われたらと思うとゾッとする!西乃国を冒涜するな!”
もしかすると、彼女は、劉煌が連れていく前は、この国で本当の味を出せる中ノ国料理屋に巡り合えていなかったのかもしれない。
そう思うと、彼女が中ノ国の人である可能性は否定できない。
ずっと顎に手を当ててあらぬ方向を見ていた劉煌は、白凛の説に「うん、わかった。じゃあ、お凛ちゃんは、中ノ国にいる間、中ノ国で彼女を見たことがある人がいるか探してくれる?」とボソッと言うと、白凛は劉煌を見つめながら「わかったわ。」と言って彼の考え事の邪魔をしないようにと、早々に席を立った。
そして、彼女は、最後の馬蹄糕を指先でつまむと、それを肩の高さまで持ち上げてから、「ごちそうさまでした。」と言って、大きな口を開けて口の中に詰め込み、そのままお辞儀をして、いつものように軍隊式にくるっと踵を返して部屋を出ていった。
”あとは、彼女が行くと言ってくれるかだけだな。”
劉煌はそう思いながら仮面を被ると、結局一つも馬蹄糕にありつけないまま、今度は旧後宮の現場に視察に行くために宋毅を呼んだ。
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