第四章 過渡
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今日から第4章に入ります。
貴族の反乱をおさえ、だいぶ落ち着いた西乃国。
その皇帝劉煌のお相手として果たして張麗はふさわしいのか。
張麗を探るために白凛が彼女のルームメイトになることに。
どうぞお楽しみに。
白凛の引っ越しは大変だった。
彼女の両親があれもこれも持って行けとうるさかったからである。
友鶯宮の自室に入りきらないほどの衣装と装飾品を持たされた白凛は、本当にうんざりしていた。
張麗は、仕事の合間に彼女の引っ越しを手伝ったが、白凛が山のような装飾品を両手に持ち上げながら「こんなのいらない。」と言って見渡した衣装・装飾品の山に「私もそう思う。」と本当に心から彼女に同情した。
白凛は、その中でも一番派手で、どうみても舞台衣装にしか見えないショッキグピンクのフリフリ着物を張麗に見せると、「私、この前これ着させられたのよ!」と吐きそうな顔をして叫んだ。
張麗はそれを見てその細過ぎるラインに、思わず「これ入ったの?」と目を大きくして聞くと、白凛は、「3人がかりでようやくね。」と言ってから、その着物を丸めるとポイっと投げ捨てた。
「太子兄ちゃんも一目見て、『どうしたの?』って言って駆け寄ってきて聞いたわよ。だからこれが私の両親の精神状態だって教えてあげたの。そうしたら、太子兄ちゃんがここで暮らしていいって言ってくれた。」
白凛が本当に食傷ぎみにそう言うと、張麗は笑って、「では着ない物はここに入れたままにしておきましょうか。」と言って長持の蓋を開けて白凛が先ほど投げた着物を綺麗に畳んで入れた。
白凛はしらばっくれながら、「あなたの両親はうるさく言わないの?」とうざそうに聞くと、別の白凛の衣装を畳んでいた張麗は特にそれに驚くでもなく「うちはもう二人とも死んでるから。」と手を休めずにサラッとそう言った。
「あ、そうなの。知らなかった。ごめんなさい。」
自分でも驚いてしまったほど暖かい声で白凛が謝ると、張麗は手を止めて白凛の方を振り向き、首を振りながら「ううん。」と言って微笑んだ。
「どんな方だったの?ご両親って。」
珍しく優しく静かに白凛がそう聞いた瞬間、張麗の顔が少し曇ったのを彼女は見逃さなかった。
「あ、ごめん。変なこと聞いちゃったわね。忘れて。」
白凛は、そう言うと張麗にまかせっきりだった親が見繕った自分?の?着物を畳みだした。
張麗はしばらくそのままの姿で黙っていたが、遠い目をしてぽつりぽつりと語り始めた。
「ううん、そんなことないの。ただ今思うと、父も母も遠い人だったなって。父は厳格だったけど、それ以上にとっても心配性だった。考えてみれば、父がいつも体調が悪かったのは、性格のせいだったのかも。。。母は弟が生まれてからずっと弟に付きっきりだったわね。」
「じゃあ、どうやって過ごしてたの?」
手を休め任務を完全に忘れた白凛が好奇心からそう聞くと、張麗はニッコリ笑って「解剖!」と嬉しそうに答えた。
その意外と言えば意外、ただ張麗なら意外ではない回答に、白凛は吐きそうな顔をして「はあ?」と言うと、張麗は笑いながら「医者の所に転がり込んで邪魔してた。」と言った。
「だってその方がずっと楽しかったんだもん。肝臓の色が人によって違ってたりするし、膝が何で前に曲がらないのかもわかったし。」
本当に楽しそうに、そして時折うっとりとした目で張麗がそう言うのを見て、白凛は目をぱちくりさせ口をぽかんと開けた。
”私より変わった女の子がいたとは…”
そして次第にこの自称張麗を警戒していたのも忘れて、彼女への妙な親近感が白凛の中でぐんぐんと芽生えてきた。
「へえー、でもそのお医者さん、よくそんな子供なのに相手にしてくれたね。」と任務からではなく本当に彼女が知りたくて白凛が聞くと、「そうよねー。何でだったんだろう?」と張麗も本当に不思議そうな顔をして首を傾げた。
そして、何かを思い出すように
「ずっと側に居させてくれて、夜になると家に送ってくれてたわ。でも条件があったの、ちゃんとおひ、、、」
と、そこまで言って張麗はハッとして口をつぐんだ。
すぐに白凛は「お昼寝する?」と援護を入れると、張麗はニッコリと笑って「それもあるけど、ちゃんとお勉強してお作法やお稽古ごとも言われた通りやらないと来ちゃダメって言われてた。」と言った。
白凛は「そうなんだー。」と言いつつ、そこは完全に探偵モードに切り替わっていた。
”他のことはともかくとして『お作法』をとやかく言われるのであれば、ある程度高い身分だったってことだわ。”
「そうだ、そう言えば弟さんはどうしてるの?」
白凛が立って装飾品を取りに行くフリをしながらそう聞くと、張麗は今迄の明るい感じから一気にモードが変わり、小さく消え入るような声で答えた。
「お、弟も、、、死んだわ。」
直観的に白凛はこの返事が嘘だと思った。
”彼女の弟はたぶん生きている。その弟を避けて暮らしていると言うことは、弟に命を狙われているってこと?ってまさか、両親殺し?いや、それならさっきの両親の話の時にお茶を濁すわ。こんなに嘘ついてるのわかりやすいんだもの。もし、そうなら、弟は京安にはいないし、京安に来るはずもないって考えているってことよね。”
申し訳なさそうに白凛は「そっか。。。」と返事をしたが、すぐに希望に満ちて「じゃあ、私が新しい家族ね。」と最後は本気でそう言っていた。
すると、張麗は口を少しだけ開け、大きな目を更に大きく開けて白凛を見つめた。
白凛は左の口角だけ上げて微笑んでいた。
それをしばらく見ていた張麗は、今度は彼女自身が満面の笑みをたたえ凄く嬉しそうに「うん。」と言って頷いた。
~
日曜の晩、白凛と張麗が友鶯宮から出てくると、下で李亮と劉煌が話しながら待っていた。
白凛は、彼らを見るや否や「どこに行く?」と挨拶もアイスブレイクもなく、いきなり本題に入った。
それに慣れている李亮は「適当にぶらぶらするんでいいんじゃないの。大体決めていても、いつもの混み具合だと、そこに行けるかどうかもわからんしな。」と答えると、すぐに白凛の手を取った。白凛は劉煌の前では恥ずかしいので、反射的に取られた手を外すと、今度は張麗に向かって「れいちゃんは、どっか行きたいとこある?」と聞いた。
「れいちゃん?」
と男二人が同時に素っ頓狂な声を上げて聞くと、白凛は、「そうよ、私たち姉妹になったの。私は凛姉ちゃん、あっちはれいちゃん。」と言って張麗の方を親指で示すと、張麗はとっても嬉しそうに「どこでもいいよ。凛姉ちゃん。」とまるで小さな子供に戻ったかのような声で言った。
「じゃあ、適当に行きますか。」と劉煌が言うと、自然に前が李亮=白凛ペア、後ろに劉煌=張麗ペアとなって4人が歩き出した。
何しろ白凛が有名すぎるので、門に向かいながら彼女は、自分の顔が他人に見られないよう、朝顔の刺繍が下部に小さく入った白地の面紗を取り出し、歩きながらそれを顔につけた。それを見た張麗もお揃いの面紗を懐から出しふふふと笑った。
4人が銚期門から一歩足を踏み出した時、あまりの門の外の賑わいに驚いた劉煌はそこで茫然として思わず立ち止まってしまった。
「いやー凄い人出だな。」
劉煌が目をぱちくりさせて驚いて言うと、白凛も「今年はいつもよりずっと多いんじゃない。」と目を丸くして言った。
あの190cmはある巨人の李亮が背伸びをして「ホントだな。マジで人の頭で道が見えないぞ。」と腕を胸の前で組んで言うと、張麗は人混みが苦手なのか珍しくモジモジしながら「行くのやめます?」と恐る恐る聞いた。
せっかくのダブルデートを他人のせいで無しにされたくない劉煌は、なんとかもう少しましな場所はないかと左右をうかがうと、幸い向かって右手は大通りよりましなようだった。
「凄いのは大通りだけみたいだよ。右行ってみるか。」
劉煌がそう言うと、全員が一斉に右に顔を向けた。確かに右手はそれ程酷い混雑ではなかった。
「どうして大通りだけ凄い人なのかしら。」
張麗が不思議そうに呟くと、
「たぶん道の両側に出店があるからじゃないか?1本通りを入ると確か片側しか出店がでてなかったと思う。」と李亮が説明した。確かに彼の説明の通り、大通りの1本脇道を見てみると確かに道の片側だけに出店が並んでいた。
それで何か思い出したのか白凛が「川沿いに行かない?川沿いだと混んでいてもそんなに気にならないかも。」と提案した。
川沿いには桜の木がずっと植わっていて、その木々の枝に提灯が等間隔に吊るされていた。
道幅は脇道より狭いぐらいなのだが、木々と土手があるせいなのか、出店が出ていて人通りが多くても、ゆったりした感覚に感じられる道だった。
「凛姉ちゃんの言う通りですね。混んでいてもここは気にならないわ。」
張麗がそう感想を述べながら、向こうから来る人にぶつからないようによけた。
それを見ていた劉煌が「こっちに。」と言うと、張麗の手を取って、自分の後ろを歩かせた。
張麗はすっかり子供に返った気分になって、「お父さんもよくこうしてくれたわ。」と言って、繋いでいる手を上げて見せた。
後ろ手にしている劉煌は、腕を上げられて思わず「いてて。」と言って振り返ると、張麗は歯を見せながら「お父さんも痛いって言って振り返った。」と言って笑った。
「お父さんは君のことを大事にしてたんだね。」
「ええ。心配し過ぎなほど。」
さっきとは打って変わってしんみりした声で張麗はそう呟くと、彼女の手に力が無くなり、彼の手を離した。劉煌は慌てて振り返ると、張麗が人ごみの中、立ち止まっているのが見えた。人の進む波に逆らって張麗の所に急いで戻った劉煌は、彼女が飴屋の前でボーっとしていることに気づいた。
「サンザシ飴食べたい?」
その声で我に返った張麗はハッとして「あ、いいえ。ただ懐かしいなと思って。」と劉煌にむかって顔を上げて答えると、今度は劉煌を通り越して先をキョロキョロ見て不安そうな顔をした。
「あれ、大将軍と凛姉ちゃんは?」
劉煌は振り返って背伸びをすると、「あっちだ。」と言って、張麗の手を取り「今度は離さないで。」と念を押した。張麗は、はにかみながら一度コクっと頷くと、その後は劉煌の顔を見ず俯いたまま彼の導くまま進んでいった。
無事人波をかき分けて李亮と白凛に追いついた劉煌は「なんか食べないか。腹減った。」と、まるで孔羽のようなセリフを吐いた。
李亮は、しょうがないなという顔をしながら「川沿いからちょっと入った鍵型の狭い路地の奥にある、知る人ぞ知る店なら空いているだろう。ここを入って、、、」と言って右に曲がった。
その道を突き当りで左に曲がったところで、初老の男性が一人、右左と何回も身体ごと方向を変えて少し動いては止まり、また歩いては止まっていた。
劉煌が気になってその人をよく見てみると、壁に片手を滑らせていたことに気づき、「すいません。そこのお方、どちらに行かれようとしていますか?」とその初老の男性に声をかけた。
その声に気づいた初老の男性は、「これはこれは御親切に。実は陽漢菜館に行こうと思っているのですが、道に迷ってしまって。」と言うと、李亮が「私たちもそこに向かっているので、では一緒に行きましょう。」と言って歩き出した。
劉煌は張麗の手をそっと離し、初老の男性に向かって、「失礼ですが、目に御病気がおありではないですか?」と聞くと、初老の男性は「はい、全く見えないので、手が頼りです。」と言って壁を軽くたたいた。
「よろしければ私に摑まってください」
劉煌はそう言って老人の手を取ると、自分の右肘に男性の手を誘導した。
それを聞いた初老の男性は満面の笑みを浮かべ「ありがとうございます。ありがとうございます。」と何回も礼を言いながら劉煌の腕をかりて彼と一緒に歩いた。
陽漢菜館に着くと、初老の男性は、すぐに受付台に手をついて自らの名を名乗った。
すると受付は飛び上がって驚き、「お連れ様がお待ちです。すぐお声をおかけします。」と言って中に飛んでいってしまった。
初老の男性は4人の方を振り返ると、深々と頭を下げて、
「ありがとうございました。おかげさまで連れと合流できそうです。」と言ってから、
李亮と白凛の方を向くと、
「今は大変でしょうが、必ず道は開けます。大丈夫です。お二人とも自分たちを信じて、二人で力を合わせてよい家庭をお作りなさい。そしてお二人とも国の為、若き皇帝陛下のサポートをお願いしますよ。」
と言った。
まったく思いもしないことをこの初老の男に言われた面々が茫然としていると、彼は、今度は、劉煌と張麗の方を向いて、
「これは、私も長く生きてきましたが、こんなに高貴なお二人に出会ったのは初めてです。特に女性の方。光栄です。」
と言うと、今度は劉煌の手を手探りで取って、
「さっきは本当に御親切にありがとうございました。あなたのような方が国を背負っているなら、この国は何百年いえ何千年と繁栄するでしょう。安心してください。それから、いいですか、あなたの横に立っている方は、女神さまなんですよ。大事にしてあげてください。決して手放してはいけませんよ。大切に大切になさい。いいですね。」
そう言うと、呆気に取られている4人を残して、迎えに来た連れと奥に行ってしまった。
トランス状態から覚めた白凛は慌てて受付台に手を着くと、受付の男に「ね、今のあのおじいさん、名前なんていった?」と聞いた。
「あ、あの人は、かの諸葛瑛聖だよ。あんた達ラッキーだったね。諸葛瑛聖の占いは5年先まで予約がいっぱいで、全然見て貰えないことで有名なんだよ。」
商売柄、受付の男はご丁寧に聞いてもいないことまで答えてくれたが、商売人らしく自分の商売に関係することも容赦なく聞いてきた。
「ところでオタクさん達うちの予約は?」
白凛が平然と「してないわ。」と言うと、受付の男はどうしようもないという顔をして「花火大会に予約なしで”うちにくるなんていい根性しているな。席が空けばいいけど。」とぼやいた。
するとそれを耳にした劉煌が「お席が無いなら、持ち帰りはできそう?」と聞くと、男はホッとした顔をして「そうね、お持ち帰りなら30分位でお渡しできると思うね。今お品書きを持ってくるね。」と言うとまた中に入っていった。
1時間後、川沿いの道から土手に出た4人は、川の土手で陽漢菜館のお持ち帰りの包みを広げていた。
「それにしても、諸葛瑛聖さんって目が見えないのに、どうして私がいるってわかったんだろう、しかも私が女で、しかも。。。」
白凛が李亮をチラチラ見ながらそう言うと、李亮も
「いや、本当に驚いたなー。当てずっぽうにしても、あまりに的を得ていて鳥肌立っちまったぜ。」
と言って白凛を見つめた。
劉煌は張麗に自分の身分がバレるのではないかとハラハラしていたので
「占いなんて、当たるも八卦当たらぬも八卦よ!」
と力説すると、何故か張麗も
「そうですよ。大体私は人間だし。」
と言って何回も大袈裟に頷きながら劉煌に同意した。
「確かに女神はないよなー。」
と李亮が地に足のついたことを言うと、
「そんなの、たとえで言ってるにきまってるでしょ。私だって何回も戦場の女神ってたとえられたし。」と白凛が横やりを入れたが、李亮はその横やりをもろともせず、愛おしそうに彼女を見て呟いた。
「確かにそうだったな。」
すると何を思ったのかいきなり白凛と李亮の二人の会話の間に張麗が入りこみ
「凛姉ちゃんが戦場の女神だったら、私は解剖室の女神だね。」と笑いながら冗談を言った。
ところが、その冗談に白凛は真面目に反応して、何か悟ったような顔をすると
「そうよ!私たちはただの姉妹じゃなくて、女神姉妹だったのよ!」と宣言したかと思うと、李亮を置いて張麗の横にやってきた。彼女は、張麗も一緒に彼女の横に立たせて、茫然として箸を持ったまま座っている男二人を見下ろすと
「いい、下々の男どもよ。私たちは女神なんだからね!」
と言って、いーだと言う顔をして見せた。
張麗はそれが余程楽しかったのか、ずっと白凛の横でコロコロと笑っていた。
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