第三章 模索
その日は、頭蓋骨の仕分けだけで終わった彼らは、いつものように夕食を取りに銚期門を出た。
しかしいつもと違うのは、そこにゾロンが待ち伏せしていたことだった。
ゾロンは、すぐに”小高蓮”に気づくと、「ドクトル・レン、ドクトル・レーン!」と言って手を大きく振りながら駆け寄ってきた。
劉煌はその声にギョッとして振り向くと、そこには北盧国にいるはずのゾロンとフレッドが手を振って彼に向かって駆け寄ってきているではないか。
「どうしてここに?」
ギョッとしたまま劉煌は迷わず羅天語でゾロンに話しかけた。
それを聞いて彼の横に立っていた張麗はもっとギョッとした。
”それ、何語ですかぁ~?”
ゾロンは嬉しくなって無意識に唾を飛ばしながら早口の羅天語で、あれからどこにいて、今はどこにいて、ドクトル・レンの情報を得てここまでやってきたことをまくしたてていた。
張麗はゾロンが何を話しているのか、彼が身振り手振り大げさにしていても全くわからなかったが、横にいる”小高御典医長”は、時折相手の話に知らない言葉でつっこみを入れているし、相手はそれについて聞き返していないので、彼は、その言語を理解し聞き取れるし話せるのだとわかった。
”武術だけでなく、語学もこんなに堪能なんて、、、いったいあなたは何者なの?”
顔をゾロンから劉煌、劉煌からゾロンと何度も左右に動かしながら、張麗はいくつもの疑問符が頭の中で駆け巡っていたが、いつまでもゾロンの話が続きそうなこともあり、彼女は今日はこのまま一人で帰ろうと思った。
彼らの邪魔にならないようにそろーっと彼らから離れ、彼女はスタスタと長屋に向かって歩き始めた。
するとしばらくして、聞きなれた声の「待って~!!!!!!!」という悲鳴に限りなく近い叫び声が耳に入ってきた。
振り返ると、小高御典医長がなんとも言えない必死の形相で走ってきているではないか。
「どうされたのですか?」驚いて張麗がそう聞くと、劉煌は涙目で訴えた。
「どーして置いて行っちゃうの?」
「え?何を?」
「私をよ!」
「!?」
「蔵論と話していて、ふと気づいたら横にいるはずのあなたがいないじゃないっ!もう心臓が止まるかと思うくらい心配したんだからっ!」
劉煌はさきほどのゾロンと同じか、それ以上に身振り手振りを交えてそう叫んだ。
そんな二人の姿を見ていたゾロンとフレッドは目を丸くして絶句していた。
やおらフレッドが今ここに戻りゾロンに話しかけた。
「坊ちゃま、今までドクトル・レンを追っかけているのは散々見てきましたが、ドクトル・レンが追っかけているのは始めて見ました。」
「なあ、フレッド、私もリク嬢をあんな感じで追っかけているのかい?」
「坊ちゃまの場合はもっと激しいです。」
「!?」ゾロンは憮然としてフレッドを見つめて言った。
「まったく、リク嬢の話はまだ何もできていないのに、突然走り出したかと思ったら、女のケツを追っていたとは、、、」
”坊ちゃまがそれを言う!?”
フレッドが彼の主につめたーい視線を投げかけたが、それに全く気づいていないゾロンは、
「うむ。いや、こんなことはしていられない!」
そう宣言すると、劉煌めがけて走り出した。
「ドクトル・レーン、まだ話は終わっていない!」
ゾロンが手を高く振りながらそう叫ぶと、劉煌は鬼の形相で張麗を彼らからブロックするように立ち「こっちは終わっているのよ!邪魔しないで頂戴!」と叫び返した。
これに怒ったフレッドは、相手が西乃国の皇帝とは知らずにこう叫んだ。
「ドクトル・レン、それは中ノ国の杏林堂の家賃を払ってから言っていただきたい!」
その瞬間劉煌はキョトンとしたが、だんだんと自分が払い続けてきた杏林堂の家賃を、ずっと誰かさんがネコババしてきたのだということに気づいた!
劉煌は、まず張麗の方を振り向いて優しい顔でここで待っているようにお願いしてから、今度は睨みながらフレッドの方を振り返った。
「私はリク嬢の分も合わせて倍の金額耳を揃えて毎月ゾロンに支払っていたけど?!」
フレッドに向かって腰に手を当てて劉煌は、ゾロンに負けないくらい唾を飛ばして羅天語で抗議した。
フレッドは慌ててゾロンの方を振り返ると彼はバツが悪そうに
「私がそれをリク嬢におこずかいってあげていた。」と小さい声で答えた。
「坊ちゃま!」
「だってリク嬢に何不自由ない生活をさせてあげたかったから。。。それなのに、どうしてリク嬢はいなくなったのだろう。ドクトル・レン、私がここに来たのは他でもない。リク嬢を探しているからなのだ。教えてくれ、彼女はどこにいる?君と一緒なんだろう?」
これを聞いた瞬間、劉煌は、初めてゾロンの気持ちが痛いほどわかってしまった。
ゾロンとお陸は呂磨で出会ってから、これを繰り返していた。
以前は、ゾロンに簡単に諦めろと言っていたが、今の劉煌では口が裂けてもそんな惨いことは言えなかった。
その時、劉煌はまたもや自覚した。
小春への愛は、本当に妹としての愛だったのだと。
自分の中の、腹の奥底から噴出する汚く醜くくも自分だけのものにしたいという欲望は、張麗に出会のう前には、、、小春には全く起こらなかった衝動だった。
劉煌はうって変わって静かにゾロンに言った。
「君はどこにいるの?彼女を送ったらそこに伺うよ。」
その時ゾロンの腹がぐーっと音を立てた。
「私は一人で帰れますから、皆さんでお食事にいかれたら?」
その音が耳に入った張麗は劉煌にそう勧めた。
「ダメよ。一人でなんて危なすぎるわ。」
「でも、、、」
そこで劉煌はハッとして大通りの先を見つめた。
少し行った先に、何台もの豪華な馬車が停まっている所があった。
”天抱貴来か?”
“連日の会合とは、おだやかではないな、、、”
「今日は4人で食事に行こう。」
そう張麗に告げると、劉煌は同じことを羅天語でゾロンに伝えた。
そして大通りを進んだ彼らは、ゾロンとフレッドの反対もむなしく天抱貴来に入っていった。
劉煌は、今朝白凛から聞いたこの店のヒエラルキーを思い出し、歩いていた女給仕に「3階、、、」と言ったところで瞬時に彼女から鼻で笑われてしまった。
「あんた、その恰好でうちの3階に行こうなんて、うちも舐められたものね。その程度の身分じゃせいぜいいけても2階。」
まさか目の前にいる人物が、西乃国最高位の御身分であるとは思いもせず、女給仕はそう捨て台詞を残して彼らをどこにも案内することなく消えてしまった。
”世界一の大富豪と西乃国皇帝の御一行なんだけど、、、”
そう心の中で苦笑しながら劉煌は、今度は若い男性の給仕に声をかけた。
「2階で、、、」
すると男性給仕も女給仕と同じように4人全員を一瞥すると、
「ま、いいでしょ。男性3人はそれなりだから、、、」と言って、2階へとあがる階段をもったいつけながら案内した。
「坊ちゃま、2階の方がまだましでございますね。」
部屋に入った途端フレッドがそう囁いた。
その部屋はテーブルと装飾品は全て金色だったが、部屋全体は3階と異なって金箔張りではなく白い壁に極彩色のクジャクの絵があしらわれてあった。
4人がテーブルにつき、やおらメニューを見た劉煌は、目が飛び出るかと思うほど驚いた。
”なんだ、この値段は?お茶菓子セットで20両だと?どんな茶菓子が出るんだ。”
世界一の大富豪であるゾロンは、すっかりここの食事には懲りており、同じ失敗を繰り返したくないためメインディッシュではなく点心系をいくつか選びみんなでシェアしようと提案した。
張麗は、一人彼らが何を話しているのかわからなかったが、メニューを見て一番安いお茶菓子セット(馬蹄糕)を注文した。
劉煌はここで初めて張麗にゾロンとフレッドを紹介した。
「北盧国の人なんだ。」と劉煌が言った瞬間、張麗は怪訝そうな顔をして「でもお話になっているのは北盧国語ではありませんよね?」と聞いた。
「羅天語だけど、君、北盧国語じゃないってどうして、、、」と、今度は劉煌が怪訝そうな顔をしてそう答えている最中に、なんと張麗は流暢な北盧国語でゾロンに自己紹介を始めたではないか。
”北盧国語が話せるのか!?君はいったい何者なんだ!”
劉煌は、ますます混乱した。
ゾロンはこの女性とコミュニケーションが取れることにホッとして、羅天語訛りの北盧国語で言った。
「恥ずかしなが~ら、張麗嬢、あなたの方が私より北盧国語が上手で~すね。でもお見かけしたとこ~ろあなたは北盧国人ではな~いで~す、、、よね?」
「違いますが、私の出身地は北盧国に近いので、小さい頃から北盧国語を学んでいました。それより北盧国の蔵さんって、もしかしてあの蔵家の方ですか?」
それにゾロンより早く劉煌が北盧国語で答えた。
「そうよ、こう見えても世界一の大富豪で今の当主よ。」
そう言いながら、劉煌は、いくら近いからと言っても、小さい頃から娘に他国語を学ばせるほどの教育熱心な親が西乃国にいるとは思えず、まして蔵家のことまで知っているとなると、彼女がいったい何者なのかとますます訝しがった。
そんなこととは露知らず、張麗は目を輝かせてゾロンに話しかけた。
「まあ、あの北盧国の蔵家のご当主様でいらしたとは、、、お会いできて光栄です。失礼ですが、ご当主さまは、小高御典医長とはどのようなご関係?」
その張麗の質問にまたゾロンよりも先に劉煌が答えた。
「中ノ国で開業していた時のテナントのオーナーだったのよ。」
”まったく朕には会えて光栄なんて一言も言わなかったくせに!”
劉煌が心の中でそうへそを曲げていると、フレッドが口を開きそうになったので、彼を睨んで制すると、劉煌は不機嫌そうに「ちょっとトイレにいってくる。」と言って席を立った。
ぷんぷん怒りながらトイレに入った劉煌は、気を取り直してすぐ本来の目的の為に行動を起こした。彼はまず天井を外して中に入り込み3階の床下を匍匐前進していった。
さすがに隣室との間の壁とは異なり、床板はベニヤ板ではなく、かなり厚い板で頑丈に作られていた。劉煌は気配を消すと3階の床下で床上の様子を探った。すると厚い床板の割にはかなり階上の音がよく聞こえることがわかった。彼は忍者の盗聴道具である些音聞金を懐から取り出すと、自らは息をひそめて上部の会話に聞き耳を立てた。
すると、すぐに3階の部屋にいた女が反応し、話し続ける男たちに向かって自らの口に人差し指をつけて黙らせた。そして部屋に飾られていた剣を鞘からそーっと抜き、抜き足差し足忍び足で劉煌の真上まで来ると、いきなりその剣を床にグサッと突き刺した。
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