第三章 模索
9歳で祖国を追われた劉煌は、22歳で国を取り戻した。
しかし、祖国は以前のような秩序だった国ではもはやなく、今度は国の立て直しという使命が彼を待っていた。
彼の初恋の人である小春が暇を持て余しているのとは裏腹に、彼は祖国復興のため脇目もふらず日々皇帝として邁進していた。さらに、祖国の政治だけでなく医療もお粗末になっていると気づいた医師としても一流な劉煌は、ひょんなことから自ら御典医長も兼務することになり、仮面をつけている時は皇帝、素顔の時は御典医長の小高蓮と、二重生活を送ることに。そんな余裕のない彼の前に皮肉にもそういう時に限って運命の女性が現れる。
果たして、劉煌は祖国を復興できるのか、そして彼の恋の行方はいかに。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
一方その頃、法捕司の検死準備室には約束通り張麗の姿があった。
小高蓮が言った通り、そこには、被害者の検死報告書と頭蓋骨、それから復顔に使う粘土とへらが置いてあったので、検死準備室に彼女が通されると、彼女はすぐに仕事に取り掛かった。
まず、持ってきた本を見て、その手順通り粘土で頭蓋の深層筋を作り、頭蓋骨に貼りつけてから、眼球を作り始めた。実はヒトの眼球の大きさは個人差が少ないので、ここまでは、すぐにできた。ただ、これからが問題で、目の深さや鼻の高さ、表情筋は個人差が大きく出る部位なので、一度だけ見た死体の記憶と頭蓋骨の状況を頼りに作っていった。
”彼女は栄養失調もあったし、歯から見た年齢よりも老けて見えていた。”
と記憶をさかのぼりながら、頭から顔の右半分に皮膚の粘土をつけて、目玉の中央に墨で●を入れた。
顔が半分出来上がったところで、遠くから見たり、近寄ってみたり、いろいろな角度から検討してみると、張麗は我ながらよくできているのではと思った。
そして、もう半分に皮膚の部分を作って貼ろうと粘土をこねているところで、部屋をノックする音が聞こえた。
それに「はい。」と言って答えると、法捕司丞の秦卓が入室してきた。
「張麗さん、精が出ますな。もうとっぷり日は暮れてますよ。」と言うと、机の上のできかかっている頭部を見た。
彼は自分のあごに手をあてながら、「ほお、彼女は目を開けるとこんな顔だったのか。」と言うと、傷のあった所を見た。
「傷の部位はまだできていないんですよ。一番神経を使うので。」と彼女が申し訳なさそうに言うと、「明日にしますか?それとも今日作って行かれますか?」と彼は彼女に聞いた。
彼女は「乗ってきているので、できればこのまま皮膚は今日のうちに作りたいですね。顔の色づけと髪は後日でいいとしても。」と答えると、彼は笑いながら「わかりました。では終わったら声をかけてください。当直衆と一緒に当直室にいますので。」と言って、部屋から出ていった。
それから2時間近くかけて、彼女は、頭蓋骨の頭から顔の左半分の皮膚と傷の部位を貼り付けて復顔すると、ふーと息をついて、袖で額の汗をぬぐった。
張麗は、その場を簡単に片づけると、復顔した頭蓋骨に頭から布を被せ、手を洗ってからろうそくの火を消し部屋を閉めて当直室に向かった。
当直室の扉をノックしながら「秦法捕司丞、終わりました。」と言うと、中からすぐに秦卓が出てきて、「家まで送ります。」と言ってきた。張麗は、やんわりと断ったが、秦卓は真面目な顔をして「夜道、何かあったらいけませんから。さあ。」と言いながら彼女を出口にエスコートし、扉を外に向かって開けた。
ところが、そこにはなんと、思いもよらないことに”小高蓮”が立っていたのだ。
劉煌は、張麗が一人ではなく秦卓と二人で一緒に出てきたのを見ると、ムスっとして秦卓を睨みつけ、すぐに両手を腰に当て秦卓に向かって「あんた、何か用?」と聞いた。
秦卓は何を言われているのかわからず「小高御典医長こそ、こんな時間に法捕司に何か御用でしょうか?」と真面目に聞くと、劉煌は大真面目に「私が用があるのは、彼女よ。」と張麗に向かって手を差し出した。張麗は差し出された小高蓮の手を無視して「小高御典医長、私に何の御用でしょうか?」と礼儀正しく聞くと、彼は「復顔状況を知りたくて。ご飯を食べながらでいいので、話が聞きたいの。」と言いながら、何故か彼の目は張麗ではなく、秦卓を上から下までジロジロみていた。
秦卓は、察しがいいのか悪いのか「おお、それはいいですね。私も知りたいです。」と興味津々に言ってきたので、結局3人で食事処に行くことになってしまった。
劉煌は、道中でも食事処に入っても、終始不機嫌そうにしていたが、特に秦卓と張麗が会話をしていると、露骨に嫌な顔をした。
しかし、劉煌は、張麗が秦卓と話を続けるうちに、秦卓が医学的な知識を全く持たないと彼女が察するや否や、復顔方法について専門用語を使用せず、子供でもわかるように説明しているのを聞いて、今迄知らなかった、そして劉煌と彼女の間柄では絶対に知りえなかった、彼女の医者としての別の側面を思いがけず知ることになった。
”彼女にインターン研修をやってもらえれば、自分の典医長としての仕事が減り、他の国政に力をシフトできるなぁ。”
そう思いながら、一人会話に加わらずにご飯を食べていた。
「やー、張麗さん、凄く勉強になりましたよ。復顔って、まさか皮膚と骨の間にある物を、その形状通りに作って立体的に貼り付けていくなんて、思いもしませんでした。お尋ね者の姿絵とは違いますね。」と秦卓が本当に感心しながら言った。
「私の師匠は、そのような姿絵を描く方も、人体構造を知っておかないと正確に描けないと言って、解剖に参加させていましたわ。」
と、張麗がポロっと答えてしまったのを、全く聞いていない素振りだった劉煌が反応し、いきなり、「師匠って誰だったの?」と張麗にサクッと聞いた。
張麗は今迄黙っていた”小高蓮”が急に会話に入ってきたこともあり、驚いて「えっ?」と彼に聞き返すと、「張麗さんの師匠よ。凄い先生じゃない、会ってお話をうかがいたいわ。」と劉煌は揚げ茄子をつつきながら言った。
「あ、残念ながら、彼はもう亡くなってしまって。」と彼女が目線を逸らしながら答えると、「そう。で、名前は?」と劉煌がサラッと茄子を頬張りながら聞いた。
彼女はうつむきながら小さい声で「華景先生です。」と答えると、秦卓が「小高御典医長、張麗さんの尋問じゃないんですから、そんな話いいじゃないですか。」と劉煌の話を遮り、更に「それより張麗さん、被害者の頭の傷、凶器は何でしょうかね。」と聞いてきた。
”華景にしたか。本当は誰なんだ、君の師匠は、、、いや、そんなことはどうでもいい。君はいったい、いったい誰なんだ…そして、どうして君が誰かもわからないのに、こんなにも狂おしいほどまでに惹かれてしまうのか…”
劉煌の心の中で何か激しいものがうごめいていた。
劉煌の心の葛藤に気づくはずもなく張麗は、秦卓に向かって「通常、あのように骨が陥没するほどの衝撃があると、身体の反応として、皮膚も傷つきますが、その下の組織も傷つきます。そうすると、そこが腫れたようになったり、間に血などの体内にある水分が溜まったりするので、死体から凶器の大きさを特定するのが難しくなるのですが、骨からの復顔では、そういう生体反応を無視して、骨に沿ってある筋肉を、通常の形で貼り付けていけるので、外側にも陥没があるように意図的に作れます。鍵と鍵穴ではありませんが、復顔での表面の傷の部位を鍵穴と考えれば、そこにピッタリ合う形のものが凶器となる可能性が高いと思います。」と真面目に答えると、秦卓は嬉しそうに「では明日早速傷跡と照合していこう!」と声を弾ませた。
食事処の会計は、男二人がお互いに自分が払うと主張して時間がかかったが、結局、劉煌が払った。そして外に出ると、秦卓の家の方向が違うことを聞き出したことをいいことに、劉煌は自分が張麗を送っていくから大丈夫と言って、秦卓を追っ払った。
張麗は昨日の今日なので、”小高蓮”とどう話したらよいかわからず、下を向いたまま歩き続けた。
彼はその気持ちを知ってか、知らずか、開口一番に「華景先生に会いたかったわー。」と言った。
張麗が面食らっていると、劉煌は「解剖は基本中の基本。それがいかに大事かって知っているのは、本物だわ。」と言うと、「あなたがなんで解剖をやりたがるのかも、これで少しわかったかも。」とウインクしながら付け加えた。
張麗が返事をしないままでいると、彼女の様子をチラチラ見ながら「ところで、あなたは教えることに興味ないかしら?」と、劉煌は唐突に彼女に聞いた。
彼女は驚いて、いつものように彼女の右側を歩いている彼の顔を見上げると、
「秦卓への説明よ。私たちの間では専門用語でツーカーだけど、素人相手にあれだけわかりやすく説明できたのは、正直驚いたわ。あなたについて新しい発見?」と、彼は語尾をあげながら話し続けた。
「あなただったら、インターン研修の講師ができるんじゃないかって、さっきの話聞いていて思ったのよ。あなたも良く知っている通り、わたしは他にも仕事があっていっぱいいっぱいだから、あなたが私の代わりにインターン研修やってくれると凄く助かるのよ。」
張麗は、思いもよらないオファーに、頭が真っ白になって黙っていると、「勿論インターン研修は週に3日もあるから、全部じゃなくてもいいのよ。あなたがそんなにいなくなったら、患者さんも困るだろうし。勿論私としては全部あなたがやってくれれば大助かりだけど。」と言ったところで、彼女の家の前の門に着いた。
彼は立ち止まると、彼女の方に自分の体の向きを変えて「考えて貰えないかしら?」と期待を込めて聞いた。
張麗は昨日のこともあり、ドキドキしながら「え、何を?」と答えると、「インターン研修の講師よ。他に何があるのよ。」と、当たり前のように涼しい顔で彼が言ったので、彼女の頭の中では、昨日の小高蓮のオファー:”私と結婚して”や”君の力になりたい”の方がグルグル回っていたことが恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら、思わず「ああ。」と残念感満載の声を出してしまった。
その返事に彼女が講師職にあまり乗り気でないと劉煌は思った。
しかし、昨日は自分の想いが溢れて怯んでしまったが、今日は仕事のことなので全く怯むことなく劉煌は「とにかく考えといて。それから明日は何時に法捕司?」とさらっと話を変えた。
彼女は少し落ち着いたようで、いつものような口調で「明日も午後2時からです。」と答えたので、「うん、わかった。お休み。」と言いながら、彼は彼女の家の門の中にそのまま入ろうとした。
それを見て慌てた張麗は、「何してるんですか?」といつもの調子に完全に戻って彼に聞いたので、劉煌はしめしめと思いながら
「いつも言っているじゃない、あなたが、家に入るのを見届けないと私は安心して帰れないの。この調子だといつまでもあなた門前に立っていそうだから。」とからかった。
この言葉にカチンときた張麗は、肩を怒らせてサーっと彼を追い抜くと、家の扉を開けて、一度も振り返ることなくそれをピシャッと閉めた。
~
「なんだ、昨日と違って今日は上機嫌だな。」
劉煌が馬車のところまで戻ると、梁途がそう偉そうに言った。
それには答えず「本当にずっと御者役やるつもりなの?」と劉煌が心配そうに梁途に聞いた。
「そうさ。謝墨にとっては嫌な仕事でも、俺は好きだったりする。」と答えると、梁途は馬車を急発進させた。
「おい、もっと優しく走らせろよ。」劉煌が中から大声で文句を言った。
それに「長く待たせた罰だ。」と涼しい顔で梁途が叫び、更に馬車を猛スピードで曲がらせた。
その勢いで壁に頭をぶつけた劉煌が頭を手で押さえながら「好きな仕事だって言ったじゃないか!」と怒りながら叫ぶと、梁途は大笑いしながら
「そうさ、大義名分でこんなこと皇帝にできる仕事、他にあるか。」と、言って馬車を思いっきり走らせ続けた。
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