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第三章 模索

 李亮の財布がすっからかんになっていた頃、宋毅も退け、一人居室でベッドに腰掛けながら寝巻に着替えていた劉煌は、張麗との出会いから今迄の出来事を思い出していた。


 13年近く想い続けてきた小春とは対照的に、張麗とはまだ出会ってたった数か月なのだが、張麗と過ごす時は密度が濃く、感覚的には知り合ってもう何年も経つように感じていた。


 そう言えば、小春はどうしているのだろう?

 本当に心が一筋も乱れることなく、彼女のことを久しぶりに思い出した。


 そして、小春が言った、

「蓮のことは好きだけど、兄妹なのよ。ただのお兄ちゃんなの。」

 という言葉の意味を、彼自身がようやくわかった瞬間でもあった。


 彼にとって、小春への想いと張麗への想いはどちらも『愛』ではあったが、全く質が異なることがわかったのである。


 小春への想いが心地よいそよ風と例えるなら、張麗への想いはまるで良くも悪くもハリケーンだった。


 そこにある物を全てなぎ倒し、地の奥底から全てを空高く巻き上げて、また地面へと無慈悲にも叩きつけ、そしてまるで何事もなかったかのように穏やかになる。


 彼女と出会ってから彼の中の張麗への想いは、そんな感じに激しかった。


 ”私もずっと小春のことは、大切な妹として愛していたのだ。”


 小春への想いが着地点に見事に着地したのに対し、張麗への想いは、まるで表面こそ金色に光っているが、その実はどこまでも続く底なし沼にはまったように、どんどんと沈んで行った。


 自分が西乃国の皇帝ではなく、ただの小高蓮であれば、張麗がたとえ誰であろうとも何も問題はないことから、あんなに苦労して、切望して、命がけで取り戻した今の地位でさえ、今の劉煌にはなんとも疎ましく感じられた。


 ”君はいったい何者なんだ…どこの誰なんだ…”


 この解答は今は持ち合わせていないのに、ベッドの上で仰向けになって天井を見つめながら、劉煌はそう問い続けずにはいられなかった。


 ~


 翌朝、あまりよく眠れなかった劉煌が寝室の扉を開けると、そこには白凛が待っていた。


「なんだ、今日は早いなぁ。これから着替えるからもう少し時間がかかるよ。」

劉煌は白凛に向かってそう告げると、白凛はこう答えた。

「わかっています。特に今日は水曜日だから時間が無いのもわかっています。だから早く来ました。お耳に入れておかねばと、、、」


 劉煌はすぐにモードチェンジし、人払いを命じると宋毅をも下がらせた。


 完全に廊下の隅で二人っきりになった時、劉煌はようやく口を開いた。

「お凛ちゃん、どうした?」

 白凛はそれでも心配なようで、失礼と言ってから劉煌の横に立つと貴族たちに謀反の兆しありと小さな声で告げた。


 黄敏を有罪にした件で、劉煌はある程度その覚悟はしていた。


 しかし、黄敏の評判がすこぶる悪いのは何も庶民の間だけではなく、貴族たちからも同様だったので、黄敏を裁いても結果的に反応したのは父親の黄盛だけだった。


 確かに、黄盛が襲撃した先こそ想定外だったが、彼に従って一緒に戦った貴族がいなかったことにホッとしていた矢先に、まさかの彼に手を貸さなかった貴族らが謀反を企てているとは、劉煌は思いもしていなかった。


「どうしてそれを?」

「昨晩、天抱貴来に集結している彼らの話を隣の部屋で、、、」

「そうか。」

「まだいつ起こすとか具体的な話はしていなかったけど、どうも黄盛の件が相当堪えたみたい。名門中の名門だったから。。。だからやられる前にやるしかないって。」

「そうきたか、、、まあ、記録を見れば見るほど、奴らはこの13年甘い汁を吸ってきたからな。他者から見れば十分すぎるほど私腹を肥やしてきてもまだ足りぬとは、、、人間の欲望は果てしないな。わかった。西乃国の龍もいるし大丈夫だろうが、念のため全軍戦闘準備体制に入らせよう。報告ありがとう。」


 ~


 大事な話はなかなか伝わらないのに、噂話はどこでも光速で伝わるものだ。


 御多分に漏れず、劉煌のお膝元である京安もそれは同じことで、その日の午後の開業医研修は、時間前から張麗が武装集団に襲われたことの噂話で持ち切りだった。


 それについてとうとう我慢ならなくなった劉煌は、露骨に嫌な顔をして、

「そんな噂話は止めて、不快になるから。」

と低い声で吐き捨てるように言った。


 しかし劉煌のこの言葉に、いつものように林修が文句をつけた。

「この話を無視することはできませんよね。なんで張麗が狙われたのかわからないと。私たちも枕を高くして眠れませんよ、同じ開業医だから。」

すると、陳然も「誤診で、患者とトラブルとかですかね。」と青い顔をして呟いた。


 そうすると、部屋全体はそれぞれの思い込みで、もう収集がつかないほど、ワサワサし、騒然となった。


「ええい、もううるさい!男なら黙って仕事してればいいのよ!」

と劉煌が耐えきれずに叫んだ瞬間に、当事者の張麗がいつものように部屋に飛び込んできた。


「昨日の今日なのに、来たよー。」

「法捕司の事情聴取は無かったのかなー。」

 等という心無い陰口が耳に入ってしまった張麗は、自分が、この騒然としていた部屋の話題の中心なのだということに気づいて青ざめてしまった。


 いつものように席に座ったが、いつものような勢いを見せず、彼女は下を向いて机を見つめていた。


 それを見ていた劉煌は、大きく咳払いをすると「研修、始めるわよー。」と叫んだ。


 そして林修が口を開こうとした瞬間に、林医師の方に掌を向けると

「研修と関係ない話、例えば今していた噂話、これをすれば医師免許剥奪よ!そうじゃなくても陛下は、あなたたちの医師としての能力を疑ってるんだから。」と言って、開業医たちを黙らせた。


 研修はことのほか恙なく終了し、いつもの通り検死は希望者が無く、張麗以外の全員が部屋から出ると、劉煌は「実は今日は解剖検体は無いのよ。その代わりって言っちゃなんだけど、頭蓋骨が山のようにあるのよ。」と言って、溜息をつきながら張麗に近づいてきた。


 張麗は、彼が何を言っているのかわからず、彼女にしては珍しくポカーンとしていると、

「黄親子の家のそれぞれの裏庭からも白骨死体が山のように出てきたの。あなたなら復顔できるからお願いしたいって、法捕司が言うのよ。私もできるようになりたいし、今日これから教えてもらえないかしら。」と、劉煌はいつものように身体を右に左にとくねらせながら言った。


 張麗は、それに対してただ「ああ。」とだけ言うと、何か考えているように、目を右左に泳がせたまま座っていた。


 ここで張麗の様子がおかしいと気づいた劉煌は、腕組をしながら、彼女の前の席のテーブルに腰掛けると、首を左に傾けて「どうしたの?」と尋ねた。


 張麗は、何か決心したように目をつむると、鼻から大きく息を吸ってから、吐き出し、


「実は、この前いただいたお話しなんですが、お受けしようかと思っています。」


と、静かに言ってから顔を上げた。


 劉煌は、何も言わずに続けてと言っているかのように、一度頷くと、張麗は、また左右に目を動かしながら


「ただ、お受けするのに当たって、一つ条件を加えたいのですが。」


と、とても言いにくそうに言った。


 劉煌は、唾をゴクリと飲み込んで「条件?」と眉をしかめて聞くと、張麗はまたうつむいて「ええ。」と小さい声で言った。


 ”いったい、君は何を望んでいるんだ。”

 劉煌の顔が自然と険しくなった。


 二人はそのまましばらく沈黙していたが、張麗が続けないので、劉煌が「言って。条件。陛下との交渉は私が責任をもってするから。何でも言って。」と、少しイライラしながら言うと、張麗はとても言いにくそうに


「インターン研修全部受け持たせていただく代わりに、私の住処を融通していただきたいのです。」


と消え入るような声で言った。


 これは劉煌にとって全く予想外の条件だった。

 劉煌はその場で目をぱちくりさせた。


 どちらかというと、いや、どちらかではなく、彼女の希望は、劉煌にとって願ったり叶ったりの条件だった。


 一転して劉煌は内心喜びでいっぱいになりながら「やだー!なんだ!条件ってそんなこと。」と言って、座っている机を右手でバシっと叩くと、つい「そんなのお茶の子さいさいよ。皇宮内にお部屋、すぐ用意させるから。」と即答してしまった。


 これには、張麗も本当にビックリしてしまって、思わず叫んだ。

「え、そんな、皇宮内なんて。そ、それに小高御典医長が勝手に決められることではないのではありませんか?」


 劉煌は内心しまったと思いながら、

「実は陛下が凄く気にしていたのよ。あなたが優秀だって知っているから、襲われたことを、それはそれは気にしていたのよ。貴女が陛下のおひざ元に居れば襲われることはまずないでしょうし、それは陛下にとっても安心材料だから、大歓迎に違いないわ。心配ご無用よ。ハハハ」

と言って笑って誤魔化すと、

「あ、こうしちゃいられないわ。今すぐ陛下のところに言って話してくるから、先に復顔してて。」

と告げると、彼女にウインクしてから上機嫌で部屋を飛び出していった。


 劉煌は、時折スキップ交じりに走って天乃宮に戻ると、宋毅を見つけるや否や、上機嫌に「1棟用意して欲しいんだけど、どこか空きがあるかしら?」と息を切らせながら言った。


 いきなりの話に宋毅は面食らって

「ど、どういうことでしょうか?陛下。私には陛下がおっしゃっていることの意味がさっぱりわかりません。」と答えると、


「女の子が住むのよ。だから内装を綺麗にかわいくしてあげて欲しいの。」


と劉煌が両手を組んでバサバサと瞬きしながら答えるので、ますます意味がわからなくなってしまった。


 宋毅は、時々劉煌皇帝陛下との会話には通訳が必要と感じることがあったが、まさに今がその時であった。宋毅は、意味がまるっきりわからないので「はああ。」と曖昧な返事をすると、劉煌は「じゃ、よろしく!」と言って、また上機嫌で靈密院に向かって走り去っていった。


 しばらく御典医長服で時折スキップ交じりに走り去っていく(あるじ)の後姿を見つめながら、宋毅は途方に暮れてしまった。


 しかし、さすがに劉煌に仕える筆頭宦官だけあって、宋毅はすぐに途方に暮れている場合ではないと意識を切り替えた。


 このように皇帝の事で何か困った時、宋毅が向かう先は、いつでも旧後宮の建築現場だった。


 旧後宮と皇宮の間の壁はもう殆ど出来上がっていて、以前のように行きやすくはなく、ぐるっと回って入らなくてはならなくなっていた。


 宋毅はそれにめげることなく、ぐるっと回って旧後宮に入ると、長い角材を肩に担いで歩いている職人達を右に左によけながら現場総監督を探した。


 そして珍しく今日は現場で立ち話をしている李亮を見つけると、宋毅は、猛然と李亮の所へ向かった。


 その殺気を感じたのか、李亮が話の途中で殺気がする方を振り返ると、宋毅が顔を真っ赤にして肩を怒らせながら彼の方向に向かってきているのが見えた。


 ”また太子の奴、何かやらかしたかな…”


 そう思いながら、立ち話の相手の梁途に「宋公公が来ている。太子にまた何かあったのかも。」と扇子を使って耳打ちした。


 梁途は李亮の目線の先を辿ると、宋毅が猛スピードでこちらに近づいてきているのがわかった。


 二人は、宋毅の方を向くと

「いやー、宋公公、今日もいいお天気で。」

と、まず李亮が扇子を仰ぎながら声を掛けた。


 宋毅は、李亮と話していたのが梁途だとわかると、ホッと胸を撫でおろして、まず二人に深々とお辞儀をした。


 宋毅は、彼らが他に何かを言いだす前に


「陛下がまた訳のわからないことをおっしゃっています。」


と甲高い声で叫んだ。


 李亮は、ほらやっぱりという顔をして梁途の方を見てから、宋毅の肩を優しくポンポンと叩くと、「わかった。今度は何を言ったのか?」と宋毅にゆっくり聞いた。

 宋毅は「陛下が、空いている建物に女の子を住まわす気らしいです。」と、信じられないでしょう?と言わんばかりな顔をして二人に訴えた。


 二人は顔を見合わすと、李亮がまた扇子を使って梁途に、

「奴にしては、ずいぶん早く大胆な行動に出たな。」と小声で言うと、梁途は

「彼女があそこに居たら危険だからだろ。彼女の住む場所は、なるべく太子の所と離れた所にするよう進言しよう。」とやはり小声で返事をし、今度はすぐに宋毅に向かって

「用意する建物は天乃宮から一番遠い所にした方がいいぞ。皇帝が誰かバレたら大変だからな。」

と両手を腰に当てながら言った。


 宋毅はこの回答に驚愕して

「本当に女の子を皇宮内に住まわせる気ですか?」

と、この二人が一緒に反対してくれないことに思いっきり不満をにじませてそう言ったが、あっさり「皇帝陛下がそう言っているんだから、仕方ないだろう。」

と、二人に同時に言われてしまった。


 宋毅は、口を真一文字にして両手を握りこぶしにして突っ立ったたまま、この意味不明な人達との会話にジッと絶えるしかなかった。


 李亮は、肩を震わせて怒りを我慢している宋毅の肩に腕を回すと

「彼女は奴の命の恩人でもあるんだから、大丈夫だよ。」

と言って彼の怒りをなだめると、宋毅は、恨めしそうに李亮を見上げ、

「『内装をきれいにかわいく』って、私には意味不明です!」

と叫んでから、また元来た道を肩を怒らせながら戻っていった。


 宋毅が李亮と梁途に愚痴っている時、劉煌は、ルンルンしながら靈密院に戻っていた。


 嬉しそうにしている劉煌とは異なり、張麗は、解剖部屋に届けられた無数の頭蓋骨にため息をつきながら、

「今度は死体でもお顔を拝見したことのない方の骨からの復顔ですから、前回のように簡単には行きません。」と切り出すと、

「まず、男性か女性か分別していきましょう。」

と言って、頭蓋骨を一つずつ手に取ると、丁寧にその重さや形状を見ていった。


「えっ、男もいそう?」と驚いて劉煌が聞くと、張麗は「ほら。」と言って、一つの頭蓋骨を劉煌に手渡した。


 劉煌がその頭蓋骨をよく見て「うーん。」と低く唸ってから「男も売買されていたのか。それとも下男が言うことを聞かないので殺されたのか。」と呟くと、今迄のルンルンモードから180°切り替わって、眉をひそめた。


 彼はさらに1オクターブ声を下げて「帳簿にあったか…?」と独り言を漏らした。


 それを張麗は聞き逃さなかった。


 張麗は、持っていた別の頭蓋骨をそこに置くと、劉煌の方を向いて「小高御典医長は、なぜ帳簿の事をご存知なのですか?」と怪訝そうに聞いてきた。


 劉煌は内心”しまった”と思いながら、小高蓮モードに切り替えるとすぐに

「ここに頭蓋骨が送られる時、帳簿をちょっと見せてもらったのよ。」と言うと、すぐに

「これは男だから、こっちに置くのね。」と言って、科を作って手に持った頭蓋骨を小指を立てて置き、さらに別の頭蓋骨を手に取って、わざわざ両手の小指を立てて観察してから

「これは、女。」

と呟いて女の頭蓋骨置き場に優しく置いた。



お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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