第三章 模索
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9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
なんだかんだ劉煌に言いくるめられて、とりあえずしばらくはこのお妃仕様の友鶯宮に住むことになった張麗は、すぐにインターン研修の引継ぎに入ると、劉煌の後ろで聴講し、その他の時間はインターン研修用の教材のチェックと復顔で大忙しで、あっという間に1週間が経ってしまった。
もう町医者ではないので、水曜日の開業医研修には出ずに検死解剖にだけ出かけると、教室から出る開業医達と鉢合わせになった。
「開業医より実入りいいか?」等の質問攻めの中、ため息交じりに、この1週間は殆ど寝る暇も無いくらい、引継ぎやら法捕司の仕事で忙しい旨を話すと、彼らは、ふーんと言っただけで帰ってしまった。
気を取り直して解剖部屋に行くと、劉煌が既に待っていた。というか、劉煌だけでなく、知らない女性も数人そこにいた。
張麗は何だろう?と思いながらも「こんにちは?」と語尾を上げて言うと、劉煌は、待ってましたという感じで話し始めた。
「じゃあ、早速始めるわね。」そして彼は女性達に向かって「こちらがお話ししていた張麗医師よ。」と言ってから、今度は張麗に向かって女性達を指しながら話し始めた。
「この人達は、美容プロジェクトの中核を担うビューティーセラピストさん達よ。顔のお肌のケアをするプロなんだけど、頭蓋の解剖を知っておくと、より施術が有効で安全且つ的確になると思うの。だからまず何人か、しゃれこうべが怖くない人を選んできたの。復顔しながら頭蓋の皮下組織を学べるんじゃないかと思って。」
そのオファーに張麗はパッと顔を輝かせると「それはいいお考えですね。とても皆さんのお仕事に役立つと思います。」と嬉しそうに言った。張麗は本当に嬉しそうに劉煌を見て「では早速始めますか?」と聞いた。
張麗は、まず、頭蓋の骨の説明を一通りすると、その骨の周囲にある深層筋の話をしてから、具体的にどこにあってどう機能しているのか、復顔しながら説明していった。ビューティーセラピストも、頭蓋骨だけしか本物ではないとはいえ、それでも筋肉が幾重にも縦横無尽に走行していることが、いろいろな角度から目で見てわかるこの方法はとても参考になったようで、人によっては、自分の顔を触りながら指の感覚まで掴もうとしている人もいた。
ビューティーセラピスト達のこの復顔見学の評判は上々で、解剖だと血が出たりして嫌だけれど、これなら粘土なので、全く抵抗なく学べるから他のビューディーセラピストも見た方がいいのでは?という声や養成講座にこの講義が欲しいという声が相次いだ。
劉煌はまんざらでもないという顔をして張麗にウインクしながら言った。
「ようこそ、大忙しの世界に。こうやって仕事が仕事を増やしていくのよ。」
そして、今度はビューティーセラピスト達に向かって「ご苦労様」と声を掛けてから、ビューティーセラピスト達を下がらせた。
二人っきりになると、まるで当たり前のように二人とも黙々と復顔を始めた。劉煌も復顔に慣れ、最近は張麗に尋ねることも少なくなった。
しばらくして、目の部分を作りながら劉煌が「どう?ここの生活に慣れた?」と聞いてきた。
張麗は、復顔中の顔から目を離さず「ええ。ただ水屋が無いのが不便。」と言って、今度は粘土を練り始めた。「お湯も沸かせないから。」と付け加えたあと、あのおしゃべりな小高蓮が黙っていることに不審に思った張麗が顔を上げて彼を見ると、彼はとても神妙な顔をしていた。
”そうだった。西乃国の皇宮は、東之国の皇宮の火災から、部屋での火の扱いに異常に神経質になっていたんだった。”
劉煌はここに宮女として潜伏していた時のことを思い出し、現在は皇帝になった為に水屋の無い不自由さに全く気づいていなかったことに気づいた。
心配になって「どうなさいました?」と聞いた張麗の声で我に返った彼は、「ああ、そうか。」と言うと、両手をあげて伸びをして「切りのいいところで終わりにしよう。何食べたい?」と聞いてきた。
張麗は、粘土を持ったままの手で口元を隠してクククと笑いながら答えた。
「小高御典医長、私は、もう皇宮を出て帰る必要ないんですよ。それにいつも賄いでいただいていますから。」
しかしそれに劉煌は全く怯むことはなかった。
「もう遅いから賄いの料理も残っていないよ。久しぶりに外の空気を吸いに行こう。」
門の外に出ると張麗はうーんと言って両手を広く開けて背伸びをすると、劉煌に向かって「この門の内と外ではこんなに空気の感じが違うんですね。今迄は全然気が付かなかった。」とニッコリ笑って言った。そして「さあ、どうしましょう。門の近くがいいですよね。」と張麗が辺りを見まわしながら言うと、劉煌は不思議そうな顔をして「なんで?」と聞いた。
「方向が違ったら小高御典医長がお家に帰るのが大変じゃないですか?」と、今度は張麗の方が不思議そうな顔をして劉煌の顔を見ながら言った。
劉煌は、”そうだ。朕の家はずっと向こうの想定だった”と思い出すと、「ああ、それなんだけど、君のおかげで私も宮中に住めることになったんだ。」と目を泳がせながらそうつくろった。そして今度は顔をあげて「そうだ。私は久しぶりに中ノ国料理が食べたいな。どう?」と言って彼女の方を振り向いた。彼女は、あまり乗り気でないとわかるような声で「中ノ国料理ね。」と言いながら深いため息をついた。
「えっ、あまり好きではないの?」と劉煌が聞くと、張麗は苦笑しながら
「実は、美味しい中ノ国料理を食べたことが無いの。」と言った。
すると劉煌は笑いながら「それなら、老焼売館に行こう。君の中ノ国料理のイメージを一心できるはずだ。」と言って、そっと彼女の背中に手を当てて「こっちだよ。」と彼女の背を押した。
老焼売館は、それほどパっとした感じの建物ではなく、どこにでもありそうな、普通の民家のような外造りだったが、中庭でも食事ができるようテーブルが揃えてあり、ランタンの下で食事ができるようになっていた。
京安の夏はカラッとしていて体感温度はそれほど高くない。
特に今日のような初夏の心地よい風が吹く日は、外での食事の方がだんぜん気持ちがいい。
中庭の席につき、劉煌が全てオーダーすると、張麗は両前腕をテーブルに付き、手の甲に顔をのせながら、「小高御典医長は宮中のどの辺りにお住まいなんですか?」と聞いてきた。
劉煌は、飲みかけていたお茶をこぼしそうになりながら「どうして、あなたはいつも私がどこに住んでいるか知りたがるのよ!」と口を尖らせると、「別に知りたがっている訳じゃなくて、会話例です。ここのところ仕事で、午後は四六時中一緒ですから、別に他に話すこともないし。」と言って、彼女は普通に座りなおした。
張麗は湯飲み茶碗を持ってお茶をすすり
「そうだ。私、引っ越したら白将軍に御礼を言わないとと思ってたんです。話しましたっけ、黄敏のお父さんがうちに襲撃してきた時、白将軍が助けて下さったんです。でも驚いたわ。大将軍の奥様があの白将軍だったなんて。」と言うと、続けて、
「あの時、皇帝陛下も来られたんです。よく見えなかったんですが、仮面を付けていらしたような。陛下はいつも仮面を付けておられるのかしら?」と言って首を傾げた。
劉煌がどう回答すべきか考えをめぐらせていると、料理がどんどん運ばれてきた。
劉煌はホッとして「つまらないことばっかり考えていないで、本物の中ノ国料理をご賞味あれ!」と言うと、独特のタレにつけこんで焼いた肉を箸でつまんで張麗のご飯の上に乗せた。
張麗は、首を傾けて、本当に美味しいの?という顔をしてから、自分の箸を持つと、お茶碗を持って食べ始めた。彼女は一口食べると、目を見開き「うんうんうん!」と言って、「美味しい!これが中ノ国料理なら、今迄私が食べていたのは中ノ国料理じゃないわ。」と劉煌に向かって歯を見せて笑った。
”彼女のこんな笑顔をずっと見ていたい。”
劉煌は、どんどん箸を進めて、そのたびに驚き喜ぶ無邪気な彼女を、自分は料理を食べることなく、テーブルに肘をついて手の平で頬を押さえながら、ずっと目を細めて見つめていた。
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