第三章 模索
翌々週の火曜日には、大きな事が2つ起こった。
一つは、元後宮での人員採用に関する官報が出されたことであった。
応募できるのは、元兵士達で、職種は、警備員と按摩療法士であった。
警備員については、特に元兵士以外の縛りはなかったが、按摩については、元兵士で、按摩が得意な者、あるいは、按摩に興味がある者で且つ"外見の整った者”という但し書きがあった。
そしてもう一つは、もうないだろうと思われていた張麗襲撃事件が、またもや起こったことであった。
その事の発端は、黄敏の妊婦殺害事件で、頭蓋骨の復顔から栄養失調でない目を開いた女の顔がわかると、続々と身元に関する情報が入ってきたことだった。
その情報から法捕司は直ちに黄敏邸の家宅捜索を行った。
まず、黄敏の居室に隠し部屋があるのが見つかった。
そして、そこの壁は赤の漆喰で、殺害妊婦の爪から出た赤い繊維と酷似していた。またその壁には無数の傷がついていた。
更に女中たちの部屋にも隠し部屋があり、その隠し部屋からは、幼い女の子達十数人と、殺害された妊婦についていたものと同じ焼印本体が見つかった。
そして、彼らの証言から、黄敏邸の裏手の山奥の一角から、無数の白骨死体が見つかった。
また、法捕司が黄敏邸の女中や女の子を保護してわかったのは、黄家が、農村部等の貧困者から西乃国では5代前から禁制とされている人の売買と使用人を含む家人の私刑による殺害を、聖旨をいいことに、長期に渡って慣行していたことだった。そして、その話は黄家内にとどまらず、黄家が裏ビジネスとして、少なくとも劉煌の父の時代から、特に若い娘や年端もいかない女の子を仕入れては金持ちに高額で売りつける手口を繰り返していたことがわかったのだ。
この裏ビジネスは西乃国の地下で横行し、どうも劉操も一役買っていたようだった。
そのため、劉操が皇帝時代でも、黄敏を含む黄家の悪事は無罪放免となっていたようだった。
黄敏の手下の自供から、彼の父である黄盛のこの裏ビジネスへの関与が疑われたが、それについては、現行犯でもなく、全て状況からの推察であることから、その証拠入手のため、黄盛邸の捜索令状の発布が求められたが、黄家は代々劉王朝の重臣で、その現当主である黄盛の事情徴収並びに黄盛邸への捜索令状は、法捕司では出しかね朝廷での判断となった。
朝廷では真っ二つに意見が分かれたが、劉煌の鶴の一声で捜索令状が出されることが決まった。
それと時を同じくして、黄盛は一昨日から息子の黄敏邸の家宅捜索が始まったことを聞きつけ、自分の保身のために裏ビジネスの相手方とあのいわくつきの高級料理店天抱貴来で交渉していたが、物別れに終わっていた。
”まったく先日の会合では、みんなで一致団結して元の御代に戻そうと言っていたのに!”
劉煌の父を言葉巧みに操り劉操をも巻き込んだ黄盛でも、今回は自ら悪運が尽きたと悟ると、黄盛は取引の帳簿を懐にしまい、まず私兵を広間に終結させた。50名ほどいた兵に武装準備をさせ、今度は下男下女を中庭に集め、主不在を理由に「法捕司が来たとしても屋敷内に入れるな、蟻一匹通すでない!」と命じた。兵の武装準備が整うと鎧兜を身に着けた黄盛が
「我が息子をハメた奴に天罰を与える!」と宣言すると、
「ヤー」という掛け声を次々に叫んで私兵がそれに従った。
黄盛率いる武装集団が張麗の住んでいる長屋を襲ったのは、その30分後であった。
妙な武装集団が、鬨の声をあげてこの長屋に近づいてきているのをいち早く察したのは、張麗の動向を自主的に監視し続けていた白凛であった。
白凛は、咄嗟に長屋群の門に飛び込んで門を固く閉めると、中の住民に向かって明らかに切羽詰まった声で叫んだ。
「敵が武装して襲ってきます!女子供は奥に入って隠れていなさい!男で私と一緒に戦える者は武装して出ていらっしゃい!」
その声に驚いて住民全員が出てくると、白凛は張麗を見るなり鬼の形相で
「あなたは引っ込んでて!」
と叫んだ。
張麗は、「でも。」と躊躇するように言うと、白凛は張麗の肩を荒々しく掴んで彼女を家の方に連れて行きながら
「何言ってんのよ、敵はあなたを狙っているのよ!」と、叫んだ。
口を開け、目を大きく見張って彼女を凝視する張麗を家の中に乱暴に閉じ込めると、白凛は「いい、大丈夫というまで、絶対でてきちゃダメよ。」と言ってから周囲を見渡した。
そして、一人の体格の良い若い女を一瞥すると、その女に自分の名前が刻まれた佩玉を渡し「皇宮まで走って行ってこれを門番に渡しなさい。その際張麗さんが襲われているので援軍をお願いしますと白凛が言っていると言いなさい。」と言って、裏門から彼女をさっと出すと裏門もきつくとじた。
その一部始終を見ていた隣の家の呂葦は、ようやく彼女が白将軍であることに気づいて、走って白凛の前に跪くと、「白将軍、元第5歩兵部隊の呂葦隊長であります。」と告げた。
彼女は少しホッとした顔をして、「軍隊経験者がいるのは朗報だわ。とにかく女子供は家に隠れさせて。」と命じた。
すると次々に男たちが剣を持って「私は、第3歩兵部隊にいた!」等と口々に叫びながら家から飛び出してきた。
しかし、それと同時に、門を叩き壊そうとしている音が響き渡り、ハッとした白凛は「矢が飛んでくるかもしれないから注意して!」と叫んだ。すると何を思ったのか、呂葦が自分の家の戸を開け、妻を外に出すと、隣の張麗の家に彼女を押し込んだ。そして自分の家の戸を2枚外すと、それを横にして、全員の前に2枚横並びでそれを置いた。
それを見た白凛は、ふっと笑うと「さすが呂隊長、上出来よ。さあ、行くわよ。」と戸の後ろに屈んで目を光らせた。
2,3分が経過した所で、とうとう門扉が破られ、敵が剣を振り回しながら侵入してくると、矢が無いことに気づいた白凛は
「戸をどけて、進め!」
と、叫びながら自ら敵に向かって剣を振り下ろしていった。
それに、呂葦をはじめ、長屋の男たちが「オー」と言う雄たけびをあげながら続き、全員で果敢に彼らよりはるかに数多く、正式な武装に身を包んだ侵入者と戦った。
しかし、5分と経たずに、血相を変えた李亮率いる国軍が現場に集結したため、侵入者は全員そこであっけなく国軍に囲まれた。
近くでの剣の交わる音や掛け声が消えた上に、何故か笑い声が聞こえてきた為、恐る恐る隠れていた女たちが外に出てみると、中庭で長屋の男たちが、血を流しながら笑っていた。
張麗はすぐに家の中から手当用品を持ち出すと、次々と男たちの負傷を診ていった。
「すいません。すいません。私のせいでこんなことに…」
泣きながら、男たちの怪我の処置をする張麗に、
「張麗さんのせいな訳ないでしょ。」
「気にしない、気にしない。」
「いやー、久しぶりに血が騒いだなー。」
「しばらく訓練してなくても身体が覚えているもんだねー。」などと口々にこの状況をネガティブに捉えていない声があがり、張麗は何と答えてよいやらわからず、ただただ泣きながら男たちの傷の手当を続けていた。
門の外では、国軍に囲まれてもなお、黄盛の抵抗は続いていて白凛が、睨みをきかせていた。
すると、遠くからドドドと馬の走る地響きが聞こえたかと思うと、見たこともないような光り輝く豪華絢爛な馬車がその場に横付けされた。
そして、その馬車の中から旒の垂れた冕冠を被り、金色の仮面を付け、黒い袞衣を着た一人の男性が現れた。
それを見た白凛は、すぐにその男に向かって礼をしながら跪いた。
「朕の膝元で、白昼堂々と戦闘とは一体どういうことだね。」と、その男性が低い声で言うと、白凛が即座に口を開いた。
「陛下、この男が兵を率いてここを襲いました。門の戸をご覧くださいませ。」
それを聞いたそこにいた全員が、その男こそ現西乃国の皇帝だと気づき、全員が慌てて跪づき、礼をし、首を垂れた。
「ふむ。」と言って皇帝は、袖をバサッと振って両手を後ろに組み、長屋の門に近づいて、門の階段を上り、門の戸を見ると、外側から内側に向けて壊されたのが一目瞭然でわかる状態だった。
皇帝は、反転すると門の階段をおりながら、国軍の兵士に両腕を捕まれても、なおもがいている黄盛を見て「法捕司は!」と叫んだ。すると、王政が首を垂れたまま腰を低くして皇帝の側によると「ハハアー」と言って、帳簿を手にしたまま皇帝の前にひれ伏した。
王政の方を振り返った皇帝は、すぐに王政の手にある物を指さし「それは何だ。」と聞くと、「この者が懐に入れていたものです。」と、更に頭を地面につかんばかりの勢いでひれ伏しながら、それを皇帝に差し出した。
皇帝付きの宦官宋毅が王政の手から帳簿を受け取ると、皇帝は、まず王政の手を取って立たせた後、宋毅の差し出した帳簿をその場でペラペラめくり始めた。頁をめくるにつけ、皇帝は低い唸り声をあげ始め、次第に怒りで手まで震え始めた。
皇帝はその帳簿を最後までめくると、怒りのあまり物のやりとりは宦官を介することも忘れて王政の胸のところにバンと帳簿をつきかえし、「この帳簿に載っている購入者全員を直ちに捕らえよ!一刻の猶予もならん!」と叫び、黄盛の方を向くと「勿論、こやつとこやつの兵も全員引っ立てい!」と叫んだ。
そして徐に白凛の方に行くと、彼の両手で彼女を立たせながら白凛の耳元で「ここにいてくれて、彼女を守ってくれてありがとう。」と小声で言った。白凛も小声で「援軍頼んだけれど、まさか自ら現場に飛んで来るとは思わなかったわ。」と言って、白い目で劉煌を見上げた。
劉煌は、目線を逸らしてゴホンと咳払いをすると、しれっと「では、朕は朝政に戻るから。ご苦労だった。」と他の者に聞こえるように白凛に向かって低い声で言い、馬車の方に向かった。
この皇帝ショーは、普段皇帝にご縁の全くない庶民達にとって衝撃的なものだったので、この界隈の住民達は、ひれ伏しながらも固唾を飲んで成り行きを見ていた。
皇帝の馬車が出発すると、住民たちは一斉に立ち上がって無言で馬車を見送った。
そんな中、張麗は、治療の手を休めて中庭から走って門の所まで行くと、壊された門の横に立って半分顔を出しながら、馬車を見送った。
馬車の中から後ろをカーテン越しに見た劉煌は、その張麗の姿をチラッと見ると、ハッとして目を大きく見開いた。
仮面は視界の妨げになることがあるが、真っ正面にいる張麗を見間違うはずはない。
”ま、まさか彼女は…。いや、それは絶対ありえない。。。でも、、、あまりにも…感じが似ている…”
馬車が右に曲がり、張麗の姿が見えなくなっても劉煌はぼんやりと1点を見つめ、その中にいる彼女の残像を見続けていた。
劉煌の頭の中で、封印が解け、はるか遠い昔の記憶がかけめぐり続けていた。
それは、馬車が皇宮内に着いて声を掛けられるまで続き、ここでようやく劉煌は馬車が止まっていることに気づいた。
声を掛けられて我に帰った劉煌は、
”そんなはずはない。”
そう結論に達すると、フーと息を大きく吐いてから馬車を降り、足早に大政殿朝廷の間に向かった。
まさかその京安の街中での皇帝ショーの一部始終を、ゾロンとフレッドが目撃していたとも知らずに。
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