第三章 模索
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
それは、翌日のお昼に起こった。
いつものように、女官の髪型と制服で賄い食堂に行った張麗は、一人座って黙々と食事をしていた。
すると、後ろのテーブルに女官3人組が座って食事をし始めると、予想だにしなかった内容の噂話が始まったのである。
その内容とは、なんと、『西之国の皇帝陛下が男色』であり、事もあろうにその相手が、『御典医長の小高蓮』だと言うのだ。
お箸でごはんを口に運んでいた張麗は、それを聞いて思わずお箸のご飯をぽろぽろと落としてしまった。慌てて震える手で懐から懐紙を出すと、それで落ちたごはんを拾い、また箸を持ち直したものの、張麗の意識は完全に後ろのテーブルに同調していた。
女官の一人でキンキン声の者が、叫んだ。
「間違いないわ!だってこの私が皇帝陛下の目の前を通っても、何の反応もしないのよ!何もよ!こんなこと、私の人生であったことないわ。この、歩けば男達が皆振り返る、モテて困っている魔性の女である私を見ても、何も反応しないなんて、男色しかありえないわ!」
さらに彼女はエキサイトしながら続けていった。
「それに、何度も見たのよ!天乃宮から白昼堂々乱れ髪で出てくるあの小高を!酷いときには着衣も乱れていて、帯を結び直しながら走って出ていくのも見たことがある!それから、夜中に男同士で肩を抱き合って天乃宮に入っていくのも見たことがある!」
彼女は唾を飛ばしながら「大体、あいつ男のくせに、やたら美容に詳しいし…」と続けていると、
「えー、皇帝陛下はそういう家系かもしれないけど、小高御典医長は本当にそうなの?中ノ国では女の子たちの追っかけがいたって話よ。だから私も追っかけしているのに。」
「しー。ここは皇帝陛下が厳しくして追っかけ禁止になっているじゃない?大きな声でそれを言っちゃダメよ。それにしても小高御典医長は本当に女の子はダメなのかしら…」
と嘆く高低の別の声が聞こえてきた。
その時、張麗は友鶯宮に引っ越してきた時の小高蓮との会話を思い出した。
~「まさか、皇帝陛下は私を囲うおつもりなのですか。」
「そんな訳ないでしょ!失礼ね!」
「小高御典医長、この建物、どう見てもやはり御妃様用の建物にしか見えませんが…」
「大丈夫よ。皇帝はそういう気は全くないから。だから旧後宮のほとんどは、西乃国復興プロジェクトで、今切り離し中よ。」
「こ、後宮をなくすって、それ、皇帝陛下はお妃をお娶りになる気は無いってことですか?」
「当然よ。国がこんな状態で、そんな暇なんてないわよ。」~
そして、あれからずっと張麗の心を占めて、揺さぶり続けてきた小高蓮の言葉が彼女の頭の中でこだました。
「私と結婚してくれないか?」
「君の力にならせてくれないか?」
”いったい、どういうことなの?皇帝陛下と関係がありながら、私にそんなこと言っていたなんて。”
”まさか私を隠れ蓑として利用するつもりなんじゃ...”
何が何だかわからなくなり、顔から血の気がスーっと引きすっかり食欲が無くなった張麗は、部屋中に聞こえたかと思うほどの大きなゴクリという唾を飲み込む音を立てると、ゆっくり席を立って食器を返却口に持って行った。
返却口では料理人がほとんど口のつけられていないお盆の中を見て「あれ、今日のあまり美味しくなかった?」と残念そうに張麗に話しかけた。
「いえ、今日は私の調子が良くなくて。いつも美味しいです。御馳走様。」
張麗は丁寧にそう答えると、料理人は「ほんとだ、あんた、顔色凄く悪いよ。大丈夫かい?」と聞いてきた。それに「ええ」と上の空で答えながら、張麗は、彼女が今迄座っていた席の、後ろのテーブルにいる3人組を見た。
3人とも皆かなりの美人だったが、その中でも一人だけ皇宮内に相応しくない派手な化粧をしている、ひときわ目立つ女がいた。
そうやって、さらに周りを見渡すと、確かに派手な化粧の彼女をずっとじーっと見ている兵士や作業員も多かった。
しばらく、そこでボーっとした後、彼女は気を取り直して、出口に向かった。
すると、反対側から入ってくる人を見て、彼女はあっと驚いた。彼女の声に反対側の人が振り向くと、彼も「あれー。張麗さん、こんなところで会えるとは思いませんでした。」と嬉しそうに言った。
「呂さんはどうしてこちらに?」
「国の新しいプロフジェクトの按摩療法士に応募したら受かったんですよ。今研修中です。」と呂葦は照れながら嬉しそうに張麗に答えた。
「まあ、確か、按摩療法士さんも新人医師のインターン研修を聴講することになってましたよね。今日から私が研修講師を一人でやるので、後程どうぞよろしくお願いしますね。」
張麗は青白い顔のまま作り笑いでそう言うと、トボトボと友鶯宮に戻っていった。
その日、インターン研修を見事にそつなく終わらせた張麗が荷物をまとめて部屋を出ようとしていると、劉煌が教室に飛び込んできた。
「イヤー、他のことで忙しくて、走ってきたんだけど、間に合わなかったわ。残念。だけど、そこでインターンに聞いたら、凄くわかりやすくて良かったって言ってたわ。」
劉煌は、はあはあ言いながらそう張麗に話しかけてきた。
張麗は、無表情で『小高蓮』の姿を上から下まで見ると、確かに賄いにいた女官の言う通り、着物の着付けが甘かった。
彼女は、下を向いて劉煌と目を合わさないようにして「では、これにて、失礼いたします。」と言って劉煌を通り越して部屋から出ようとした。劉煌は思わず「えっ、待って。」と言うと彼女の腕を反射的に掴んだ。
これに張麗はパニックになってしまい、思わず彼の手を凄い勢いで払いのけると
「何をする!汚らわしい!」
と叫んでしまった。
そのことで、ますますパニックになってしまった張麗は、そのまま走って友鶯宮に飛び込むと、固く扉を閉めて一晩中一度も出ることはなかった。
劉煌は、ずっと女の園で暮らしてきたので、女性の月経が心理面に及ぼす影響は嫌というほどわかっているから、張麗の今日のそっけない態度や瞬間爆発もお月の物なのかと思っていた。
ところが、その後何日も何日も露骨に劉煌を避ける張麗に、彼はさすがにこれはおかしいと気づき始めた。
こういう時、一番相談しやすいのは同性の同い年である梁途なのであるが、恋敵に恋敵が喜ぶ情報を与えるだけになるので、相談できない。孔羽は政治経済や食べ物の話なら通じるが、その他の話は全くダメで、こと女性の話に至っては会話にすらならない。その点、李亮は、何でもそつなくこなすが、おしゃべり過ぎて、何をポロっと言ってしまうかわからない。
”一応女の子同士だからうまく話して聞き出してもらえるかな?”
そう思った劉煌は、翌朝早々に宋毅を呼び出し「今日のお昼は、ランチミーティングをするので。だけど今日は白凛だけだから。他の野郎どもには内緒で。あと、厨房に今日のお昼はデザートを豊富につけるよう言って。馬蹄糕は絶対忘れないで。」と命ずると、迎えに来た白凛に話しかけながら朝廷の間に向かって行った。
朝政が終わって劉煌が天乃宮に戻ってきた時、白凛はすでに天乃宮の応接間で座って待っていた。
劉煌の姿を見ると白凛は席を立って、跪こうとした。
「プライベートなんだから、私たちの間柄ではそれは不要よ。」と、劉煌が慌てて駆け寄って、彼女を起こすと、白凛は180°態度を変えてぶっきらぼうに「じゃあ、何?」と聞いた。
「ちょっとね、相談にのってほしいのよ。まあ、座って。座って。」
劉煌は全身全霊で媚び、白凛をスマートに席にエスコートしてから、「宋公公、お昼まだ?」と部屋の外に向かって大声で聞いた。
外からすぐに「ただいま。」という声が戻ってくると、劉煌は仮面と冕冠を取り、脇のテーブルの上に置いて、白凛のいるテーブルにゆっくりとした足取りで戻って行った。
劉煌は、席に着くと両手をもみながら「今日のお昼は特注よ。食後に馬蹄糕もあるからね!」と言うと、白凛はすぐに目を細め斜に構えて劉煌を見た。
劉煌がなかなか本題を話そうとしない中、次々に料理が運ばれ、二人は他愛のない話をしながら、昼食をいただいた。
デザートの段階で馬蹄糕を一口食べて、うーん♡と白凛がたまらそうな顔をしたところで、劉煌が「実は、、、」とようやく切り出しだした。
ところが白凛は即座に劉煌の前に手をダメと出したので、劉煌があからさまに狼狽していると彼女は「馬蹄糕は美味しく食べたい。これ食べ終わるまでダメ。」と言ってから、また馬蹄糕を口に入れると、たまらなそうな顔をし、目をつぶって首を横に振りながら食べ続けた。
その一切れを食べ終わったので、待ちくたびれた劉煌が、さあ話そうとしているところに、白凛が左手の人差し指を劉煌の方に立てて、右手で馬蹄糕をもう1個つまんだ。
しびれを切らした劉煌が「あれだけ食べた後によくそんな甘いもの沢山たべられるわね。」と呆れて言うと、白凛は「馬蹄糕は別腹なの。」と言って、また1個馬蹄糕をつまんだ。
「もうそんなに食べていると、孔羽みたいになるわよ!」と劉煌が切れると、ようやく白凛が、劉煌を相手にしてくれる気になったようで、更に馬蹄糕をつまみながら、「話は何?」と聞いてきた。
最後の馬蹄糕を手で弄びながら「ということは、『自称張麗』は太子兄ちゃんを避けるようになったんだ。それはいいことじゃないですか?どこの馬の骨かもわからないんだし。」と白凛が指についた馬蹄糕をしゃぶりながら言うと、「まず、彼女をそんな風に言わないで。素晴らしい人なんだから。それから、全然いいことじゃないから。とにかく、彼女とお話して、それとなく聞き出してほしいのよ、ほら、女の子同士ってよく他愛の無いお喋りをするじゃない、ガールズトークってやつ?」と、中ノ国の尼寺の事を思い出しながら語尾を上げて劉煌が懇願した。
白凛は馬蹄糕の最後の一口を愛おしそうに見てから、それをつまんでいた指ごと口に入れると「私も彼女も普通の女の子じゃないし。それにどっちかっていうと、太子兄ちゃんの方がそういう女の子同士のお喋りって得意じゃない。」と言った。
それを聞いた劉煌は尼寺で率先してガールズトークをしていた自分を思い出し
「私もそう思ってたのよね。でも話してくれなくなっちゃったから…」と顎を手の甲に乗せて遠い目をして答えた。
それを見た白凛は初めて心配そうに劉煌を見た。
それに気づいた劉煌は白凛に向かって悲しそうに微笑むと「お凛ちゃんが朕のこと心配して言ってくれてるのはわかっているよ。ありがとう。でもわかるんだ。彼女は君が心配しているような悪い人ではないって。全く根拠がない話だけど。でもわかるんだ。」と白凛を真直ぐ見ながらそう言った。
今度は白凛が顎を掌に乗せて遠い目をして「亮兄ちゃんも同じこと言ってた。」とポツリと言った。
その言葉にハッとなった劉煌が姿勢を正すと、白凛も姿勢を正して劉煌を見つめ「亮兄ちゃんから、彼女の”気”を見てごらんって言われたわ。」と言った。
しばらくの沈黙の後、白凛は「私、言葉のコミュニケーションは得意じゃないから、結果はあまり期待しないで。」と告げると、椅子から立ち上がって「ごちそうさまでした。」と言ってお辞儀をした後、軍隊式にくるっと向きを変えて部屋から出ていった。
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