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第三章 模索

 その日の晩、張麗はまたよく眠れなかった。


 まず、大将軍夫人が、あの有名な女将軍の白凛だったこと。


 その白凛の言った「敵はあなたを狙っている。」という言葉。


 実際、自分を狙って突入してきた敵。


 そして、初めて見た皇帝の姿。。。


 法捕司から、襲ってきたのが黄敏の父で、黄敏の件を逆恨みしての犯行と言われたが、警戒していた相手とは全く違っていたとはいえ、張麗は、改めて自分は本当に命を狙われているのだと痛感した。


 同じ長屋の住民は、皆気にするなと言ってくれたが、またこのようなことが起こったらと思うと、張麗は本当にいたたまれなかった。


 張麗は、以前の小高御典医長からのオファーを思い出していた。


 オファーを受けた時は、全く考えもしなかったが、こうなると開業医を辞めて指導医になったほうがいいのかもしれないと思ってきた。



 張麗がよく眠れないでいた時、劉煌もまたよく眠れないでいた。


 その日の夜、全てを終えて天乃宮に帰ってきた劉煌を出迎えたのは、幼馴染4人組だった。


 5人で食卓を囲みながら、まずその日の張麗襲撃事件(今度は黄敏ではなく、その父による犯行)の話になると、口々にまさか人身売買が上流階級層で横行していたとは思わなかったと言った。


 すると梁途が「張麗さんが巻き込まれているのも、人身売買の件なのかな。」と言い出した。


「それだったら、彼女の性格からして、お上に届け出そうじゃない?法捕司にだって顔がきくんだし。」と孔羽がいつものように肉を頬張りながら答えた。


「今回の件で思ったのは、彼女が検死した人の加害者の逆恨みってありそうだなと。」と白凛が、箸を手に持ったまま肘を食卓につき、その手に顎を乗せてそう言うと、

「国の検死機関って法捕司と靈密院以外どこにある?」と、彼女を流し目で見ながら李亮が聞いてきた。


 彼の流し目を無視して間髪入れず「少なくとも各県に一つはあるわね。」と、白凛が李亮を真直ぐ見ながら言うと「そうだ、姿絵を配ってひと月経つけど、何か報告はあったのか?」と李亮が孔羽に向かって聞いてきた。


 孔羽は「どこも誰も今のところ見たことないってさ。」と言って、今度は遠くの胡麻団子を箸でつまんだ。


「それじゃ、彼女はいったいどこから来たんだ?」と梁途が不思議そうにイカの姿焼きをつつきながら言うと、今迄黙っていた劉煌が「この国の人じゃないのかもしれない。」とボソッと呟いた。


 それには、全員驚いて、しばらく部屋が固まった。


 ようやくちょっと経ってから、孔羽が我に返って「じゃあ、どこの国の人?」と聞くと、劉煌は「わからない。」とだけ呟いて、また無口になってしまった。


 しばらく、劉煌以外の4人で『自称張麗』は一体どこの誰なのかを議論していたが、劉煌は、ふああと嘘の欠伸をして見せると「朕は疲れたから、これで失礼するよ。皆は好きなだけここにいて、食べってて。」と言って、一人でサッサと居室に戻って行ってしまった。


 劉煌の後ろ姿を見送りながら「これ、良くない兆候だな。」と李亮が腰に手を当て、細い目をさらに細めて呟くと、全員がうんうんと頷いた。


「どうするか。」と孔羽が最後の胡麻団子を手で掴んで言うと、「どうもこうもしようがないわ。」とため息をつきながら白凛が言った。


「ねえねえ、張麗さんが西乃国の人じゃないんなら、皇帝である太子は絶対彼女と結婚できないよな!」と梁途が一人だけ嬉しそうに言うと


「いや、できるんじゃない?別に皇后にしなきゃいいだけで。」


と、孔羽が口をもぐもぐさせながらサラッと言って梁途をへこませた。


「とにかくだ。彼女は誰とも結婚できないんだから、その話はなしだ。ただ現時点で彼女は太子と切っても切れない関係にある。彼女の身元だけははっきりさせておかないとな。」


 李亮は厳しい顔をしてそう言うと、今度は白凛に向かって「小白府まで送るよ。」と優しく言った。


 ~


 皇宮の天乃宮から小白府までの道のりは、後宮切り離し作業中につき常時閉鎖されている門があるため、以前よりもずっと遠回りしなければならない。


 しかし、李亮にとっても白凛にとっても、それは悪いことではなくむしろ好都合だった。


 白凛は、今朝着ていた軍服から年頃の娘にしては大人びた、親の世代が年頃の娘に着せたいとは絶対思わないようなスタイリッシュな白地にところどころ黒の花柄の入った品のある着物に着替えていた。


 夜とはいえ、明るいところでは彼女の顔を見れば、すぐに誰だかわかるほど京安中の人気者になっている白凛は、顔を隠すため面紗ではなく頭から上半身まですっぽり隠れるほど長い、白のベールつきの帽子をかぶっていた。その姿はどこからどうみても身分が高い人にしか見えない。


 李亮は、国軍に入隊して参謀本部に配属されてすぐから、足元を見られないよう高級な仕立服を着るようにしていたが、今日も紺地で襟元と右の胸元に見事な幾何学模様の刺繍の入った着物を着ていた。


 李亮は190cmを超える大男だし、白凛も女の子の平均身長より10cmも高い。


 だから二人が揃って歩くと大いに目立つのだが、今は夜で大通りでも薄暗いから、遠くから見れば普通の人より手提げ提灯の高さが高い位置にある位にしか見えない。


 彼らは皇宮の銚期門を出るとすぐに手をつなぎ、本当はすぐに左に曲がって皇宮の塀に沿った道で帰る方が近道なのに、二人ともお互いに何も言わず、すぐに中央の大通りをまっすぐ南に向かって歩き始めた。人通りのとぎれた夜の京安の街を、手提げ提灯を片手に二人でぶらぶらと歩いていると、ちょっと行った先に何台もの高級馬車が横付けされているのが目に入った。


 二人は同時にお互いを見合うと、すぐに警戒モードに切り替わった。

 手をつないだまま二人は馬車が横付けされている場所まで走ってくると、そこはあの高級料理店天抱貴来だった。


「ここ、よく両親が利用しているわ。貴族の集まりだとたいていここ。」

 自身も貴族なのに、白凛はすごく嫌そうにそうぼやいた。


「き、貴族じゃないと入れないのか?大将軍じゃ無理?」

 最近、白家から家柄のことを指摘され落ち込んでいる李亮は、貴族と聞いただけでその大きな身体からは考えられないほど小さくなってしまってそう聞いた。


 そんな李亮の心中を知らない白凛は、あきれてぼそっと答えた。

「誰だって入れるわよ。ただすごーくお金が無いと3階には入れてもらえないってこと。」


 家柄はないけれど、大出世して一応それなりに金はある李亮は、それを聞いて一安心し、ふーと大きな息を漏らすと、貴族というNGワードを聞いてしまったため、今日は流し目する余裕はなかったものの白凛を誘った。


(かね)でいいの?金だったらある。じゃ、お凛ちゃんここの3階でデートしよう。」


 李亮は言い終わるか終わらないかのうちに握っている手をさらに強く握って、天抱貴来の入口へ向かって歩き始めた。


 しかし白凛は、握られている手を放そうとしながら尻込みした。


「はあ?さっき太子兄ちゃんのところで御馳走になってきたばかりじゃない。」

「その心配は御無用だ。古今東西高級料理店の飯なんて雀の涙程度の量しか出てこないって相場は決まってら。それよりお凛ちゃんも気になってんだろ?こんな時分に、ここにこんなに停まっているの。」李亮はそう言って高級馬車の一群を指さした。


 ”なんで、そんなところまでわかってるのよ。。。”


 白凛は、親から李亮との交際を反対されてからますます李亮のことが好きになっていた。


 お互い違う部署で働いているから、こういう機会でもない限り普段顔を合わせることもない。


 8歳で親から引き離されてもホームシックになることもなかった彼女なのに、李亮とは会うたびにいつも今度はいつ会えるのかと思ってしまうほど、彼のことが恋しい。


 だから、今日みたいな日は、家までわざわざ遠回りして帰ろうとするほどだ。

 それなのに、それとは裏腹に、このように全てお見通しなことをさらっと言われてしまうと、幼馴染と付き合う窮屈さもまた同時に感じていた。


 図星をつかれてベールの中でいーだという顔を思いっきりしてから、白凛は顔の前のベールを持ち上げ、停めてある馬車をひととおり全部しっかり見渡して、そこに小白府の馬車が無いことを確認すると李亮を見上げて宣言した。

「いざ、出陣!」


 二人は扉を開けて中に入った。


 目の前には、ドーンと琴の演奏に合わせて豪華な衣装を身にまとった女の子7人がステージ狭しと舞っており、横を向けば壁はところどころに金があしらわれ、装飾品も全て金でできていた。


 1階は個室ではなく、広間にテーブルが何客もあるが、余裕をもって配置されているので、他の料理店のような窮屈さはなく、京安にいながら別天地を感じられる。


「すげーな。1階でこれなら3階ってどうなってんだ?」

「だから言ったでしょ。すごーくお金がないと入れないって。」


 李亮は今日白凛と会うことから、財布に給料3か月分のお金を入れてきてはいたが、それでも3階で食事ができるのかと不安になってきた。そんな李亮の心配をよそに、代々貴族中の貴族のお嬢様である白凛は、ベール越しに歩いていた給仕に値段も聞かずに「3階お願い。」とさらっと声をかけた。


 給仕は白凛の姿を一瞥し、さらに李亮のことを上から下まで何度も見てから「こちらに。」と言って、二人を階段の方に誘導した。


 3階の小さな部屋に案内された二人は、その部屋の中を見るなりあまりの悪趣味さに二人そろって顔をしかめながらのけぞった。


 給仕がさがったところで白凛は帽子を取って金色に輝く衣桁にかけると、さっそく黄金づくりの壁を軽くノックした。


「黄金づくりとか言っておきながら、この壁、金じゃないわね。薄い板に金箔を貼っているだけよ。この音の感じからすると、隣の壁との間は空洞だわ。」

「そこまでして総金造りにしたいのかね。」 


 照明の光が壁と天井と床を含む全ての金箔に反射して目がちかちかするのを手でこすりながら李亮は、ぼやいた。


 壁から離れた白凛は金色のテーブルに着くとメニューを見始めた。

「馬蹄糕があった!私はそれとお茶。亮兄ちゃんはどうする?」

 李亮は恐る恐るメニューを見た。


 ”一番安い茶菓子セットで200両って、ふざけんじゃねー!!!!!”


 そう思いながらも、目の前でメニューを見ても白凛は、全く不思議そうな顔もしなければ、文句も言わないので、李亮は今まで気づかなかった彼女の金銭感覚を知り、不安を覚えずにはいられなかった。


「お、俺も、それで。」

「え?馬蹄糕でいいの?お酒もあるみたいだけど。」


 白凛はくったくなくそう言ったが、酒の値段も見て怒り心頭だった李亮は、ますます彼女の金銭感覚についていけなくなっていた。しかし、それをぐっと飲み込んで


「たまにはお凛ちゃんの好みのものを食べてみたい。」


と言ってなんとか誤魔化した。


 ひきつりながらもなんとか注文した李亮は、ようやく本題のことが気になり始めた。


 そして壁に耳をつけて隣の会話を盗み聞きしようとした瞬間、そんなことをしなくてもよいことがわかってしまった。


 なんと薄い壁のせいで隣の部屋の声が筒抜けではないか!


 テーブルに戻り、デートであることはすっかりとんで、二人とも真剣に隣の会話に聞き耳を立てた。


 しばらく隣の会話に聞き入っていたところに、給仕が注文品を運んできた。


 給仕がもったいつけながら注文品をテーブルに並べている間に隣の部屋の扉が開き、人々がゾロゾロと音を立てて部屋から出ていく音がこだました。


 李亮はうむと言って偉そうに扇子をバタバタ仰ぎながら給仕が扉の外に去るまで目を伏せていたが、やおらテーブルに乗せられた、”上品すぎる”お茶菓子セットが目に入ると、扇子をバサッと一気に閉じて、「これはなんだ?!」と怒った。


 ”これで200両ってありえんだろう!ぼったくりだ!”


 珍しく女の子っぽく白凛は嬉しそうに両手を組んで頬っぺたに近づけ「馬蹄糕よ。世界一美味しい食べ物。」と答えた。


 あまりに目の前で嬉しそうにしている白凛を見て、李亮は、目の前に置かれた200両の値段のついた子供の一口サイズのこげ茶色の物体2切れと差し湯は別料金の今まで見たこともないほど小さな茶壷で出てきた茶のことを愚痴ることができず、ただそう言われたのでその食べ物を初めて口の中に入れた。


 それは何もかも中途半端だった。


 触感は、ぱさぱさで、甘くもなく辛くもなくしょっぱくもなくすっぱくもなく、、、

生まれて初めてこれを食べた李亮は、これをなんと表現していいのかわからなかった。


「お凛ちゃん、こんなのが好きなのか?」


 思わず李亮は、二人の間の障害は、家柄や金銭感覚だけでなく味覚の好みもあるかもしれないことに気づき、不安を募らせながら呟いた。


「こんなのとは何よ、こんなのとは!」


 白凛は、李亮の発言に怒りながらそれをすぐに口に入れるやいなや顔をおもいっきりしかめた。


「何これ?ぱっさぱさじゃない!それに全然甘くない!今まで食べた馬蹄糕の中で一番まずい!っていうか、これ、形はそうだけど馬蹄糕じゃない!料理をしない私でも、まだましなものを作れるんじゃないかって思うほどまずい!」


 今度は李亮にではなく、似非馬蹄糕に対して怒り狂いだした白凛は、突然目の前の李亮の脇差に手をかけるとガバッとその剣を鞘から抜いた。


「こんなものを馬蹄糕と称して平気で客に出すなんて許せない!成敗してくれよう!」


 白凛はそう言いながら、李亮から奪った剣をキーンという音をたてて振った。そしてその鋭く振られた剣の先は、彼の鼻先をかすめて扉へと一直線に向かった。


 李亮は慣れていることとはいえ、さすがに自分の鼻先を剣がかすめたことから、思わず両手を使って後退しながら叫んだ。


「お凛ちゃん、お凛ちゃん、落ち着いて!これ食べるのがここにきた目的じゃないから。」

「それだって許せることと許せないことがある!」

「わかった!今度本物の馬蹄糕を食べに行こう!」

「そういう問題じゃない!これは、馬蹄糕への冒涜よ!」

「わかった。わかった。隣も帰ったようだし、残りの茶を飲んで帰ろう。」


 そう李亮から諭され、しぶしぶ元の席に座り聞香杯へと茶を移し、それをさらに茶杯に入れてから聞香杯の匂いを嗅いだ白凛は、もう少しで聞香杯を金の壁に投げつけて壊すところだった。


「なにこれ!全然お茶に香りが無いじゃない!」


 そう言われて同じ動作を行った李亮も目が点になった。


 ”これが、、、200両、、、”


「そうだな。たぶん8煎は入れた出がらしじゃないか?」

李亮がそう言いながら茶壷の蓋を開けて二人でその中を見ると、そこには完全に開ききった茶葉が2枚しか入っていなかった。


 ”もしかして、俺が貴族じゃないからこんなのが出てくるのかな。”


 李亮がそう打ちひしがれている中、ばあやから茶だけは厳しくしつけられた白凛は、そんな李亮に気づかず答えた。


「10煎目だって、まともなお茶なら多少の香りはあるわよ!それにこの茶の葉の開き具合からいっても少なくとも20煎はいってる!」


 李亮は思わずこぼした。


「これで二人で400両だぜ。」


 すぐに李亮はしまったと思った。

 ”恋人の前で男ともあろうものが代金の事で愚痴っちまった。。。”


「なんですって!?こんなインチキで!?」

 白凛は、生まれて初めてまずくて残してしまった馬蹄糕と茶の器を指さして叫んだ。


「ま、高い社会勉強料だったな。」

「それは亮兄ちゃんの勘違いよ。だってさっき1階でメニューをチラッと見たのよ。そしたら10両だったもの。まあ、10両ならこの店だし、いいだろうと思っていたけど、出されたものはこっちが10両払って欲しいようなものだわ。」


 白凛にそう言われると、李亮は自分が見たメニューの料金に自信が無くなってきた。


 “(きん)キラキンで目がチカチカしてたからな、、、そうだよ、こんなものが200両のはずがない。”


 二人は少し落ち着いて、さっき聞いた貴族たちの話をどう劉煌に報告すべきなのかを相談しはじめた。


「うちの父はスライドできたけど、それでもやっぱり文句言っているわ。口を開けば、長いこといなかった若造に何がわかるってね。だから役職をとかれた人たちがああ言っているのは不思議じゃないわ。」

「ま、文句言いようが無いように試験をして、それでできなかったのだから仕方ないのだが、やっかいなことに人間には感情があるからなぁ。」

「それにしても今回の黄盛の件が、逆に彼らの火に油を注ぐ結果になるなんて。」

「ほんとうに本末転倒だよな。だけど古今東西人間なんてそういうものなのかもしれないな。あればあるほど失う恐怖が芽生え、ちょっとでも失うとパニックになる。つまり自分で自分を崖っぷちに追いやっていることに気づかないんだ。ちゃんと別の道があるのに。」

「そうね。太子兄ちゃんには脚色せず、今日聞いたありのままを報告するわ。あとの判断は太子兄ちゃんにまかせて。」


 李亮もそれに賛成し、二人は部屋をあとにした。


 そして、運命の支払いは、、、二人で400両だった。



お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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